帝国劇場での初演、再演と熱い革命の嵐を巻き起こしたミュージカル『1789 -バスティーユの恋人たち-』待望の三演目の舞台が日本橋・明治座で29日千穐楽を迎え、5月8日~16日の大阪・新歌舞伎座公演へと歩みを進めている。
『1789 -バスティーユの恋人たち-』は、『太陽王』『ロックオペラ モーツァルト』等の話題作を次々と世に送り出してきたプロデューサー、ドーヴ・アチアらの手によって2012年にフランスで開幕した、フランス人がフランス革命を描いたミュージカル。作品は評判に次ぐ評判を呼ぶメガヒットとなり、日本では2015年に小池修一郎潤色・演出により宝塚歌劇団月組で初演。続く2016年東宝版として帝国劇場初演ののち、多くのキャストが続投した2018年の再演も、鮮烈な楽曲に乗せ、充実を深めたキャストの好演が喝采を博した。そこから時を経た2023年再び宝塚歌劇団星組で上演され東宝版から追加された「革命の兄弟」「武器を取れ」が採用された他、主人公ロナン・マズリエのソロ曲「愛し合う自由」が加わるなど公演を繰り返す度にブラッシュアップを重ねてきた。今回2025年の上演は、東宝版としては7年ぶりとなり、「愛し合う自由」を取り入れキャストも一気に世代交代。どこか青春ものの香り漂う仕上がりになっている。
【STORY】
ヨーロッパ全土で啓蒙思想が広がりを見せるなか、フランスでは財政を圧迫する宮廷の贅沢三昧への不満が広がっていた。
1788年ボース地方では干ばつが続き、税金を払うことのできなかった農民たちが、ペイロール(渡辺大輔)のもたらした国王の名のもとの命により、土地を没収された上投獄されようとしていた。その場に駆け付けた農夫ロナン・マズリエ(岡宮来夢/手島章斗・Wキャスト)は、連行されかかる父親を助けようとするが、ペイロールの指示で放たれた銃弾はロナンをかばった父親に命中して言葉もなく息絶えてしまう。父を殺され、土地も奪われたロナンは復讐を誓ってパリに向かい、残された妹のソレーヌ(藤森蓮華)も兄の後を追って故郷を去る。
だがパリでも民衆はパンもなく飢えに苦しみ、助けを求めていた。そんなパリ市民を前に、今こそ救いの手を待つのではなく、革命を起こし世の中を変えるべきだと訴える弁護士のデムーラン(内海啓貴)、代議士のロベスピエール(伊藤あさひ)と出会ったロナンは、はじめは反発していた彼らの語る「すべての人民は自由であり平等であるべきだ。革命によってそんな世界を手に入れよう」という理想の世界に目を開かれ、彼らの紹介で印刷工として働きながら、革命がもたらす未来に希望を抱くようになる。
一方、ヴェルサイユ宮殿では王妃マリー・アントワネット(凪七瑠海)が、夜を徹してギャンブルに興じる仮装舞踏会が盛大に開かれていた。政略結婚でオーストリアから嫁ぎ、国王ルイ16世(山田定世)との間に3人の子供をもうけたアントワネットだったが、錠前作りを趣味とする内気な王の誠実さだけでは、生きている実感を覚えることができず、スウェーデンの貴族フェルゼン(小南光司)との愛を求めていた。しかも二人の関係は最早公然の秘密となっていて、密かに王位簒奪を狙う王弟アルトワ(高橋健介)は、手先にしている秘密警察のラマール(俵和也)と、その部下ロワゼル(宮下雄也)、トゥルヌマン(須田遼太郎)に、王妃のスキャンダルの確たる証拠をつかむことを命じ、革命を阻止すべく財政立て直しに奔走する財務長官ネッケル(増澤ノゾム)の進言にも、王が耳を貸さぬよう画策していた。そんなラマールの動きを察知していた、アントワネットの取り巻きの貴族ポリニャック夫人(晴華みどり)は、王太子ルイ・ジョセフの養育係オランプ(星風まどか/奥田いろは・Wキャスト)に案内役を命じ、アントワネットとフェルゼンの密会を、大胆にも革命家や娼婦のたまり場となっているパレ・ロワイヤルで果たそうと図る。
