【公演レポート】日本人キャストによる日本/イギリス同時上演の快挙に沸く舞台『千と千尋の神隠し』

【公演レポート】日本人キャストによる日本/イギリス同時上演の快挙に沸く舞台『千と千尋の神隠し』

2022年、宮﨑駿の不朽の名作を英国ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの名誉アソシエイト・ディレクター、ジョン・ケアードの翻案・演出により世界初の舞台化を成し遂げ、大評判となった舞台『千と千尋の神隠し』

その2024年公演が、初演から主人公の千尋役を演じ続ける橋本環奈上白石萌音に加え、新たにオーディションで同役を射止めた川栄李奈福地桃子を加えた 4 人の千尋によって、3月30日まで行われた帝国劇場公演を皮切りに、日本とイギリスでの同時上演への歩みを進めている(4月7日~20日愛知・御園座、4月27日~5月19日福岡・博多座、5月27日~6月6日大阪・梅田芸術劇場メインホール、6月15日~20 日北海道・札幌文化芸術劇場 hitaruの日本国内全国ツアーと並行して、4月30日~8月24日英国ロンドン、ロンドン・コロシアム劇場で初の海外公演を実施)。

舞台『千と千尋の神隠し』は、10歳の少女千尋が、神々の世界に迷い込み豚の姿に変えられてしまった両親を救う為に懸命に働き、生きる力を呼び醒ます姿を描いた宮﨑駿による大ヒットアニメーション映画をもとに、2022年に東宝創立90周年記念公演として初の舞台化がなされた作品。

映画の世界から飛び出したようなキャラクターたちが、目の前で躍動するライブならではの醍醐味が相まった舞台は、大衆演劇の優れた業績を表彰する『第47回菊田一夫演劇賞』で上演関係者一同が菊田一夫演劇大賞を受賞するなど、高い評価を得て2023年名古屋御園座で再演を果たした。

そして2024年遂に日英二ヶ国での同時上演、それもこれまでに輸出された東宝作品(ミュージカル『風と共に去りぬ』(作:菊田一夫、原題「スカーレット」)『ローマの休日』『マリー・アントワネット』『レディ・ベス』『四月は君の嘘』)などが、現地のキャストと言語で上演されたのとは異なり、日本人キャストが日本語で4ヶ月間にわたり英国での上演に挑むという東宝初挑戦、日本の演劇界全体を見てもほとんど例を見ない試みが実現した画期的な上演となっている。

STORY

10歳の少女・千尋(橋本環奈/上白石萌音/川栄李奈/福地桃子・クワトロキャスト)は、両親と車で新居に向かう途中、森にひっそりと佇むトンネルに出くわす。好奇心旺盛な千尋の父(大澄賢也/堀部圭亮・Wキャスト)は、このトンネルを抜けられるかもしれないから行ってみようと言い出すが、何か異様な雰囲気を感じ取った千尋は、トンネルを抜けることを怖がり帰ろうと主張する。じゃあここで待っていてと母(妃海風/華優希/実咲凜音・トリプルキャスト)に言われた千尋は、一人になると急に怖くなり、両親のあとを追ってトンネルに入っていく。

そこは神々が住まう、人間のそれとは全く別次元の場所だった。そうとも知らず、立ち並ぶ無人の店にあった食べ物を、あとから清算すればいいだろうと無断で口にした両親はなんと豚の姿に変わってしまった!

いつの間にか帰り道も無くなり、元の世界に戻ることができずパニックに陥った千尋を謎の少年ハク(醍醐虎汰朗/三浦宏規/増子敦貴・トリプルキャスト)がかばい、なんとか救い出そうとするも叶わず、両親を助け出し、元の世界に戻る為に千尋がこの世界で生きていく方法を教える。

それは魔女の湯婆婆(夏木マリ/朴璐美/羽野晶紀/春風ひとみ・クワトロキャスト)が仕切る、銭湯「油屋」で働くことだった。意を決した千尋は銭湯の釜を取り仕切る釜爺(田口トモロヲ/橋本さとし/宮崎吐夢・トリプルキャスト)を介して、ついに湯婆婆と対面。

ようやく仕事の契約を交わすことに成功するが、湯婆婆から「千尋」という名を取り上げられ、「千」という新たな名前で働くことになって……

この作品『千と千尋の神隠し』が舞台化されるという発表があった2022年、「そう来たか!」という大きな期待の声と同時に「アニメーションには結局敵わないと思うよ」という懐疑的な声もまたあがったのも偽らざるところだったと思う。それほど宮﨑駿監督の手になる、何事も親任せでむしろ無気力だった少女が、自らの名前、つまりはアイデンティティを奪われながらも異世界で奮闘し、逞しく成長していく姿を日本古来の八百万の神々の世界で描いた壮大なファンタジーであるアニメーション映画の評価は高く、必然的に舞台化のハードルをも非常に高いものにしていた。

