新たな音楽劇の枠組みを探求し続ける演劇カンパニー 出会うはずのない現代と過去の人間が交わる “生と死”を描く全編生演奏の新作が上演

 演劇カンパニー・ヌトミックの新作音楽劇『彼方の島たちの話』が11月に上演される。
 2016年に結成したヌトミックは、作曲家・演出家・劇作家の額田大志を中心に、音楽の手法を用いた劇作と演出で、音楽劇の枠組みを拡張していく作品を数多く発表し、2021年『ぼんやりブルース』で、第66回岸田國士戯曲賞最終候補作に選ばれ、大きな注目を集めた。世田谷パブリックシアターが新たな才能と出会うために2024年度からスタートしたプログラム「フィーチャードシアター」に選出された本作は、現代とおよそ1万年前の登場人物の記憶を辿りながら、遥か彼方の“生”と“死”を巡る新作音楽劇。出演は稲継美保、片桐はいり、金沢青児、東野良平、長沼航、原田つむぎに加え、ギタリスト・細井徳太郎、ベース・石垣陽菜、ドラマー・渡健人が務め、全編生演奏での上演となる。
 ヌトミック主宰で2025年に第33回読売演劇大賞上半期ベスト5演出家賞にノミネートされた額田大志とヌトミック所属の俳優・長沼航、原田つむぎに話を聞いた。


―――宜しくお願いします。まず『彼方の島たちの話』のあらすじやテーマを教えていただけますか。

額田「テーマとしてはここ数年間扱っている『自死』を本作でも扱っています。これまでは「一家族の話」や「姉と妹」といったクローズドな関係で描いてきたのですが、今回はもう少しスケールを広げて、複数の家族の自死を巡る話になっています。その中で考えても辿り着けないような思いを巡って、複数の家族が偶然出会い、そこから皆がそれぞれの記憶を思い出しながら、記憶が混線していったりもして、その後どうなるかといった話です。現代の人と過去の人が何らかの形で交錯していくんですけど、過去の人をただ過去の人として描くというよりは、『過去の人が抱えている悩みや問題意識は、現代にも通じる部分があるかもしれない』、そして『人類が始まった瞬間に、自死の問題を抱えているだろう』という仮定のもと、様々な時代を演劇の力を借りて繋いでいくという作劇になっています」

―――「自死」を扱うということで、重いテーマではありますね。

額田「はい。死を扱うとなると、つい内省的な描き方になりがちになるんですけど、何とかして重く描かないようにするのが、自分の中のテーマでもあります。SNSのタイムラインを例にすると『昨日、誰々が亡くなった』と『あのアイスクリームが美味しかった』という書き込みが並列に並ぶことがあるじゃないですか。ある人にとっては大事だけど、ある人にとっては全然関係ないということが普通にあると思っていて、前回公演の『何時までも果てしなく続く冒険』でも同じような作劇のスタイルでしたが、関係ある人とない人との距離感をちゃんと取りつつ、お客様が客観的な視点を持てるように、大雑把さみたいなものも含めて、ちょっと馬鹿馬鹿しい側面も含めながら描くということを心掛けました」

―――本作に出演する長沼さんと原田さんですが、台本を読んでどのような感想を持たれましたか。

長沼「今回は序盤から『この人は死んでいた』ということがわかる台本になっていて、個人的にはすごく新鮮でしたね。登場人物の死がプロット上の仕掛けではなく前提となっていることで、死者と生者のボーダーが曖昧になっているように感じられました」

原田「前回と比べて、昔の人や遠い国から来た人が出てきたりとかで、物語の横軸と縦軸が広がっているような感じはしました。それと固有名詞を基本的に使わないようにしているところも印象に残りました。記憶を扱う作品なので、固有名詞が出てくることによって、とっかかりになることもあれば、逆に想像を狭めてしまうところもあって、まだ稽古中なので、実際に観ていただける方がどう感じるか、わからないところもあるんですけど、扱っているテーマに対しての“解釈の広がり”が生まれてくるんじゃないかなという期待はあります」