そのパレ・ロワイヤルでは、ロナンがデムーランの「人民に自由を!」と訴えた論文を密かにビラとして印刷し、デムーラン、彼の婚約者のリュシル(鈴木サアヤ)、仲間の革命家ダントン(伊勢大貴)らと、更に友情を深めていたが、ダントンから「商売女だが本気で惚れている」と紹介された女性を見て愕然とする。それは娼婦となっていた妹のソレーヌだった。「革命による未来なんて絵空事で、理想だけでは生きていけない」と言い放つソレーヌ。妹の境遇を変えたのは彼女を故郷に1人置き去りにした自分だ、との後悔の念にかられたロナンは、更にアントワネットとフェルゼンの密会現場に遭遇し、やり場のない怒りからフェルゼンと争いになったばかりか、アントワネットを守る為にオランプがついた苦し紛れの嘘の為にラマールに囚われ、「人民に自由を!」とのビラを持っていたことを理由に、危険思想の政治犯としてバスティーユ監獄に送られてしまう。
ロナンを監獄で待ち受けていたのは父の仇ペイロールだった。「革命家をきどっているのはブルジョワの子息たちで、彼らは貴族に嫉妬しているだけだ。お前たち貧しい農民のことなど考えてはいない」激しい拷問の中でペイロールに投げつけられた言葉に、ロナンの心は乱れる。だが、そんなロナンを命賭けで助け出しに来たのは、なんと彼を窮地に落としたはずのオランプで……
この作品の最終盤で語られるフランス大革命が採択した「人権宣言」の一言一句は、いま聞いても胸を深く満たす理想に満ちている。特に新型ウィルスによるパンデミック、終わらない戦闘、一説によればまさにフランス大革命勃発時点と変わらない水準になっているとも言われる、一部の富めるものと庶民に広がる格差社会が世界に、そして日本にたれこめる暗雲は極めて深刻だ。それは「貧しい者同士、傷つけあうのはやめるんだ」との劇中のダントンの台詞が耳に痛いほど、多くの人の心から他者を慮る余裕を失わせていて、生活が苦しいと思わず吐露したSNSのつぶやきが「それだけの賃金があってよく苦しいなどと言える、私はもっと…」という低賃金の暮らしの底辺争いが、所謂“炎上”を起こすことが決して少なくない。最後のナンバー「悲しみの報い」で歌われる「人はいつの日か辿り着くだろう、愛と平和に満ちた、輝く世界いつの日か」に涙するのは、その世界にたどり着けるどころか、むしろ人類はどんどんそこから遠ざかっているように感じられるからだ。
けれども、フランス大革命が成就しなかったとしたら、いま私たちが揺らぎながらも手にしている民主主義社会の到来は、もっと遅れたばかりか、別の形に変容してしていたかもしれない。もちろんこのフランス大革命がのちにたどった道筋、いつか時代が変わったら肩を組み夜通し朝まで歩こうと誓い合った「革命の兄弟」たちの友情が、どんな結末を迎えるかもまた、歴史の事実として私たちは知ってしまっている。それでもこの1789年にフランスが、人民の手で「自由、平等、博愛」の権利を勝ち取ったこと、その瞬間の輝きもまた厳然たる歴史の事実に他ならない。
そう考えた時に、今回7年ぶりに東宝版として帰ってきたこの『1789 -バスティーユの恋人たち-』のキャストが驚くばかりの代替わりを見せ、生の若さを必要とする『ロミオ&ジュリエット』に極めて近い世代でメインキャストが組まれて、あたかも青春もののような香りを醸し出したことにも、どこかで腑に落ちるものがある。これは全くの伝聞で、残念ながら私に真偽を確かめる術がない為、それこそ単なる噂かもしれないと頭に置いて読んで欲しいのだが、過去の上演時、潤色・演出の小池修一郎がロベスピエールを演じる役者に対して「のちに恐怖政治を行う人物だとか、そういうのは考えなくていい」と言ったと伝え聞き、大変驚いたことがある。そういう背景やバックボーンを考えて、俳優は役作りをしていくものだろうに、という気持ちが大きかったからだ。
