大竹しのぶにピアフの魂が舞い降りる 音楽劇『ピアフ』上演200回達成特別カーテンコールレポート

大竹しのぶが演じる舞台のカーテンコールにしかない幸福があると、ずいぶん以前から思ってきた。と言うのも舞台で役を演じている大竹は常に、あまりにも役柄そのもので、特に重い題材だったり、悲しい結末を迎えたりした時には、役のまま、このまま還ってこないのではないかと、観ているこちらの胸がえぐられるような気持ちにしばしば陥るのだ。だから万雷の拍手のなかのカーテンコールで、ちょっとはにかんだような、いつまでもどこか少女の面影を宿している大竹の笑顔が見られると、心底ホッとした気持ちになる。

殊に、いまや大竹にとってライフワークの趣さえ宿してきたこの音楽劇『ピアフ』の、稀代の歌手の魂がのりうつったかに感じられる演技に圧倒され尽くしたあとのカーテンコールでは、表現が適切ではないかもしれないが「良かった、生きてた」に近い安堵感さえ生まれてきて、あぁすごい演劇を観た…という幸福感に包まれる。これは、初演から再演を重ね、6演目にして15周年を迎えたこの作品の上演史のなかで、深化し続ける舞台に接して尚、変わることのない感覚だった。

それでもこの日、1月11日の日比谷、シアタークリエの舞台に広がったカーテンコールの輝きは、やはり特別なものだった。

「ピアフの台詞じゃないんですけど『あたしが歌うときは、あたしを出すんだ。全部まるごと』その繰り返しを200回やってきたっていうそれだけなんです。今日が200回目だからとか、そんなことは全く思っていませんでした」

と会見で語った大竹本人の思いは、もちろんそうに違いない。だが、それでもやはり上演回数200回を達成したこの日のカーテンコールの、劇場全体を覆い尽くす幸福感、名状しがたいキラキラとしたものが舞っていると感じられた時間は、いつまでも目に残るものになった。

こと改めて説明する要もない、フランスで最も偉大な歌手の一人として今も高い評価を得、愛され続けているエディット・ピアフ。彼女の激動の人生を「愛の讃歌」「バラ色の人生」「水に流して」等々、ピアフ自身が遺したシャンソンの名曲と共に綴る、パム・ジェムスの戯曲『ピアフ』が、栗山民也演出、大竹しのぶ主演で初演されたのは2011年のことだ。それまでにもこの世に隠れなき名歌手の人生は、越路吹雪、美輪明宏など名だたるアーティストによって様々に上演されてきたが、この作品が提示してきたある意味赤裸々なピアフ像は非常に鮮烈なものだった。そこに立ち現れたのは、“歌に生き、恋に生き”という美しい言葉だけでは到底語れない、猥雑であけすけで奔放で、周りを振り回す自我も個性も強い女性でありつつ、愛を乞い孤独を怖れ、国を思う正義感も持ち合わせた、全てにエネルギッシュで、すべてに脆い感情や行動を、全身全霊で歌に吐き出す最も幸福で、最も不幸な天才の姿だった。しかもドラマはそんなピアフの人生を文字通り飛ぶように描いていて、予備知識がないと何が起きたのかがわからないのではないか、と微かな危惧を抱く展開もしばしばあった。

けれども、何が起きた、どうしてそうなったが明確に描かれないのに、ピアフがいま幸福の絶頂にいること、また一転して絶望の淵に落ちたことが、歌を通して伝わってくる。その音楽劇の力を信じた演出の栗山民也をはじめとしたスタッフワークは見事だったし、何より鬼気迫ると感じさせるほど、ピアフその人の怒涛の人生を生き切る大竹しのぶの演じぶりと、魂の歌声は観る者の心を鷲づかみにする力を持ち、評判が評判を生んだ舞台は、公演ごとに全席完売の勢いを保ち続け、この200回目の舞台へと歩みを進めてきた。

