アガサ・クリスティーの傑作小説『ゼロ時間へ』の舞台化に挑む、野坂実&中尾隆聖インタビュー

アガサ・クリスティーの傑作小説『ゼロ時間へ』の舞台化に挑む、野坂実&中尾隆聖インタビュー

演出家、野坂実が世界の名作ミステリーを舞台化・上演する長期プロジェクトとして歩みを進める「ノサカラボ」の最新作、舞台『ゼロ時間へ』が10月3日から9日まで東京・三越劇場、13・14日に大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで上演される。

『ゼロ時間へ』はミステリーの女王と讃えられるアガサ・クリスティーが1944年に発表した小説。特に、ミステリーの常識を覆した作品として名高く、野坂の演出でどう舞台化されるのかに、大きな注目が集まっている。そんな作品の重要なキャラクターである元弁護士のマシュー・トリーヴスを演じる中尾隆聖と演出の野坂が、稽古たけなわのなか舞台への想いを語ってくれた。


―――今回、アガサ・クリスティーの『ゼロ時間へ』を舞台化しようと思われたきっかけから教えていただけますか?

野坂「クリスティーの作品『検察側の証人』や『ねずみとり』など、舞台作品として大変有名なものもいずれやりたいとは思っているのですが、今回は皆さんが舞台作品としてはあまりご覧になっていない、かつ面白いものをと題材を探していたんです。その時、この『ゼロ時間へ』は、クリスティー作品の中でも大変メジャーなものにも関わらず、舞台化がほぼなされていなかったので、これがいいのではないか?と思い、各方面に頑張ってお願いして実現することができました」

―――確かに舞台でやろうとすると難しい流れなのでは?とも思う作品ですが、それもやりがいと感じられたのでしょうか?

野坂「そうです。ただ確かに役者さんの負担は大きい作品だと思います。ひとつの台詞をひとつの意味合いで言えると楽なのですが、そこに2つの意味が重なっていたり、感情表現をしなければいけないのに説明台詞だったり、といったなかなかお目にかからない難易度の高さなので。でもそれをこなせる役者さんたちに集まっていただくことができたので、いまその難易度の高さが楽しいですね」

―――と、演出家さんはおっしゃっていますが、実際に演じられていていかがですか?

中尾「いや、大変ですよ!(笑)」

野坂「そうだと思いますが、でも皆さんが難易度の高さを越えてきちんと演じてくださっているから楽しいんですよね。もしそこに行かなかったら、やっぱり正直、時間がないと焦り始めたと思います。もっともっと稽古しなきゃ間に合わないとか、色々なことをやばいぞと感じたでしょうけれども、稽古のはじめから皆さんがイメージを作ってきてくださっているので面白いんです。むしろ『なるほどこのニュアンスで持ってこられたか!』などの創意工夫もたくさんありますし、なかでも隆聖さんは海外戯曲にも慣れていらっしゃる大黒柱のお1人で、とりあえずここに頼っておけば大丈夫だと、皆が思っている感じです」

中尾「いやいや、皆さんがすごいんですよ。クリスティーの作品は去年もご一緒させていただいていて、これが2作品目なのですが言葉がなかなか独特で。それは難しさでもあり、同時に楽しさでもありますが、なにしろキャストの皆さんがそれをものの見事に軽くこなしていらっしゃるので『うわ、みんな早いな!』と」

野坂「隆聖さんこそ軽くこなして飛ばしているじゃないですか! だから何回か稽古したらもういい感じなので、僕が『じゃあ、次行こうか!』と言うと役者さんたちが『まだだよ、まだ稽古したいよ』とおっしゃる。稽古場のやり取りはいつもそんな感じです(笑)」

―――演出家の立場でご覧になると、次に行けるというクオリティなわけですよね?

野坂「そうです、うんいいなと思えています」

中尾「そうおっしゃってくださるんだけど、中身は本当にまだまだこれからですよ。いまは外枠を創っているので、これから細かく1つひとつ固めていく作業になっていくと思います」

―――ご自身が演じるお役柄についてはいかがですか?

