【公演レポート】ここにしかない特別な体験!ブロードウェイミュージカル『ピピン』

観たら一生忘れられないクライマックス!

ダンス、ソング、アクトはもちろん、サーカス、イリュージョン、アクロバット、マジックまでが詰まった目くるめくステージから「生きていくこと」の真実が現れるブロードウェイミュージカル『ピピン』2022年バージョンが、渋谷の東急シアターオーブで上演中だ(9月19日まで。のち大阪・オリックス劇場で9月23日~27日まで上演)。

『ピピン』は、1972年にブロードウェイで初演されたミュージカル。

フォッシースタイルと呼ばれる独特の振付で今も大きな影響を残すボブ・フォッシーが演出・振付を手掛け、神聖ローマ帝国の王子ピピンが求める「特別な場所」を探す旅路を、芝居一座の劇中劇として綴り、主演男優賞をはじめトニー賞5部門を受賞した。日本でも1976年に東宝ミュージカルとして初演され、のちに異なるカンパニーで再演もされている。

そんなブロードウェイ初演から約40年の2013年、ブロードウェイでリバイバル版が登場。初演の芝居一座をサーカス一座として、アクロバットやイリュージョンをふんだんに取り入れた演出のダイアン・パウルスの斬新な発想のもと、優れたクリエイティブ・チームが生み出した全く新しい『ピピン』は、トニー賞4部門で受賞するなど、喝采をもって迎えられた。その同じクリエイティブ・チームが集結して実現した2019年、リバイバル版日本初演は、驚きと興奮と感動が詰まったステージとして、高い評価を受けた。

それから3年。この舞台がミュージカル初挑戦でありながら、見事に第27回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞した物語の語り部・リーディングプレイヤー役のCrystal Kayを筆頭に今井清隆霧矢大夢岡田亮輔中尾ミエ前田美波里の強力な続投キャストに、主演の王子ピピン役に森崎ウィン、ピピンの旅路に重要な出会いをもたらすキャサリンに愛加あゆの新キャストが揃い、エンターティメントの粋を集めた再演が幕を開けた。

【STORY】

強烈なカリスマ性を持つリーディングプレイヤー(Crystal Kay)が率いるアクロバットサーカス一座が、永遠に忘れられないドラマをお目にかけましょう、と観客を誘う。一座が披露するのは、人生の目的を探し求めるピピン(森崎ウィン)が辿る壮大な物語だ。

大学で学問を修めたピピンは、広い空のどこに自分の居場所があるのかと自問し、必ず「特別な自分」が輝ける未来があるはずだと、人生の大いなる目的を模索していた。

父王チャールズ(今井清隆)が統治する故郷に戻ったピピンだったが、自分の実の息子であるルイス(岡田亮輔)を王位につけたい義母ファストラーダ(霧矢大夢)に邪魔をされ、父王と長く言葉を交わすこともできない。ピピンは父に認めてもらおうと、戦への同行を志願するが、やがて戦うことの空虚さに気づき、もっと別の「特別な何か」を求めて新たな旅に出る。

その途中、答えを求めて祖母バーサ(中尾ミエ/前田美波里・Wキャスト)を訪ねたピピンに、バーサは「悩んでばかりで大切な時間を無駄にせず、人生を楽しみなさい 」と説く。祖母に感化され旅を続けるピピンは、さまざまな愛のかたちを知るが、やがて心を伴わない愛は無意味だと悟る。

戦に出ても、空虚な恋愛に耽っても、心は満たされないと知ったピピンは、リーディングプレイヤーに誘われるまま、とてつもない行動に出るが……

逆光のシルエットが集約されて舞台センターに颯爽と登場するリーディングプレイヤーを中心に、人生という壮大な物語を、ミステリアスな陰謀と、笑いにロマンス、奇想天外なイリュージョンでお届けしましょう、と登場人物たちが客席をドラマへと誘う「Magic to Do」のナンバーではじまるオープニングから、舞台にはここにしかない特別な世界が広がっていく。

