長年愛されてきた名作を加藤健一事務所が初上演 届かぬ夢を追う父と現実に生きる家族の物語

長年愛されてきた名作を加藤健一事務所が初上演 届かぬ夢を追う父と現実に生きる家族の物語

 役者・加藤健一が1980年に立ち上げた「加藤健一事務所」。第144回目の公演となる『Flowering Cherry〜夢見るチェリー〜』が、4月15日から上演される。本作は、演劇ファンに長く愛されてきた名作で、加藤健一事務所では初上演となる作品。「夢を語るのは一流、実行力は三流」。そんな男の代表格 ジム・チェリーを、なぜか憎めない、愛すべき人間像として加藤が演じる。加藤、そしてジムの妻 イゾベルを演じる山本郁子、演出の早船聡に公演への意気込みを聞いた。


―――本作を上演しようと考えた経緯を教えてください。

加藤「文学座さんでも上演していた作品なので、以前からよく知っていましたが、これまでは自分が演じるにはまだ年齢が足りないと思っていたんですよ。ですが、改めて読み直してみたら、全然そんなことはなかった(笑)。ロバート・ボルトは、映画も全て観ているというくらい好きな作家なので、これは早く上演しなくてはと思ったことがきっかけになりました」

―――元々、「自分が年齢を重ねたら上演しよう」と思っていた作品の1つだったのですね。本作の魅力をどんなところに感じていますか?

加藤「まず、ボルトさんの細かい心理の描き方がすごいなと思います。こんなところまで描くんだというくらいしっかりと描いているので、役者としては演じたくなる本です。
 僕が演じるジム・チェリーという人物は、この物語の中では弱い人間として描かれています。普通の人はスーパーマンのような強い人間が好きなので、なかなか自分の弱さを認められないものですよね。そんな弱いジムをどうやって魅力的に見せたらいいのか、今、本を読みながら悩んでいる毎日です」

―――文学座に所属されている山本さんももちろん作品はご存知だと思いますが。

山本「はい、文学座の大先輩の北村和夫が、演出家の木村光一さんと『花咲くチェリー』というタイトルで、ライフワークのように上演していた作品です。私が文学座に入った時は、木村さんは劇団をお辞めになっていましたが、その後は、地人会という木村さんのカンパニーで上演され、北村さんが演じていたのを観ています。北村さん亡き後、文学座では、坂口芳貞演出で、渡辺徹と鍛治直人がチェリーを演じています」

―――今回のオファーを受けていかがでしたか?

山本「驚きましたが、魅力的でずっと演じてみたいと思っていた役だったので、すごく嬉しかったです」

―――山本さんから見た本作の魅力は?

山本「どうしてもイゾベルの目線で読んでしまうのですが、女性としたらすごくよく分かる心理の流れが描かれていると思います。そして、イライラしたり、わーっと慌てたりする姿に、こんなにも感情が豊かに動いている人だったんだと今回、戯曲を読んで改めて思いました。これまでは硬質な妻、貞淑な妻というイメージしかなかったんですが、とても魅力的な女性で。今、楽しく読んでいます」

―――早船さんは、この作品とはいつ頃、出会ったのですか?

早船「今回、お話をいただいて初めて読ませていただきました。すごく面白く読めましたし、加藤さんがおっしゃっていたように登場人物たちの心理を細かく描いていて、人間を立体的に描いている作品だと感じました」

―――初演は1957年ですが、今の時代にも共感できるところが多いですよね。現代にも通じる内容だなと。

加藤「人間は変わりませんからね(笑)」

―――今回、副題に『夢見るチェリー』と付けられています。「夢見る」という言葉を使ったのはどんな思いからですか?

