イギリス演劇界の奇才 サイモン・スティーヴンスが描く、現代社会の闇を深くえぐる衝撃作『スリー・キングダムス Three Kingdoms』が12月2日(火)より新国立劇場 中劇場にて日本初演を迎えます。
開幕を前に11月8日(土)、本作のスペシャルトークが開催! 演出を務める上村聡史、出演者からは伊礼彼方、音月 桂、夏子、伊達 暁、浅野雅博が登壇し、サイモン・スティーヴンスという作家の魅力や謎に満ちた本作の見どころ、それぞれの役どころについて語り合いました。
過去に『千に砕け散る空の星』、『ポルノグラフィ』と2作のサイモン・スティーヴンス作品(※『千に砕け散る空の星』はデヴィッド・エルドリッジ/ロバート・ホルマンとの共作)の演出を手掛けた経験があり「以前から興味とシンパシーを抱いていた」という上村さん。実際に彼と顔を合わせた際に本作『スリー・キングダムス』を日本で上演したいという希望を伝えると「きみ、クレイジーだね」と言われたというエピソードを明かしつつ、まずはこの作家と作品について上村さんが紹介。
彼がイギリス北西部の都市・マンチェスターの郊外にあるストックポートという街の出身であることに触れ「基本的に彼の作品は、ストックポートというローカルな視点から見た生活感の中で描かれていて、どこか充足感を得ることができない登場人物たち――バケツの底に穴があって、水を入れてもこぼれていくような喪失感を抱えている人たちが多く登場します」と説明しました。
一方で、今回の『スリー・キングダムス』に関しては「もともと、ロンドン、ミュンヘン、エストニアのタリンという3か国の劇場で共同制作された作品で、いつものローカルな視点をはみ出す部分が多く、登場人物たちが喪失感を抱えながらもグローバルに土地を巡ることで、レイモンド・チャンドラー風の捜査ミステリものであると同時に登場人物たちの心理を追っていく作品になっています。加えて今回、僕が惹かれたのは、いつもの作品以上に会話の軽妙さがある部分です。(物語の中で)起きていることはヨーロッパの闇を描いているのですが、会話や台本の形式は軽妙で、稽古でも笑いが随所に起きています」と明かしました。
ロンドンのテムズ川で変死体が見つかった事件を端緒に、ドイツのハンブルク、エストニアのタリンと3つの国をまたいでの捜査を通じ、現代のヨーロッパの“暗部”が浮かび上がってくるという本作ですが、上村さんは当初、日本での上演にあたり、物語の舞台を東京、釜山、ウラジオストクに変えて、日本の観客により身近に人間の闇や犯罪の恐怖を感じてもらえるようにできないかと検討したそう。しかし「作品のベースに流れているものが、自分たちが生まれ持ってしまった罪――キリスト教的な原罪があるので、わかりやすさを理由にこちら(日本)に置き換えてしまうと演じ方が全く変わってしまう」ということで、オリジナルのままで上演することを決めたと語り「先進国の“影”を照射するという意味で、(設定を変えず)そのままやることで、そこから普遍的な物語――特にこの作品では、男性の前時代的発想や価値観が痛烈に批判されていると僕は感じるのですが、そこがハッキリと見えてくるのではないか? 無意識の前時代的発想が声なき人を苦しめているというテイストは、いま上演することで届くものあるんじゃないか?」といま、日本で本作を上演することの意義を語ってくれました。
多くの“謎”が散りばめられたミステリ作品ということで、ネタバレに触れないよう、作品の内容について語るには多くの制限がある中で、伊礼さんらキャスト陣は本作の戯曲を読んでの印象や役柄について語ってくれました。
事件の真相を追うスコットランドヤード(ロンドン警視庁)の巡査部長・イグネイシアスを演じる伊礼さんは本作について「非常に難しくて、ミステリ要素があって、サスペンス、ホラーもあって、最終的に不条理もあって、読んだ時に『なんじゃこれ!』ってわけがわからなかったです」と苦笑交じりに告白しつつ「ものすごい“闇”が隠れているなと思いました。サイモンさんがそれを取り上げて、社会的なメッセージを発しているように感じましたし、それを上村さんが新国立劇場で上演するって『狂ってる!』と思いました(笑)。(上村さんと)お話しすると次から次へといろんな発想が出てきて、戯曲からは想像できないようないろんな情報が飛び交います。海外の感想サイトなどを漁ってみても賛否両論で攻めた作品だったことがわかります。そういう作品に携われるのはありがたいです」と意気込みを口にしました。そんな伊礼さんに対し、上村さんからは稽古場で「かっこいい仕草はやめて」という注文がついているとか…。これまで見たことのないどんな伊礼さんの表情が見られるのか?
