2015年の世界初演以来、熱狂を集め進化を続ける『デスノート THE MUSICAL』が東京池袋の東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)で上演中だ(12月14日まで。のち、12月20日~23日大阪・SkyシアターMBS、2026年1月10日~12日愛知・愛知県芸術劇場 大ホール、1月17日~18日福岡・福岡市民ホール 大ホール、1月24日~25日岡山・岡山芸術創造劇場 ハレノワ大劇場で上演)。

『デスノート THE MUSICAL』は、2003年12月から2006年5月まで「週刊少年ジャンプ」に連載され、映画、ドラマ、アニメなど幅広いメディアミックスを遂げてきた人気漫画「DEATH NOTE」初のミュージカル化作品。2015年に日本で世界初演の幕を開けるやいなや、瞬く間に観客を虜にし、17年、20年と再演を重ねてきた。また、日本での世界初演と同年の15年から、韓国でも韓国キャストによる上演が開始され、17年、22年、23年と、上演が続く大人気作品に成長している。更に、23年にはロンドンで上演されたコンサートバージョンも全公演ソールドアウトの快挙を成し遂げ、今や世界から注目を浴びる大ヒットミュージカルとして屹立している。

今回の2025年版上演は、そんな作品の初演から10周年となるメモリアル公演で、デスノートを偶然手にしたことで、生き方を大きく異にしていく夜神月(ライト)に加藤清史郎と渡邉蒼のWキャスト、幾多の解明不能の難事件を解決に導いてきた謎の名探偵Lに三浦宏規という清新なキャストを迎えたのをはじめ、実力派の面々が集結。わけても2015年、2017年に夜神月を演じたオリジナルキャストの浦井健治が、死神リューク役として作品に戻ってくるというメモリアル公演ならではの大きな話題と、やはりオリジナルキャストとして2015年死神レムを演じた濱田めぐみも、2017年公演以来の出演を果たすなど、10年の節目に相応しい舞台が展開されている。
【STORY】
「このノートに名前を書かれた人間は死ぬ」
死神リューク(浦井健治)が人間界に落とした、そんなにわかには信じがたい力を持った「デスノート」を拾った成績優秀な高校生、夜神月(加藤清史郎/渡邉蒼 Wキャスト)は、半信半疑のままテレビニュースに流れたある事件の犯人の名をノートに記す。すると間もなくその犯人が突然死したという速報が入り、「デスノート」の力を信じざるを得なくなった月は、その力に恐慌する。
こんなノートはすぐに手放すべきだと一度は思った月だったが、かねてより法律だけでは裁くことのできない悪の存在に疑問を抱いていた彼は、すべての悪を裁き心正しき人だけがなんの不安もなく暮らせる理想のユートピアを現代に創ろうと決意。強い精神力で恐怖を乗り越え、凶悪犯の名前を次々にノートに記し粛清していく。
不慮の死を遂げていく犯罪者たちが増え続け、到底全てが偶然とは考えられなくなった事態を受け、例え凶悪犯であろうとも、殺人を許すべきではないと夜神総一郎(今井清隆)ら警察官たちは捜査を開始。だが月は、巨悪を倒す救世主「キラ」として世間の支持を集めていく。
不可解な殺人は終わりを見せず、遂に日本警察は難事件を解決してきた本名も顔もわからない世界屈指の名探偵L(三浦宏規)に捜査を依頼。Lは早速ある事例から「キラ」の国籍、職業を言い当て、必ず自分が「キラ」を逮捕すると宣言する。
互いの素顔を知らぬまま、二人の壮絶な頭脳戦の幕は切って落とされて……
渡邉蒼、(奥)三浦宏規-2-1024x683.jpg)