だが、繰り返すが真偽は確かでないながら、今回の上演で躍動する若きキャストたちを観ていて、私ははじめてその演出が本当だったとしたならば、つまり求めていたのはこういうことではないか?という気持ちになった。2025年の現実社会に於いて愛と平和に満ちた理想の世界はあまりにも遠い。それでもいま、世の中を変えようとした民衆たちに扮し、体当たりで踊り、歌う、まだまだ粗削りで、かなりの部分で未熟さもある若いキャストたちが放つ、巧の技ではないからこそのがむしゃらさ、疾走する勢いが少なくとも1789年には確かにあったはずの「革命」への情熱、自分の手で未来を切り拓くという決意につながって見えた。この瞬間だけの真実を、若い彼らが舞台で生きていたのだ。
とは言え、東宝版三演までの期間がいま少し短く、当代の新進スターたちによって『1789 -バスティーユの恋人たち-』が上演されていたなら、と夢想することはある。そういう機会があとにやってきたとしても、別段良いのではないかと思いもする。それでも、次世代のキャストたちによる『1789 -バスティーユの恋人たち-』が見せた景色、次の世代、更にまた次の世代に「愛と平和に満ちた輝く世界」にたどりつく為のバトンを託した、ここにしかない輝きもまた同様に貴重なものだった。理想の世界を信じる。それが現在の、この暗い世の中でできる唯一のことだ。誰一人信じなくなった時に理想は真の意味で潰える。そうさせない為には、彼らの力が必要だった。
そんな「1789年」を生きるキャストたちでは、ロナン・マズリエの岡宮来夢が、ミュージカル主演、出演経験の豊富なキャリアを安定感につなげただけでなく、その蓄積を役柄によく活かしている。父親を目の前で射殺されるという極限の経験をしたとは言え、ロナンの行動は相当に無鉄砲だが、その猪突猛進のなかにも、状況を改めて俯瞰して自省することもでき、更に恋にも一途というロナン像を、岡宮の優しさと強さが共存するキャラクターが良いバランスを保って表出している。ミュージカル唱法も公演ごとに豊かになっていて、次作が楽しみな俳優の一人に躍り出ているのが頼もしい。
対する手島章斗のロナンは、ビジュアルにある野性味の魅力がロナンという役柄にストレートにマッチした強みを武器に、作品のなかで揺れ動きながら成長するロナンと、ミュージカル作品初主演の手島本人の成長がシンクロして、日々変わっていく様に妙味のある主演デビューになった。アーティストとしての歌唱とミュージカル歌唱に当初若干の迷いがあるのかもしれないと思わせたが、ほどなくフレンチロックの楽曲を自身の歌唱に引き付け、歌声が格段に安定したことで演技も深まり、終盤セットの高みに駆け上がってくるロナンの力強い表情が忘れ難い。
宮廷の打倒を目指すロナンと、その宮廷で王太子の養育係を務める自分という、身分違いというよりは圧倒的な立ち位置の違いと、恋心の間で懊悩するオランプの星風まどかは、元宝塚トップ娘役としての高い経験値とヒロイン力を如何なく発揮。前述したように宝塚歌劇でも上演されている作品だけに、宝塚の娘役そのままの演技に納まることを誰より本人が良しとせずに、強さを前に出したオランプを造形して気を吐いた。
もう一人のオランプ奥田いろはは、ミュージカル界にも多くの逸材を輩出している乃木坂46のメンバーで、『ロミオ&ジュリエット』で見せた可憐でひたむきなジュリエットの記憶の新しい人材。立ち居振る舞い、台詞、歌声のすべてが愛らしく、星風とは逆にその愛らしさを真っ直ぐ役柄に投影させているのが、奥田オランプにザ・ヒロインの趣を加味していて、こちらもいましかない貴重な舞台姿になっている。
