いよいよ開幕!新作オリジナルミュージカル『ある男』に臨む浦井健治、小池徹平インタビュー

いよいよ開幕!新作オリジナルミュージカル『ある男』に臨む浦井健治、小池徹平インタビュー

2018年に読売文学賞を受賞し、世界中で翻訳された長編小説『ある男』。
なぜ彼は、別人として生きていたのか、社会的評価、戸籍、血筋、内面など、”その人”たらしめるものはなんなのか。
そんな根源的な問いかけを描いた平野啓一郎の傑作小説が、瀬戸山美咲の上演台本、演出、ジェイソン・ハウランド作曲による新作オリジナルミュージカルとして、2025年8月4日、東京建物 Brillia HALLにて開幕した。
この新たなオリジナルミュージカルの創作に挑む、ある男を追い求める弁護士・城戸章良を演じる浦井健治と、ある男・Xを演じる小池徹平が、佳境に入りつつ模索を続ける稽古たけなわの日々に、作品へ臨む思いを語ってくれた(※取材は7月中旬)。

──まず楽曲の印象から教えていただけますか?

浦井「ジェイソンさんの楽曲がとても色彩豊かなんですよね。それぞれの役に寄り添ったカラーの楽曲を書いてくださっているので、大きな力になっているなと感じます」

小池「当初思っていたよりも楽曲の数が多くて、新作ですからワークショップを何度もやってきたのですが、ディスカッションを重ねるうちに『ここも歌にしましょう』というやりとりで楽曲が増えていったんですよね。いま、健ちゃんもおっしゃいましたけれども、楽曲が役の気持ちに寄り添ってくれているので、ミュージカル感がとても強いなという印象です」

──では楽曲から触発されるものも?

浦井「原作や映画が既に著名なだけに『この作品をミュージカルに?えっ?どんな風になるの?』と思っている方も多いと思うんです」

小池「そうだね」

浦井「僕自身の第一印象もそうだったので。その模索というか、創ってきた結果として曲がかなり前に出てきている、いまの状態が着地点になるのかなと思っているので、そこが上手く転がって『良いミュージカルだね』と感じてもらえるように持っていきたいですね。意外にポップな楽曲もあるし、スピーディーに曲で進められていくと思うので、楽曲がドラマを運ぶ作品になりつつあります」

小池「ミュージカル作品での歌のパワーはすごく強いから『歌っています』になり過ぎても物語が入っていきにくくなるなと感じる瞬間もあって。そのバランスを僕たちがうまくとって、お芝居の部分もちゃんと支えなきゃいけないなというのが、いま僕のなかにはあります。それくらい力のある楽曲ですね」

──その瀬戸山美咲さんの演出、上演台本創りもおそらく相当大変だったのではと想像しますが、稽古の進行はいかがですか?

浦井「僕は前の現場の本番と並行しての稽古だったので、各地での公演の間、間に参加させていただいていたのですが、クリエイティブチームのスタッフさんたちが日々、例えば照明プランをどうするか?とディスカッションしていて、台本も前日や当日に変更があったりしていたので、かなりタイトなスケジュールだと個人的には思っていて。僕ももうとにかく詰め込んで通す、という作業をしてきたのですが、創っては壊しまた創るという形で、瀬戸山さんの頭は常にフル回転されているんだろうなと。でもこういうクリエイティブな創作の時間の豊かさは、初演だからこそだと思いますし、全てを統括する『演出家』という立場は本当に大変なんだと思います」

小池「やっぱり新作を創る、しかも原作がとても有名で濃厚な物語でもあるという時に、原作が好きでリスペクトしているからこそ、ミュージカルの中に詰め込まなければいけないものと、省かなければいけないものを、非常に繊細に模索していらっしゃるんだろうなと思います。ですからこういうふうにやりたいというイメージがまずあって、それを周りから固めている印象ですね。まず枠組みを創ってからしっかり芯の部分を創ろうとされていると感じるので、それに対してキャストのみんながどう応えていくのか。一つひとつのシーンで何をすればいいのかをみんなで考えている感じです。また、Xのキャラクター像は、瀬戸山さんと僕とそれぞれの感覚をもっているので、どのように作り上げていくか今すり合わせながら進めています。Xは過去の人間なので、たくさん出てきてみんなと絡むという役柄ではありませんから、少ない登場場面でどう表現していくか、瀬戸山さんの感性に従って、まずやってみるという形ですね」

浦井「そう、瀬戸山さんには独特の感性をすごく感じます。アンサンブルに踊れる方たちがとても多いのですが、コンテンポラリーなダンスが組み込まれていたり、芝居とは異空間で踊っているというか。そういうところも新鮮ですね」

──共演者の皆さんはいかがですか?

