能楽師、武田宗典と音楽家、加藤昌則が挑む「天鼓 I love music」
「TOKYO ART&LIVE CITY」の人気企画、能とクラシック音楽のコラボレーション公演が来年1月に開催される。今回で三作目となる舞台には、鼓の大倉源次郎(人間国宝)氏が加わり、タイトルは「天鼓 I love music」に決定。打ち合わせを終えたばかりの武田宗典さんと加藤昌則さんにインタビューした。
能楽とクラシック音楽が対等に表現
加藤「一般の人にとって『お能』というのは、ある種、立ち入ってはいけないようなイメージの世界ですよね。最初のコラボでは、その中にどう音楽を入れるかと考えて、誰もが知っている『羽衣』のワンシーンに、音楽を挿入するという形にしました。二作目は、これはもうちょっと出来るんじゃないか?と『安達原(あだちがはら)』という題材をいただいて、これは挿入ではなく実際に絡むような演奏をしました。
それでも、まだアウェイ感はあったんですよね。西洋的な音の並びを入れてしまうと、どうしても違和感がでてしまう。でも、せっかくコラボするんだったら、今回はそれぞれが対等に表現できないか、と考えていました」
能楽「天鼓」との運命的な出会い
加藤「その上で、三作目の題材を何にするかと悩んでいた時に、たまたま読んだ新聞に、高名な能楽師を父に持つ女性能楽師が、亡き父親を思い浮かべながら天鼓を演じたとあって、直感で『これだ!』と思いました。実は天鼓の筋書きはオペラ的なんです。前半と後半と完全に分かれていて、特に後半は音楽がメインです。今回はその後半部分を西洋側に置き換えてみるのはいかがですか?という提案をしました」
オペラにも通じる悲劇のストーリー
加藤「『天鼓』に決まったことを演出家の田尾下哲さん伝えた時に、彼が開口一番、言ったのは『(この物語では)子どもが殺されているのですよ?それ、お父さんが納得しますか?おかしいですよね』と。その感覚は僕もわかります。でも昔の演劇って、そういうものですよね。ある種矛盾した感情が描かれている。天鼓を殺した皇帝に対して、盛大に弔っていただき、ありがとうございます、と父も天鼓本人も感謝しているという。
でも、本心では寂しいとか悔しいという感情もあると思います。それが演劇の醍醐味ですし、西洋音楽にもオペラにもそうした要素はあります。それを抽出したようにやれば、何か違うものができると思いました」
音楽で亡き人を想う、音楽葬に西洋の音楽をのせて
加藤 「天鼓の後半は音楽で弔う“音楽葬”をしている設定なので、この音楽が能の音楽ではなく、ごっそりクラシックの音楽になるような発想でもおかしくはないのではと思いました。舞台上にはヴァイオリニストの篠崎“まろ”史紀さんが立って、天鼓の父の心情を演奏する予定です」
クラシック音楽に対して能楽の感情表現とは
武田「一番は能面の角度にあると思っています。体全体を使い、能面によって喜怒哀楽の感情を表現することもあります。能面というのは本来、変化しないものですが、ちょっとした角度や光の当たり方で変わって見えます。従来は能舞台で謡とかお囃子と一緒にこれをしていますが、それがクラシック音楽のホールで、ヴァイオリンの旋律に合わせて演じた時に、悲しい様子や晴れやかな様子から感情が伝わってくることになればと思っています」
空気を共有することで体感する能の世界
加藤「(初めてこのシリーズ企画に携わった時は)僕自身もお能については全然知らないところから始まったんですよ。どうやって感情表現するのか?と僕も疑問に思っていました。ですが、実際に舞台を観ると、常にゆっくりとした動きの、ちょっとした動作で『ああ、今こう感じているんだな』と視覚的にわかる。しかも本人だけじゃなくて、舞台全体がそういう空気も作るのでしょうね。だから動画で観ても、面白さがわからないんじゃないかと」
武田「それは私もよく皆さんに言っています。その場の空気を共有することで伝わる部分がかなりありますね。」