けれども、その舞台版『千と千尋の神隠し』に接した感動は、舞台だからこそできること、演劇の想像力をどこまでも信じた、謂わばアナログの良さがまっすぐに演劇を愛する心の胸を打つものに仕上がっていた。

その大きな要因には、翻案・演出を手掛けたジョン・ケアードが、映像処理を極一部に抑え、歌舞伎や文楽など、日本の伝統芸能で多く用いられてきた人の手による表現方法に徹して、主要登場人物や神々の描写を貫いたことがあげられる。
例えば歌舞伎の黒衣が舞台を堂々と歩み、棒で操っていることを少しも隠そうとしないまま蝶々が飛び回る様を表現しても、黒衣本人も棒も「見えない」という約束事を舞台と客席が共有しているのは周知のことだ。

同じように小劇場などで多く用いられ、ジョン・ケアード自身が『ダディ・ロング・レッグズ』でも使った、ただの四角い箱を並べ替えたり積み上げたりすることによって、そこがテーブルと椅子のある室内になったり、小高い山の頂きになったりする手法もまた、舞台と客席が同じ共通認識のなかにすっぽりと入り込んでいるからこそ可能になるライブパフォーマンスだけが持ちうる表現形態だ。

そんな、ないものを見て、あるものを見ない、演劇の想像力がこの舞台には横溢している。だからこそ華やかなLEDもワイヤーアクションもないままで、湯婆婆は鳥の姿になって飛び回り、ハクは白竜となって千尋を背に乗せ空を翔ける。釜爺の6本の手は遠く伸びていくし、おしら様は堂々と大きく、青蛙やススワタリは千尋より遥かに小さい。

こうしたキャラクターたち、一つひとつのしつらえは、前述した歌舞伎や文楽、また地域に伝わる祭りや人形劇など、どこかで見たことがあるものばかりだ。
けれどもそうした日本に長く伝わってきた、ある意味単純な仕掛けが列を成して舞台上に繰り広げられた時、そこから生まれる人の手のぬくもりを持った和製ファンタジーの香りには、とびきりの個性と美しさがあった。

中でもこの舞台『千と千尋の神隠し』の素晴らしさは、手法としては歌舞伎の黒衣と同じなのだが、それを動かしている役者たちが顔を覆うのではなく、そのパフォーマンスにも注目できることだ。

例えば初めは、跳んだり跳ねたりを繰り返して活躍する青蛙のパペットのユーモラスな動きそのものに目が行っていても、やがて演じているおばたのお兄さん元木聖也という、『トッツィー』や『キングダム』での非常に優れた身体能力が記憶に新しい俳優たちの、演技やパフォーマンスも同時に堪能でき、双方がきちんと並び立っている。

重要なキャラクターであるカオナシなどは、アニメーションからの再現度を高く作りこんでいるにもかかわらず、名ダンサー揃いの森山開次、小㞍健太、山野光、中川賢で、佇まいからまるで違って見えてくる。誰もがキャラクターに献身しながら、己の個性もなくしていず、その日、その日の公演が一期一会の、ライブパフォーマンスの尊さを実感させてくれる。

巨大な油屋を舞台上に飾りこみながら、盆回しと渡り廊下や階段などで、更に広大な異世界を出現させた美術のジョン・ボウサー、照明の勝柴次郎をはじめとした、スタッフワークも心躍らせるものだ。
分けても古布を思わせる端切れの集合体から独特の質感が生まれる神々や、庭の木々などを現す中原幸子の衣裳が、日本発の作品としての色合いを決める力になった。

そんな舞台の2024年全国ツアー・ロンドン公演のスタートとなった帝国劇場の初日に千尋役で登場した橋本環奈は、その愛らしさで魅了した初演からより一層華やかさを増し、美少女の印象が更に強くなった。

非常にヒロインらしい千尋で、橋本の千尋として、また舞台『千と千尋の神隠し』の千尋として客席の視線を一身に集めている。

同じく続投の上白石萌音は、台詞発声や演技、身体表現が舞台芸術に即している強みが如何なく発揮されていて、突然放り込まれた異世界に戸惑いつつ、強さを身に着けていく千尋の成長をくっきりと表わして惹きつける。

あらゆる意味でバランスの良い千尋で、数々の舞台で優れた仕事を残しながら、少女の瑞々しさも手放さない上白石の力量が光った。

注目の新キャストの一人川栄李奈は、帝劇公演最終板で初日を迎えたが、感情表現が豊かで、例えば自分の靴や靴下を持ってきてくれるススワタリに笑顔で手を振るなど、折々に心から笑っていると感じられる表情がひと際目に残る千尋像。

こう在りたいという川栄の千尋がはっきりと観てとれる存在感だった。

一方、もう一人の新キャスト福地桃子は、新たな千尋役としてきっと大きな緊張もあっただろう福地の心情がそのまま、次々に襲い掛かるできごとにとても理解が追いつかないが故に、その場に対処するだけで精一杯という千尋像に結びついている。