この二人のロナン、二人のオランプの組み合わせもシャッフルで4パターンの恋人たちが登場していて、注目のミュージカルの醍醐味であると同時に嬉しい悲鳴でもあるなか、岡宮ロナンと星風オランプが地方から出てきて成長過程のロナンと、既に王太子の養育係としての矜持も経験も積んでいるオランプが、現実に出会ったとしたらこうだろうなと思わせる、はじめはオランプの方にずっと落ち着きがあったところから、恋に落ちることによって脆くなるオランプをロナンがリードするようになる作中の変化が非常に面白かった。王道のようでいて、今までになかったロナンとオランプの関係性に真実味がある。
対して手島ロナンと奥田オランプは、オランプにとってロナンがおそらく初めて見た全く違う生き方をしてきた男性なのだろう、というファーストコンタクトの印象が強く、立場が違う?だからどうした?と言わんばかりの手島ロナンのダイレクトさに、オランプが我を失っていく様が伝わってくる。王妃マリー・アントワネットや、パリの下町で生きる少女シャルロットが語る「気もそぞろ」で恋をしていることが一目瞭然のオランプとロナンの関係性がよくわかる恋人たちだった。
一方岡宮ロナンと奥田オランプは『ロミオ&ジュリエット』で一目惚れを既に経験している間柄なだけに、出会った刹那に何かが走った、その瞬間の二人のインパクトが大きい。革命志向に目覚めつつ自分と革命家たちの育ちの違いに不信感も持つロナンが、オランプにだけ向ける瞳の優しさが、奥田オランプを前にした岡宮ロナンから自然に立ち上っていて、「自由になったらまた会おう!」の言葉が心に沁みる「バスティーユの恋人たち」になった。
また手島ロナンと星風オランプは、手島のワイルドで鋭い持ち味が、星風の目指すリアルな女性の造形を自然に助けていて、想像以上に相性の良いカップル。お互いが素直になれないでいる、まだぎこちなさが残る段階で「助けてくれたお礼だ」とキスをするロナンの、一歩間違うと恐ろしいナルシシズムに映りかねない展開を、実はもう惹かれ合っていることを琴線で感じているロナンが、オランプに与えた言い訳に見せたほど、ぶっきら棒さが絵になる二人だった。
そんな4パターンの恋人たちが、名もなき民衆を代表するなか、フランス大革命と=でつながる実在の人物王妃マリー・アントワネットには宝塚歌劇団で男役スターとして活躍した凪七瑠海が退団後僅か3ヶ月で登場。さすがの位取りの高さを見せている。元々新進男役時代に『エリザベート』でタイトルロールのエリザベートを異例の大抜擢で演じた人で、のちに『オイディプス王』のイオカステや、絶世の美女として名高いクレオパトラも演じているなど、豊富な女役経験を持つだけに、王妃マリー・アントワネットとしての居住まいが自然。特にこの作品の日本初演である2015年の月組公演でデムーランを演じている小池潤色への理解の深さが、作品のなかで大きく変化していくマリー・アントワネットの場面、場面での的確な表現につながっていて、「神様の裁き」で自ら発光しているかのような毅然とした美しさが目に残った。
また、群像劇の趣のある作品のなかで活躍する革命家たちでは、デムーランの内海啓貴が若い座組のなかで飛びぬけた歌唱力と演技力をもって全体を牽引している。殊に佳曲の多い作品のなかでも革命が最後の一線を越える瞬間をむしろ高らかに歌い上げる「武器を取れ」の名唄は作品中の白眉。それでいて全員で、また誰かと掛け合いで歌う際には、絶妙に声量をコントロールするなど、ロナンが不信感を露わにした時にも、最後まであきらめずに話し合おうとする作品のデムーラン像と、カンパニーに於ける内海のまとめ役としての在り方がジャストフィット。今回の上演の功労者と言える存在感だった。