イグネイシアスのバディである警部・チャーリー役の浅野さんも「これを新国立劇場の中劇場でやるって『攻めてるな、上村さん』と思いました。いまは稽古を楽しんでいますし、思ったよりも笑えます」と語り、観客の期待を煽ります。この日のトークでも、壇上で伊礼さんとの掛け合いで名バディぶり(?)を披露し、客席の笑いを誘っていました。伊礼さん曰く「飽きさせることはないけど、ちょっと飽きた頃に(チャーリーが)必ず出てきます!」とのこと。
音月さんは「ヘレ・カチョーノフ、シュテファニー・フリートマン、そして『観客と舞台をつなぐミステリアスな存在」という3役を演じます。最初に戯曲を読んだ時は「自分の中でなかなか消化しきれず、どういうものになるか予想がつかなかった」と述懐。稽古が進む中で「上村さんの演出で立体的になってきてから、この作品の面白さがわかってきました。戯曲で読むのと人が演じるので、こんなにも(違いがあり)世界が広がっていくんだなと感じています。演じていてもまだまだ発見があると思いますし、お客さまと一緒に3か国を旅していけるような作品になると思います」と語ってくれました。ちなみに、本作では音月さんが歌を披露するシーンもあるとのこと! オープニングは音月さんの歌からスタートするが「幕が上がってすぐ舞台上に出演しているという役をやったことは少なかったのですが、楽しみながら演じたいと思います!」と言葉に力を込めます。
伊達さんは、ハンブルクでイグネイシアスたちの捜査に協力する刑事のシュテッフェン・ドレスナーを演じます。自身の役柄について「イギリスの2人(イグネイシアス&チャーリー)を迎え入れる立場なので、2人にとって“異物”であり続けたいと思います」と宣言! ちなみに本作のオリジナル版は、イギリス、ドイツ、エストニアの俳優がそれぞれの言語(英語、ドイツ語、エストニア語)で演じて、翻訳を字幕で出すというスタイルで上演されたが、それが今回、全て日本語で演じられます。イグネイシアスたちとシュテッフェンの間で、異なる言語でのコミュニケーションによるギャップが生じるさまなども、全て日本語で表現しなくてはいけない難しさも…。伊達さんは「僕(=シュテッフェン)は英語ができないドイツ人なんですが、たまに頑張って英語を(舞台上では)日本語でしゃべるんです…」と苦笑交じりに語ります。こうしたディスコミュニケーションがどのように舞台上で表現されるのかも楽しみなところです。
夏子さんは、イグネイシアスの妻・キャロラインを演じますが「先ほどからみなさんの口から“旅”というキーワードが出てきますが、私は海外旅行に行って、ホテルに着いた時に『遠いところに来ちゃったな』と思う瞬間があって、それはワクワクでもなく、ネガティブなことでもなく、ただ体感として『遠くいところに来ちゃったな』と思う瞬間が毎回あるんです。今回、みなさんのお芝居を稽古で見ている時に、最後の最後に『うわ、すごく遠いところに来ちゃったな』と思うことが何度もあり、すごいお芝居だなと思います」とまさに本作が観客を遠い旅へと誘うような作品であると語り「大先輩たちに囲まれて勉強させていただいています!」と充実した表情を見せてくれました。
ちなみに“夫”の伊礼さんは「本を読んで一番難解だったのが、(イグネイシアスと)キャロラインとの関係性でした」と2人の関係性に言及。役の設定上、2人の年齢は43歳と28歳だが、伊礼さんと夏子さんの実年齢もほぼ同じで伊礼さんは「この年齢差にものすごくメッセージ性があるので、これも覚えておいていただければ。この夫婦間、全く会話が噛み合わないんです(笑)。この空気感が何を物語っているのか? お楽しみに」と意味ありげに笑みを浮かべます。
その後のトークでは、本作をさらに深く理解し楽しむためのポイントが語られました。伊礼さんは、稽古の過程で上村さんからもらったヒントとして、悪魔に魂を売った男の悲劇を描いたゲーテの「ファウスト」を挙げ、その物語が本作に盛り込まれていると明かします。また、イギリス人にあまりないイグネイシアスという名前に関しても、ローマ帝国時代にキリスト教への迫害によって、獣に食べられるという刑で殉教したアンティオキアの聖イグナティオスが由来ではないかと推測。やはりキリスト教の教義や西洋の文化・歴史が本作には深く関わっていると語ります。
トークの最後に上村さんは改めて「伊礼さん演じるイグネイシアスの意識とともに、観客のみなさんもイギリス、ドイツ、エストニアを旅していくような作品になっています。今回、伊礼さんにこの役をお願いしたのは、今までの伊礼さんとは違う印象を見せたかったから。『自分の中の蓋が外れる瞬間を作ってほしい』と、稽古場でいろいろと試しています。いままでと違った伊礼さんの質感が見られると思うので、そこもご期待いただければと思います」と語り、会場は期待を込めた温かい拍手に包まれました。
取材・文=黒豆直樹
撮影=宮川舞子
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