しかもこの千尋がアニメーションのイメージに近く感じられるのが非常に面白かった。

そんな四人四様の千尋役者のいずれもが、10歳の子供である千尋を演じて無理がないのがやはり大きなポイントで、特にロンドンの観客には本当に幼い少女が演じていると映るのではないかと思わせ、日本のファンタジーを世界に届けてくれる姿に期待が高まった。

他のキャスト陣は、日英同時上演を見据えてアンダースタディのキャストも既に帝国劇場公演に登場してもいる一方、帝劇公演の出演がない、もっと言うとイギリスでしか観られない?!というキャストもいて、行くのか?ロンドンに行くしかないのか?との、嬉しい悲鳴を遥かに通り越した事態にもなっている。

その為、それこそ各地でのあなただけの組み合わせをそれぞれに楽しんで欲しいが、出会えたキャストに一部触れると、ハクの醍醐虎汰朗がアニメーションの神秘性を強く感じさせたのに対して、増子敦貴はむしろ人間味が前に出る面白さがあったし、アンダースタディの新井海人の甘さのあるビジュアルも、千尋を守ろうとするハクの存在に似つかわしかった。こうなるとバレエダンサーの出自を生かした三浦宏規のハクにも、無理は承知でなんとか出演して欲しかったという気持ちが募る。

宝塚元トップ娘役揃い踏みになったリンと千尋の母の二役では、妃海風が双方の役柄にサバサバとした勢いと力強さのある造形を。華優希が千尋に対してクール味の勝った母親像と、親身になっていくリンの演じ分けの面白さを。実咲凜音が小言を言いつつ千尋を気にかけている母からリンへのつながりが感じさせるなど、それぞれの個性が際立っている。

そのリンや千尋との絡みが多い釜爺は田口トモロヲの適度なアクの強さが良いアクセントになっているし、宮崎吐夢の温かさのなかに軽みのある造形が新鮮だった。豪快で自由な橋本さとしの釜翁が見せる深化も楽しみだ。

湯婆婆と銭婆の二役は、いずれもビジュアルの作りが初演のカリカチュアよりやや自然になっていることもあり、羽野晶紀が綺麗だ、と感じさせる湯婆婆を披露。それでいて銭婆の温かさもきちんと出て、そっくりだけれども別の人物をきちんと表現している。

やはり新キャストの春風ひとみも、演技巧者らしい凄みと穏やかさの温度差がよく出ていて、双方良い新キャストになった。もちろん夏木マリの唯一無二、朴璐美の熱量も初演以来のテンションを保って貴重だった。

他にも兄役と千尋の父の大澄賢也が軽やかな身体表現で、千尋が怖がる気持ちに納得がいくほどの無鉄砲さを出せば、堀部圭亮が根本的に楽天家なんだろうな、という父親像を作りこんで魅せるなど、キャストの面々がいずれも個性を発揮しているのが楽しく、油屋で働く人々、また八百万の神々と大活躍のキャストたちが、目の前で人が演じるライブパフォーマンスならではの『千と千尋の神隠し』を造形しているのがなんとも頼もしい。

この日本発世界への画期的な作品が、135公演という長丁場が予定されている英国ウェストエンドのロンドン・コロシアム劇場でどう花開くのかに夢が膨らむ。演劇の力、その魅力が随所に詰まった舞台のここから進んでいく道のりに期待している。

(取材・文/橘涼香 写真提供/東宝演劇部)

舞台『千と千尋の神隠し Spirited Away』

2024年3月 東京・帝国劇場
2024年4月 愛知・御園座
2024年4月~5月 福岡・博多座
2024年5月~6月 大阪・梅田芸術劇場メインホール
2024年6月 北海道・札幌文化芸術劇場 hitaru
2024年4月~8月 London Coliseum

原作:宮﨑駿
演出・翻案:ジョン・ケアード
共同翻案:今井麻緒子

出演:
千尋:橋本環奈 / 上白石萌音 / 川栄李奈/ 福地桃子
ハク:醍醐虎汰朗 / 三浦宏規(帝劇公演を除く)/ 増子敦貴(GENIC)
カオナシ:森山開次 / 小㞍健太 / 山野光 / 中川賢
リン/千尋の母:妃海風 / 華優希 / 実咲凜音
釜爺:田口トモロヲ / 橋本さとし(帝劇公演を除く)/ 宮崎吐夢
湯婆婆/銭婆:夏木マリ / 朴璐美 / 羽野晶紀 / 春風ひとみ
兄役/千尋の父:大澄賢也 / 堀部圭亮
父役:吉村直 / 伊藤俊彦
青蛙:おばたのお兄さん / 元木聖也
頭:五十嵐結也 / 奥山ばらば
坊:武者真由 / 坂口杏奈

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