何しろただでさえ、歌とダンスと芝居の総合芸術で展開されていく「ミュージカル」に、この『ピピン』はサーカスのアクロバットを加味したのだ。
空中ブランコ、ジャグリング、究極のバランス芸、大ジャンプ等々、舞台は次から次へと繰り広げられるサプライズの連続で運ばれていく。しかも、これらアクロバティックな動きの数々と、フォッシースタイルを取り入れながら新たなダンスフォームを繰り広げたチェット・ウォーカーの振付が流れるようにつながっていて、アクロバットの数々が劇中で浮くことなく、ロジャー・O・ハーソンの脚本、スティーヴン・シュワルツの作詞・作曲のドラマ部分と美しいタペストリーを織りなしていく。

だからこそ、「自分が生まれてきた意味」「特別な何か」を追い求めていく青年という、実は身分が王子でなくても、更に性別をも超える人の普遍的なテーマが、エンターティメントの全てが詰まった、どこか非現実な舞台面からスーッと心に届いてくる。この十二分に刺激的で、チャレンジングな舞台を発想し、演出したダイアン・パウルスと、その意図を汲みとったサーカス・クリエーションのジプシー・シュナイダーの見事な仕事が、この全く新しい『ピピン』を輝かせている。

もちろんそれによって、本職のサーカスパフォーマーが繰り広げるアクロバットの数々を同じ一座の仲間としてこなさなければならないキャストの負荷は、とてつもなく大きなものになるが、その困難を日本のキャストたちが全員で超えている姿が素晴らしい。

特に、今回の2022年版で主人公ピピンとして初登場した森崎ウィンのナイーブで、フレッシュで、でも十分に大胆な演じぶりが、「アイデンティティー探し」を続ける王子の若さと、少年性を際立たせ、作品のテーマをよりストレートに届ける力になっている。

自分が輝ける場所、「特別な何か」になれる別の世界があるはずだ、という思い故に、ピピンは戦に出て、愛に溺れ、王になろうとし、それらが手に余ると「もう一回やり直していい?」とある意味臆面もなく言ってのける。

この衝動に任せた言動が魅力につながるのは、若さと共に群を抜くチャーミングさが必要不可欠で、その要素を兼ね備えた森崎にピピン役がピタリとハマった。わけても、ミュージカルコンサートなどの場で見せてきた森崎の持つ独特のグルーヴと、フリーダムな感性は、中川晃教が獲得したのと同様の「森崎ウィン」というひとつのジャンルが生まれるのではないか?という大きな可能性を感じさせた。

舞台の全てを司るリーディングプレイヤーのCrystal Kayは、折り紙付きの歌唱力はもちろんのこと、要求されるものが極めて多い役柄を、鋭い眼光を持った独特の存在感で演じて作品を牽引していく。

高い評価を受けた初演時、ダンス経験がなかったという逸話には、天から与えられた才能を目の当たりにした思いがしたものだが、更に洗練を深めた今回は、フォッシースタイルも身体に入って自由自在

サーカス小屋で繰り広げられるショーが、観客に問いかけるものを強烈に指し示していく。50年前のブロードウェイ初演版では男性の持ち役だったこの役どころが、リバイバル版で女性が演じる役になったことは、多様性の表れでもあっただろうが、そうした軛からも解き放たれた、Crystal Kayのリーディングプレイヤーが存在していることが嬉しい。

国王チャールズの今井清隆は、『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』『美女と野獣』『エビータ』等々、グランドミュージカルの主人公を総なめにした、と言ってもいいキャリアの持ち主だが、近年飄々とした軽みのある役どころも演じる機会が増え、役幅の広さが魅力を増している。この国王役では、それらの経験双方からくる重みと軽やかさのバランスが非常によく、あっと驚く展開を支えて頼もしい。

