美しいデコレーション、パーティ、ディナーショーなど、1年で最も華やぐ季節である、クリスマスのホテルを舞台に、ホテルマンたちが繰り広げるハートフルコメディ『A Brilliant Christmas(ブリリアント クリスマス)』が11月2日東京ヒューリックホールで開幕した(12日まで。のち17日~19日大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで上演)。
『A Brilliant Christmas』は、これが初舞台・初主演となる本田康祐(OWV)と、ミュージカル界で確かな地歩を固めている百名ヒロキがWキャストで主演を務め、温水洋一や川田広樹など個性溢れる俳優たちと、やはりWキャストでホテルのベルボーイ役を務める白間太陽と白金倫太郎(7m!n)と、ベルガールの三田麻央と石川凪子など、多彩なWキャストの組み合わせで贈る作品。
5年に1度のクリスマスショーに向けて奮闘するホテルの従業員たちのドタバタ風味のコメディに、ファンタジーを加えて描くドラマが展開されている。
【STORY】
人生にこれといった目的や夢を見出せず、職につかずにモラトリアムを気取っていた東条一輝(本田康祐/百名ヒロキWキャスト)は、母親の東条彩子(栗山絵美)の命により、彼女がオーナーを務めるホテルでベルボーイとして働いていた。母がオーナーのホテルで働くなどまっぴらだと何かと言えば辞める、辞める、を繰り返す一輝だったが、なんだかんだで早1年間ベルボーイを続けている。季節はクリスマスまで3週間。彩子はホテルの準備が進んでいるかを、支配人の虫島昆之助(温水洋一)に確認しにやってくる。と言うのもこのホテルでは5年に1度、従業員がクリスマスに特別イベントのショーを開くことが慣例になっていて、今年はそのイベント開催年に当たっていたのだ。
ところが、ショーのことをすっかり忘れていた支配人は、咄嗟に「ショーの準備は順調です!」と彩子に報告し、現場の対応をマネージャーの二葉あたる(川田広樹)に丸投げしてしまう。困り果てた二葉に長年ホテルの清掃員を務めている大熊妙子(安田カナ)が「ホテルマンたち自身がホテルで最も思い出に残ったことをミニ・ミュージカルに仕立てて上演しよう!」とのアイディアを提供。巻き込まれざるを得なかった一輝らベルボーイたちも、必死で案を練るが、思いつくエピソードはモンスター客や、自身の失敗ばかり。これでは素敵なミュージカルには到底ならないと全員が頭を抱えていた時、何故か一輝にしか見えない「ホテルに棲みつく座敷童子的な存在」と名乗るキラ(倉本琉平)が現れ、とあるエピソードを一輝に伝えて……
街中にイルミネーションが輝くクリスマスシーズンは、1年で最も街全体が華やぐ季節だ。もちろんキリスト教国に於いてのクリスマスは、大変敬虔な意味を持つものだし、日本でもそうした思いの方々も多くおられることだろうが、そんな宗教的要素を置いてイベントとして楽しんでいる「クリスマス」にも、ほんの少しだけ小さな奇跡を信じさせてくれるものがあるのも、また「クリスマス」の偉大なところだろう。
この作品にもそんな効果が生まれていて、基本的にはホテルマンの大騒ぎをドタバタ・コメディのテイストで描きながら、その「小さな奇跡」を物語のなかに取り込んでいる温かさがある。
特にホテルを舞台にした作品は数多いが、その大半が「フロントクラーク」を主人公に据えているのに対して、この作品の主たるキャストたちがほぼ全員「ベルボーイ」というのが新しく、物語に青春ものの香りが加味される要因になった。なかでも主人公の一輝をはじめ、彼、彼女たちが「人生に夢や目標が持てない」ことを否定せず、「これが生きがいです!なんてもの、そうそう簡単に見つからない、それで普通だろう?」と語ることがとてもリアルだ。
思えば、まだなんにでもなれる若さが眩しいからこそ、何になっていいのかわからない、とりあえず賃金を得られるのかどうかが大問題で、それどころではないという切実な不安を抱えている人は、様々な形での社会保障に危うさを感じるいまの日本にはとても多いことだろう。そうした不安に寄り添う白柳力の脚本に優しさがあるし、舞台キャリアがまちまちのメンバーが集まっている座組のなかで、あくまでもプロではなく、ホテルの従業員たちが創るショーが中心になる仕掛けもよく考えられていて、若いキャストの一生懸命さをベテランが底支えする中本吉成の演出が生きた。
そんななかで、初日の組み合わせの東条一輝役・本田康祐、阿久津翔平役・白間太陽、谷山望役・大友至恩、乾友美役・三田麻央の回を観たが、物語の主人公で、ホテルのオーナー東条彩子の一人息子、一輝を演じた本田康祐は、これが初舞台、初主演だと前情報で聞いていなければ、そうは思わなかっただろうほど、肩に力の入らない自然体で舞台に位置しているのに驚かされた。
