1928年、ヴァイマル共和国時代のドイツ・ベルリンで新進気鋭のクリエイターたち、劇作家 ベルトルト・ブレヒトと、作曲家 クルト・ヴァイルが世に放った『三文オペラ』。バブル景気の退廃の中、社会の根底ではナチスが勢力を拡大しつつあった時代に生まれたこの作品を、インバウンド景気や株価上昇の一方で排外主義が浮上し、貧富の差がもはや隠されることのなくなった今の日本の、快楽と欲求が交差する歌舞伎町に舞台を置き換え、ジャンルの異なる様々な表現者たちで紡がれる『三文オペラ 歌舞伎町の絞首台』が12月、新宿FACEで上演される。
本作で、翻案と主人公の札つきの悪党 メッキース(マック・ザ・ナイフ)を演じる聖児セミョーノフと、メッキースと恋に落ちるポリーを演じるチャラン・ポ・ランタンのもも、そして演出の三浦基が集い、新たな音楽劇を上演することへの想いを語りあってくれた。
―――『三文オペラ』を上演しようと思われた経緯から教えていただけますか?
セミョーノフ「元々、僕はベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』がすごく好きで、様々な上演作品を観てきた中で、いつかはやってみたいとずっと思っていたんです。プロデューサーの湯山玲子さんと色々と話しているうちに是非やろうと。
そこから『演出はどなたがいいと思いますか?』となった時に、敢えてそのままの言い方をしますけれど、湯山さんから『三浦基だろう』とズバッとお名前が出たんです。僕も以前にKAAT神奈川芸術劇場で上演された『ギャンブラー』という作品を拝見していたので、“あ、あの三浦さんか、確かに三浦さんがやってくれたらすごく面白いかも”と思って。調べたらちょうど劇団地点さんの舞台『知恵の悲しみ』が、京都のアンダースローで次の日までやっているとわかったんですね。それで、もうこれは行くしかないと、翌日東京から京都まで行って、舞台を見せていただいたあと直接、三浦さんに『「三文オペラ」がやりたいんです』とお話ししました」
―――まさに一気呵成ですが、三浦さんはそのお話をどのように?
三浦「僕は基本的にいただいたお話には全て『はい』というタイプなんですが(笑)、まず面白そうだなと思いました。まぁ『三文オペラ』と言われたらそれ以外にはないだろうけど、一応『ブレヒトの?』という確認はしたよね?」
セミョーノフ「はい、訊かれました」
三浦「セミョーノフくんは昔から芝居を観に来てくれていたので、印象に残っていましたし、僕はブレヒトの作品は何本か演出したことがあったんです。また、オペラもクラシックと現代ものをやはり何本か演出していたので、音楽劇をやってみたいなという気持ちはずっと持っていましたから、二つ返事で「やります」と」
セミョーノフ「ありがたかったですよね。そこから、せっかく今『三文オペラ』をやれるんだったら、翻案したいと思って。僕自身が新宿育ちみたいなところがあるので、新宿の歌舞伎町の話にしようと、トントン決まっていったんです」
―――その歌舞伎町を舞台にした『三文オペラ』には、非常にジャンルの広いキャストの方々が名を連ねています。
セミョーノフ「異種格闘技戦ごちゃまぜ演劇ア・ラ・モードという感じなんですが(笑)、秋吉久美子さん、大谷亮介さん、エミ・エレオノーラさんはじめ、もちろんポリー役のももさんも、プロデューサー・制作、全員の共通の思いでお一人おひとり是非ともお願いしたいという方たちにお声がけさせていただきました」
もも「これまでもセミョーノフさんには何度もお声がけいただいていたのですが、ことごとくスケジュールが合わなくて、ご一緒したいと思いながらも時が経ってしまって。今回も『「三文オペラ」をやるんだけれども、ポリー役はももさんしかいないと思っています』という熱い、熱いメッセージと共にオファーをいただきました。私しかいないと言っていただけるのは本当にありがたいことですし、是非出てみたいと思ったので、やっと共演が決まって嬉しいです。
でも私、演劇について詳しくなくて『三文オペラ』もタイトルは知っているという程度だったので、台本を読んだ時に“この役が私しかいないって、どういう意味なんだろう”とは思いました(笑)」
セミョーノフ「台本って翻案する前のだよね?」
もも「そう、ブレヒトの原作ですね。インターネットとかでも読めるので」
セミョーノフ「ポリーはまず絶対に歌唱力がないと成立しない役なんですが、新宿・歌舞伎町に翻案するにあたって、ももさんと僕って不思議な共通点があるじゃないですか。時期はズレているんだけど、若い頃に新宿の同じお店で歌っていたり。新宿歌舞伎町の匂いを知っている、芸能界のメジャーな世界だけではなくて、アングラとサブカル両方の世界が分かっている人にポリーはやって欲しかったから」
もも「さっき、セミョーノフさんが自分を『新宿育ちだ』って言っていた時に、私も16歳で歌いはじめて、すぐゴールデン街や歌舞伎町で歌っていたので“新宿育ちだなぁ”と思って聞いていたんですが、そういうご縁なんですね」
セミョーノフ「そうそう。他の皆さんにも『こういう理由でこの方にお願いしたい』がある、共演できるのが嬉しい方たちばかりで、このメンバーが集まってくれたこと1つをとっても、表現活動を続けてきて良かったなと思っています」
―――そうしたメンバーで、歌舞伎町に翻案された作品を演出するにあたって、今いかがですか?