加藤「『花咲くチェリー』というタイトルが日本では有名ですが、このタイトルだと『チェリーの木に花が咲く』と思い込んでいる方も多いようなんです。1回、そう思い込んでしまうと分かっていても誤解してしまうんですよ。本来は、チェリーが『一花咲かすぞ』と思っているという意味の『花咲く』なのですが、今回は誤解のないように『夢見るチェリー』としました。
 実は、友人にも何回もそうした話をしているのですが、チラシを見て『チェリーがなっている』と言う人もいるくらい勘違いしている方が多い(笑)。でも、このチラシの果物はリンゴ園のリンゴです(笑)」

―――確かに「チェリー」が名前だと知らないと先入観からそう感じてしまうのかもしれませんね。では、それぞれの役柄についても教えてください。今は、どのように演じていきたいと考えていますか?

加藤「自分の弱さを隠すための強さと、どうしても弱さを見せなくてはいけないシーンのバランスとギャップが難しいですね。演者としては非常に面白いところではありますが、今は怖さもあります。威張って見せたり、大きな夢を語って、あることないこと言って、小さな夢にも手を出さない。そうした人は実際にもいますよね。『役者になりたい』とは言うけど、実際には何も行動しない」

―――現実社会でもいそうなキャラクターですね。

加藤「そうですね。共感していただければいいなと思います」

―――山本さんはいかがですか?

山本「イゾベルは、ジムにも子どもたちにも、尽くせば尽くすほど振り回されるという人物なので、そこがすごく面白いです。喜怒哀楽、全ての感情が出せる、とても素敵な役だと思います。演じる上では、まずは、家族を愛そうと思っています。まだ“息子”と“娘”に会えていないので、早くお会いしたいです」

―――早船さんは今回の演出プランをどのように考えていますか?

早船「今回、この脚本を何回か読んでいるうちに感想が変わっていったんですよ。初めはチェリーにイライラしますが、だんだんと愛おしくなって、そんなに責めないであげてと共感も生まれてくる。でも、ただの弱くてかわいそうな人ではなく、威張っていたり、男らしくなりたいというところがあったり、チャーミングさも見えてくる。加藤さんが演じると自然とチャーミングさも漏れ出てくると思います。
 それから、家族劇なので、他人事ではなく、私たちの中にもいる人だと感じていただければいいなと思います」

―――皆さんはどんなところに共感をされていますか?

加藤「チェリーは、自分の中にもいるなと思うので、もちろん共感するところは多いです。ずるさや弱さといったところもあるので」

早船「チェリーは、勇気がなくて夢が叶えられないとも見えるし、滑稽な男の一生にも見えるけれども、僕は人生に向き合わない人だと思います。そうした人はリアルにたくさんいますよね。僕自身もやりたいことをやってはいますが、自分に向き合っているかと言われたら向き合えてはいない。そういう意味では、すごく共感できますし、ただチェリーを笑うだけではなく、どこかで『そうかな』と思うと思います。
 それから、僕自身は(息子の)トムの気持ちもすごく分かる。どちらかというと、僕の父親がチェリーに近いんですよ。(自分がトムの立場で)『こんな会話をしたよな』と、ところどころ感じました。『感謝はしているけれども、尊敬はしていない』と喧嘩して家出をしたこともあったくらいなので(苦笑)、トムの気持ちにも共感できます。もちろんイゾベルもたまらないだろうし、この家族の空気感が目に見えるようです」

山本「脚本を読んで、やっぱり母から見た男の子ってすごく可愛いのだと思いました。イゾベルの目線で見ると、息子のトムがすごく可愛いのです。
 作家のボルトさんはもしかしたら、御自分の家庭のことを書かれているのかなと思ったりもしました。ボルトさんがトムで息子の視点から見た家庭を描いているのかと。母と息子の会話もそうですが、最後のほうの父と息子の会話は男同士の何気ない会話に、愛情を感じて共感し、心に響きました」

―――今回、加藤さんと山本さんは夫婦役になります。夫婦を演じる楽しみを聞かせてください。

山本「尊敬する加藤さんととご一緒できて本当に嬉しいです」

加藤「何を言っているんですか(笑)。もう何度もご一緒させていただいているので、お任せできるのでこちらもとても嬉しいです。楽しみにしています」

―――ほかの共演者の皆さんの印象は?

