大陸帰還者の心の拠り所となった日本橋の“小さな奇跡” 激動の時代を生きた老舗レストラン創業者の知られざる歴史と熱き絆

大陸帰還者の心の拠り所となった日本橋の“小さな奇跡” 激動の時代を生きた老舗レストラン創業者の知られざる歴史と熱き絆

 2017年に旗揚げ以降、明治から戦後にスポットを当てた人情演劇を生み出してきた劇團88號が約2年半ぶりの新作を上演する。日本橋に実在する老舗レストラン「日本橋せいとう」の歴史を原案に、創業者の城慶次・雅子夫妻が駆け抜けた激動の時代と、家族や仲間達との熱き絆を描く人情物語は現代を生きる私達に多くの大切なことを語り掛ける。劇団座長の乃池ヒロシ、そして城慶次役の蓉崇、雅子夫人役の工藤翔子に本作への意気込みを聞いた。

気が付けばこちらから頭を下げていました

―――約2年半ぶりの公演に本作を選ばれた理由を教えてください。

乃池「2019年8月に上演した第5回公演『秘密』以降、コロナ禍で公演ができなかったのですが、仕切り直しからの再出発の意味も込めて、『秘密』の再演とその5年前を舞台にした新作の2本立てを計画しておりました。その過程でボランティア活動を通して知り合った方から、現在は三越前駅でワインと熟成和牛の専門店として営業する日本橋せいとうの3代目であられる城麻里奈さんを紹介して頂いて、『このレストランの歴史を舞台化してもらえないか?』と相談を受けました。
 お店に取材に行ったところとてもいい話で、うちの劇団が大切にする家族や人情というコンセプトにぴったりだなと思い、気が付けばこちらから頭を下げて『是非、やらせてください』と言っておりました。
 日本橋せいとうは創業者の城慶次さんが動乱の青島にいた当時、『いつか日本橋で再会しよう』という仲間との約束を果たすために、日本橋交差点につくった『青島引き上げ者救護所』という小さな小屋が起源と聞きました。1945年に日本の敗戦が決まり、当時満州中央銀行青島支店の支店長だった慶次さんが満州国の功労者ということで戦犯扱いを受けました。日々監視の目が強くなる中、命の危険を感じた慶次さんは夫人の雅子さんと子供達を一刻も早く帰国させて、自分達が帰還した時の為の居場所を作って欲しいという願いを託されたそうです。
 必死の逃避行の末に帰国し、家族と再会を果たした慶次さんは戦後の物資がない時代に、救護所でアメリカ兵から分けてもらったコーヒーを淹れたところ、コーヒーの香りをかいだ人達が豊かだった頃を思い出して笑顔になった姿を見て『この笑顔を広めていきたい』と救護所を喫茶店にしたことが今のレストランにつながったそうです」

イメージ通り。この二人しかいない

―――夫妻役には蓉崇さん、工藤翔子さんをキャスティングされました

乃池「蓉さんは僕もご一緒させて頂いた『満州国演義』という同じ時代を舞台にした作品で主演をされていて、この時代の人々がどう生きたか、いかに大変だったかを良くご存知でしたし、まさに城慶次さんのイメージがぴったり合いました。もう城さんは蓉さんしかいないと思った一方で、うちみたいな小さい劇団に出てくれるだろうかと不安もありましたが、何度もお願いをしたことで根負けされたのでしょうか(笑)、快く引き受けて頂きました。
 また城慶次夫人の雅子さんは情が熱く、どんな逆境でも決して諦めない強い芯を持った方という印象があって、かねてから親交のあった工藤翔子さんがまさにその通りの方だと思いました。公演の相談をしているうちに『私がやってあげるわよ』と2つ返事で引き受けて頂きました。このお二人が出て頂けることが今でも信じられませんが、間違いなく良い作品になるだろうという期待でいっぱいです」

愛を舞台を通して伝えたい

――主演のおふたりは劇團88號さんでは初出演となりますが、本作の印象をどのようにお持ちですか?

蓉「僕は中国の血を半分受け継ぎながらも、日本で生まれ育ち、日本の教育を受けてきたので、この満州国の歴史については教科書でもあまり触れられてこなかった印象があります。城夫妻を含め多くの人達がユートピアを夢見て満州国に渡ったわけですが、戦中末期のソ連軍の侵攻によって取り残された日本人が事件やシベリヤ抑留などの惨禍に合ったわけです。
 本作ではそういった混沌の中での家族愛や人情が描かれていて、多くの人達が知らない史実を僕らの芝居を通して知ってもらえたらと思いました。僕が演じる城慶次さんは周囲から慕われる方というイメージがありますが、銀行の支店長という立場もあり、きっと優しいだけではなく、どこかに厳しさや責任感も必要じゃないかと。逆境にあっても誰かを責めるのではなくて、どうにかして良い方向に持っていくべく、模索や行動をして周囲に示せる人物じゃないかと思いました。
 劇團88號さんへの出演は初ですが、乃池くんとは他の作品でもご一緒させてもらっていましたし、不器用だけども作品創りへの熱意がある方なので、是非良い役者さんたちと一緒に盛り上げたいなと思い参加させてもらいました」

工藤「脚本を読ませて頂くと、色んな人が登場するんですね。優しい人、ずる賢い人。時代背景が違っていても今と同じで、大切なのはやはり愛だと感じました。その愛を舞台を通して伝えたいなと思ったのが率直な感想ですね。雅子さんは最初、天然っぽい人かなと思ったのですが、本を読み進めていくと挫けたときに『さあやるわよ!』とうまく切り替えが出来る人だと感じました。芯の強さもありますが、周囲への思いやりを忘れない方ですよね。
 終戦後で物が無かった時代、生活もギリギリ余裕が無い状況で雅子さんのように他人に優しさを見せることは簡単ではないと思いますし、それは時代が変わっても同じことですよね。そういう意味では人の本質を見せてくれる作品だと思いました。乃池さんが私の中に雅子さんを見出してくれたことは嬉しいですし、雅子さんの思いやりが伝わるようなお芝居ができたらと思います」