―――ヌトミックでは、日本語音楽劇の可能性を模索することをテーマに、毎回新たな試みをされていますが、今回どのようなことにチャレンジする予定ですか。

額田「音響的な面で言うと、言葉で説明するのが難しいんですけど、例えば『待て!待て!待て!待て!』というセリフがあったら、そこにドラムが『ドン!ドン!ドン!ドン!』と入ってくるみたいに、リズムの躍動によって、お客さんが、言葉以上のイメージや情報を受け取れるベーシックな考え方をしていました。今回もそういった要素を残しつつ、同じフレーズがただ繰り返されていく中で、緩やかに変化していくことに挑戦しようと思っていますし、歌も結構登場するんですけど、旋律みたいなものはあまりなくて、喋っているのと歌っている中間を意識していこうと、BGM的な要素を極力減らして、言葉を戯曲の中に入り込んでいくみたいなイメージですかね。
 それに国内の演劇における音楽の扱い方で、無頓着な作品も多いということを前から感じていて、音楽が流れることによって、例えば俳優さんの気持ちが昂揚するみたいなことや照明的な空間を作ることが出来ますし、音楽にはいろいろな効果があり、そうした複数の方法を同時に舞台上でも出せると思っていて、そのあたりを追求していきたいです」

―――今回来られる方の中には、長年ヌトミック公演を観劇されている方もいれば、初めてヌトミック公演をご覧になる方もいるかと思います。それぞれの方に向けて、見どころや注目ポイントを教えていただけますか。

長沼「ヌトミックを初めて観劇される方には、個々の魅力が発揮されるソロシーンに注目してもらいたいです。ヌトミックの作品は長台詞が多く、セットや衣装にもあまり頼らず、俳優の実力が試されます。なので、出演者のファンの方には新たな魅力を発見してもらえるんじゃないかなと思いますね。
 何度もご覧になられている方だと、今回は重いテーマと笑えるところのバランスが見どころです。戯曲の中には『自死』や『遺された家族の思い』といった額田さんの近年の探求と並行して、コミュニケーションのなかで発生するのコント的な“変な感じ”も同時にあります。声楽家の金沢さんが演じる役が、ずっとよくわからないことを言い続けるんですよ(笑)。その台詞やキャラクターが金沢さんの人柄とマッチしていて、何度も稽古場で笑っちゃうことがあって。片桐はいりさんもこれまでの額田作品にはない味を出してくださってると思います。
 キャストやスタッフさんを含め、額田さんのやりたいことをベースにしつつも、各々がいっぱい提案をしているので、そのあたりに注目して欲しいです。特に佐々木文美さんの美術は、ある意味今までで一番派手かも……⁉」

原田「新しい音楽劇を模索し続けているので、初めての方にはきっとあまり体験したことがないものを目撃していただけるのではないかと思いますが、『演劇』と『音楽』のボーダーを軽々と飛び越えながらとにかく自由に観ていただければいいんじゃないかなと。それと出演者の皆さんが本当に全員素晴らしくて、きっと皆さんが持っているポテンシャルを存分に観ていただけるんじゃないかなと思っていますし、演奏者と俳優が密にコミュニケーションを取ったり、取らなかったりしながら進んでいくところも、意外と従来の音楽劇では見られない光景だと思うので、そのあたりも注目して観て欲しいです」

額田「前回公演を観に来てくれた人から『音楽の使い方に対して、BGMでもなく、ミュージカルでもなく、オペラでもなくて、演劇が好きならとにかく観た方がいい』といった声をよくいただきました。音楽劇というものが、ある種固定化されていて、日本には昔から能や狂言といった独自の音楽劇の文化があるんですけど、今の音楽劇は予算やキャストさんの稽古期間が短い影響もあってスタイル自体を一新することが難しくて。でも我々は、ミュージシャンも3週間まるまる毎日来てもらって、台本も全部覚えてもらっていただくレベルで、すごく緻密な稽古が出来ていると思います。きっと演劇が好きな人やこれまでいろいろな演劇を観てきた人ほど、『こういう音楽の使い方があるんだ』という発見があると思いますし、演劇を観てみようという方は、そういうところを楽しみにしてもらえると嬉しいです」

