龍昇企画の「エレジー〜父の夢は舞う〜」が、上野ストアハウスで1月24日(水)から上演される。
本作は1983年に発表された劇作家、清水邦夫の戯曲。同年、読売文学賞を受賞した清水の最高傑作と呼ばれている作品だ。劇場上野ストアハウスが、日本の過去作品のなかから、優れた戯曲を上演するエクセレントワークスの4作目。
80年代の作品ながら、描かれるのは「老い」や「孤独」。60歳以上の人口が28%に達した現代を見据えたかのような作品だ。シビアに感じるが、その描き方はあくまで文学的かつ抒情的。幻想的なオープニングと余韻を残すラストシーンも美しい。
STORY
老境を迎えた元高校教師、平吉の元に、近年他界した一人息子の内縁の妻、塩子が現れる。さらに、いまだに兄の周りにいる弟や、塩子の叔母、塩子に恋する青年医師が現れ、家を巡って交わり始める。一時は険悪な関係になりつつも、心を通わせ始める5人の男女。不思議な絆も生まれていた。しかし、物語は思いがけない方向へ向かっていく。
昭和の中流家庭が持つ一軒家を巡るストーリー
稽古は、物語終盤の8場目から始まった。
舞台女優である塩子(関根麻帆)が出演した演劇を鑑賞した後、平吉(龍昇)の弟、右太(塩野谷正幸)は、塩子の叔母、敏子(松永玲子)や、塩子に恋する医師、河崎清二(小野健太郎)を兄の家に招き入れる。
兄の平吉は外出中だが、本当に兄が家にいないか、ビクビクする二人。それをからかう右太。前回、二人がこの家を訪れた時に、いないはずの兄がいてバツの悪い思いをしたからだ。
サイドボードからブランデーを出し、塩子を待つ間に飲み始める3人。
自分のものになった訳でもないのに、部屋の家具を吟味し出す敏子。清二が右太と一緒になれば、この家具は敏子の物だと嘯く。まんざらでもなさそうな敏子。
そこに塩子が帰ってくる。自分の演技はダメだったと暗い表情の塩子を、右太や清二は、明るく迎える。
片想いを描いた悲劇「アンドロマック」
塩子が演じた役はエルミオーヌ。「アンドロマック」という戯曲で、ギリシャのトロイ戦争を舞台に、立場や性格の異なる男女4人が、壮絶な愛憎劇を繰り広げる。アンドロマックは、亡き夫への貞節を守る淑女。一方、エルミオーヌは気位が高く、気性の荒いスパルタの王女だ。
報われぬ恋の哀しみを描いた「アンドロマック」。それぞれが共感する登場人物を挙げる4人。それは平吉を含め、この5人を暗示しているかのようだ。自分を慕うオレストという青年に暗殺を命じるエルミオーヌ。右太は、このエルミオーヌのセリフを情感たっぷりに読み上げる。「そこ、そのままグルーヴ感出してもいいんじゃない」と演出家の西沢栄治が指摘する。
「アンドロマック」の結末は、恋の懊悩の果てに全員が死んでいく中、エルミオーヌを想う青年オレスト一人が残されるというストーリーだ。
演じることの凶暴さ、狂気を描く
そんなオレストのセリフを、取り憑かれたようにそらんじる塩子。
虚実ないまぜになった演技に皆は困惑する。この劇中劇のセリフが非常に長く、難しい。時々、進行を止め、台本を確認しながら、忠実に清水邦夫のセリフをなぞっていく。
役にのめり込み、雄叫びをあげてチーズナイフを振り上げる塩子。
そこに帰宅した平吉と遭遇、クライマックスにつれて盛り上がっていくシーンだ。
素直になれない昭和の父親が揺らぐとき
平吉は平然と塩子の手からチーズナイフを取り上げる。どっしりと構えた佇まいは、昭和の父親像そのものと言った威厳も感じられる雰囲気だ。混乱する塩子に、向精神薬を届けるため右太と敏子が出ていき、平吉は清二と二人になる。
清二役の小野健太郎
率直な言葉を投げかける平吉と、それに答えながら不快な気分にさせられていく清二。「塩子と結婚したいんだろう?」のところで、ふと気づく。
塩子に対して父性的な愛情も持ちつつ、他の感情もあるのだと。
ここからの言葉の応酬は、そのトーンも含めて注意深く聞いてほしい。
