2001年に初演され、以後多数の再演を繰り返し高い評価を得ている方南ぐみの代表作『あたっくNO.1』が9月22日(金)〜10月1日(日)東京・俳優座劇場で上演される。
『あたっくNO.1』は、ドラマの脚本をはじめ、作詞家、漫画原作、小説家として幅広く活躍する樫田正剛が、実際に潜水艦内で書き綴った伯父の日記をきっかけに執筆された作品。昭和16年、冬。広島県呉軍港に集合した男たちが、目的も行き先も告げられないまま潜水艦イ18 号に乗艦し祖国を離れたのち、目的は「戦争」行き先は「ハワイ真珠湾」と知らされる……との筋立てを聞けば、物語がどこへ向かうかは既に語られたと言っても言い過ぎではないだろう。けれども「そこには、笑顔の青春があった」とのキャッチコピーと、11人の男たちが繰り広げる青春グラフィティを名乗る描き方、この作品が長く支持されているゆえんでもあるだろう、単なる事実の羅列ではない魅力が、2023年版の舞台でどう構築されているのか、9月になっても一向に暑さがおさまらない日差しの強い一日、キャストが集う稽古場を訪ねた。
中央に扉のある潜水艦内部のセットが大きく作りこまれた稽古場で、作・演出の樫田が見守るなか繰り広げられていたのは、劇中のほぼクライマックスの場面だ。敵艦に気づかれているのか、いないのか、乗組員たちの緊迫した芝居が続く。ただそのなかにも、そうくる?という意外な展開があって、緊張感だけではない場面展開のメリハリが面白く、北役の安西慎太郎のリアクションも笑わせる。大滝役の山田ジェームス武の色濃い個性と、永井役の横尾瑠尉のデフォルメした演技も場の空気を大きく動かした。
場面の緊張が過ぎたところで、樫田の細かい指示のあと台詞に修正が入る。これだけ再演を重ねていても、今回の座組の為にとことん台本からこだわる姿勢は、戯曲を書いた作家が演出もしているからこそだろう。それに対して、キャストが銘々に打ち合わせをし、やりとりの確認を自主的に進めていく様に、この芝居の乗組員11人と重なる連帯感に通じるものが自然と醸し出されてくる。
続いた場面は更に緊迫したもので、極秘中の極秘任務を担っている乗組員のなかに更に特殊な任務を負っている者がいることが明らかになっていく。再演を重ねている名作だが、今回の座組だからこそ初めて観劇する方も多いだろうから詳細は控えるが、タイトルが重要な意味を持つ展開でもあって、乗組員たちの意見の対立が非常に大きくなっていく。血気盛んな寺内役の永岡卓也が激高していたところから、その裏にある真実に気づいていく表現の落差がとてもリアル。古瀬役の上田堪大の達観を感じさせる冷静さももちろんだし、横川役の吉澤要人の澄み切った真っ直ぐさに胸を打たれる。当然ながら樫田も台詞を言う角度、視線の向け方にもこだわりを持った細かい演出をつけていて、場面がどんどん洗練されていくのがわかる。アメリカと日本の国力に冷静な目を向けている二本柳役の別府由来が訴える言葉の数々は、これを理解している人が極秘任務に向かう辛さを増幅させるし、その言葉を止めようとする宇津木役の水谷あつしの、情が深いからこその憤りが胸に迫ってくる。作品の語り手でもある勝杜の小松準弥の視線、ひとつ違う立場にいるゆえに命に対する思いが深いことが伝わる船医の村松役の牧田哲也の葛藤などを受け留めて尚、厨房を預かる渡久保役の朝倉伸二(稽古場見学日は欠席)が、職務を全うすることで力になろうとする姿勢を剛毅な台詞回しで表現して場面を引き締めた。
稽古はこうした本格的なやりとりのあとで、休憩をはさんで小道具の動かし方、扉の開け閉めの注意点などを確認し、芝居を軽く流しながら台詞のないところでの反応や、兵士たちが意見を戦わせていくうちについ手が出てしまうアクションなどを確認していく。この時演出家はもちろんだが、ベテランの役者たちも文字通り手取り足取りで、もっとこうした方がよくなると、若手俳優たちと一緒に考えながら、一つひとつの台詞や所作の精度を高めていく、キャスト同士というだけでなく、キャストもスタッフも混然一体となって、みんなでこの舞台を創っているという感覚が、稽古場全体に自然な熱気を生んでいた。その一方で45分稽古に集中して15分休憩、というワンクールの流れもほぼ一定していて、冷静さと熱量のバランスがとても良く、ここからまだまだ大きく進化していくのだろう稽古場をあとにした。
この空気からも、名作を2023年のいま上演すること。過去をなぞろうとする姿勢が全くないことが感じられ、きっと全く新しい『あたっくNo.1』が生まれる期待感が高まる時間だった。
(取材・文・撮影/橘涼香)
方南ぐみ企画公演『あたっくNO.1』
■公演日:2023年9月22日(金)〜10月1日(日)
■会場:俳優座劇場(〒106-0032 東京都港区六本木4-9-2)
■あらすじ:
昭和16年。冬。広島県呉軍港に集合した男たちは、目的も行き先も告げられず潜水艦イ18号に乗艦し、祖国を離れた。
出航後の艦内で行き先と目的を知らされた。
行き先は「ハワイ真珠湾」。目的は「戦争」。
そのとき男たちは「敵に不足なし」と叫んだ。
勝つ気なのだ。潜水艦イ18号には特殊潜航艇と呼称される二人乗りの小さな潜水艦が搭載されていた。
戦争とはなにか。人生とはなにか。祖国とはなにか。
男たちの青春グラフティーが潜水艦の中で繰り広げられる。
■脚本・演出:樫田正剛
■出演:朝倉伸二 安西慎太郎 上田堪大 小松準弥 永岡卓也 別府由来 牧田哲也
水谷あつし 山田ジェームス武 横尾瑠尉 吉澤要人(原因は自分にある。)
※五十音順
■スタッフ: 音楽 三沢またろう 照明 石塚美和子 音響 井上直裕(atSound)
舞台監督 清水スミカ 衣装 杏吏
キャスティング協力 今橋叔子 秋山真太郎(STAND FOR ARTISTS)
宣伝美術 沼口公憲 票券協力 カンフェティ
制作 井口淳(オレガ) 岩瀬ろみ 柴田幸枝
■協力:アービング / オフィス ピー・エス・シー / オレンジ / サンミュージックブレーン /
スターダストプロモーション / ホリプロ / GFA / G-STAR.PRO(五十音順)
■企画・製作・主催:方南ぐみ
■チケット:チケット 一般 : 8,000円 U-18チケット:4,000円