ドイツ人演出家で桐朋学園芸術短期大学演劇専攻科教授を務めるペーター・ゲスナーが1995年に設立した「うずめ劇場」。オリジナリティ溢れる舞台作品を創り続けているうずめ劇場の最新作は、約2500年前に作られた古代ギリシアのアリストファネス原作のギリシア喜劇。戦争で商売がうまくいかないブドウ農家のトリュガイオスが、平和を取り戻すために空飛ぶフンコロガシに乗って、最高神ゼウスがいる天界へ向かう物語で、1960年代に旧東ドイツの劇作家ペーター・ハックスが翻案して、ベルリンのドイツ座で初演。約600回上演されるほどの人気を博し、今回後藤絢子が翻訳した日本語版が待望の初上演。
うずめ劇場主宰のペーター・ゲスナー、社会風刺を得意とするコント集団「ザ・ニュースペーパー」の松下アキラ、スウェーデン在住で国際同性婚ファミリーYouTuber「ふたりぱぱ」としてLGBTQ+情報を中心に発信し続けているみっつんに話を聞いた。
―――よろしくお願いします。まずギリシャ喜劇『平和』の上演を決めた経緯を教えてください。
ペーター「この作品を上演したい気持ちはずっと持ち続けていて、上演のタイミングを探していましたが、ウクライナ戦争が未だに終わらないことが大きなきっかけになりました。軍隊を称える新聞があちこちで増えていますが、10年前ぐらいまではそんな論調を見ませんでしたし、若い人たちが毎日戦場で亡くなっていて、二度と世界が戦争への道へと戻って欲しくないという気持ちが強くなったので、いい企画かどうかちょっと微妙ですけど上演を決めました」
――――ウクライナ戦争が始まって3年半以上経ちました。
ペーター「大きな戦争をした日本もドイツも、もう二度と戦争は行わないだろうという考え方がありましたが、最近は『そうかな?』という声が聞こえるようになりました。黙っていたらまた戦争が始まるのではという心配があったので、小さな声でも出した方がいいのではという思いです」
―――この作品は、ドイツの劇作家ペーター・ハックスが翻案して、1962年にドイツで初めて上演されました。
ペーター「1962年はちょうど私が生まれた年で、ドイツで一番有名な劇場の『ドイツ座』で初演を迎えました。その後約6年間で600回ほど上演されました。これはものすごい数字です。第二次世界大戦が終結して17年後ということで、戦争を経験した世代が多かったこともあって、このコメディは非常にドイツで受けました。今回観に来られる方は戦争の経験がないと思うので、この作品をどう感じるかわかりませんが、世界で一番古いであろうコメディを作られて2500年後の我々が観劇する。このこと自体が面白いと思うんですね」
―――原作が約2500年前のものというだけでビックリですよね。
ペーター「本当にビックリです‼ ペーター・ハックス版を後藤絢子さんが訳した日本語版は今回が初上演ですし、アリストファネス版が日本で上演されたという情報があるかどうか調べてみましたが、見つけられませんでした」
―――正真正銘の日本初上演になるんですね。そんな作品に出演されるのが、松下さんとみっつんさんになります。まず、出演のオファーが来た時の気持ちを教えていただきたいのですが、松下さんは28年ぶりのうずめ劇場出演と伺いました。
松下「28年前は北九州での公演で、その後上京してから、何回か出演オファーのお話はありました。ただ、ザ・ニュースペーパーのお仕事がいっぱいいっぱいの状態が続いていて、ずっと断り続けていて、実は今回もザ・ニュースペーパー公演とソロライブが控えていることもあって、一旦は断ったんです。ところが『出演がダメなら、脚色でも』というお話をいただいて、(ペーターが教授を務める)桐朋学園で生徒さんの作品を観に行ったら、『脚色、全然必要ないじゃん』と思って。その後も『一緒にやりたい』と言われて、僕ももう61歳だし、ここで違うことを1発やっておこうかなと。うずめ劇場さんの熱意に、ちょっと崩れちゃいましたね(苦笑)」
―――熱い説得が功を奏した形になったんですね。みっつんさんは昨年の『地球星人』、今年の『ニッポン人は亡命する。』に続いて3度目の出演になります。
みっつん「正確に言うと4回目で、1回目は十数年前の第23回公演『ねずみ狩り』で、その時はアンサンブルとして一番最後に出演しました。またその頃にペーターが『調布市せんがわ劇場』の芸術監督を務めていた時代にも4回ほどお世話になりました」
―――現在はスウェーデンに在住しているみっつんさんが、こうして何度も日本に来てはうずめ劇場公演に出演しているということで、劇団のことを愛しているんだなと思いますが。