そんなメモリアルステージの終幕、常と変わらぬ「水に流して」の絶唱の余韻が色濃く残る舞台に、生涯の盟友マレーネ・ディートリッヒ役を艶やかに、またキリリとしたカットグラスのように演じる彩輝なおと手をつないで笑顔で走り出て来た常のカーテンコールのあと、鳴りやまぬ拍手に応えて三度登場した大竹は、ちょっと「あれっ?」と言う顔をした。10人の共演者たちが共に走り出てこなかったからだ。実はその瞬間からが、大竹自身にも詳細が知らされていなかった「200回記念の特別カーテンコール」のはじまりで、追って登場した共演者一人ひとりから深紅の薔薇が贈られる。司会進行を務めるのは、ピアフが見出した後進の歌手たちのひとりイヴ・モンタン役で13年ぶりに音楽劇『ピアフ』に戻ってきた藤岡正明だ。「帰れソレントへ」の朗々たる歌唱で圧倒した藤岡が「スラっとした足」と称される役柄を僅かに自虐ネタに持っていきながら、この200回目の舞台は主演の大竹だけでなく、貧しい少女時代からの親友トワーヌ役を、常にため息ものの実存感で演じ切る梅沢昌代と、前述のマレーネ・ディートリッヒ役の彩輝という、初演以来不動の女性キャスト二人にとっても200回目の舞台になることを紹介すると、大竹が手にしていた薔薇の花を二人に1輪ずつ贈って、劇場内は温かな拍手に包まれる。主演者が積み重ねた記録に、メインキャストが共に連なることもまた、この作品が打ち立てた偉業のひとつだ。

そこから、1977年日生劇場で上演された音楽劇『若き日のハイデルベルヒ』での共演以来、生涯の友となり、大竹にピアフの伝記本を読むように勧めた、そもそもピアフその人と大竹が出会うきっかけを作った歌舞伎俳優十八代目中村勘三郎の孫で、六代目中村勘九郎の次男、中村長三郎がお祝いのブーケを持って駆けつけたことが告げられると、あまりの驚きに「知らなかった、本当に知らなかった」と大竹は小さく叫びながら、膝から崩れ落ちるように舞台に座り込んでしまった。そんななか、キリっとしたスーツ姿で登場した長三郎が「『ピアフ』200回公演達成おめでとうございます」としっかりした声でお祝いを述べながらブーケを渡すと、長三郎の立派な態度にも感動した様子の大竹は「いつもはこんなに大人っぽくないのに」「最初から観たの?」などと話しかける。改めて舞台の感想を問われた長三郎は「とても綺麗でした。こんな大変な舞台を200回も続けるなんてすごい。1,000回目指して頑張ってください!」と壮大なエールを贈り、満面の笑みの大竹が長三郎を抱きしめ、いまでも折に触れて「勘三郎さんが褒めてくれる舞台を務めないといけない」という趣旨の思いを語ることの多い大竹の、節目の舞台に相応しいサプライズゲストに、笑顔と感動の涙が広がった。

続けてもうひとりのゲストをご紹介しますとの藤岡の紹介で登場したのが、歌手の岩崎宏美。薔薇の大きな花束を渡す岩崎と受け取る大竹とは、歌う為の喉のケアや、体形維持の情報を交換しあう長年の親しい仲だそうで、そんな岩崎との関係性を説明しながら大竹は「紅白素敵だったよ」「チケット(を別日に)取ってるじゃない」などと話しかけ「秘密だったからね」と答える岩崎は、むしろ大竹本人以上なのかもと想像させるほど、この200回目の舞台に感無量の様子。涙、涙の抱擁が印象的だった。

そこから共に舞台で大竹に温かな視線を送り続けていた、ピアフが生涯最も愛した永遠の恋人であるボクサー、マルセル・セルダン役で美丈夫ぶりを発揮した廣瀬友祐。やはりピアフが見出した歌手シャルル・アズナブール役で持ち前の歌唱力と共に新境地を感じさせる繊細な演技を披露した上原理生。ピアフ最晩年の時を共にしたテオ・サラボ役を優しく柔らかに演じた山崎大輝。ピアフのマネージャーに立候補し、どんな時期も彼女を支え続けたルイ・バリエ役がピアフと共に年齢を重ねていく時の流れを感じさせた川久保拓司。芝居の第一声を担い、声のバリエーションに感嘆させるブルーノ役などの前田一世。ピアフを見出し「小さな雀」という意味のアーティスト・ネームを贈ったナイトクラブのオーナー、ルイ・ルプレ役を長年務めた辻萬長から引き継ぎ、微かにドライな香りも加えた土屋佑壱。看護婦ほか様々な役柄を演じる小林風花の共演者全員も加わった記念撮影が行われた。