浦井「僕はさっきも言いましたが、前の現場を終えて本格的に合流できてから日が浅いのですが、キャスト、スタッフの皆さんが『お帰り!』と迎えてくれて、とても家族的なカンパニーです。皆さんへの信頼もあるし、この人たちと一緒にやれるのだから、という気持ちで自分を奮い立たせてもいます」

小池「それこそ家族としては『お父さんがようやく戻ってきてくれた』みたいなところもあるので(笑)、頼もしい健ちゃんが合流してくれたことで、より稽古場が締まったという印象があります。日々変更がすごくあるので、どういう方向性に持っていったらいいんだろう、とみんなで話し合う機会がとても多いんですね。ここの芝居部分がちゃんと流れているかですとか、このシーンの色合いがどうやったら伝わるのかディスカッションを重ねられる、ミュージカルにすることの良さと難しさを、共有して進んでいけるカンパニーだと思います」

──そのなかで、それぞれ演じるお役柄については、どのように理解していらっしゃいますか?

浦井「城戸はシンプルで、Xのことをずっと調べていくにつれて、自分を見つめ直し、人生観も変わっていって、愛といったものに気づいていく。これまでの人生では恵まれた環境にいたのかもしれないけれど、家族や職業などがそぎ落とされた時に、人間って何が一番幸せなのか、これまで美しく見えていた景色は何だったんだろうと、学ばせてくれたのがXだった。Xの壮絶な生き方は、フィクションだからこそなのかも知れないけど、でも本当にこういう人生があるのかもしれない、そう思えるように大切にXを追い求めていきたいです」

小池「そういう城戸の人生観までも変えていく、原作に描かれているXはこういう人物だったんだと、丁寧に描きたいなという気持ちが強いんですが、ミュージカルになることによって、曲のなかでの時間経過や、ミュージカルとしての表現があるので、その短い時間のなかでXはこういう人だったと、より印象的に皆さまに納得させられるような表現をまだ模索している最中です。やはり全体の流れとして芝居部分以上に、曲のなかでの表現に重きを置かれているイメージがあるので、さらにブラッシュアップして、どうしてXがそこまでの選択をしたのか、歌だけで終わりにはせず、できる限りの表現をしていきたいです」

浦井「すごくよくわかる。2幕の中盤くらいまではみんながXを求めて、こうなのか、ああなのかと言っていく話なので、やっとたどり着いて、これがXの過去ですと最後にポンと提示されたとき、如何に説得力を持たせるか?ということでしょう?」

小池「そう、自分のいまの表現だとそれがまだ足りていないと感じるんだよね」

浦井「小説や映画はその部分がとても長く書かれている。例えばボクシングジムでのこととか、幼少時代に父親に対してどういう思いを持っていたのかとか。それでもXが家族を持とうとするところが書かれていて、その部分には城戸は一切出てこない。でも舞台だと城戸や現在を生きている人たちが『そうだったのか!』と理解する。でも、過去の人であるXの壮絶なシーンが全て挿入されるというわけではないのと、現在の城戸たちと過去のXが交わることはないから難しいよね」

小池「そう、そこをどう届けていくかが課題だなと」

──いま、交わることがないというお話がありましたが、製作発表会見でも披露されたお二人が歌われるミュージカルナンバーも含めて、どのような形で関わられるのでしょうか。お二人の共演を楽しみにしていらっしゃるファンの方も多いと思いますが。