三浦「もともとブレヒトの原作もですし、これまでの上演でも、この作品は全員オペラ歌手とか全員俳優で揃えるのではなくて、わざとずらしてつくられてきた歴史があるので、現代日本を舞台に今回の座組でというのは、すごく面白いなと感じています。ただ、わたしはゴールデン街や、歌舞伎町の世界にはこれまで関わりが中ったので、逆に1人だけアウェーな気もするんだけれども(笑)。
真面目な話、この作品って本来クラシカルなものだったオペラを、パロディというのかな、民衆に向けてわざとチープなものにする、たった三文の安いオペラですよ、というコンセプトでつくられたものなんですよ。ただ、今の日本の舞台芸術ってパロディをしようとしても、中心があるようでないので、何を崩しているのかわからなくなっちゃうんですね。
だからそこはビシッと決めなきゃなと思っているのですが、100%エンターテイメントというわけでもなく、100%クラシックで芸術的なものというわけでもない、という意味では、すごく今の日本なんです。何にリアリティを感じて、どこを掘り下げて面白くしていくかの可能性がいっぱいある、才能のるつぼ的な人たちが集まっているので、これはチャンスだなと思っています」
―――そんな中で、やはり『三文オペラ』は音楽の魅力が非常に大きいものだと思いますが、そこについては?
セミョーノフ「僕が『三文オペラ』に最初に惹かれたのは、作曲家のクルト・ヴァイルが大好きだったからなんです。クルト・ヴァイルはベルリンで活躍してクラシックを書いていたのですが、ユダヤ人だったのでパリに逃げてシャンソンを書き、パリにもナチスの影が忍び寄ってきたのでアメリカに渡って、ミュージカルの基礎を創った人で。ドイツ・フランス・アメリカ、それぞれの時代に書いた曲の色が全部違うんだけれども、どの曲を聴いてもクルト・ヴァイルだとちゃんとわかる香りが残っている。そこが本当にすごいなと思いますし、とても相反するものを書くんですよね。
この『三文オペラ』でも場面としては残酷と言うか、かなり酷いシーンに、ものすごく綺麗なメロディーをつけていたりする。そういう美しいけれど醜い、醜いけれど美しい音楽に僕はめちゃくちゃ魅力を感じています」
もも「言い方はあれですけれども、ヘンテコリンな音楽ですよね(笑)。とても変なんですがすごく魅力的で、随分と昔に作られた歌なのに、その魅力が全く色あせない。それだけ楽曲が強いので、歌い演じる方がしっかりやらないと、と思います」
セミョーノフ「特に今回、音楽監督の湯山さんと、Buffalo Daughterの大野由美子さんの編曲と演奏がすごくかっこよくて。僕は色々な『三文オペラ』を観て来ただけに、音楽的にはある程度もうやりきっちゃっていると思っていたのですが、そこを更に突き破ってくれているんです。今回の『三文オペラ』を観てもらえれば、演劇畑とは全く関係がない世界中のロックミュージシャンやアーティストが、何故こぞってクルト・ヴァイルの楽曲をカバーするのか?がわかってもらえると思います。それくらいヴァイルの音楽の魅力が伝わる舞台になっています」
三浦 「出としても音楽への敬意だと思って、字幕を出さないと決めました。今、音楽番組でもカラオケでも全部字幕を出して歌詞を伝えていて、ヒアリングできなくてもいいんだという向きもありますが、今回はシンプルに歌手の力で言葉を伝えることを目標にしています。セミョーノフくん、ももさんをはじめ力のある歌い手がいるので、いま目をつむって歌稽古を聞いていますが、これなら行けるかなと手応えを感じています」
セミョーノフ「やっぱり物語が進んでいく上で、歌詞が伝わらないと内容も伝わらないので、そこはシャンソンをずっと歌ってきた僕がとても大事にしているところですし、バンドの生演奏が本当に素晴らしいので、お芝居と、アレンジのカッコ良さと、生演奏の迫力を観に来てくださった方に感じていただけたらと思っています」
―――今回、翻案によって現代日本の歌舞伎町が舞台になっているだけに、作品の中で起こる出来事が今の日本の世情に重なる感覚が強くあったのですが、そういう部分は意識されたのでしょうか。
セミョーノフ「そうですね。この作品が上演された時って、第一次世界大戦が終わって、ナチスが台頭してくる間の20年だけ、ベルリンが文化的にすごく花開いた時期なんですが、やっぱり考えないといけないのはヒトラーも選挙によって選ばれたということだと思うんです。
―――そこは振り返ると一番怖いところですね。
