【公演レポート】現代の寓話にリアリティを加えた山﨑育三郎主演ミュージカル『トッツィー』

【公演レポート】現代の寓話にリアリティを加えた山﨑育三郎主演ミュージカル『トッツィー』

演出家やスタッフと衝突ばかりしていた売れない俳優が、とあるきっかけで女性になりきってミュージカルのオーディションに応募したところ、超個性的なキャラが目に留まり見事合格したばかりか、瞬く間に人気者になったことから起こる大騒動を描くミュージカル『トッツィー』が、日比谷の日生劇場で上演中だ(30日まで。のち、2月5日~19日大阪・梅田芸術劇場メインホール、2月24日~3月3日名古屋・御園座、3月8日~3月24日福岡・博多座、3月29日~3月30日岡山・岡山芸術創造劇場で上演)

ミュージカル『トッツィー』は、1982年に名優ダスティン・ホフマン主演で公開された映画「トッツィー」を原作に、時と場所を現代のブロードウェイの舞台に置き換え、音楽・歌詞にデヴィッド・ヤズベック、脚本にロバート・ホーン、演出にスコット・エリス、振付にデニス・ジョーンズといった、現代のブロードウェイで活躍する、超一流のクリエイターを結集し、装いも新たなミュージカル・コメディとして初演された。

作品は瞬く間に大評判となり、2019年のトニー賞ミュージカル部門では最優秀脚本賞、主演男優賞受賞をはじめ、計11部門にノミネートされる高い評価を得た。

今回の公演は、そんな作品の待望の日本初上陸で、主演のマイケル・ドーシー/ドロシー・マイケルズに、ミュージカル俳優としてはもちろん、映像、音楽と多彩な活躍を続けている山崎育三郎
その山崎演じるマイケルが恋をする女優ジュリーに、ミュージカル『エリザベート』でもトートとエリザベートとして山崎とタッグを組んだ愛希れいかをはじめとした、個性豊かな俳優陣が集結。

現代の寓話にとどまらない、捧腹絶倒のなかにペーソスも感じさせる作品となっている。

【STORY】

俳優のマイケル‧ドーシー(山崎育三郎)は、演技へのこだわりと熱意は人一倍だが、そのこだわりの強さ故に自分を曲げられず、演出家やスタッフと衝突を繰り返し周囲に煙たがられている。遂にエージェントのスタン(羽場裕一)にも匙を投げられたマイケルは、同居している売れない劇作家で親友のジェフ(金井勇太)からも何かとアドバイスを受けるが、事態に好転の兆しはない。そんな時、マイケルの元カノで今でも頻繁にマイケルのアパートにやってくるサンディ(昆夏美)がブロードウェイ・ミュージカルの臨時オーディションを受けることを知る。

俳優として舞台に出るチャンスを探し続けていたマイケルは、仕事が欲しい一心で女性になりきって“ドロシー・マイケルズ”と名乗り、そのオーディションを受けたところ、見事合格してしまう。しかも個性的なキャラクターが敏腕プロデューサーのリタ(キムラ緑子)の目に留まり、まさかの主役に引き上げられ一躍人気者に。素の自分=男性俳優としては全く売れないのに、女優ドロシーになりきると、共演者やスタッフからの人望まで着実に得ていくマイケル。挙句の果てに、マッチョでイケメンだが俳優としては未熟なマックス(岡田亮輔/おばたのお兄さん Wキャスト)に熱烈に惚れられてしまい、事態は混沌を極めていく。

そんな中、同じ舞台で共演することになったヒロイン役のジュリー(愛希れいか)と親しく話す機会を得た“ドロシー”は、大御所演出家のロン(エハラマサヒロ)の露骨な誘いを如何にしてやり過ごすかなど、ジュリーが演じる以外のことで重ねている苦労を知り、女性同士として心を許してくれたジュリーとの友情を深めてゆく。
だが、素のマイケルはそのジュリーに抑えがたい恋心を抱いてしまい……。