感情を内包する能と、表出するクラシック音楽と
加藤「『天鼓』前半では、そんなお能の世界を体感してもらえると思います。その中で感情を揺さぶられるじゃないですか。その揺さぶられたものが揺さぶられたまま、外に表出しないまま終わる感覚が、『ああ、お能を観た・・・』という僕の印象なんですけど、西洋の音楽は、逆に感情を表出して、聴き手と共有するような感じです。例えば悲劇だったら『ああ、なんてこった!』と思うし、喜劇だったら『おかしかった!』みたいに気持ちが外に出るんです」
武田「特に後半は言葉がほとんどないので、もっと想像できる余地が広がると思います。前半も言葉はありますが、その言葉の情報だけで全てを語っている訳ではないんです」
加藤「現代人は、例えばテレビでも字幕をつけて全ての情報を漏らさずに受け取ろうとしたり、動画でも倍速で観たりしますよね。でも、能楽ではその場に現れる全てのものから五感で感じ取ってもらうので、感じ方は無限にある」
銀座という街が育んだ舞台芸術
加藤「今回は、より深く、お互いの表現に影響しあえるような画期的な公演になると自負しています。観世能楽堂とクラシックの王子ホールが、これだけ近い距離にあるという銀座という恵まれた環境にも、このTOKYO ART & LIVE CITYの事業が長いスパンで育んでくれたことにも感謝しています。来年1月の公演には、ぜひ足を運んで生のステージを体感してください」
(取材・文・撮影/新井鏡子)
天鼓 STORY
中国・後漢の時代に王伯と王母という夫婦がいた。王母は、ある日、天から鼓が降ってきて胎内に宿るという不思議な夢を見る。その時に男の子を授かり、天鼓と名付けた。その後、本当に天から鼓が降ってきて、天鼓はその鼓と共に育つ。天鼓は鼓の名手で、その鼓は妙なる音を発する名器だった。その噂を聞きつけた皇帝が、鼓を召し出すように勅令を出したが、天鼓はこれに応じず、呂水に沈められてしまう。
鼓を手に入れた皇帝は、さまざまな楽師に打たせてみるが、いっこうに音が鳴らない。皇帝は天鼓の父なら音を出せるのでは、と王伯を呼び出し、鼓を打たせる。すると鼓は、この世のものとは思われないほどの音色を響かせるのだった。
感動した皇帝は、王伯に褒美を与えて帰し、天鼓の冥福を祈るため、呂水のほとりで管弦講をおこなう。するとそこに天鼓の霊が現れ、鼓を打ち、喜びの舞を舞う・・
プロフィール
武田宗典(能楽師シテ方観世流)
(公社)能楽協会会員。重要無形文化財総合指定保持者。(ー社)観世会理事。早稲田大学第一文学部演劇専修卒。父・武田宗和及びニ十六世観世宗家・観世清和に師事。2歳11か月で初舞台、10歳で初シテ(主役)、以後、「石橋」「乱」「道成寺」「望月」「翁」等を披く。海外公演多数。2014年アメリカにて、能と現代オペラのニ部作競演『Tomoe & Yoshinaka』を企画し、両作品で主演を果たす。2021年(ー社)EXTRAD主催公演において、試作能「桃太郎」を製作・主演。『武田宗典之会』主宰。舞台公演の他、「謡サロン」等の能楽講座・ワークショップを国内外で多数開催している。
加藤昌則Masanori Kato(作曲家・ピアニスト)
東京藝術大学作曲科首席卒業、同大学大学院修了。作品はオペラ、管弦楽、合唱曲など幅広く、創意あふれる編曲にも定評がある。多くのソリストに楽曲を提供、共演ピアニストとしても評価が高い。独自の視点、切り口で企画する公演やクラシック講座などのプロデュースカにも注目を集めている。NHK-FM「鍵盤のつばさ」番組パーソナリティー。長野市芸術館レジデント・プロデューサー。
公演情報
舞台『天鼓 I love music』
日:2024年1月25日(木)19:00開演(18:15開場)
場:王子ホール
料:全席指定 6,000円
HP:https://www.artandlive.net/projects/tenko
問:東京アート&ライブシティ構想 実行委員会
info@artandlive.net