初演から10年の時を経て、改めて作品に接して感じたのは、この『デスノート THE MUSICAL』が描く世界観に、強烈な現実感が加わってきたという感覚だった。原作・大場つぐみ、作画・小畑健によるコミックが発表された時はもちろん、作品がミュージカルとして生まれ出た10年前にも確かに、ここで描かれる世界はサイコ・サスペンスであり、ダークファンタジーの感触を持っていた。決して人に知られず、疑われることも100%ないとしたら、殺したいとまでの想いには至らなかったとしても、特定の誰かに何某かの仕返しがしたい、に類する気持ちはおそらく多くの人の心のなかに潜んでいるのではないだろうか。そうした深層真理にこの「デスノート」の存在は巧みに滑り込んでくるものだったし、その真理を突いたことが何を持って「正義」とするのか?という普遍的なテーマを生んだ作品が、更に多くの支持を得た要因だったのではないかと思う。そこには、緻密にかつ大胆に創造された物語世界の醍醐味が横溢していた。
鞘師里保、濱田めぐみ-1024x683.jpg)
だが、時を経たいま、日々そうしたある意味「デスノート」という架空の存在に仮託されてきた人間のやるせない負の感情は、一見匿名の場であるSNSを通して世界中に恐ろしい勢いで拡散されている。もちろん心温まる動画やつぶやきも多くあるものの、そこには本来他者に対しておいそれと向けられるべきではないはずの、悪意や中傷が日々あふれている。それは、ひとたびこの悪意が自分に向けられた時に、果たしてやり過ごし、耐えることができるだろうか、との不安が常に隣り合わせに感じられるほどだ。何よりも恐ろしいのは発信する側が、ひょっとしたら自らの言葉、文字のナイフを悪意ではなく正義の鉄拳だと思い込んでいるのでは?と想像できることだ。誰かが不用意にしてしまったひと言の発言、誰かが書いてしまった誤解を招く言葉に、あまりにも多くの批判が一斉に飛び掛かる様、過ちに対する寛容さが欠片もなく、失敗をした者には何を言っても構わないとばかりの集中砲火に接することが決して珍しくなくなってしまった2025年のいま。そう、それはまるで「デスノート」を突然手にしてしまった夜神月の、新世界の神になる、自分がこの世界の悪を裁く、という感覚を強く思い起こさせずにはおかない。

そんな時代をまざまざと映して四度目の上演を果たした『デスノート THE MUSICAL』を、初演以来の変わらぬ姿勢で栗山民也が演出していることが、作品の根幹を支えている。つまづいて学んで歳を重ねているはずなのに、また過ちを繰り返してしまう人間の不器用な愚かさを見つめる視点が、死神はもちろん、現実感の希薄な天才私立探偵が登場する作品のなかで初演以来全くブレていない。そんな人の体温、現実の自分とシンクロする人間らしさが常に感じられるからこそ『デスノート THE MUSICAL』は、時を越え時代を映し続ける演劇作品としてそそり立っている。長大な原作を舞台化する上での大胆な切り取りを助ける全体にはシンボリックで簡素だが、ディティールが精緻な二村周作の装置も、作品から人間ドラマを浮かび上がらせる効果を生む。何より、これが初めての漫画原作のミュージカルに取り組む機会だったという、世界のヒットメイカー、フランク・ワイルドホーンの、人の心の深淵を描き出す、キャッチーで耳に残るダイナミックさと、繊細さとを併せ持つメロディーの多彩な魅力が、役柄の本音を歌い上げるミュージカルという形態にベストマッチ。ブラフが幾重にも張り巡らされるドラマの、根底の理解を深め、感情を刺激する効果には、ミュージカルならではの魅力が詰まっている。
そんな作品の10年の節目に当たって、夜神月を演じた二人、加藤清史郎と渡邉蒼が、原作世界がコミックであること、これが正解だというビジュアルが既にある作品のなかで、自らに夜神月を引き付けた演じぶりで、作品が持つ恐ろしさを予想以上に高めている。

加藤清史郎が演じる夜神月は、端的に言うと妹の夜神粧裕の目に映っている月はこんな人物なんだろうな、と感じさせる香りを持って登場してくる。全国一位の頭脳を持つ天才高校生であること以上に、甘えられる優しいお兄ちゃん。そんな月がデスノートに出会い、新世界の神を目指していく過程で変わっていく、まとっている空気から優しさや温かさが抜け落ち、いつか顔かたちは同じなだけの、まったく知らない人物に見えていく過程が鮮明だ。そこには天才子役として一世を風靡し、ミュージカル界でも少年役を得意としてきてた加藤のビジュアルに、観る側はもちろん起用する側も惑わされていたのかもしれないとさえ思う、怜悧なものが潜んでいてハッとさせられた。この月役を通して、俳優・加藤清史郎の可能性がより大きく広がって行くのを感じた。