山本「私は加藤さん以外の方は初めてです」

加藤「僕はほとんど全員知っています。浅井伸治さん、菊地歩さん、小田あかりさんは(加藤健一事務所作品に)初出演です。浅井さんはうちの俳優教室の出身者なんです」

早船「そうなんですね。僕も初めての方ばかりなので、緊張しています。人生の先輩たちもいますし、若い俳優さんもいるので、皆さんがそれぞれこのお話についてどんなことを思われるのかをお伺いするのが楽しみです。稽古場でいろいろとお話をしながら進めていきたいと思います」

―――もしかしたら、年代によって誰に共感するのかも違うかもしれませんよね。

早船「そうですよね。チェリーが何かをしたかというと、そんなことはないんですよ。きちんと働いて、家にお金を入れて……別に何も悪いことはしていない。ただ嘘をついているだけ。そうした彼を見て、若い人たちがどう思うのか気になります。
 今の人たちはドライな目線で登場人物を見て評価することもあるようなので、どんな感想を持つのか楽しみです」

―――最後に、公演に向けての意気込みをお願いします。

加藤「心にじっくりと染み込んでいくような、深い作品になればいいなと思っております。今回はコメディではありませんので、深い感動が得られるように作り上げたいと思います」

山本「イゾベルは、すごく魅力的な人物なので、しっかりと舞台上で生きたいと思います。今にも通じるものがある物語だと思いますので、どこか共感していただけたり、心に残るものがあったら嬉しいです」

早船「家族劇ですので、普遍がたくさん詰まっています。いつの時代もそうですが、本当はこうすれば良いと分かっても、それを先送りする人っていますよね。そう考えると、ここで描かれているのは社会の縮図にも思えます。夫婦や家族、お友達と観に来ていただいて、意見を交わしていただけるとまた面白いのではないかと思います。
 もしかしたら、隣に座っているよく知っている人は自分と全く違う意見を持っているかもしれない。それもまた演劇の楽しみなのではないかと思います」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

加藤健一(かとう・けんいち)
静岡県出身。1968年、劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を創立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞 個人賞、文化庁芸術祭賞、読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀男優賞、第38回菊田一夫演劇賞、第64回毎日芸術賞、他演劇賞を多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。2016年、第70回毎日映画コンクール 男優助演賞受賞。2024年、春の叙勲 旭日小綬章授章。2025年には、「芝居狂 役者・加藤健一」(中村義裕著/東京堂出版刊)を刊行。

山本郁子(やまもと・いくこ)
新潟県出身。1987年に文学座附属演劇研究所入所。1992年に座員となり、現在に至る。第15回岡山市民劇場賞・新鋭賞、第24回読売演劇大賞・優秀女優賞、第37回 岡山市民劇場賞・女優賞、第26回 広島市民劇場賞・女優賞受賞。主な出演作に、『欲望という名の電車』、『女の一生』、『越前竹人形』など。

早船 聡(はやふね・さとし)
東京都出身。2002年に円演劇研究所修了後、2005年に同期4人と「劇団サスぺンデッズ」を旗揚げ。以来、サスペンデッズ全作品の作・演出を担当。外部公演として、自転車キンクリートSTORE『サバイブ!』、ハイリンド『窓』などで作・演出、新国立劇場『鳥瞰図-ちょうかんず-』、劇団青年座『鑪-たたら』、音楽劇『プレビュー』、兵庫県立ピッコロ劇団『エレノア』、『さらばドラキュラ』、『グリム兄弟!』などに脚本を提供。市井の人々をテーマにする会話劇から、子ども向けのファミリー劇場も手掛ける。また俳優としても活動しており、最近ではチーム徒花『月曜日の教師たち』に出演。

公演情報

加藤健一事務所 vol.123
『Flowering Cherry 〜夢見るチェリー〜』

日:2026年4月15日(水)~23日(木)
場:下北沢 本多劇場
料:前売6,600円 当日7,150円
  高校生以下3,300円 ※要学生証提示
  (全席指定・税込)
HP:https://katoken.la.coocan.jp
問:加藤健一事務所
  tel.03-3557-0789(10:00~18:00)

Advertisement

インタビューカテゴリの最新記事