韓国で大きな話題を呼んだミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』日本初上陸の舞台が、日比谷のシアタークリエで上演中だ。
ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』は、架空の階級社会の中で最上位に位置する全寮制の学生たちの苦悩と悲劇を描いたパク・チリの小説を原作に、2018年にソウル芸術団の手によりミュージカル化された作品。
三世代に亘る壮大なる人間ドラマと、圧倒的な音楽の力が評判を呼び、2019年、2021年と上演が重なられてきた。今回の日本初上陸公演は、10年以上に渡り上演が続いている完全オリジナル作品の『TRUMP』シリーズをはじめ、近年『舞台 刀剣乱舞』や『舞台 鬼滅の刃』等の作・演出でも熱狂的な支持を集める末満健一が潤色・演出を担当。
主人公のダーウィン・ヤング役を大東立樹(ジャニーズJr.)と、渡邉蒼がWキャストでそれぞれミュージカル初主演を務めるのをはじめ、矢崎広、植原卓也、内海啓貴、石井一彰、染谷洸太、鈴木梨央、石川禅の強力なキャスト陣が集結。
末満の持つ耽美にして文学的な世界観と作品の邂逅によって、新たな日本版顔ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』が生まれ出ている。
【STORY】
市街が9つのエリアに区分され、厳格なる階級制度が敷かれている架空の都市。200年の歴史を誇る全寮制のプライムスクールに入学した16歳のダーウィン・ヤング(大東立樹/渡邉蒼)は、教育部長官のニース・ヤング(矢崎広)を父に持つエリートだが、この世界の厳格な階級制度に疑問を抱いていた。ダーウィンは学内で同じ考えを持つレオ・マーシャル(内海啓貴)と出会い、心を通わせた二人は、骨董品交換会で、古びたフードと、カセットプレイヤーを交換する。
そんな折、30年前に16歳で何者かに殺害されたジェイ・ハンター(石井一彰)の追悼式典が催され、感動的なスピーチをするニースの傍らで、ジェイの弟であるジョーイ・ハンター(染谷洸太)は大袈裟な式典を催すことに不満を漏らしている。ジョーイにとってこの30年は、常に兄のジェイと比較され劣等感を抱き続けてきた30年間でもあったからだ。ニースは、ジェイとともに同級生で親友同士でもあったバズ・マーシャル(植原卓也)から声をかけられ、ドキュメンタリー映画の監督としてプライムスクールの撮影をすることになったので、息子のダーウィンの協力を仰ぎたいと相談をもちかけられる。
一方、ダーウィンは密かに恋心を寄せている同級生のルミ・ハンター(鈴木梨央)から、力を貸してほしいと依頼される。好奇心旺盛で頭脳明晰なルミは、伯父であるジェイの部屋で見つけたアルバムの中から、1枚だけ写真が消えていることに気づいた。ジェイの死の真相に迫る《何か》が写っていたはずの写真の謎を突き止めるため、ダーウィンはルミと行動を共にし、この世界の最下層エリアである第9地区や、膨大なデータが眠る国立図書館をめぐり、少しずつ真相に迫っていく。
その中で、60年前に起きた「12月革命」のリーダーだった 「額に大きな傷がある少年」の特徴と、祖父ラナー・ヤング(石川禅)に奇妙な一致を見て混乱するダーウィンは父ニースに疑問をぶつけようとするが、常に温和な父はいつになくダーウィンの謎解きを激しくけん制する。祖父と父の過去に何があるのか?殺害されたジェイ・ハンターの死の真相は?古びたフードとカセットプレイヤーに隠された秘密は?そしてすべてを知った時、ダーウィンが選択した道は?