みっつん「そうですね。若い時からお世話になってる皆さんですし、せんがわ劇場でやっていた時から、自分の人生の糧になるものを、いつもペーターの作品から教えていただくことが多かったのもありますね。その後、結婚して、子供ができて、海外にも住んでという全然違う人生を歩みつつ、『役者をまたやってみたらどうなんだろう』という思いはずっと持っていました。そんな中、去年の『地球星人』にお声をいただいて、作品を読んでみると、すごい楽しかったですし、そこから連続で出演するということで、まんまと沼にハマって日本に来てしまうというところはありますね(苦笑)。
今、インターネット上で発信していることが多くて、LGBTQのことも発信できることが出来て良かった半面、社会の分断を生んでいるということも感じていて、発信の仕方に限界を感じている時期に差し掛かっているのではと思っています。その点ペーターの作品は、答えが白黒でなく、観客にその答えを任せるという演劇という印象で、今後も演技を続けていくのか、ユーチューバーとして映像の世界に行くのかわかりませんが、今は、自分が発信していく中での軸を調整させてもらっている期間だなと思いながら稽古に参加しています」
―――松下さんとみっつんさんは今回の台本を見て、どのような感想を持たれましたか。
松下「この作品って、とんでもない古典じゃないですか。その古典を1962年にペーター・ハックスがドイツ人に馴染むようにアレンジして、それを今回、後藤絢子さんが日本語に翻訳しましたが、想像するに、今回の公演で一番苦労したんじゃないかと。そのくらい2500年前の原作がスッと読めたんです。古典でありながらも、この台本なら出来るなと。それに僕は戦争に関わったことがないですし、親族で被害を受けた人もいませんが、旧東ドイツ人のペーターは、国を分断されていた19~20歳に兵隊として軍にいたことがあって、そのペーターの思いを形にして、少しでもお客さんに橋渡し出来るのではと台本を読んだ瞬間に思いました」
みっつん「今回の作品がペーター・ハックス版だと知らず、オリジナル版を先に読んだんです。その後、後藤絢子さん翻訳の本をいただいて、『なるほど!』という思いはすごいありましたね。それと、ペーターは『演出をするにあたって、どんな時代の作品を使おうが、どの国の作品を使おうが、今観てくれている人たちに繋がる演技を演出をしたい』と昔から言い続けていて、今回の台本でも伝わるんです。ギリシャ喜劇や古典と言うと、どうしても難しいイメージが僕にもあったし、僕自身初めての経験ですけど、今回は日本の皆さんにも楽しんでいただける作品になるだろうなという予感はすでにしています」
―――ちなみにお二方の役どころを教えていただけますか。
みっつん「僕はギリシャ神話の中にも出てくる『ヘルメス』という神様で、“伝令の神”と言われていたり、人間と神の世界をつなぐ中間の存在という言われ方もします。いろいろな作品によってキャラクターは違うんですけど、うずめ劇場版のヘルメスがどんなヘルメスになるのか、本当に楽しみにしていただきたいなと思います」
松下「『ヒエロクレス』という預言者を演じます。神様じゃないけど、ある意味で神様に一番近い人で、教祖様的なキャラクターだと思います」
ペーター「原作を調べると、政治的なセリフが多くありました。当時の演劇はコンペティションで行われたそうで、4日間で毎日違う作品が上演されて、7万人ぐらいと言われていたお客さんの投票で順位が決まるというスタイルで、きっと『平和』は1番ベストなコメディだったはずなのに、当時は戦争が行われていて、『武器作ろう』『戦争賛成』という意見の人たちが政治的に一番強かったこともあって、きっとアリストファネスも勇気を出してセリフを書いたと思うし、演者も勇気を出してセリフを言ったと思うんですけど、相当怒られたそうです。きっと怒られることはわかっていたはずなのに、1人でも多く作品を伝えなきゃという思いが大きかったのではないでしょうか」
―――本作の注目ポイントや見どころを教えてください。
みっつん「“仮面”です。ギリシャ演劇は、役者が仮面(マスク)を着用する仮面劇で行われるスタイルで、今回の公演では仮面をつけて演技をしますが、登場人物が多い分、役者の数は少ないので、1人で何役も務めなければいけません。僕もヘルメス以外にコロス(合唱団)などを演じます。仮面を付け替えて何役も演じるところは、1つの演劇として見どころだと思いますし、役者としてもやりがいがあります」
松下「2500年前の古典芸能を蘇らせる好奇心に刺激される人はいると思うし、そういう人に是非観てもらいたいです。喜劇といっても、そんなに笑わせるような話ではないですけど、ほとんど娯楽がなかった2500年前の人たちはきっとものすごくウケたと思うんです。お笑いをやっている人間として、この作品で演じて少しでも笑わせることが出来るか、僕自身にとって大きなチャレンジでもあります。ちょっとでも声出して笑う人がいたら、嬉しいなってちょっと思いますね」