中尾「私は原作の小説も映画の方も知らなかったので、まず今回の戯曲から入ったのですが、読み進めながら面白いなぁとどんどん引き込まれました。自分の役柄ということより前に、全体の流れとして大変面白くて、皆さんが本を読んだ段階でどんなふうになるのかが非常に楽しみで、ここに参加させていただけるのはありがたいなというのがはじめにありました。役としてはいま暗中模索をしながら少しずつ作っている最中です」

―――原作小説とは設定が変わっているとお聞きしましたが。

野坂「はい、ですから特に原作小説のファンの方には、隆聖さんが演じるキャラクターを楽しみにしていただきたいですね。舞台版をご存じない方には、かなりの衝撃だと思うので、ここはまず舞台版を楽しめるポイントですね」

―――改めてというお伺いになりますが、この作品の魅力をどう感じていらっしゃいますか?

野坂「小説は様々な地点からひとつの場所に集約していくという作品構造なのですが、今回はワンシチュエーションで、ひとつの場所からドラマがスタートしているので、人間の感情の動きがドラマチックなんです。推理ものは謎解きがメインになっているものも多いのですが、クリスティーの場合は女性の作家さんですが、男性の感情の動きや葛藤がすごく上手に描かれているので、ミステリーというジャンルなんですけど、普通にドラマがある海外戯曲と思って観ていただけると2倍楽しめると思います。ドラマとしても楽しいところに謎解きまで入ってるという感覚です」

中尾「いまのお話を伺ってまさにそうだなと思いました。推理劇というだけではない、人間ドラマも両方ある作品で」

野坂「現代の推理作家さんたちとお話していても、クリスティーはすごいという感想をよく伺いますね。推理小説はトリックやギミックをたくさん張り巡らして最後に回収していくので、その鮮やかさの反面人間が描けていない、と言われがちなんだけれども、クリスティー作品はちゃんと双方が両立していると。さらに戯曲作品になると、ト書きひとつで台詞をいくつも省いたりしているんだけど、ちゃんと意味は伝わるという書き方もしているので、小説家としてはもちろん、戯曲作家としてもとても高い能力を持っている方ですね。具現化してイメージして台詞を書いているので」

中尾「会話がいいですよね。発している言葉通りではない裏の裏があったり、さっきの会話はこっちにつながってくるんだ、というものが随所に出てくるので、会話劇としても面白いです」

―――先ほど、今日のお稽古の本当に最後の方に同席させていただいたのですが、中尾さんが演じられているトリーヴスが、ある人物を徹底的に庇うじゃないですか。普通のお芝居ですと、それだけ強い信頼があるんだなと感じると思うんですけれども、クリスティー、「ノサカラボ」という要素が揃うと、これだけ庇うということは何かある?と思ってしまって!

中尾「そう見えましたか!?(笑)」

野坂「誰かが犯人ですもんね(笑)」

―――そうなんです。誰かは嘘をついているはずですからそこが観る側としても面白いなと。また、先ほどからお話が出ていますが、カンパニーの皆さんの雰囲気はいかがですか?

中尾「とても素晴らしいですね。初めてご一緒する方もたくさんいるんですけど、全くそんな気がしません。しかも1回読み合わせて、立ち稽古に入ったらもう皆さん台本持っていないんですよ!」

野坂「本当に本読みが終わったら、みんな台本外していましたよね」

中尾「なんでそんなに早いの!? とびっくりしました。もっとゆっくり創ろうよと(笑)」

野坂「そう言いながら隆聖さんもあの膨大な台詞を入れていらっしゃるじゃないですか!」

中尾「いやいや入ってないですよ。たどたどしいもので。でも皆さんに合わせなきゃいけないから。それくらいすごいカンパニーなんです」

―――そのなかで、野坂さんが中尾さんに期待されていることは?

野坂「期待というよりも、今回クリスティーをやろうとなった時に、もう中尾さんしか頭の中に出てこなかったんです。この役は是非中尾さんにお願いしたいと、僕、実は直接お電話してしまったくらいで。『すぐ事務所にもお電話差し上げますが、まずとにかく隆聖さんにお話ししたくて』と。ですから僕からすると出ていただけていること、こうしてご一緒できていることが本当に楽しいです。今回鬼のような台詞量なのですが、『大丈夫だよ』と言っていただけてありがとうございます」

中尾「こちらこそ嬉しかったですよ。こういう戯曲はなかなかやろうと思ってもできないので、お声がけいただけてありがたいなと。でもなかなか台詞を覚えなくて」

野坂「いや、入っているじゃないですか。出ずっぱりであの恐ろしい台詞量なのに、すごいなと思っています」

―――中尾さんからご覧になった演出家としての野坂さんの魅力はどうですか?