もう1人の夜神月の渡邉蒼は、更にもっと観る者に極普通の高校生を想起させる。彼の月からは冒頭、教室で持論を展開している様からも、クラスメイトたちのなかで際立った差異が感じられない。どこにでもいる、平凡な高校生。この感触が強烈なだけに、自らの信じるものに従い、より良い社会を創りたい、自分こそが新世界の神になるという思考に突き進んでいく夜神月の怖さが、とてつもなく増幅されていくのだ。原作世界、更にはこれまでの『デスノート THE MUSICAL』の上演史のなかでも、ここまで夜神月を演じる俳優が、普通の子に感じられたことはなかったし、それがデスノートという究極の非現実な設定があるにも関わらず、作品から現実感が噴出したひとつの理由でもあったと思う。こんなやり方があるのか、と新たに目を開かせられる月だった。

そんな二人の夜神月に対峙する、謎多き名探偵Lの三浦宏規は、対照的に原作世界のLに自分自身をダイブさせた様がなんとも鮮やか。作り込んだビジュアルと猫背の姿勢で、まず視覚からLを完璧に表現し、そこに次世代ミュージカルを牽引する星として注目を集め続けるスター性と、人並み優れた身体能力を駆使して、Lの狂気と紙一重の天才性と、独特の立ち居振る舞いを完璧に表現して目が離せない。原作世界でもとりわけ有名な、月とLとのテニス対決のシーンの、飛び上がるフォルムが舞台に刻む残像の美しさも絶品で、このどこからどう見ても常人ではないLと、優しい、普通の学生に見える月とが一歩も引かない頭脳戦を繰り広げるスリリングさを高めた。
鞘師里保、渡邉蒼-1024x683.jpg)
アイドル歌手として活躍しながら、実は壮絶な過去を持ち「キラ」を崇拝していく弥海砂の鞘師里保は、自身もアイドルとして大活躍していた出自を役柄に投影させ、やはり狂気にも似た献身と愛を貫いていく海砂を演じている。今回の上演で衣装や髪型のイメージが、ガラリと変わったのがこの役柄で、鞘師が演じることから生まれた変更なのか、この変更が先にあって鞘師がキャスティングされたのかはわからないが、いずれにせよ作品が生まれて10年のメモリアルが、新たなはじまりでもあることを強烈に想起させる存在になった。何より健気さが前に出ていて、死神レムとのやりとりを含めた彼女の選択が、物語を大きく動かしている。
リコ、渡邉蒼、浦井健治-1-1024x683.jpg)
月の妹、夜神粧裕のリコは、作品のなかで最も純粋で裏表のない役柄を、溌剌と演じている。こうしたサスペンス要素の高いドラマのなかで、明るく真っ直ぐな少女像として生きることは、癖のある役柄を演じる以上に難しいことだと思うが、そのハードルをきちんと超えて、粧裕が登場する度にこちらもホッとできる温かさをキープしたのはたいしたもの。そんな粧裕が、兄の変化に気づく、肌感覚で自分の全く知らない人間を兄から見出してしまう瞬間の緊張感も絶大で、リコの演技者としての高い資質を改めて感じさせた。

そんな清新なキャストたちのなか、死神・レムとして濱田めぐみが再登板したことが、10周年の作品の特別感を高めている。常に登場しただけで陽性のパワーや、エネルギーを発する濱田が、気づけばそこにいるに近い静けさを表出したこと。ある意味表現をしない表現が素晴らしく、俳優・濱田めぐみが新たなステージに到達したことが、『デスノート THE MUSICAL』に更なる深みを与えている。死神でありながら、弥海砂に対してはどこか聖母のようですらある、海砂が月を想う気持ちと同等の、あまりにも強い想いを海砂に抱いていくレムの心情が伝わる歌唱も盤石で、駆け引きに次ぐ駆け引きが続く後半のドラマをより盛り上げた。

もう1人、死神・リュークとして浦井健治が作品に戻ってきたことが、この10年目の『デスノート THE MUSICAL』の特別感をいや増しにしている。初演、再演で夜神月を演じていた人が、こうした形で戻ってくることが、作品を次の時代に残していく、名作レパートリーとして熟成させていくことに、如何に大きな意義を持つかがよくわかる。分けてもひと言で言うなら「楽しそうだな~」と感嘆するほど、リューク役をアグレッシブに自由に演じている浦井のなかに、初演でリュークを演じた吉田鋼太郎の色が確実に宿っていること。観客にとってのミュージカル版リュークのファーストインプレッションが、浦井によって引き継がれ、息づき、大きく発展しているのがあまりにも尊い。だからこそラストシーンにはゾクゾクさせられるし、結末をご存じの方はもちろん、今期初めて真っ白な状態で作品に接する方も、是非ラストシーンの浦井リュークに注目して欲しいし、こんな役もできる、こんな声も出るんだ、と発見の連続の浦井の前に広がる、豊かな俳優人生の未来の輝かしさが、確かに感じられるリュークだった。