昭和の父親特有の頑固さで息子を褒めることがなかった平吉。
「(息子に)期待しているに決まってるじゃないか」という呟きも今は虚しく聞こえてくる。
家族が壊れ、職場もなく、そもそも家族を作ることがなかった大人は、どうやって人と繋がり孤独を癒していくのか。部屋には象徴のような凧があるが、家や世間体から解き放たれた大人たちは自由であるが、その心は糸の切れた凧のようにおぼつかない。
今回の企画立案者でもある龍昇に、なぜ今「エレジー〜父の夢は踊る〜」の上演を決めたのか聞いた
龍昇「5年前に、流山児★事務所で「雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた」という舞台をやりました。その台本が入っていた文庫本に「エレジー〜父の夢は舞う〜」も入っていたんですよ。これは面白い!と思って、いつか演ってみたいと、虎視眈々と機会を狙ってました(笑)。「〜三十人のジュリエットが還ってきた」も、西沢さんの演出だったんですよ」
この主人公の父親は、宇野重吉さんに当て書きしたものなんです。あの年代の老人役はちょっと演ってみたいと思って、西沢さんやみんなに声をかけたんです」
平吉を演じてみて、イメージする宇野さんの演技ができるかというと、なかなか難しい。今日もにっちもさっちもいかんぞみたいになってたけど、でも新劇『民藝』のために書かれた感じでもなく、アングラの匂いがする芝居に持っていけたらいいな、と思っています。この役は宇野さんの後は、名古屋章さん、最近では平幹二朗さんが演りました。演じる人間によって色は変わってきますよね」
西沢さんは80年代を描く時の苦労はありましたか?
西沢「僕は71年生まれなので、子供の頃に見ていた風景です。もちろんスマホなんかありません、40年前ですから。色々なことに関する価値観も、今とは違います。それが伝わるかどうかとは思いますけど、変えたりはしないです。その時代が何であるかと考えると、高度成長期が終わって家族の神話が崩れていく。お父さんが一番という価値観が無くなっていく。そんな時代の話だと思っています。
あとは、みんな一人ぼっちなんですよ、出てくる人たちみんな。
兄弟という繋がりはありますけど、基本的には一人で生きて、ひとりで暮らしている。一人ひとりの人間が、どういう人物であって、どう生きていくのかは普遍的なことなのではないでしょうか」
劇中の言葉が現代と比べてストレートだと思いました
龍昇「僕はこういうストレートな喋りの方がピシッときて心地いいですね。遠回しに言うのもなぁと言うところです。まあ、結構遠回しにしゃべっているところもあるんですが」
西沢「セリフに関しては、読んでみると清水節というか一気に叙情に持っていく瞬間があって、そこは恐れないでいきたいなと思っています。芝居の会話は必ずしもナチュラルじゃないですよ、台本に書かれていることは、みんな『セリフ』なんで。セリフをしゃべっていることに恐れずに、その言葉としての美しさや飛躍するものが清水作品の難しさであり、良さでもあるから」
女性のキャラクターも個性的ですよね
西沢「関根麻帆さん演じる塩子という舞台女優が出てきますが、清水さんの女優に対する畏敬の念とか特別なものを感じますよね」
龍昇「清水さんは必ず『演じる』というということの狂気を描きますから」
最後に、お客さまへのメッセージをお願いします
西沢「若い人でも歳を重ねた人でも楽しんでいただける作品にしようと思っています。ぜひ、劇場に足を運んでみてください」
(撮影・取材・文/新井鏡子)
公演概要
「エレジー〜父の夢は舞う〜」
主催:(有)ストアハウス+龍昇企画
公演日時: 2023年1月24日 (水) ~2023年1月28日 (日)
会場:上野ストアハウス
作:清水邦夫
演出:西沢栄治
出演:龍昇、塩野谷正幸、松永玲子、小野健太郎、関根麻帆
チケット料金:4500円