都内の公立高校で新聞部に所属する2人の男子高校生が、学校に蔓延する“嘘”を暴こうとしたことから、思わぬ真実に直面していく様を描いた学園ドラマ『ト音』が、2024年6月13日(木)~18日(火)東京・新宿の紀伊國屋ホールで上演される。
本作は、劇作家協会新人戯曲賞の最終選考に選出された劇団5454(ランドリー)の代表作であり、かつ高校演劇に熱く支持され再演を重ねている人気作品で、今回の上演は主演の高校生・秋生に菊池修司、藤に松田昇大を迎え、劇団の主宰で脚本・演出を務める春陽漁介が「『ト音』の完成版を目指したい」との熱い意欲のもとに準備が進んでいる。
そんな5月下旬に、白熱した稽古場を訪ねた。
休憩中で三々五々稽古場を行きかうキャスト、スタッフがいるなかで、やはりパッと目に入るのが壁いっぱいに広がる黒板。あー『ト音』の世界だ!とワクワク感が高まるなか、稽古がはじまる。
春陽演出の常で「はじめます!」と確かに言っているのだが、そこに独特の緩やかさがあって、キャストが自然に役に入っていく様が心地いい。
最初は、保健室通いを続けている秀才高校生・長谷川役の佐藤日向が、音への興味から発展して、固有振動数の共鳴で物体の破壊が可能になるのでは?と思考していく場面から。
長谷川にそのきっかけを与える古谷先生役の窪田道聡と、養護教諭・江角先生役の榊木並との三人のやりとりが、同じ場面で同じ話をしているのに、それぞれ自分のテンポのなかにいる感覚から、役に生きていることが感じられ、芝居に絶妙なリアルを与えていく。
ひと通り場面が進んだところで春陽から「入りの雰囲気がいい、クリアな距離感を捉えているので、現状はちょうどいいね」と、まず全体への肯定があったのち、長谷川の佐藤がどこで立つか?という、綿密な演出がついていく。
この台詞では座ったままならこうだし、ここで立つとしたらこうだ、と長谷川役と古谷先生の距離感が測られていく。それによって長谷川が古谷先生の言葉に興味を持ち、共感していく、つまりは心を開いていく過程が見えてくるのがわかり、芝居って面白いな、と改めて思わされる。
佐藤がとても積極的に質問を重ねていくのに、春陽はもちろんのこと、劇団5454の窪田と榊がじゃあこうしたら、こっちは?と応えていく様が観ていても清々しい。
それでいて、「声」でワイングラスのストローを振動させるくだりでは、佐藤と窪田の声がきちんとオクターブ(※ある音を基準として周波数が二倍になる音同士のこと。声変わりあとの男性と女性の声は基本的にオクターブの高低差がある)で同じ音でないとおかしい、などの専門的な話も入ってくるなか、佐藤があまりにも上手にストローを揺らすことができ、思わず「その内(グラスが)割れそう」と自分でつぶやくと、春陽が「いや、割れないよ」とツッコミ、笑いだす窪田、「なんか可愛い」と佐藤に言う榊と、とても良い雰囲気のなか、細かい確認が続けられた。
芝居の時系列としては少し遡って、続いたのは藤役の松田昇大が秋生役の菊池修司に、次に発行する新聞に載せる記事のネタを伝えている場面。これは劇場にいってハッキリわかってくることだと思うが、今回の舞台美術には高さがあり、二人の会話、更に、長谷川に片思いをしている長江崚行演じるサッカー部所属の高校生・千葉が、教師の態度が酷いと訴える様が非常に面白く展開されていく。
ピリピリしている秋生役の菊池、その秋生の反応が気になって仕方がない藤役の松田、とにかく伸び伸びと舞台を駆け回っていく千葉役の長江と、それぞれ役のキャラクターと、演じ手の個性が早くも見えてくる。強面の五味先生役の久ヶ沢徹、佇まいから調子よく生徒をあしらっている感がある坂内先生役の川本成のコントラストも面白い。
春陽からは、菊池と松田に、この場面での役柄の心情について丁寧な説明があって「秋生が納得してくれないことに藤は不安なんだから、シリアスになり過ぎずに、それがもう少し明確になってくるといいね」とのアドバイスが。確かに二人の関係性が出てくるところだし、新聞部が「嘘」に着目していくシーンでもあるから、菊池も松田も非常に真摯に耳を傾けている。縦横無尽に動いている千葉役の長江にも「ちょっとベクトルが客席に向き過ぎかな?」とのサジェッションがあり、こうして場面が一層練られていくんだと感じさせられる。
一方で、先生の紹介シーンでもあることから、春陽の「五味先生バッチリです!」との久ヶ沢への言葉が出て、川本にもとても良いので、川本にも良いと声をかけながら「声を半音あげると、さらに嘘くさくなります!」との、“あるかもしれない、気をつけよう…”と日常生活にも通じそうな話もあって、嘘がテーマの作品から様々なものが立ち上る。
続いて先生たちのシーンへ。