浦井「実は同じ時間軸で関わることはないんですよね」

小池「そう。でも幻想的な描き方もしつつ、過去をお芝居で表現しているところに現在軸の城戸もいて、過去の映像を見ているような、お話の再現を聞いているという形で、ステージ上には一緒にいたりします。それを受けて『僕はこう思った』と城戸が歌で表現する時に、今度はXが見ていて『どうしてそこまで僕のことを知りたいの? 僕は名前を変えてまで新たな人生を手に入れたのに、来ないでくれ』というような表現をしていたりもするので、同じ時間軸で交わることは決してないんですけど、僕たちの共演を楽しみにしてくださっている方がいらっしゃるとすれば、結構同じ場所には点在していたり、一緒に歌う楽曲も製作発表で披露させていただいたもの以外にもありますので、期待していただきたいと思います」

──いまXとしての想いを小池さんが話してくださいましたが、浦井さんは何故城戸がそこまでXを追うのだとお考えですか?

浦井「依頼を受けた人たちとそこに関わっていた人たちの思いに触発されたということが描かれていますが、それとは別の動きがある、影響されたというのが答えなのかなと思っていて。Xに憧れていたというか、自分もそうであるべきだと気づいたから、いまの自分へのある意味新しい答えというか、もしくは気づいていたけれども、ここにちゃんとした着地点があったというか。そういう人物に出会えた奇跡、故人に対して城戸が勝手に抱いている思いではありますが、そういったところで自分を見つめ直せた、やり直していくいい意味での影響力のあるお手本に出会えたことが、城戸にとっては大きな大きな一歩だと信じたからなんだろうな、ということが書かれていますし、感じることですね」

──久しぶりとなる共演で、お互いに感じる魅力はいかがですか?

小池「健ちゃんは改めてこの人は化け物だなと、カンパニー一同驚いています。圧倒的な出番とセリフと歌の量がある城戸役を、1日、2日稽古しただけで1幕の荒通しをやってのけてしまえる化け物なんですよ。本当に他の舞台の本番をやっていたのか?というくらいで、当たり前のようにしていますけれども、ありえないですから。新作でここまで短期間でできるというのは。しかも決して大変だったとは口に出さないし、僕は健ちゃんもっと言っていいのにと思う。きっと休演日とか、疲れて帰ってきた地方のホテルとかで、めちゃくちゃ勉強しない限り絶対できないです。僕らでさえ新曲が来て覚えるのに必死で。毎日この舞台に向けて100%でやっていても間違えるのに、それを全部覚えてきてこの期間でやっちゃうわけですから、本当にすごいなってみんな思ってます」

浦井「まぐれです(笑)」

小池「いやいや、2幕のほぼ最後まで行ってますから、とんでもないスポンジ能力というか、怪物ですね。語彙力ない言い方を敢えてすると『浦井健治ヤバいです』(笑)」

浦井「そう言ってもらえるのはありがたいですね。まあ、でも本当に皆さんに追いつけるように自分はやらなきゃな、という思いでいっぱいなんです。でもそういう時に例えば稽古場で『せめてなんか美味しいもの食べておいでよ』とか、僕の状況をすぐに察してくれるのが徹平なんですよね。今回の現場は主役クラスの人たちが多くて『今この人に必要な言葉ってこれだな』と空気で飛ばせる人たちばかりなんですけど、そのなかでも徹平の明るさや、人間味あふれるところに助けられています。徹平は人間としての成長を当たり前のように自然にされているので、そういう人がいてくれることで、自分を律することもできるし、改めて自分を見直さなければと思います」

──またこの作品はXの真実を追い求めていくことで、生まれ持ったものや血のつながり、個人のルーツはあくまでも消せないものなのか?という深淵な部分にも至っていくように思いますが、ご自身であぁこれは血だな、というルーツを感じることはありますか?