ロベスピエールの伊藤あさひは、ミュージカル作品初出演となった『ロミオ&ジュリエット』で歌もダンスも初体験だったというエピソードに驚愕した資質の持ち主で、豊かな伸びしろをこのロベスピエール役でも改めて確信させている。「誰の為に踊らされているのか?」の難易度の高い歌い出しもきちんと決めていて、まさに将来有望。「人権宣言」での如何にも昂った台詞回しには別のアプローチもあると思うが、高揚しきった感情がそのまま表れるのも、2025年版『1789 -バスティーユの恋人たち-』の持つ独特の趣に相応しかった。
ダントンの伊勢大貴は、1幕の軽やかで陽気で気のいい奴の役柄の造形から、2幕の球戯場で人々を率いる強さの対比が革命への決意を感じさせる。激した台詞でも発声が安定しているのも強みで、他の革命家より出番が遅く、出た時点ではロナンとも既に親しくなっている作品の流れを無理なく見せ、周りに慕われるのも当然だと感じさせるダントン像を創り上げていた。
そのダントンと恋に落ちるロナンの妹のソレーヌには『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』ニニ役の好演が記憶に新しい藤森蓮華が登場。「夜のプリンセス」「世界を我が手に」と二つのビッグナンバーを持つ役柄をエネルギッシュに堂々と演じている。後半リズムに鋭く当てていくダンスシーンもさすがの迫力で、パワー全開の歌声と共に回を重ねるごとに、センターに立つ求心力を増してきたのも嬉しい発見だった。
王弟アルトワの配下として暗躍する秘密警察ラマールの俵和也は、ロナンとオランプの恋に本人の思惑とは無縁のところで最も加担したのはこの人では?と思わせるラマールを可笑しみを込めて演じている。笑いとシリアスの塩梅が非常に難しい役柄だと思うが、部下のロワゼルの宮下雄也、トゥルヌマンの須田遼太郎とのトリオのコンビネーションが、全体に軽やかなのも今回のカンパニーにあっている。
その王弟アルトワの高橋健介は、風雲急を告げる事態のなかで兄王が倒れてくれたら、自分が王になれると期待している役柄だが、王位簒奪を真剣に狙うと言うよりは、権謀術数を企んでいることが退屈凌ぎにも映る、圧倒的な若さが前に出た歴代とは異なる高橋独自のアルトワ像が新鮮。難しい鬘や衣裳を見事に着こなすビジュアル面の充実も目を引く。発展途上の歌唱も語りを入れるなどの工夫が現時点では正しく、更なる研鑽に期待したい。
王妃の恋人フェルゼン伯爵の小南光司はまず王妃を虜にしたことに説得力のある美しい軍服姿が印象的だが、この恋に命を賭すことも辞さないフェルゼンの本気を体当たりで伝えているのが様々な先達のイメージがある役柄を新しく見せている。国王夫妻に国外亡命を直訴し退けられる場面での無念の表現も直球ど真ん中で、本来おそらく王の前で他国の貴族が見せる感情の揺れではないものを、臆さず形にした小南フェルゼンの情熱がよく出ていた。
更に、東宝版初演、再演でデムーランを演じた渡辺大輔がロナンの仇敵となるペイロール伯爵として作品に参加し、大きな存在感を示しているのも今回の座組を底支えする力になっている。ミュージカル俳優として非常に上手く大人の役柄にシフトしている一人で、十分に若々しくビジュアルも良い渡辺が、こうしたポジションで場を締めてくれるのが貴重だった。特にペイロールは作中、実質ただ一人で民衆の壁となる必要がある役柄で、堂々と対峙している渡辺の頼もしさが際立った。
