初演から6年。パリで絶賛された傑作が初の国内ツアー化! 女性と男性は「わかりあえない」? 演劇で学ぶフェミニズムのやさしい入門書

 舞台と客席・現実と異世界・正常と狂気の境界線をシームレスに行き来しながら、現代の日本社会が抱える問題をポップにかろやかに浮かび上がらせる作風を特徴とする贅沢貧乏が、2019年に初演され、22年のフェスティバル・ドートンヌ公式プログラムとしてフランス・パリ日本文化会館にて絶賛を浴びた傑作を初の国内ツアーとして、東京・久留米・札幌で上演する。ある1組のカップル(テルとコウ)が、妊娠をきっかけに空気が変わり始め、友人やメイドも巻き込んでゆく。女性と男性の「わかりあえなさ」を「わかりあおうと」した先にあるものとは?
 パリ公演からテルを演じる大場みなみと、初演とパリ公演でコウを演じた山本雅幸、そして主宰で作・演出の山田由梨に本作にかける意気込みを聞いた。


―――初の国内ツアー作品として本作を選んだ理由を教えてください。

山田「2019年の初演の翌年にパリ公演を予定していましたがコロナ禍で延期となり、3年後の2022年にパリ公演が出来ました。初演は劇場での上演ではなく、美術も簡易的で自分達で家庭用照明を使用するなどしたコンパクトな公演でした。パリ公演では美術家や照明家など多くのスタッフの力が加わったことで、改めて劇場版として生まれ変わりました。すごく良いクオリティの作品が出来たと思いますし、初演よりもレベルアップしたなと実感した一方で、これをフランスのみだけで終わらすのはもったいないない。是非、日本でも上演したいと思っていたところ、各劇場から機会を頂き、日本公演が実現しました」

―――作品が誕生した背景については。

山田「20代後半に差し掛かり、『結婚、子供はどうするの?』という声をプレッシャーに感じるようになっていた時に、女性を人口増加の為の機械のように扱う政治家の発言が自分ごとに感じるようになりました。子供を産むことは女性だけの問題ではないのに責任を押し付けられているように感じ、日常に女性としての生きづらさがこんなにもあるのかと気が付いたんです。そんな時にフェミニズム関連の書籍を読みながら、その頃の違和感やモヤモヤを自分なりの表現にして込めた作品です。でも当時はフェミニズムという言葉を使うのにも勇気が必要で、周囲からも何かを怒っている女性というあまり良いイメージを持たれないのではと不安でした。この違和感を言葉にしたら誰かに怒られるのではないかと本気で思っていて、その不安も主人公のテルに反映されていると思います。
 でもこの6年で関連書籍も増えてきましたし、様々なエンターテインメントでも描かれるようになりました。改めて脚本を読み返してみると恐る恐る書いて、恐る恐る演出していた当時の感覚が端々に見えて、逆に突き抜けてしまった今の私では描けないなと思います(笑)
 でも、今モヤモヤの中にいる人ももちろんいると思いますし、いろんな悩みに直面している人がいます。本作は決して古くはなく、現在進行形の恐怖や戸惑いなど共感を持って感じてもらえる作品だと思います」

―――パリ公演の反応はいかがでしたか?

山田「毎回満席でとても良い反応を頂きました。パリのプロデューサーの方から『フランスではつまらないと途中でも帰る人が普通にいるから覚悟しておいて』と言われていたので、ドキドキしていましたが、蓋を開けてみたら誰も帰らず、全公演満席で終えることができました。本作のテーマにもなっているフェミニズムやジェンダーの格差について、フランスの方はどのように捉えるのか不安もありましたが、共感してもらえる部分が多く、日本ではなかった所で爆笑が起きて、ここが面白いんだという発見もありました。終演後に学生から『この作品では男性をわざと幼稚に描いているの?』と聞かれて、日本とフランスでは男性の見え方が違うんだとドキッとすることもありました。観客の反応もよく、手応えを感じていたので、自信を持って国内ツアーができると思っています」

山本「僕が演じるコウのダメな所をフランスの方は受け取っている感覚がありましたね。日本での初演時にはよく周りにいる優しい男性という捉え方をするお客さんも多かったと思いますが、フランスのお客様からは『あーこいつやっちゃてるなー』という反応を感じました。初演から3年後という時間的なものや文化の違いも影響しているのではないかと思います」

大場「印象的だったのはカーテンコールの時ですかね。現地スタッフから『1回目のお辞儀はそんなにもたもたしなくてさっとでいい』と指摘されて変えたことをよく覚えています。私の感覚からするとそんなにカッコつけられないと思ってましたが、ああここはパリなんだと文化の違いを感じましたね(笑)。でも有難いことにカーテンコールを5回も頂いて、この作品が受け入れられたんだなと実感しました」

―――本作を演じる上で意識されたことはありますか?