学生から社会人になる時に覚える、人生が急に窮屈になってしまう感覚はよくわかるし、母親がホテルだけでなく、様々な業務を行う幾つもの店のオーナーだ、というほど恵まれた立場では、その一歩が容易に踏み出せないのも無理はない。そうした、恵まれているからこその言ってしまえば贅沢な悩みを、本田が全く嫌味なく見せただけでなく、根っこのところでは誠実な人物なのだと感じさせたのが、作品全体の色を決めていた。キラとのやりとりも微笑ましく、初舞台、初主演をつつがなく務めた姿に拍手を贈りたい。
確かな歌唱力と演技力でミュージカル界に頭角を現している百名ヒロキが演じる一輝には、全く違う趣があることだろう。是非見比べたいと思えるWキャストだ。
年下だが、ベルボーイとしては先輩だからと、一輝にタメ口でフランクに接する阿久津翔平役の白間太陽は、存在自体に明るさがありこの役柄にピッタリ。
前述した「夢や目標なんて、なくて普通じゃない?」と言い切る翔平の常にポジティブな在り様に、真実味を与える演技だった。Wキャストで翔平を演じる白金倫太郎は東京公演のみの出演なので、是非12日までに観劇して欲しい。
同じくベルボーイの谷山望の大友至恩は、一輝と翔平と仲が良く、共に行動していることが多いなかで、ついつい「可愛い」と表現したくなるビジュアルがやはり役に合っていて、引っ込み思案な性格を直したいとホテルに就職したキャラクターをよく表現している。
ホテルのベルガール、乾友美役の三田麻央は、元々シンガーを目指してショーレストランに出演していたが、夢を諦めてホテルで働いているという設定が、のちのち彼らが創るショーに生きてくる役柄を、如何にもショーのヒロインに相応しい楚々とした雰囲気で見せてくれた。
一度封印した夢に再び向かおうとする前向きな決心も見どころだけに、石川凪子の友美がどう表現してくるかも楽しみでならない。
彼、彼女たち若いキャストを支えるベテラン勢も、キャラクターが立ったメンバーが並んでいて、実質ホテルを回している人物であるマネージャー、二葉あたるの川田広樹は、常にアタフタしている役柄を軽やかに笑いに包んでいるのが川田ならでは。
ホテルのベテラン清掃員・大熊妙子役の安田カナが醸し出す、なんでもお任せ!の雰囲気との良い対比になっている。妙子が所謂「ミュージカルオタク」なところも、ミュージカルファンとしては心惹かれる設定で、シンパシーを感じるおおらかな演技と歌唱力が光った。
歌唱力と言えば、初日の座組でひと際目に立ったのがソロを堂々と聞かせた東条彩子役の栗山絵美。
数々のホテルやレストランなどのオーナーを務めるやり手だが、可愛らしさもおおらかさもある造形で、一輝に口うるさく言うのも愛情だ、とわかる終幕のやりとりにもほろりとさせられた。
ホテルの支配人でありながら、常に動物動画鑑賞に余念がなく、現場はマネージャー達に丸投げしている虫島昆之助役の温水洋一は、この設定で嫌味にならず、笑わせる要素に持っていけるのは温水本人のキャラクター性のなせる業。貴重な個性派が良いアクセントになっていた。
そして、この作品に特別な「クリスマスの奇跡」をもたらしたのが、キラ役の倉本琉平。
「ホテルに住み着く座敷童子」ではなく「座敷童子的な」というところが鍵にもなっている役柄だが、座敷童子的だけはあって少年の風体で出る倉本に、全く違和感ないのがたいしたもの。独特の透明感を持つ個性が、なぜ一輝にしか見えないのか?のファンタジーをよく支えていて、この物語にハートフルな風を吹き込んでいる。
また、ホテルの様々な客をはじめとした多くの役柄を務めるアンサンブルの面々、小林祐貴、山﨑和香、富山真有、久保田優香も芝居にダンスにと随所で大活躍。
全体に物語が終わってからもクリスマスギフトのシーンがつく構成も肩がこらず、ひと足早いクリスマス気分に浸れる作品になっている。
(取材・文・撮影/橘涼香)
『A Brilliant Christmas』
(東京)
2023年11月2日 (木) ~2023年11月12日 (日)
ヒューリックホール東京
(大阪)
2023年11月17日 (金) ~2023年11月19日 (日)
COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
出演:本田康祐(OWV)/ 百名ヒロキ ※Wキャスト
白間太陽/白金倫太郎(7m!n) ※Wキャスト
川田広樹
安田カナ
倉本琉平
三田麻央/石川凪子 ※Wキャスト
大友至恩
栗山絵美
温水洋一
アンサンブル:小林祐貴・山﨑和香・富山真有・久保田優香
脚本:白柳力(こちらスーパーうさぎ帝国)
演出:中本吉成
S席 公演プログラム付き:10,500円
S席:8,800円
S席 U24:6,800円
A席:7,800円
A席 U24:5,800円
(全席指定・税込)