もう一人、東宝版初演、再演でルイ16世を演じた増澤ノゾムが財務大臣ネッケルと、ロナンの父を二役で演じていて、特にこの人の解任もフランス大革命勃発の引き金となったネッケル役では、なんとか事態を収拾しようと努める姿を熱量高く見せているのが増澤ならでは。味のある俳優の活躍が嬉しい。
その増澤からルイ16世役を引き継いだ山田定世は宝塚版も含めた歴代で最も、「フランス国王」専制君主としての誇りを感じさせていて、全てが裏目に出る決断もアルトワの讒言に惑わされたと言うよりは、本人の意志を感じさせる繊細な演技が王から哀れさを取り除いたのが大きな収穫。オランプの父でバスティーユの火薬庫を守っているデュ・ピュジェ中尉とミラボー伯を二役で演じる港幸樹も、終盤大きな鍵を握る中尉を誠実に、ミラボー伯をひと癖ある人物として演じ分け、ダンスシーンでも鮮やかな動きを見せた。また王妃の取り巻きの貴婦人ポリニャック夫人の晴華みどりは、宝塚歌劇団時代に歌姫として鳴らした美声はもちろん、やはり歴代で最も、必要なのは王妃本人ではなくその地位と権力であることを隠さない造形に良い意味で驚かされた。デムーランの恋人リュシルの鈴木サアヤは自らも革命思想を持つ女性で、デムーランとは同志でもある間柄に、恋人同士としての顔が僅かに前に出る立ち位置が面白かった。
更に今回は、名もなき民衆の一人ひとりをはじめ、ロナンが働く印刷工の仲間たち、ソレーヌと共にパンを求めて立ち上がる女性たち等々を演じる面々、五十音順で天野カイジ、新井智貴、伊藤奨、岡田梨依子、尾関晃輔、奥富夕渚、加藤冴季、北田涼子、彪太郎、今田和季、塩川ちひろ、七理ひなの、柴田海里、鈴木大菜、鈴木遼太、高雄結女、德市暉尚、内藤飛鳥、中村拳、西垣秀隆、新田寧々、平井琴望、藤本真凜、堀田聖奈、松平和希の迫力あるダンスの実力と共に、ビジュアル度が高いのが目を引き「世界を我が手に」など綺麗な人ばっかりだ、と驚くほど。スウィングの梅津大輝、Okapi、駒田奈々、庄田あかるを含め、日本のミュージカル界はどんどんすごいことになっているなと感じさせられる。『レ・ミゼラブル』の少年ガブローシュを彷彿とさせるパリの下町を知り尽くした少女シャルロットの宿谷彩禾、徳永みな、南里侑明は、ヘアメイクの関係もあると思うがビジュアルに共通点があり、作品の求めるシャルロット像を体現してそれぞれが達者。ルイ・ジョセフの谷慶人、古正悠希也の「ボンニュイパパ、ボンニュイママ」の愛らしさも健在と子役陣も活躍していて、正直はじめは「明治座で『1789』!?」と驚いた気持ちが、2.5次元も、歌手芝居も、歌舞伎も許容する劇場の懐深さと、全く新しい疾走感を持って登場した作品との邂逅が生んだ不思議な調和に感心する思いに変換された上演になった。
取材・文・撮影/橘涼香
公演情報
『1789 -バスティーユの恋人たち-』
脚本◇
ドーヴ・アチア、フランソワ・シュケ
歌詞◇
ドーヴ・アチア、ヴァンサン・バギアン、フランソワ・シュケ
音楽◇
ロッド・ジャノワ
ウィリアム・ルソー
ジャン=ピエール・ピロ
オリヴィエ・シュルティス
ドーヴ・アチア
ルイ・ドゥロー
ローラン・ドゥロー
フランソワ・カステロ
ブノワ・ポエ
シルヴィオ・リズボン
マノン・ロミ
エリオ・アントニー
潤色・演出◇小池修一郎(宝塚歌劇団)
出演
岡宮来夢/手島章斗(Wキャスト)
星風まどか/奥田いろは(乃木坂46)(Wキャスト)
凪七瑠海
内海啓貴
伊藤あさひ
伊勢大貴
藤森蓮華
俵 和也
高橋健介
小南光司
渡辺大輔
増澤ノゾム
港 幸樹
山田定世
宮下雄也
須田遼太郎
晴華みどり
鈴木サアヤ
ほか
【公演日程】
4月8日~29日 東京・明治座
5月8日~16日 大阪・新歌舞伎座
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