原作映画が創作された1982年には、売れない中年俳優が女装をして女優を偽ったことで、あれよあれよと人気者になっていく、というストーリーは所謂アメリカンジョークとして許容されている時代だったと思う。
だが多様性を重んじ人種の違いや肌の色によって役柄が規定される不平等を避けるべき、という考え方も進む時代の流れが、作品をただコミカルなものとして享受することを難しくさせている。

もちろんミュージカル『トッツィー』としてこの舞台が生まれ出た2018年の段階で、そんな変化に即して作品には様々な設定変更がなされているが、時代が更に進んだ2024年のいま、日本初演を迎えたこの作品をコメディたらしめている部分そのものに、ひっかかりを覚える向きも全くないとはいいにくいだろう。

特に「男優」「女優」というごく普通に使われてきた言葉を「俳優」で統一したり、職業名として通ってきた「カメラマン」を「フォトグラファー」と言い替えるのが一般的になってきているほど、ジェンダーフリーをまず言葉からだけでも実践しようとしているいまの日本の、様々な意味で道半ばである現状では、そもそも笑いにして欲しくないという考え方もあるかもしれない。

ただ、少なくとも私はそうした違和感ではなく、この日本バージョンからしみじみと温かいものが立ちのぼるのを心地よいと感じることができた。その感触は、マイケルが女優を騙ったことによって、それまで全く知らなかった困難を知っていく過程で誠実さを手放さない態度に起因している。更に俳優としての自分の技量にプライドを持ち、承認欲求も高いマイケルが、“ドロシー”としての自分にジュリーや、プロデューサーのリタがシスターフッドを覚える姿に罪悪感を抱いていく様には、むしろなんとか事態がうまくまとまらないものかと、気を揉む気持ちにさせられるほどだった。

そんな温かで真摯な色を舞台に加えたのは、マイケル・ドーシー=ドロシー・マイケルズを演じた山崎育三郎が持つ、適度にスターらしいナルシシズムを内包していつつ、あくまでも温かいという独特の個性に起因するものが大きい。実際アンサンブルの和を崩してまでも、自身の役作りにこだわるマイケルは、その役者魂にエールを贈りたい気持ちはおおいにあるものの、制作現場ではめんどうな俳優になってしまうのもまた、ある意味無理からぬところだろう。

そうしたマイケルが持つアーティスト気質と、自分の才能を認めさせ、仕事を得るためには女優も騙るというあまりに大胆な行動力を、喜怒哀楽豊かに表現したあとで、“ドロシー”として舞台に位置する山崎が、胸の前で手を組んで、一つひとつうなづきながらジュリーの話を聞いている、愛らしいと言いたいほどの柔らかな仕草を両立させているのには、ただ驚かされるばかりだった。

何よりジュリーをはじめとした周りの俳優やスタッフたちが、ドロシーをすんなり女優だと信じ込む様にリアリティを与え、作品を現代の寓話にとどめなかったのは山崎の自然な美しさあったればこそで、これはまさにキャスティングの妙。心情がよく伝わる歌唱力を含め、この人がミュージカル『トッツィー』日本初演のセンターを担ってくれたことに感謝したい。

そのマイケルに恋され、自身は“ドロシー”に心惹かれていくジュリー・ニコルズの愛希れいかは、宝塚時代、また退団後に演じてきた数々の印象的なヒロインたちのなかでも、最も等身大の女性であるジュリーを、現実認識力に長けた人物として表出していて、こちらはカッコいいという言葉を使いたくなる存在感。

出る度にドロシーに対する気持ちが変化していく過程もきちんと見せていて、それこそ黄泉の帝王とオーストリア皇后だった山崎と愛希が、こうした捻りのある関係性で対峙することの面白さ、作品だけでなく役者の変身の妙が舞台の醍醐味を深めた。

マイケルの元カノのサンディ・レスターの昆夏美は、いまは友人として接しているマイケルに心を残しつつ、女優としての成功も夢見ているサンディを思い切ったカリカチュアで演じていて捧腹絶倒。健気で一生懸命な女性像も抜群に似合う昆が、振り切った役柄も手中に収めていることはこれまでのキャリアでも証明済だが、今回のサンディではさらにリミッターが振り切れていて、出てくるたびに場を浚う体当たりの演技が喝采ものだった。
群を抜く歌唱力を持つ昆がどんどん役幅を広げているのは、ミュージカル界にとっても大きな財産になることだろう。