タイトルが暗示する「悪の起源」の謎を秘めながら、親子孫三世代の運命が交錯していき……
三世代に渡る壮大な人間ドラマが描く、運命の輪廻
舞台に接して強烈に感じるのは、演出の末満健一のオリジナル作品に常に感じるダークファンタジーの香りと、特にアンサンブルメンバーの特徴的な動きから生まれる演劇性と映像効果の巧みな融合だった。
基本的には上手、下手にそびえる、修道僧が暮らしていた聖堂だったという設定を持つプライムスクールの校舎の壁面と、中央にある階段が据えられた装置(田中敏恵)のなかでドラマは展開していくのだが、それぞれの出入り口も閉じることができるようになっていて、舞台全面に映し出される映像(横山翼・桜葉銀次郎)と、美しい照明(加藤直子)とで、三世代の時空を超えた物語を紡ぐ舞台面を、あらゆる場所に変遷させることに成功している。
一方で、登場人物がその場で感情を爆発させて踊る場面だけではなく、過去の因縁や、湧き上がる負の感情などもダンスで表す演出に応えたキャストと、大熊隆太郎の振付が非常に面白く、重い内容の作品に視覚的な醍醐味を加えた効果が大きい。
しかも所謂ダンス場面ばかりでなく、ニースの書斎や、ジェイ・ハンターの部屋などをかなりしっかりと作りこんである装置から、非常に簡略化された抜け穴の出入り口などの出道具までをキャストが移動させる折にも、あたかも風が吹き抜けるような振付がついていて、舞台転換自体もひとつの見どころに昇華されているのが、演劇としての魅力を高めた。
そんな作品で、主演のダーウィン・ヤングとしてミュージカル初主演を担った一人、大東立樹はジャニーズJr.の一員として、近年『JOHNNYS’ World Next Stage』『Endless SHOCK』『Endless SHOCK -Eternal-』などで帝国劇場や博多座の大舞台に立ち、ひと際目を引く存在感を放って舞台で躍動していた勢いを、この初主演の機会にも噴出させていて、いかにも特権階級の御曹司らしい雰囲気をまとっての登場が非常に華やか。
そこから感じさせるある意味の天真爛漫さが、一つひとつの疑問に行き当たるにつれて揺れていく様の変化もよく表現していて、伸びやかな歌声と共に非常に難しいと思える役柄を繊細に演じた堂々の主演デビューになった。
他方、もう一人のダーウィン・ヤング渡邉蒼も、この作品がミュージカル初主演。ミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』で主人公ケンシロウと共に旅をする孤児・バッド役で一躍その名を知らしめた人で、力強い歌唱とロックを感じさせる演じぶりが鮮烈な印象を残していたが、このダーウィン役ではどこかに自信のなさも秘めている少年としての逡巡を、行動の端々に表してきたのが面白い。
それが大東のダーウィンとの好対照になっていて、感情が激してくる後半の歌唱の鮮烈さが、三世代の運命に呑まれていく主人公のなんとかして事態を止めようと抗う様を印象づける、こちらも頼もしい主演デビューだった。
ダーウィンの父、ニース・ヤングの矢崎広は、キャスティングを聞いた時には植原卓也と共に「16歳の子供を持つ父親役?」との驚きがあったものだが、自身が16歳の時代が劇中でかなり長く描かれていて、起用に納得させられたし、この「父親」と「高校生」の演じ分けの鮮やかさが、作品の大きな見どころになっているほど。息子に対する包容力、父親への秘めた葛藤、それらが生まれる遥か昔の少年時代と、いずれの顔も魅力的で、ここから更に役幅を広げていくだろう俳優・矢崎広の将来に期待がふくらむ好演だった。
ダーウィンと強い友情で結ばれるレオ・マーシャルの内海啓貴は、社会の在り方に疑問を持ち、厳格な学校のなかで自由を求める高校生を溌剌と演じている。映像作家の父親に憧れを持ち、授業のなかでも自分ならこう思えると掲げていた理想と、現実に直面した時の行動の乖離が、ドラマの鍵を握る重要な役どころを盤石の歌唱力で表した。この役柄はもう少し耽美的な影を帯びることも可能だと思うが、作品全体のカラーがそちらに寄っている分、内海のあくまでも朗らかな表出が良いバランスになっている。
その父、バズ・マーシャルの植原卓也も、これだけ大きな子供のいる役柄は初めてだと思うが、階級社会のなかにいながらも我が道を行く映像作家という役の設定が助けになり、息子が憧れる颯爽としたクリエーター像が柄にあった。矢崎同様16歳の高校生時代の場面が長くあるが、むしろこちらで様々な鬱屈を表現していて、親友であるニースとバズの来し方の違いを巧みに感じさせてくれた。