小池「自分自身というよりも、僕は自分の子供を見ていて、自分にすごく重なるんですよね。別に教えたわけでもないのに同じことをやっていたりとか。僕匂いを嗅ぐ癖があるんですが、息子が全く同じことをやってるんですよね」

浦井「面白い、それ」

小池「遺伝、DNAってすごいなと思って。性格もそうだし、何も言っていないのに気持ちが手に取るようにわかって『たぶんこう思っているからでしょう?』と訊くと『うん』って言う。不思議な感覚になりますよね。僕を見ていて親もそう思ったのかもしれないし、血が繋がっている、DNAってやっぱり受け継がれていくんだなとすごく感じますね」

浦井「そうなんだね。僕も運転した時に、車の動かし方というか、足のちょっとした力のかけ方、車の停め方が父親そっくりって言われる」

小池「へ~!」

浦井「身体に何かが刷り込まれているんだと思うんですよ。ちょっとした口癖みたいなものだったり、父親は他界してるけど、時折『これ父親の話し方だ!』みたいな。そういう時って面白いなと思いますね。だから多分徹平の子どもたちも『ちょっと似てて嬉しいな』と思う時期を超えると『え、似てるのか?』っていう時期があったりもするだろうし」

小池「あーそうだね、確かに」

浦井「でもそれすらも、自分を感じるところでもあるから、この作品って面白いですよね」

──描かれている事柄以上に深いものが色々ありますね。そのひとつとして、これはそんなに簡単に言ってくれるな、というところかなと思うので申し訳ないのですが、全く別の人の人生を生きようとするというところが、俳優業に通じるのかなとも。

浦井「再演で同じ役をやらせてもらうこともありますけれど、毎回違う役を演じさせてもらう度に、別の人生を生きることができるというのは、結構稀な職業だと思ってますね。やっぱり役を演じる度に感じ方も全く違ってくるので」

小池「もちろん僕らが違う人の人生を演じるのって期間限定だし、あくまでも好きで選んだ職業としてやっているので、Xが全く違う人になって新たな人生を生きようとする重さとは天と地ほどの差はあると思うのですが、その期間限定でさえ本気で役を生きていると、役に影響されるものってすごく大きいんですよね。だからこの『ある男』で言えば、違う人物に本気でなろうとするってものすごく大きな決断だし、並大抵の努力ではできないことだから、本気で生き直したかったんじゃないかなということはすごく感じますし、役者目線だからこそその重さを感じ取れるというところは非常にありますね」

──ありがとうございました。新たな作品が生み出されていく過程で、きっとこれからもどんどん進化していくのだろうと期待が高まりますが、最後に楽しみにされている方たちにメッセージをお願いします。

浦井「東京公演も始まったらあっという間だと思いますし、各地も数日間なので、皆さまに楽しんでいただけるよう頑張りますので、ぜひお近くの劇場に来た際には足を運びください」

小池「新作ミュージカルを今本当にみんなで一丸となって、より良いものに近づけようと努力している最中なので、皆さんにお披露目できる時にはもっと自信を持って、このミュージカル版『ある男』をお届けできるように全身全霊で励みますので、暑い季節でありますが劇場にお運びいただけると幸いです。よろしくお願いします」

(取材・文:橘涼香/撮影:山本春花)

プロフィール

浦井健治(うらい・けんじ)

1981年8月6日生まれ。東京都出身。近年の主な舞台作品にミュージカル『キングアーサー』ミュージカル『カム フロム アウェイ』『天保十二年のシェイクスピア』 ミュージカル『二都物語』など。

小池徹平(こいけ・てっぺい)

1986年1月5日生まれ。大阪府出身。近年の主な出演舞台作品にミュージカル『るろうに剣心 京都編』日本テレビ開局70年記念舞台『西遊記』PARCO PRODUCE 2024『リア王』など。

ミュージカル『ある男』

【原作】平野啓一郎
【音楽】ジェイソン・ハウランド
【脚本・演出】瀬戸山美咲
【歌詞】高橋知伽江

【出演】
城戸章良:浦井健治
ある男・X:小池徹平
後藤美涼:濱田めぐみ
谷口里枝:ソニン
谷口恭一:上原理生
谷口大祐:上川一哉
城戸香織:知念里奈
小見浦憲男/小菅:鹿賀丈史

<東京公演>
2025年8月4日(月)~8月17日(日)東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)

<全国ツアー>
2025年8月23日(土)~ 8月24日(日)広島・広島文化学園HBGホール
2025年8月30日(土)~ 8月31日(日)愛知・東海市芸術劇場 大ホール
2025年9月6日(土)~ 9月7日(日)福岡・福岡市民ホール大ホール
2025年9月12日(金)~ 9月15日(月・祝)大阪・SkyシアターMBS

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