セミョーノフ「そう、世論全体で危ない方向にいってしまった。僕は今の政治について何がどうと言いたいわけではないのですが、政治も含めて色々なものがグッと動いている。歌舞伎町も僕にとっては育ててもらったところで、忌み嫌うような場所じゃないんですが、現実にトー横キッズの話や、社会的な問題が起きていますよね。
だからこれから先、僕たちは色々な選択をしていかなければならない中で、世の中が大きく動いた時代に書かれた『三文オペラ』を、歌舞伎町を舞台にやるというのは、今こそすごくやるべきものなんじゃないかなと感じています」
三浦「今、セミョーノフくんが言ったことが“正解”なので、僕としては人間が惨めになった時、弱い立場になったり追い込まれた時にどうなるのかな?というのを常に考えながらこの作品を創りたいと思って台本構成をしました。反骨精神とか、アンチテーゼというよりも、もう少し哀愁と言うのかな、そういうものが流れていけばいいんじゃないかと。
昔、流しの歌い手さんっていたじゃない。少なくなったとは言え、今でも全くいなくなったわけではなくて、そういう人たちの歌が空気のようにふわっと聞こえてきた時って、結構泣けるんだよね。それと同じように、人って追い込まれた時にシュプレヒコールを上げるのと同様に、歌ったりするんだろうなということが、歌舞伎町を舞台に出てくれば、お客さんからお金をもらえるのかなと思います。決して安くないチケット代に見合ったものを創れるように、一生懸命頑張ります」
もも「私は今回の上演台本を読ませてもらった時に、今の時代にあっているという以上に、シンプルに誰が観ても楽しめそうだなと感じたんです。愛とか恋とか悪いこととか、世の中にあるものがたくさん入ってるから、どんな感想を持ってもらってもいいんじゃないかと。
社会性もエンタメ性もありますが、『あーやっぱり歌っていいよね』だけでも全くいいと思いますし、色々悲しいニュースがありながらも『今日のご飯は美味しかった!』と思いながら、みんな生きていくわけじゃないですか。そういう緩さも許容してくれる作品だと思うので、私も一生懸命ポリーらしく、作品の中で生きられたらいいなと思います」
―――作品を楽しむ為の色々なヒントをいただいて、ありがとうございます。では最後に代表してセミョーノフさんから舞台を楽しみにされている方たちにメッセージをいただけますか?
セミョーノフ「いろいろある世の中ですし、皆さんの人生にもいいことも悪いこともたくさんあったと思いますが、年の瀬の12月にこの舞台を観に来てくださったら、荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいお話と音楽が今年1年のみなさんのいろいろをかっさらっていってくれると思います(笑)。楽しんでもらえると思うので、是非劇場にいらして下さい! お待ちしています」
(取材・文・撮影:橘 涼香)
プロフィール
聖児セミョーノフ(せいじ・せみょーのふ)
ユダヤ系ロシアのルーツを持つ日本人シャンソン歌手・俳優・脚本家。クラシックから現代音楽まで幅広いレパートリーと多言語の歌唱で国内外を問わず活躍を続けている。2025年に「セミョーノフ座」を旗揚げ、主宰を務める。近年のプロデュース作品に、『ピアフとコクトーへのオマージュ』、『庭の見える部屋と四つの物語』など。
もも
16歳でアコーディオン弾きの姉・小春から突然歌を歌って欲しいと誘われ、ユニット「チャラン・ポ・ランタン」を結成。歌を生業に歩みを進め、2014年にメジャーデビュー。2021年独立し、国内外でのライブ・舞台・ラジオ・声優・映像作品など、多方面で活躍中。
三浦 基(みうら・もとい)
桐朋学園芸術短期大学演劇科・専攻科卒業。1999年より2年間、文化庁派遣芸術家在外研修員としてパリに滞在。帰国後、地点の活動を本格化。2005年、活動拠点を京都へ移し、演出家として幅広く活躍中。代表作に、チェーホフ作『かもめ』、『桜の園』、シェイクスピア作『マクベス』、ドストエフスキー原作『罪と罰』など。受賞歴多数。
公演情報
音楽劇『三文オペラ 歌舞伎町の絞首台』
日:2025年12月17日(水)~21日(日)
場:新宿FACE
料:SS席[特典付]18,000円 S席11,000円
A席7,800円 立ち見席4,000円
※S席・A席・立ち見席はドリンク代別/
他、障がい者割引あり。詳細は下記HPにて
(全席指定・税込)
HP:https://www.sanmon-opera.com
問:地点 tel.075-366-5589