―――本編もすごく楽しみですが、世田谷パブリックシアター芸術監督の白井晃さん(22日18時30分公演)と小説家の大田ステファニー歓人さん(23日13時公演)をゲストに迎えてのアフタートークにも注目ですね。

額田「今回の公演は「フィーチャードシアター」という企画の一環で、そもそも白井さんが声かけてくれたのが始まりでした。白井さん自身が『劇団を応援したい』という気持ちが強くて。白井さんとは「フィーチャードシアター」がどういうことを目指しているのかを中心に話していけたらと思っています。大田さんですが、著書に第47回すばる文学賞受賞した『みどりいせき』という超現代語で喋る作品がありまして、読んでいてわからない単語も多く登場するのだけど、すごく小説的な面白さがあって、作品の語り方に影響を受けたこともあって、文体の話やテキストをどういう風に扱うかという話をしてみたいと思っています」

―――ちなみに長沼さんと原田さんは、ゲストの2人に聞いてみたいことなどございますか。

長沼「白井さんは、芸術的な探求を続けているアーティストや劇団に関心があるように見えるので、ヌトミックという演劇カンパニーをどのように捉えられているのか聞いてみたいです」

原田「普段小説を書かれていて演劇とはがっつり関わってない大田さんが、ヌトミックを観劇した感想を聞いてみたいです。音楽に惹かれたりするのか、発している言葉の方に意識がいくものなのか、それともトータルで観てくださるのか、すごく気になります」

―――さて、ヌトミックは来年記念すべき10周年を迎えます。きっといろいろな企画を準備しているかとおもいますが、差し支えなければ、こんなことをやってみたいといった野望などございますか。

額田「今回もそうなんですけど、これまでのヌトミック公演では、俳優と演奏者が切り離されていた作品を上演してきました。例えば、演奏者がたまにセリフを言うけど、基本は演奏している。俳優も、リズミカルな言葉を言ったりするけど、基本は演劇をしている。その境界が溶け合っていくみたいな作品を作りたいなと思っています」

長沼「そんなの聞いてないですよ!」

一同「(笑)」

額田「本作の演奏者が、たまにセリフを言う場面が結構面白いんですよ。必ずしも演技の技術的な面が高いわけではないですが、演出的にOKな瞬間は結構あって。そう思っているうちに逆もあるんじゃないかと。音楽も技術的に上手くなくても、『あっ、この音楽いいな』という時ってあるじゃないですか。だから俳優側ももっと演奏に回れたりすることが有り得るんじゃないかと。言葉で言うのはすごく簡単ですけど、実際にやるとしたらかなり難しくて、演奏者がセリフ的なことをやりたいというのと、俳優が演奏的なことをやりたいというのがお互いに思える関係かというのがすごく大事だと思っていて、今まで様々なことをチャレンジしてきて、舞台上で演奏と演劇が溶け合っていくことができるフェーズに来ている気がするんです。それは10周年というタイミングで出来るんじゃないかなと」

原田「今、東京を中心にヌトミックの活動をしつつ、福島に在住していまして、演劇を今まで観たこともなかったような町の商店街で働いている方とか、町役場で働いている方などと一緒に演劇を作ってみていまして、演劇を究めようというよりか、町のことをより前向きに考えていこうという目的の中で、演劇を通じて普段話せないことを話してみようとか、そういったコミュニケーションツールになれればと思っています。これまで演劇で出会った方の中には面白い方がたくさんいたんですけど、そうじゃないところにもたくさん面白い方がいらっしゃって。しかもみんなどこかで表現するチャンスを探している感じがあって。なので私が今住んでいる町で出会った方やそれ以外の地域の方も巻き込んで、『大ヌトミック合唱団』みたいなのがやれたらいいなと。しかも100人ぐらいで」