―――コメディの一面も織り込まれているそうですね。

乃池「私が山田洋次監督の映画『男はつらいよ』の大ファンで、人情物でほろっと泣けるけども、寅さんと家族とのしょうもないケンカなど、コミカルでにくめない世界観が大好きでした。そういった要素を作品に盛り込むことで、よりストーリーを身近に感じていただけると思いました」

蓉「真剣に語り、ぶつかり合っている時に限って人間はそういう可笑しさが出るじゃないですか。それが出た時にお客さんも『こういうことあるよね』と共感や笑いに繋がるのだと思います」

史実をつなげるフィクションを創る楽しみ

――実在の歴史や人物を描く難しさはありますか?

乃池「現社長の城麻里奈さんを始め、関係者の方々と話して史実とかけ離れないようにすることだけお約束して、時代背景や人物の描写に関しては、取材を通して私がこういう人だったのではと自由にやらせて頂いております。史実をつなげるフィクションをどのように創ってつなげていく作業がとても楽しいですね。出来上がったベースを役者の皆さんが、どう捉えて表現するか。私が100と思っていることが、役者さんのパワーで110にも120にもなる。その都度こちらがハッとさせられながら、作品としての深みが増していくのだと思います」

蓉「僕も今から楽しみです。夫妻や家族の絆のお話ではありますが、満州から家族を先に帰国させた慶次さんが、いかに死線をくぐり抜けて帰国への思いを実らせたか。一方、夫を残して帰国した雅子さんや子供達が、約束通りに救護所を作っていくかといった形で、2人の視点で物語が進むとも言えます。そしてようやく再会した家族がどんな思いを後世に残していくかは観てのお楽しみですので、是非ご期待ください」

日本人の美徳を舞台を通じて発信したい

―今の時代だからこそ響くことはありますか?

乃池「私は昔が良くて今はダメという考え方は持っていないんですよ。どの時代でもみんな一生懸命生きていて、その度合いが違うだけで。ただ物は豊かになったけども、心は貧しくなりたくないよねという思いは常に持っています。困った人がいたら何とかしてあげようという助け合いの心は昔も今もあると信じていて、それを作品を通じて1つの文化にしていきたいのです。それを表現しやすい時代として、私が憧れている明治から昭和初期を選んでいるだけであって、そういう真心がこの現代にはないという意味ではありません。後世に日本人の美徳を文化として残すように発信する場所が劇團88號だと言えます」

蓉「コロナ禍になって、これまで当たり前だったことが出来なくなりましたよね。でも当たり前というのは恵まれすぎていて勘違いしている状況であって、逆に今の状況だからこそ、何もないことに対しても有難いと気づけるのではないかと思うのです。僕らが簡単に使う『ありがとう』という言葉には『有る事が難しい』という意味が込められているわけで、時代は違っていても戦争とコロナ禍という非常時だからこそ、人間の本質が見えますし、当たり前の意味を改めて考えさせられるきっかけになると感じました」

工藤「本当にそうですよね。副題にもある『人々の心からの笑顔が見たい』という城慶次さんの言葉はこんな時代だからこそ、私達に響きます。そういう意味ではまさに今だからこそ観て頂きたい作品です」

―――最後にメッセージをお願いします

乃池「劇団のテーマでもある『家族を大事にしよう』『隣にいる人を大事にしよう』をストレートに伝えてくれる作品です!家族愛、仲間の絆、引き上げの受難。この3つの見どころに是非ご注目して頂ければと思います」

蓉「作者や役者、スタッフ一同、一丸となって最高の作品にするべく鋭意稽古に励んでいきますが、舞台はお客様が入って完成する総合芸術です。是非劇場にお越し頂き、作品を完成させてください」

工藤「舞台を通して溢れる愛を伝えられたらと思います。皆様のご来場を心よりお待ちしております」

(取材・文&撮影:小笠原大介)

プロフィール

乃池ヒロシ(のいけ・ひろし)
2017年に劇團88號を旗揚げし、作・演出・出演を担当。明治から戦後までの時代にスポットを当て、日本人の心の温かさ、泥臭いほどの情熱を作品を通して描き続ける。劇團88號座長。

蓉 崇(よう・たかし)
1月9日生まれ。東京都出身。楊家将42代目として生まれ幼少より多くの達人から師事を受け様々な拳種、武器を使いこなす。10代の頃からモデルとしても活躍し、その後テレビ、舞台、映画と活動の幅を広げている。最近では日本に太極拳を広めた祖父・楊名時、父・楊進と同様に自らNPO鞭杆(ベンガン)協会を立ち上げ、中国の短棒術と太極拳の普及にも務めている。

工藤翔子(くどう・しょうこ)
11月8日生まれ。岩手県出身。主な出演作に映画『帰れない3人』田山夕子役、『つぐない~新宿ゴールデン街の女』江波東子役(主演)などがある。

公演情報

劇團88 號 第6 回公演『日本橋せいとう』

日:2022年3月30日(水)~4月4日(月)
場:すみだパークシアター倉
料:S席[前方3列]6,000円 一般席5,000円(全席指定・税込)
HP:https://www.gekidan885.com/
問:劇團88號 mail:gekidan885@gmail.com

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