ニースとバズの親しい友人で、16歳で何者かに殺害されたジェイ・ハンターの石井一彰は、この人の存在がドラマの全てに関わっていく役柄の、折り合いをつけることのできない正義感の発露をどこか狂信的なものをにじませて演じたのが大きなアクセントになっている。ジェイがそうなっていったわけにも、階級社会が生んだ軋轢があるという作劇も深く、是非舞台で確かめて欲しいポイントだ。
若くして亡くなった実際には会ったことのない伯父に憧れるルミ・ハンターの鈴木梨央も、彼女が自らを「リトル・ジェイ」と称し、迷宮入りとなっている伯父の死の真相を突き止めようと走り続けることでドラマが動いていく役柄の、猪突猛進故のあぶなっかしさに説得力がある。その真っすぐさ故に父でありジェイの弟であるジョーイ・ハンターの複雑な心情に気づかず、衝突を繰り返すが、ジョーイを演じる染谷洸太の実直な演技が手堅く、両者が互いにわかりあえない苛立ちを抱えていることがよく伝わってきた。
また、ジェイとジョーイの父親やロイド検事など重要な役柄をいくつも務める奥山寛が、張りのある歌声と共に舞台を闊歩すれば、ダーウィンたちを教える教授の権高い台詞回しとミセスヤングの懐深さの柔らかい表現を、同じ人だとは気づかれないのでは?と思う鮮やかな変身で見せる折井理子をはじめ、どこにいても目を引く田川颯眞、この世界観にピッタリの個性を発揮する佐藤志有をはじめ、カンパニー全員が大活躍のなかで、やはり圧倒的なのがダーウィンの祖父・ラナー・ヤングの石川禅。この人にも16歳の場面があり、そこは若干笑いを含んだ演出がついているが、いつの間にかそうしたものを超えていく演技力と、圧巻の歌唱力が全体の白眉。
それぞれの時代による役柄の変化と、反面で芯となる部分が全く変わっていないラナー像が作品を根幹から支えていて、観る度に上手さが増していると感じる、得難い役者ぶりにただただ感嘆する仕上がりだった。
何よりも、三世代に渡る数奇な運命の輪廻と、全ての正義や個人の感情よりも無意識に優先されるのが肉親の絆である、これぞ韓国生まれの作品と感じさせる概念に、どの階級に生まれるかによって人生がはじめから決まってしまう理不尽を描く。つまりは、2023年の日本の現実社会に通じる問題をも浮き彫りにしつつ、多彩な音楽と視覚効果によるエンターテインメント性を手放さないステージになっていて、大きな謎解きがあるだけに、二回目の観劇で「あ、ここに伏線が!」や「ここで目くらましをされていたのか」などの発見が非常に多い。
歌詞の意味も二回目でなるほど、と思える点があまたあり、Wキャストの主演双方の印象が全く違うこともあわせて、是非リピート観劇をおススメしたい舞台だった。
初日開幕に際して、主演の二人からのコメントが届いた。
大東立樹(ジャニーズJr.)
「初日を迎えるにあたり、改めてこのカンパニーの一員として舞台に立てることに大きな喜びを感じています。日々の稽古から蒼くんと互いに刺激し合い、自分なりにこの作品と向き合ってきました。オーケストラと物語が一体となるこの作品には、ミュージカルの偉大さの全てが詰まっていると思います。「大千穐楽を終えるまではダーウィン・ヤングとして生き続ける」をモットーに、お客様に最高の作品をお届けします。劇場にて、お待ちしております。」
渡邉蒼
「この上ない緊張感です。ただそれよりもっと強くあるのが、“残酷なほどの美しさ”、“明かされてはいけない秘密”、どんな言葉でも言い表せない“得体の知れないもの”が解き放たれるのを今か今かと待っている。そんな感覚です。あとはカンパニーの皆様の胸をお借りし、ダーウィンとして全てを投じるのみ…!必ずこの作品の叫びは沢山の方に届くと思います。シアタークリエでお会いできることを心から願っています!」
(取材・文・写真:橘涼香)
ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』
公演期間
2023年6月7日 (水) ~2023年6月25日 (日)
会場
シアタークリエ
出演
大東立樹(ジャニーズJr.)/渡邉 蒼(Wキャスト)
矢崎 広 植原卓也 内海啓貴 石井一彰 染谷洸太 鈴木梨央 石川 禅
スタッフ
原作:パク・チリ
台本・作詞:イ・ヒジュン
作曲:パク・チョンフィ
編曲:サム・デイヴィス マシュー・アーメント
潤色・演出:末満健一