そして、月と粧裕の父であり、法の基の正義を貫いて「キラ」を追う警察側の人間でもある夜神総一郎の今井清隆から、法の番人としての矜持はもちろん、Lがどれほど的確な推理を展開しても、息子を信じようとする父親の顔がより印象に残るのが、今井が演じるからこその総一郎像。デスノートというトリッキーな存在がもちろんドラマを運んでいるのだが、その一方でこの作品には、人と人、更に人と死神の間にさえ、強い信頼と愛が生まれることが描かれていて、その面を深く届けてくれる存在になった。


また、よくぞ集めたなという実力派が多く集結している、様々な役柄を演じる面々、俵和也、石丸椎菜、岩橋大、大谷紗蘭、小形さくら、尾崎豪、上條駿、川口大地、神田恭兵、咲良、田中真由、寺町有美子、照井裕隆、藤田宏樹、増山航平、町屋美咲、松永トモカ、望月凜、森下結音、安福毅が、冒頭の授業での討論、また「キラ」を追うことが、デスノートに名前を書かれる可能性が極めて高い、つまり死に直結していると理解しながら、捜査に残るか外れるか、という究極の選択を迫られる刑事たちなど、ミュージカルナンバーのソロパートや、台詞も多いそれぞれの役柄で、個性を発揮している。所謂群衆芝居、アンサンブルにとどまらない、一人ひとりが舞台に生きる役柄になっていることが、舞台に現実感を与えたもうひとつの力に違いない。全員の活躍場面が多いだけに、より一層覚える能力が問われるだろうスウィングの德岡明、森内翔大を含めた全員が、十年の節目の『デスノート THE MUSICAL』を高みへと押し上げたことが嬉しい。

総じてカンパニー全員の歌唱力の充実から生まれるコーラスの厚みも印象的で、いまこうして書いていても、数々のミュージカルナンバーが頭を駆け巡る。やはり世界は誰か1人の信じるものによってジャッジされ、ひとつの理想に染まって良いものではないのだということ。この時代を生きる一人ひとりが、自分と違う生き方、考え方を持つ他者に対して敬意を持ち、互いの尊厳を認め合うことでしか、理想の世界は生まれない。そんな想いを反芻しながら10年の節目に輝く作品の余韻と共に劇場を後にした。是非多くの人に、この時代を照射する『デスノート THE MUSICAL』からそれぞれの何かを感じ取って欲しいし、作品が未来につながっていき、何を映していくのかの行方を末永く見守っていきたいと願う。

取材・文・撮影(夜神月・加藤清史郎回)/橘涼香
舞台写真提供(夜神月・渡邉蒼回)/ホリプロ
公演概要
『デスノート THE MUSICAL』
期間:2025年11月24日(月休)~12月14日(日)
会場:東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
<全国ツアー>
大阪公演
期間:2025年12月20日(土)~23日(火)
会場:SkyシアターMBS
愛知公演
期間:2026年1月10日(土)~12日(月祝)
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
福岡公演
期間:2026年1月17日(土)~18日(日)
会場:福岡市民ホール 大ホール
岡山公演
期間:2026年1月24日(土)~25日(日)
会場:岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場
■スタッフ
原作:「DEATH NOTE」(原作:大場つぐみ 作画:小畑健 集英社 ジャンプコミックス刊)
作曲:フランク・ワイルドホーン
演出:栗山民也
歌詞:ジャック・マーフィー
脚本:アイヴァン・メンチェル
■キャスト
加藤清史郎/渡邉 蒼(Wキャスト)
三浦宏規
鞘師里保
リコ(HUNNY BEE)
濱田めぐみ
浦井健治
今井清隆
俵 和也 石丸椎菜 岩橋 大 大谷紗蘭
小形さくら 尾崎 豪 上條 駿 川口大地
神田恭兵 咲良 田中真由 寺町有美子
照井裕隆 藤田宏樹 増山航平 町屋美咲
松永トモカ 望月 凜 森下結音 安福 毅 德岡 明* 森内翔大*
*=スウィング
キャスト関連記事
稽古場レポートや公演レポートを執筆&掲載します!
【お問合せ・お申込みはこちら】