「3時間舞台を観たあとに長くなって…」としきりと恐縮しながらセンターに立った大竹は「ピアフの台詞に『客がいらないと言ったら、私は歌わない。それだけ』というのがあるんですけど、本当にお客様が求めてくださったからこその200回という数字になったと思います。でも何回やろうが関係なく、私たちはいつもいつも、毎回毎回必死になってやってきただけで、それがたまたま200回へと繋がったというだけです」と、1回、1回に命を削るようにピアフを演じてきた、大竹その人の姿がオーバーラップする言葉が続く。続けてここに至ったのは、お世話になった、お客様、仲間、スタッフキャストの方たちがいたからこそで、長三郎が「1,000回を目指して」と言ったけれども、明日の201回、明後日の202回、1日、1日を目指してこれからもやっていきたい、いう趣旨の話があり、最後に「6演目となる今回も本当に細かく、更に進化するように演出をつけて下さった」と、共にこの日々を歩んだ演出家・栗山民也への感謝を述べた大竹は「最後に皆さんで『水に流して』を一緒に歌ってください。色々なことがあっても頑張って生きていきましょう。ありがとうございました」と挨拶。自分の信じる道を進み続けたピアフが「もう後悔しない、新しい人生が今日からはじまるのさ」と神に届くように歌う「水に流して」の大合唱で、特別カーテンコールの幕は下りた。スタンディングオベーションの歓呼に揺れる劇場の熱い喝采が、いつまでもいつまでもシアタークリエを包み続けた。

そんなすべての観客が去ったあとも、熱気が色濃く残る舞台に、若き日のピアフの扮装で現れ会見に臨んだ大竹は、改めて200回公演を迎えた感想を問われ、本来は2022年公演の博多座大千穐楽で200回目を迎えるはずだったが、コロナ禍で休演となり達成できなかったという経緯を振り返り「その時に、じゃあこれはもう1回やれということなんだ」と思ったという心境を吐露。これだけの人気舞台でも「何年後にまたやる」と思ったことはなかったのだが、その200回目がこの2026年公演の初日を開けた2日目に達成できたことを、嬉しく思うと同時に「振り変えれば200回もやっていたのかという気持ち」だと表現した。更にカーテンコールは「水に流して」をみんなで歌うと聞いていただけだったとのことで、サプライズゲストも含めて本当にびっくりしたし、「200回だから皆さん(記者たち)集まってくださったのに、申し訳ない」と語りながらも、ずっと1回、1回が勝負だと思っていると、役者魂を感じさせる言葉を重ねつつ、勘三郎との思い出や、初演のことはあまり覚えていないなど、笑いを交えながら話す大竹の笑顔には、やはり演劇を愛する一人の少女と言いたい、心からホッとさせるものが宿っていた。

あと何回続けたいと思ったことはなく、今は全国ツアーラストを飾る大阪公演の大千穐楽まで元気で舞台を務めたいとだけしか考えていないと言う大竹の言葉は、真実の声だろう。けれども、初演から15年の時が経過していても、変わらずに走れて飛び上がれている、丈夫な身体に生んでくれた母に感謝していると述べた大竹が全身全霊で表現するエディット・ピアフの姿は、これからも観客に求められ続けるに違いない。

「芝居とはまた少し違う血が身体のなかに流れる音楽の力が、この作品にはある」という大竹の言葉通り、この作品を通して感じるもの。生きること、愛すること、歌うことへの飽くなき情熱と、戦いの終わりを祈る思い等々が立ち上ってくる舞台は、大阪公演大千穐楽で239回目を数える予定だ。この1回1回の舞台が、決してその数を目標としないまま、新たに積みあがっていく未来を信じ、心待ちにしている。

取材・文・撮影(上演200回達成特別カーテンコール)/橘涼香
舞台写真提供/東宝演劇部

公演情報

上演15周年記念公演『ピアフ』

作/パム・ジェムス
翻訳/常田景子
演出/栗山民也

出演/大竹しのぶ
梅沢昌代 、彩輝なお 、廣瀬友祐 、藤岡正明 、上原理生
山崎大輝 、川久保拓司 、前田一世 、土屋佑壱 、小林風花

1月10日~30日◎日比谷・シアタークリエ
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 0570-00-7777

全国公演
2月6日~8日◎愛知・御園座
〈お問い合わせ〉御園座 052-222-8222

大阪公演
2月21日~23日◎大阪・森ノ宮ピロティホール
〈お問い合わせ〉キョードーインフォメーション 0570-200-888

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