―――松下さんといえば、政治家のモノマネが有名ですが、今回の公演で政治家のモノマネを披露したりする予定はありますか。
松下「それはないと思います。ペーターさんからは『人物を深堀りして、この人はこういう人だからこうなんだというのを最後まで演じ切るように』と教えられて、今もその教えは根付いています。今回僕の役は『戦争は必要悪だということを訴える人』『戦争を肯定する人』なので、見た目はトランプやプーチンやネタニヤフじゃないけど、実は彼らを演じているのかもしれないと感じてくれたら嬉しいです」
ペーター「音楽に注目して欲しいです。これから本格的な稽古という段階で、まだなんとも言えませんが、役者が生で楽器を演奏をする予定です」
みっつん「歌唱もわりとあるので、ミュージカルでも音楽劇でもないですけど、現代音楽とギリシャ劇の融合は今回の見どころの1つだと思います」
ペーター「仮面や音楽の制作は、私の教え子や学生たちに頼んでやってもらっているんです。ただ教えているだけじゃなくて、彼らたちのキャリアステップになってくれたらと思っています」
―――素晴らしい取り組みですね。
ペーター「才能があれば、演劇関係者からの依頼や出会いもどんどん増えていきますし、学校では味わえない雰囲気も経験できると思うんです」
――ちなみに松下さんも何か演奏される予定ですか。
松下「演奏については、まだ何も聞いていないんです」
一同「(笑)」
松下「パーカッションなら少しやったことがあります」
―――果たして松下さんは演奏するのか、本番で是非確かめて欲しいです。さて、10月の公演が終了してすぐとなる11月下旬に、ベトナム国際実験演劇祭にアジア代表として正式招待されたんですよね。
ペーター「ありがとうございます」
みっつん「しかも戦争に関わった国ばかりです。時間も国境も越えて、成り行きがちゃんとあるんだなと思いました」
ペーター「ドイツが負けて、日本が負けて、最後に勝ったベトナムで演劇祭に招待という一連の流れはちょっと面白いかも」
―――11月のベトナム公演に向けて、まずは10月のシアターX公演を成功させないといけませんね。では最後にこのインタビューをご覧になられている方に向けてメッセージをお願いします。
ペーター「うずめ劇場では、公演を気軽に観ていただくために、ワインやソフトドリンクといったウエルカムドリンクを休憩中に用意していて、コロナ禍の影響で一旦中止にしていましたが、今回から復活しました。またアフタートークとして、ゲストに小原ブラスさん・伊勢崎賢治さん・藤原惠洋さんを迎えて、現在の世界や日本の平和について語ります。僕も楽しみにしていますので、是非とも会場へ足を運びに来てください」
松下「メッセージ性のある興味深い内容でしかもファンタジーなエンターテイメントになっていますし、ギリシャから、ドイツから輸入されてきたものが、こうして日本で上演されるということで、この作品を1つの集大成としていこうという息吹を感じてもらえればいいな思っています。とんでもない熱量をお見せします」
みっつん「戦争とか平和とかテーマは大きいんですけど、本当に生活の話だなと実感しています。今の生活に不満を持っていたり、今の生活に疲れたなという人は、この舞台を観ていただければ、メチャメチャ元気が出ると思いますので、ぜひ観に来てください」
(取材・文&撮影:冨岡弘行)
プロフィール
ペーター・ゲスナー
1962年生まれ、旧東ドイツライプチヒ出身。1993年に来日し、北九州市を拠点に劇団「うずめ劇場」を旗揚げ。俳優としてもオペラ『魔弾の射手』、『こうもり』、WOWOWオリジナルドラマ『川のほとりで』などに出演。
松下アキラ (まつした・あきら)
1964年6月12日生まれ、福岡県出身。1988年に結成した社会風刺コント集団『THE NEWSPAPER』(ザ・ニュースペーパー)の主力メンバーとして活躍。小泉ジュンイチロウ、トランプなど持ちネタは多数。単独ライブも精力的に行なっている。
みっつん
1980年12月10日生まれ、愛知県出身、スウェーデン在住。スウェーデン人と日本人の同性婚ファミリーYouTuber「ふたりぱぱ」で子育てに奮闘する様子を発信し、チャンネル登録者数は20万人を突破。20代から続けていた俳優活動も2024年から再開。
公演情報
うずめ劇場 第42回公演『平和』
日:2025年10月17日(金)〜19日(日)
場:東京・両国 シアターX
料:一般5,000円 ※他、各種割引あり。詳細は下記HPにて(全席自由・税込)
HP:https://uzumenet.com
問:うずめ劇場 mail:info@uzumenet.com