安達先生役の森島縁、戸井先生役の及川詩乃の劇団5454メンバーも加わって、それぞれの先生像の自由で個性的な面白さが見えてくる。
安達先生役の森島の表情の豊かさと、戸井先生役の及川のこの場面ではちょっと弱っている感じとが、教える方も大変だよね、を伝えてくれる。生徒に対して真っ直ぐに向き合うことを信念にしている五味先生役の久ヶ沢に、やっぱり生徒に親しみを持たれることも大事だから、と坂内先生役の川本がするアドバイスと、それに応える久ヶ沢の芝居があまりにも可笑しい。
ここから秋生役の菊池と藤役の松田が入ってくる展開は、重要な流れなので詳細は控えるが、春陽も「どうバランスをとっていくか稽古で見つけていこう」と話し、主演に奮闘している二人にいきなり結論を突き付けない優しさと同時に、二人に俳優としての進化を期待している様が見えるようだ。
だからこそ先生チームへの演出は具体的で「台詞の後ろに全部(笑)がつく感じ、おどけてごまかしているのニュアンスを残したい」「ここはサービスシーンとしてたっぷり見せてしまいましょうか」といった、意図が明確に伝わるのが興味深かった。
そして最後が、菊池と松田の二人だけで、ひたすら7時間(!)稽古を重ねた「黒板特訓DAY」があったと伝え聞く、通称「黒板大立ち回り」のシーンへ。
これはもう、ただただ大変だろうな、瞬発力も持久力も全部いるよ…という、喋りっぱなし、書きっぱなしの一場で、春陽曰く「振りとして見せちゃっていい」目の前で人が演じる演劇の醍醐味が詰まったシーンになった。
やりきった二人には、『白鳥の湖』の黒鳥オディールが、最大の見せ場の「32回転のグラン・フェッテ・アン・トゥールナン」を決めたあとさながらに拍手を贈りたくなったほど。もちろんまだまだ進化していくだろうし、何が書かれているかは本番でのお楽しみなので、写真は加工しているのだが、決してケレンだけではない、大事な情報がたくさん入っているので是非劇場で注視して欲しい。
また、この場面は先生たちの紹介シーンその2でもあって、それぞれのキャラクターが炸裂する様も楽しめる。
そんな場面、場面が進んでいく稽古で殊更印象的だったのは、菊池と松田の真剣さや、佐藤と長江の前向きな姿勢を、先生役のキャスト陣が受けとめつつ個性を発揮している温かい空気感だった。
春陽からは、例えば「表情と動きがある種の癖になっているところがあるけれども、それは今後色々な演出家さんとの現場にあたりながら、俳優としてゆっくり考えていこう」というような、若いキャストたちへの、非常に長い目線でのアドバイスも様々にあり、本当にいい現場だなと思いながら稽古場を後にした。
このトライ&エラーの積み重ねから、どんな『ト音』完成版が生まれるのか、楽しみな気持ちが高まる時間だった。
(取材・文・撮影/橘涼香)
MMJプロデュース公演第ニ弾 舞台「ト音」
公演期間:2024年6月13日 (木) 〜 2024年6月18日 (火)
会場:紀伊國屋ホール
■ストーリー
東京都内の公立高校に通う、新聞部の藤と秋生。教師たちしか読まない校内新聞に嘆いている2人は、生徒たちの足を止めるべく、教師たちの「嘘」を記事にし始める。
一方で、保健室通いの秀才長谷川は、音への興味から固有振動数の共鳴で物体の破壊を試みていた。ある事件から意気投合した3人は、「嘘の破壊」に乗り出すが、その先に待っていたのは、嘘と願うような真実だった。
今作「ト音」は、2013年に劇団5454で上演され、劇作家協会の第19回新人戯曲賞の最終選考に選ばれた作品であり、以降、劇団5454での再演のほかにも高校演劇を中心に全国で上演され続けている。
■スケジュール
2024年6月13日 (木) 〜 2024年6月18日 (火)
06月13日(木) 19:00★
06月14日(金) 13:30
06月15日(土) 13:00 / 17:30
06月16日(日) 13:00 / 17:30
06月17日(月) 19:00
06月18日(火) 13:30 / 18:00
★初日6月13日(木)公演は、カーテンコール撮影OK
■出演
菊池修司 松田昇大 長江崚行 佐藤日向
窪田道聡 榊木並 森島縁 及川詩乃
川本成 久ヶ沢徹
■スタッフ
脚本・演出:春陽漁介(劇団5454)
音楽:Shinichiro Ozawa
美術:愛知康子
照明:安永瞬
音響:游也(stray sound)
衣裳:曽根原未彩
ヘアメイク:瀬戸口清香
演出助手:柴田ありす
舞台監督:北島康伸
票券:野田紅貴(カンフェティ)
宣伝美術:横山真理乃
制作:堀萌々子・仁科穂乃花
プロデューサー:宮寺加奈
企画製作:メディアミックス・ジャパン