中尾「とても雰囲気を大切にしてくださる方です。ほかのカンパニーでご一緒している時から思っていたのですが、怒っている姿を見たことがなくて。どんなにカリカリしても不思議ではない状況でも、プレイヤーがやりやすいような雰囲気をいつも作ってくださるので本当にありがたいです。そうしながら、ちゃんと目指しているものを形にしていくのが素晴らしいなと思っていま」

―――お2人の厚い信頼関係が伝わって期待が膨らみますが、東京公演は三越劇場での上演で、こういった作品にはとても似合う劇場ですよね。

野坂「そうなんですよ。関東で唯一戦禍を免れている劇場なので。別の芝居で水を使ったのですが、舞台面側にある石の部分は重要文化財なので、絶対に水をかけないようにと言われました」

―――劇場に入った瞬間から、そうした重厚な雰囲気が伝わります。

中尾「それはすごく大切で、劇場に入るところから物語世界に入っていけるという意味でも、とてもありがたいですよね。本来は我々がそれを創り出さないといけないのですが、既に場所に力があるので、逆にそこに負けないようにしないといけないなと」

―――そこから大阪公演が、大阪COOL JAPAN PARK TTホールですね。

野坂「今年だけで3回ほどやっている劇場ですが、客席からすごく観やすいんですよ。間口もちょうどいいし、大阪城公園駅からすぐというアクセスも抜群で」

―――両方の劇場に観劇と同時に百貨店も覗けたり、大阪城が近いなど観る前、観たあとの楽しみもありますが、演出としては2つの劇場で上演することを意識されているのですか?

野坂「大阪に行ったらここを変える、ということがないよう、両方に通じるように創っているので、同じ感覚で作品を楽しんでいただけると思います」

―――素敵なカンパニーと劇場とで、素晴らしい作品が出来上がるのを楽しみにしていますが、最後に是非東西で舞台を待たれている方たちにメッセージをお願いします。

中尾「はじめてこの作品に触れる方はもちろん、原作ファンの方には違う意味で楽しめる要素がたくさんありますし、本当に素敵なカンパニー、魅力的な出演者の方々が揃っていますので、是非1人でも多くの方に観ていただきたいと思っています」

野坂「こういう骨太の、役者さんの力がとても大きい作品のなかで、今回の役者さん達がすごいと思うのは、全員本当にお芝居が好きな方たちなんです。1人ひとりがみんなもっと稽古をやりたい!とおっしゃるメンバーで、仕事だからという感覚よりも、演技をやりながら、みんなで楽しみながら、どうすればもっとよくなるかを考えながら創っている風景がとても素敵です。だから僕も、稽古場に行くのが楽しくて楽しくて仕方がないし、そういう稽古場から生まれてくるものを是が非でも観て欲しいなと思っています。毎回のステージで、役者さんたちから面白い高度なものが演技として現れてくる、絶対に観る価値のあるものが生まれてくると思いますので、是非劇場にいらしてください。お待ちしています」

(取材・文・撮影:橘 涼香)

プロフィール

中尾隆聖(なかお・りゅうせい)
東京都出身。子役として活躍したのち、声優・俳優として多彩な活動を続けている。声優としての代表作に『それいけ!アンパンマン』ばいきんまん、『学校の怪談』天の邪鬼などがあり、第25回日本映画批評家大賞 アニメ部門最優秀声優賞、第8回声優アワード 特別賞(「アンパンマン」として)、第11回声優アワード 富山敬賞など、受賞歴多数。2022年、惜しまれつつ解散した、自身主宰による劇団「ドラマティックカンパニー」でも多くの舞台を生み出している。

野坂 実(のさか・みのる)
2002年に「クロカミショウネン18」を旗揚げ。第13回公演で動員2000人突破、2012年に解散。現在は、シチュエーションコメディを軸に、翻訳劇・漫画原作の舞台等、様々なジャンルの舞台演出を手がけている。緻密なプロットの物語を、スピーディかつ解りやすくする独自の演出スタイル(嘘と勘違いのトリックアート)で、幅広い世代から支持されている。また、2021年より始動した、世界中にある名作ミステリーを舞台化・上演していく長期プロジェクト「ノサカラボ」で、精力的な舞台創作を続けている。

公演情報

舞台 『ゼロ時間へ』

日:2024年10月3日 (木) 〜9日(水)
場:三越劇場 ※他、大阪公演あり
料:9,800円(全席指定・税込)
HP:https://nosakalabo.jp/zero/
問:ノサカラボ
  050-3159-9601(受付時間10:00~18:00)

 

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