“浪漫”を詰め込んだ注目のイマーシヴシアター ESPACT旗揚げ公演『リ・リ・リィンカーテンコール』アフターレポート

“浪漫”を詰め込んだ注目のイマーシヴシアター ESPACT旗揚げ公演『リ・リ・リィンカーテンコール』アフターレポート

【イントロダクション】

注目の団体・ESPACTは主宰の横山統威、脚本・演出の藤井千咲子をはじめとしたイマーシブシアターと謎解き制作に特化した俳優で構成されている創作団体だ。“謎のあるイマーシブ”をコンセプトにしたイマーシブ作品を創作し、観客の“閃き”で展開してゆく新しい物語体験を提供していくという。そんな彼らの旗揚げ公演『リ・リ・リィンカーテンコール』がアトリエ第Q藝術にて公演された。

旗揚げ公演にもかかわらず、前売りチケットは全公演完売。いち早く同団体の魅力を嗅ぎつけた限られた人間のみが体験した、まるで一時の夢か幻のような物語が織りなされた。知る人ぞ知る本公演の魅力を、再演の可能性にも期待しネタバレはなしのアフターレポートにてお届けする。

あらすじ【公式サイトより】

大正ロマン華やぐ100年前、
「浪漫奇譚(ろまんきたん)」という劇団があった。

少人数ながら粒揃いの役者と、風変わりな座付き作家、何より、花のように美しい看板女優が人々を魅了し続け、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いの人気だったそうだ。

しかし、人気絶頂の中、看板女優は流行病で命を落とす。

残された劇団員は失意の中公演を続けていたが、
ある日、とある事故により劇団員全員が亡くなり、「浪漫奇譚」は消滅してしまう。

彼らが遺した数々の名作と悲運な最期を遂げた話題性で現世においてもなお伝説の劇団として名前が残っている。

時は流れ、2024年。

「浪漫奇譚」の理念を受け継いだ「劇団ロマンティックノース」は、第Q藝術の劇場主「松鶴 睦」より公演依頼を受ける。

「彼らの没後100年の追悼公演を行いたい」
「追悼公演で、彼らの最期の作品である『ソノ乙女、薄命ニツキ』を上演してほしい」

追悼公演を観に第Q藝術に集まった観客たちが祈りを捧げると、そこには……。

これは、出逢うはずのなかった人々と、時を超え出逢い“言葉を探す物語“――。


あらすじにもある第Q藝術だが、成城学園前に実在しているアートホール&カフェギャラリーである。地下室・1階・2階があり、1階が演劇にも適したホールになっているが、地下室や2階は絵画や彫刻を展示するギャラリーとして使用されることが多い。ESPACTは今回、そんな第Q藝術を大胆にも一棟丸々貸し切り、文字通り“縦横無尽”に観客が動き回るイマーシヴシアターを用意した。

物語は「劇団ロマンティックノース」が、この第Q藝術で起こった火事により団員全員が亡くなった悲劇の劇団「浪漫奇譚」の没後100年の追悼公演を行うところから始まる。我々は“追悼公演を観に来た観客”ということで、受付で花を受け取り、入場後にそれを祭壇に捧げることになる。冒頭から凄まじい没入感である。

席に座って様子をうかがっていると、「劇団ロマンティックノース」のメンバーが入れ代わり立ち代わりに現れる。まずは座長の奈良鹿紅葉(演・橋田洋平)、劇団員の赤黄ちよ子(演・徳岡あんな)が笑顔で来場者を迎え、中央の祭壇に花を供える道のりを教えてくれた。祭壇の前には、お調子者の山の亥文(演・横山統威)がおり、陽気に来場者に話しかけている。その一方で、明らかに“陰キャ”オーラを放っているのが丸眼鏡をかけた蛙柳とうふ(演・橘沙穂)。どこか浮足立つ紅葉や文たちのことを呆れつつも見守っているように感じたので、他の劇団員たちと仲が悪いわけではなさそうだ。