長沼「予算は大丈夫?」

一同「(笑)」

額田「100人はさすがに多いので、20人ぐらいなら1回ぐらいやっていいかも」

長沼「来年ではなく2~3年後になるかもしれませんが海外公演は実現させたいです。現代の日本語で新たな音楽劇を作るというコンセプトで今までやってきて、今度は異なる言語的・社会的・芸術的背景を持っている国の方にヌトミックの音楽劇を見せるのはきっと面白いだろうなと。行くとしたら音楽劇が盛んなドイツをはじめとするヨーロッパになるかと思いますが、個人的には台湾に行きたいですね(笑)。それと大きな劇場での公演と10人だけを相手にパフォーマンスするような公演をバランスよくやってみたいというのもあります」

額田「それに関連して、10年という区切りとして、今回のようなフルスケールのプロダクションでの公演とは別に、もう少しメンバーを絞って、気軽にライブハウスなどでパフォーマンスができるような状態にしておきたいという思いもあります。きっと観客層もだいぶ変わるでしょうから、より認知度も上がっていくんじゃないかなと」

―――ありがとうございます。来年以降のヌトミックにも注目ですね。では最後に公演を楽しみにしている方に向けてメッセージを原田さんからお願いします。

原田「作品の内容についての実験もこれまでたくさん重ねてきました。それとはまた別の部分で、今回はアクセシビリティの部分にも今までに比べてより精力的に取り組んでいます。日本語字幕、紙台本や音声描写機器の貸し出しなど、出来る限りのアクセシビリティを用意しています。少しでも多くの方に是非観に来ていただけたら嬉しいです」

長沼「私がヌトミックに参加してから約5年ほど経ちますが、今回が今までで最も大きな公演となります。これまで、テキストを極力減らし音響や動きにフォーカスした作品や、発話と演奏を全て楽譜にしたドラムと俳優だけの作品など、色々な実験をしてきました。そのタネのようなものが、出演者やスタッフなど多くの方の力を借りて、今回一気に集まって開花するような作品になるのではないかと思っています。咲いた花をぜひ観に来て欲しいです」

額田「最近様々な劇場でアクセシビリティの取り組みが行われていますが、多くは外部の制作会社に委託することも多い中、今回字幕やト書き部分のテキストを新しく劇作担当の僕が書き起こしまして、監修の方にもついていただき、事前に当事者の方をお招きしての意見交換会なども実施しましたし、音声ガイドもリアルタイムで出演者とは別の俳優さんが、実際の動きを見ながら音声ガイドをしていただくということも予定しています。もしもこれまでにそうした試みに興味を持っていたけれど、『見づらい』『聞きづらい』と感じた方がいたら、ぜひ今回の公演に足を運んでいただけたら嬉しいです」

(取材・文&撮影:冨岡弘行)

プロフィール

額田大志(ぬかた・まさし)
1992年生まれ、東京都出身。作曲家、演出家、劇作家。『それからの街』で第16回AAF戯曲賞大賞、古典戯曲の演出でこまばアゴラ演出家コンクール2018最優秀演出家賞を受賞。2025年に第33回読売演劇大賞上半期ベスト5に演出家としてノミネート。

長沼 航(ながぬま・わたる)
1998年生まれ。 散策者とヌトミックの2つの団体に所属し、主に俳優の立場から演劇やダンス、現代美術などの幅広い領域で、パフォーマンスの創作・上演に関わっている。主な出演作に散策者『やらせたいことをやらせる』、ヌトミック『何時までも果てしなく続く冒険』(すべて2025)など。

原田つむぎ(はらだ・つむぎ)
1993年生まれ、福島県出身・在住。東京デスロックとヌトミックに所属。主な出演作に、KAAT×東京デスロック×第12言語演劇スタジオ『外地の三人姉妹』、滋企画『ガラスの動物園』、『はまなかあいづで「四季」全楽章を踊る』など。

公演情報

ヌトミック 
新作音楽劇『彼方の島たちの話』

日:2025年11月22日(土)~30日(日)
場:シアタートラム
料:一般5,500円 ※他、各種割引あり。詳細は下記HPにて(全席指定・税込)
HP:https://nuthmique.com
問:ヌトミック tel.050-1724-1339

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