山本「私自身は“普通の男性”を意識しました。コウは女性に対して特別に悪意や偏見を持っているわけではなくて、恋人が好きで優しくもする。でも一方で、男性はこうあるべきという固定概念というか、これまで生きてきた中で積み重なったものが女性への発言や接し方に現れてしまう。そういう部分を役に落とし込めるように意識しました。
 またコウが感じている不満や疑問、『こんなに頑張っているのに』という自分の思いを吐露する場面もあって、そう思ってしまう男性の率直な気持ちも、ちゃんと伝わればいいなと思って演じていました。 
 物語の最後には男女が逆転してコウが妊娠するという不思議なシーンが出てきます。初演の最初の時にはどう演じるか悩みましたが、途中からシンプルに『自分の中に命が宿っている』ということを感じながらやるようになって、すごく演じやすくなりました。相手の気持ちを推察する上ではやはり真摯に向き合うことが大切なんだと思う経験でした」

大場「テルは感情を丁寧に紡いでいるなという印象を受けました。脚本を読んだ時点では分からなかったのですが、テルを含め舞台上に立つ4人の女性キャラクターが1人の女性の心理を表しているということに気が付いてからは、立場や相手、状況によって刻々と変化する心情を内包している感じを出したいなと思うようになりました。でもそれはすごく繊細で難しい作業でしたね。
 特にテルに対しては、私だったらもっとストレートに言うのにと思いつつも、言えないもどかしさってどんな気持ちだろうと想像しながら、試行錯誤の繰り返しでした。この4人の女性が一番うまく重なるところを探る時間だったと思います」

山田「大場さんが話してくれた通り、テルの内面が4人の女性に分割しているという裏設定があります。彼から発せられた一言に傷つけられ、違和感を持った時に、彼が好きだから許そうと思う気持ちと、この違和感はなんだろうという戸惑いと、なぜこんなことを言うのかという怒りとか、心の中で色々な感情がしゅん巡するけども、それを言葉にすることができないことって結構あると思うんですね。例えばお父さんがお母さんに対して『ビール』と言って、心の中では『自分で取ってくればいいじゃない』とか『別に取りに行くくらいなんともない』と思ったり、仮に専業主婦だったら『お金を稼いでくれているし、それぐらいはしないきゃ』とかいろんな感情が生まれると思うのですが、ただ黙ってビールを持ってくる。そういう場面ってありますよね。そんな女性の中の簡単に割り切ることはできない心情を表現したかったんです。
 でも4人の女性キャラクターがコウを糾弾する描写にならないようにということは気をつけました。ともすれば、テルが正義でコウが悪者という構図になってしまう。男女の対立を煽って、男性を悪く描きたいわけではなく、男女間の分かり合えなさを描きたかったので、言葉の使い方にはすごく気を遣いました」

―――その一方で、男女間のズレがまたエンターテインメントにもなるということでしょうか?

山田「そうなんです。すれ違いや分かり合えなさは、時として滑稽に映るじゃないですか。相手を分かろうとするがあまりに空回りしてしまったり、意図したこととは全く違うことをしてしまったりして。それは皆が真剣だからなんですね。そういう愛おしい人間の姿は喜劇にもなる。フェミニズムという難しいテーマを扱っている本作だからこそ、そういうタッチで描きたいと思いました。それから、変な髪型をしたメイドや友人が登場したりして、随所随所に笑えるシーンも詰め込まれています!」

山本「僕的には友人のメイちゃんが登場するところが面白いと思いました。特徴的な髪型もそうですが、何か特別なオーラを発していて。台詞以外のちょっとした目線の動きや間合いなども含めてコミカルに見えるシーンが結構ありますよね」