この日はゲネプロだったため関係者らしい見た目の客も多かったものの、どう考えても一般客ではない観客もやってきた。目の周りをスパンコールで彩り、服装もシノラー(※篠原ともえ氏のファンネーム)っぽいといえばいいのだろうか、とにかく目立っていたのだ。誰に頼まれたわけでもなく自己紹介をして回っている彼女の名前は比良久扉(演・灘美衣奈)。本人曰く、劇団員の山の亥文の“古参ファン”とのことだ。つい話しかけてみたが、クリアケースに入れてデコレーションされた文の写真を見せてくれた。強火ファンの解像度が高い……。なるほど、客側にもNPC(※ノンプレイヤーキャラクター:今回でいうところのキャスト側のこと)がいるのか、と思うと同時に「同担拒否かもしれないから、刺激しないでおこう」と筆者は思った。

しばらくするとちよ子が「さくらはどこにいるの?」と誰かを探している様子が目に入った。その後、しばらくして会場に姿を現したのは朔月さくら(演・片岡奈央乃)。一目でわかるほどオーラがあり、彼女がこの劇団の看板女優なのだろうということをすぐに察した。彼女もとうふと同様、物静かなタイプのようで、紅葉や文よりは女性同士であるちよ子、とうふとよく話していた。

まもなく開演かというところで献花を持ってやってきたのが白黒真実(演・安達優菜)。ペンネームなのかどうかが気になるところだが(後で話しかけて聞いてみればよかったと思っている)、その名の通り“真実を白黒はっきりさせる”記者・プレスの人間であった。

来場者が揃ったところで、劇場主である松鶴陸(演・梅田脩平)の挨拶が始まり、100年前に『ソノ乙女、薄命ニツキ』初日公演前に起こった火事によって劇団「浪漫奇譚」のメンバーが亡くなったこと、本公演が「浪漫奇譚」の理念を受け継いだ「劇団ロマンティックノース」による追悼公演であることが改めて説明される。松鶴自身も100年前の事故に大変心を痛めている様子が伝わってきた。

その場の全員で黙とうを捧げた後、いざ『ソノ乙女、薄命ニツキ』のリベンジ公演……と思ったその時、会場の明かりが落ちてしまう。一体何事かと思った矢先、ステージの上には華麗に舞い踊る人物たちが浮かび上がる。再度会場の明かりがついた時に我々の目の前にいたのは、看板役者の望月満月(演・浅野康之)をはじめ、藤卯月(演・吉野めぐみ)、蝶々牡丹(演・大﨑萌々香)、梅木ウグイス(演・多賀名啓太)、初夏アヤメ(演・山本美佳)――100年前にこの場所で亡くなったはずの「浪漫奇譚」の面々だった。

混乱する両劇団だったが、その間に立ち、ちゃきちゃきと状況を整理していく小柄な女性がいた。彼女の名前は是桐カルタ(演・藤井千咲子)。表に出ない作家であったためにその姿を知られていなかった「浪漫奇譚」の座付き作家だ。メタな余談だが、このイマーシヴシアターの脚本を書いたのも彼女の“中の人”だというのがちょっと面白い。まるで男性のような口調で頼もしく状況を整理していくカルタのおかげで、「劇団ロマンティックノース」の面々も、そして我々観客も徐々に状況を飲み込んでいく。

実は「劇団ロマンティックノース」に伝わっていた『ソノ乙女、薄命ニツキ』には続きがあり、最後の1シーンが欠けているのだという。しかし、オリジナルであるはずの「浪漫奇譚」の面々も最後のシーンのセリフが一部思い出せずにおり、完璧な上演ができないがゆえに成仏できない状況にあった。「劇団ロマンティックノース」と我々が今いる第Q藝術に「浪漫奇譚」のキャストたちはずっと閉じ込められており、我々もこのままだと帰れなくなるのだという。そこで、皆で現実世界に帰るため、そして「浪漫奇譚」のキャストたちを成仏させてあげるために、忘れてしまった最後のシーンのセリフを思い出すヒントを集めることになる。

ここからがイマーシヴシアターの醍醐味、自由に歩き回ることができるパートとなる。人間模様でいうと「劇団ロマンティックノース」の文がとびきり美人な「浪漫奇譚」の牡丹の力になりたい!と意気込み、文の古参ファンである扉がそれについていく「ひ、昼ドラ……!?」とワクワクしてしまうようなやりとりもあったものの、筆者は物語の鍵を握っていそうなカルタの後について地下の部屋に降りた。そこでカルタは当時の女流作家としての苦悩や、「浪漫奇譚」が結成された時の話をしてくれた。観客とともにその話を聞きに来たのが「劇団ロマンティックノース」のとうふ。作家志望の彼女はカルタの大ファンだという。目を輝かせてカルタの話を聞くとうふだが、1点だけおかしな点に気づく。とうふは「「浪漫奇譚」は望月満月、是桐カルタ、そして八重桜乙女の3人で旗揚げされた劇団」だと主張するのだが、カルタ自身は八重桜乙女という人物に心当たりがないというのだ。