マイケルの親友ジェフ・スレーターの金井勇太は、存在感そのものにペーソスがあり、濃いキャラクターが次々と登場する作品のなかで、癒しスポットのような空気感を発して魅了した。
ミュージカルを主戦場にしていない金井がこのメンバーのなかで飄々と演じていることが、作品の多彩な魅力を深めている。

ビジュアル系&肉体派俳優マックス・ヴァン・ホーンにはWキャストが組まれていて、その一人岡田亮輔は、頭のなかまで筋肉でできていると思わせるマックスを、突き抜けた演技で魅せておおいに笑わせてくれる。いつもながら岡田はどんどん勘違いをしていく人物を造形するのが抜群に上手い。

もう一人のマックスおばたのお兄さんは、高い身体能力で躍動し、舞台のスピード感を高めている。この人を観る度にいつか『雨に唄えば』のコズモ・ブラウンを演じて欲しいと熱望する、勢いと可笑しみのある動きが今回も健在だった。

大御所演出家ロン・カーライルのエハラマサヒロは、演劇界のハラスメント問題が大きく報じられるようになり、コンプライアンス体制の確立が求められる現代では、かなり難しい役柄を滑稽味にあふれたダンスと、思い切った風刺画的な演技でドラマに必要不可欠なコメディのなかのイやな奴に収めた演技が秀逸。作品を側面から支える存在だった。

マイケルのエージェント、スタン・フィールズの羽場裕一は、ポイントの出番で強い印象を残し、さすがはベテランの妙。誰だったけ?になってしまうと、ドラマの盛り上がりを欠く重要な役割を担っているだけに、羽場の快演が嬉しい。

ドロシーを見出す敏腕プロデューサー、リタ・マーシャルのキムラ緑子は、仕事のできる颯爽としたプロデューサーが、突然沸点高く弾ける様をダイナミックに演じて絶大なインパクトを残すことに成功している。その表現のなかに爆笑ものの可笑しみがあるのも、ドラマ展開にとって良い効果になっている。

また、この作品は俳優たちや街の人々など、様々な役柄を演じ分けるメンバーである青山瑠里、岩瀬光世、高瀬育海、田中真由、常川藍里、照井裕隆、富田亜希、藤森蓮華、本田大河、松谷嵐、村田実紗、米澤賢人の働き場が極めて多く、彼らが出道具を動かす様までが芝居や、ダンスの流れにも見える視覚効果が抜群。
スウィングの重責を担う髙田実那、蘆川晶祥を含めて、ミュージカル『トッツィー』日本初演の魅力を倍加した面々に拍手を贈りたい。

全体に、とても個性的な、でも人間らしい悩みや惑いも抱えた登場人物たちが繰り広げる物語が、笑いのなかにペーソスとリアリティも有した、現代の寓話にとどまらないミュージカル・コメディに仕上がったことを喜びたい舞台になっている。

(取材・文・撮影:橘涼香 ※舞台写真はマックス岡田亮輔回)

ミュージカル「トッツィー」

公演期間:2024年1月10日 (水) ~2024年1月30日 (火)
会場:日生劇場

出演
山崎育三郎
愛希れいか
昆 夏美
金井勇太
岡田亮輔/おばたのお兄さん(Wキャスト)
エハラマサヒロ
羽場裕一
キムラ緑子

アンサンブル
青山瑠里、岩瀬光世、高瀬育海
田中真由、常川藍里、照井裕隆
富田亜希、藤森蓮華、本田大河
松谷 嵐、村田実紗、米澤賢人

スウィング
髙田実那、蘆川晶祥

スタッフ
音楽・歌詞:デヴィッド・ヤズベック
脚本:ロバート・ホーン
演出:デイヴ・ソロモン
振付:デニス・ジョーンズ
オリジナル演出:スコット・エリス

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