その妻で、ピピンの義母ファストラーダの霧矢大夢は、全てを自分の思い通りにしようとするハロウィンが近づくこの時期、特段の脚光を浴びるヴィランズの魅力全開で、実に小気味よく舞台に存在している。宝塚歌劇団時代からブロードウェイ作品との親和性が極めて高い人だったが、抜群のリズム感で繰り出される歌とキレまくるダンスにより磨きがかかって目が離せない。作品を支える重要なキーマンとして気を吐いた。

旅の果てに倒れたピピンを助ける未亡人キャサリンの愛加あゆもこの2022年版からの初参加だが、やはり宝塚時代から「愛くるしい」と表現したいお人形のようなビジュアルからこぼれ出ていた、表現者としての欲求の強さがこの役柄にも生きている。キャサリンと、キャサリンを演じているサーカス一座の一人、としてのこの作品が持っている仕掛けを体現していく後半の展開ももちろんだが、キャサリンに扮する前に1幕で演じている一座のキャラクターも色濃く表現しているので是非注目して欲しい。

キャサリンの息子のテオは高畑遼太生出真太郎のWキャストで、生出の回を観たが、子供だからこそ許される頑なさも含めてよく演じていて、物語の円環を担う大活躍だった。

ピピンの腹違いの弟で、ファストラーダの実の息子ルイスの岡田亮輔は、精悍な戦士だが頭のなかにも筋肉が詰まっているのでは?と思わせる、何事に対してもただただストレートな役柄を突き抜けて演じていて、物語世界で必要とされる役割を果たしている。こうしたキャラクター性の強い役柄は岡田の得意といるところでもあって、実に伸びやかだ。

そして、この作品の大きな見どころと言って間違いない、「人生は楽しまなきゃ」の大ナンバーで、歌いながら空中ブランコ&宙吊りの大技を披露するピピンの祖母バーサ役も、初演から引き続いて中尾ミエ前田美波里が務めている。

前田の回を観たが、見事な脚線美のプロポーション、宙吊りのポーズの美しさなど、感服する以外の何ものでもないパフォーマンスはもちろん、ミュージカルのリズムがピピンに対峙して座っている姿からも醸し出るのが、前田の前田たる真骨頂。こんな時代だからこそ、人生は楽しまなければ!とピピンだけでなく、観る者の背中も押してくれる存在だった。

総じて、2019年のリバイバル版日本初演から、更に新しい風が吹き込まれた仕上がりになっていて、目が足りないばかりに繰り出されるエンターティメントの数々と共に、名曲「Corner of the Sky」が問いかける自分の居場所は、必ずあなたのそばにあるという希望がより鮮明になった2022年版を、是非多くの人に体感して欲しい。

(取材・文・撮影/橘涼香)

ブロードウェイミュージカル「ピピン」

■公演期間
2022年8月30日 (火) ~2022年9月19日 (月・祝)

■会場
東急シアターオーブ

■出演
森崎ウィン / Crystal Kay / 今井清隆 / 霧矢大夢 / 愛加あゆ / 岡田亮輔 / 中尾ミエ(Wキャスト) / 前田美波里(Wキャスト) / 加賀谷真聡 / 神谷直樹 / 坂元宏旬 / 茶谷健太 / 常住富大 / 石井亜早実 / 永石千尋 / 伯鞘麗名 / 妃白ゆあ / 高畑遼大(Wキャスト) / 生出真太郎(Wキャスト) / アクロバットプレイヤー : 長谷川愛実、増井紬、ローマン・ハイルディン、ジョエル・ハーツフェルド、デミトリアス・ビストレフスキー、モハメド・ブエスタ、エイミー・ナイチンゲール

■スタッフ
作詞・作曲: スティーヴン・シュワルツ / 脚本: ロジャー・O・ハーソン / 演出: ダイアン・パウルス / 振付: チェット・ウォーカー(In the style of Bob Fosse) / サーカス・クリエーション: ジプシー・シュナイダー(Les 7 doings de la main)

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