カルタはあて書き(※特定の俳優をイメージしてキャラクターを作り、脚本を書くこと)作家として知られており、おそらく彼女が八重桜乙女を忘れていることが、『ソノ乙女、薄命ニツキ』のラストシーンの鍵になっていると思われる。その他の「浪漫奇譚」の劇団員たちと接触してみると、皆が八重桜乙女のことを忘れてしまっているものの、謎の喪失感を抱えているように思えた。カルタだけでなく、彼ら全員が八重桜乙女を思い出せるように、観客たちが彼らを導いてあげる必要がありそうだ。

そんな中で「劇団ロマンティックノース」側でも、ちよ子がさくらにコンプレックスを抱えていることを吐露していたり、劇場主の松鶴にも大きな人間ドラマが待ち構えていたりと、台本を完成させること以外にも見どころが多くある。謎解き部分では、暗号を読み解くといった頭を使うパートも、“失われた楽譜を探す”など物理的なアクションが求められることもあり、2階から地下、さらには奈落や庭まで、限られた時間内で精一杯動き回ることになった。

ゲネプロではなるべく多くの情報を集めようといろいろな人物と接触してみたが、断片的な情報が集まってしまったため、特定の人物を追い続ける方法で何回も通うか、参加者同士で分担をして情報を集めるか、どちらかの方法をとらないと全ての人間ドラマは回収できなさそうだと感じた。こういった何度でもおかわりしたくなってしまうもどかしさや、参加者同士でコミュニケーションが必要な要素があるのも、イマーシヴシアターの真骨頂である。個人的には文・牡丹・扉の3人が一体どんなやり取りをしたのか、気になって仕方がない(扉は終始ニコニコしていたので、案外、同担歓迎タイプの古参ファンなのかもしれない……怖いのでそうであってほしい)。

旗揚げとは思えないクオリティで行われたESPACTのデビュー公演。没入しすぎて「「劇団ロマンティックノース」の公演、素晴らしかったよ!」と紹介してしまいそうになるが、ESPACTという団体名も忘れずに覚えておきたいと思う。本作の再演や、今後の新作公演にもぜひ期待したい。

【取材・文・撮影/通崎千穂 写真提供/ESPACT】

公演情報

ESPACT始動公演「リ・リ・リィンカーテンコール」

■公演期間:2024年10月3日 (木) 〜 10月6日 (日)
■会場  :アトリエ第Q藝術

■出演  :
浅野康之(劇団鹿殺し/トイメン)
片岡奈央乃(アミティープロモーション)
橋田洋平
安達優菜
灘美衣奈
多賀名啓太
─ ESPACT ─
横山統威
藤井千咲子
吉野めぐみ
橘沙穂
徳岡あんな
大﨑萌々香
山本美佳
梅田脩平

■スタッフ:
脚本・演出 / 藤井千咲子
演出助手 / 吉野めぐみ、徳岡あんな
謎制作 / わたなべゆうた、横山統威、橘沙穂、吉野めぐみ、徳岡あんな、がむ、藤崎ソルト、天海心良、ケロミツ
照明 / 箱崎恵奈(企画団体ぷえら)
音響 / HI:SS
音楽 / 谷向佑香
振付 / 徳岡あんな
映像制作 / HI:SS
衣装 / COCORO MITOBE
小道具 / HI:SS、吉野めぐみ、梅田脩平
Web / 文目ゆかり
宣伝美術 / 大﨑萌々香
宣伝写真 / 岩田マサヤ
宣伝ヘアメイク / 藤井千咲子
謎キットデザイン / 藤崎ソルト、ケロミツ、Mille
広報 / 山本美佳、徳岡あんな
制作 / 橘沙穂、吉野めぐみ
当日制作 / がむ、渡邉修也、山田なお、藤崎ソルト、天海心良、柴草美来、山口晃平、わたなべゆうた、COCORO MITOBE
協力 / 劇団鹿殺し、トイメン、アミティープロモーション、東宝芸能、IAMエージェンシー、株式会社オフィス鹿
企画・製作 / ESPACT

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