大場「私はメイド2人がとてもかわいらしくて好きです。新人メイドの奔放さに先輩メイドが振り回されて困り果てる様子に哀愁を感じます」

―――本作への意気込みと読者にメッセージをお願いします。

山田「初演から6年が経ち、社会や私自身、そしてお客様も変化していると思います。あの頃は分からなかったことが、今はとても共感して頂けるかもしれない。女性が生きていく上で切り離せないことがテーマになっているからこそ、ご自身の変化に気づいて頂ける機会になれば幸いです。
 パリ公演でアップグレードした美術は視覚的にもとても面白くて、ユニークな衣装や音楽、照明なども含めて、総合芸術としてより洗練された演出もまた見どころの1つです。パリでは『演劇を通して学ぶフェミニズムのやさしい入門書』と評して頂きました。一見、とっつきにくいテーマですが、公演時間も70分とちょうどいい長さなので、普段演劇をご覧にならない方、フェミニズムについて考えたことがない方にも、抵抗なく楽しんで頂ける作品だと思います。初演をご覧になった方にも是非、来て頂きたいです!」

山本「6年と言う時間があって、この作品の受け止められ方が変わっていると思うので、東京公演に始まり、久留米、札幌と各地のお客様のまた違った反応が返ってくるのか今から楽しみですね。本作では男性が肩身狭く感じる場面もありますが、僕はそういう体験をすることで気が付くことってかなりあると思うんです。普段、無意識にやっている言動が、あれ?これってもしかして?という、ご自身の対話につながれば嬉しいです。是非、多くの男性に観て欲しい作品です」

大場「フェミニズムという言葉が社会に浸透して、もはや女性だけのものではないような気がします。6年前の初演、3年前のパリ公演から、受け取る側の反応がどう変わっているのかとても興味深いです。山田さんも強調されていましたが、これは男性を糾弾する作品ではありません。男女の分かり合えなさ、すれ違いを演劇を通して楽しんで頂いて、自由な視点で感想を持ち帰って頂ければ嬉しいです」

(取材・文&撮影:小笠原大介)

プロフィール

大場みなみ(おおば・みなみ)
大学卒業後、舞台での活動を本格的にスタート。近年はメインキャストで出演した映画が国内外の主要映画祭に次々と選出されるなど、注目度の高いインディーズ作品への出演も続いている。主な出演作に、映画『くまをまつ』(監督:滝野弘仁)、『あるいは、ユートピア』(監督:金允洙)、『椰子の高さ』(監督:ドゥ・ジエ)、『すべての夜を思いだす』(監督:清原惟)、舞台くによし組『ケレン・ヘラー』(演出:國吉咲貴)など。

山本雅幸(やまもと・まさゆき)
神奈川県川崎市出身。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。在学中から青年団に所属、国内外多数の公演に参加。近年は、公募の参加者とつくる『地域の物語』進行役、福祉施設で働く方にインタビューしてつくる『支えることについての小さな劇』構成・演出・出演、ろう者と聴者でつくる『視覚言語がつくる演劇のことば』共同演出・出演など、異なる視点を持つ人と対話を通して共に作品をつくっている。

山田由梨(やまだ・ゆり)
作家・演出家・俳優。1992年東京生まれ。立教大学在学中に「贅沢貧乏」を旗揚げ、全作品の作・演出を務める。舞台と客席、現実と異世界、正常と狂気の境界線をシームレスに行き来しながら、現代の日本社会が抱える問題を奔放な想像力と多彩な手法でポップに浮かび上がらせる作風を特徴とする。『フィクション・シティー』(17年)、『ミクスチュア』(19年)で岸田國士戯曲賞にノミネート。ドラマ脚本・監督、小説・コラム執筆も手がけ、Abema『17.3 about a sex』、『30までにとうるさくて』脚本、NHK『作りたい女と食べたい女』脚本を担当。WOWOW『にんげんこわい』シリーズでは脚本・監督として参加。KADOKAWAより初のエッセイ本「ぜんぜんダメでパーフェクトなわたしたち」出版(2025年11月10日発売)。

公演情報

贅沢貧乏『わかろうとはおもっているけど』

日:2025年11月7日(金)〜16日(日) ※他、福岡・北海道公演あり
場:東京芸術劇場 シアターイースト
料:一般4,000円 ペア[2枚1組]7,500円 29歳以下3,000円 18歳以下500円 ※29歳以下・18歳以下は枚数限定/要身分証明書提示(全席自由・整理番号付・税込)
HP:https://zeitakubinbou.com
問:贅沢貧乏 mail:zeitaku.binbou@gmail.com

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