こまつ座が今冬に上演するのは、『泣き虫なまいき石川啄木』。1986年に木村光一演出で初演、2001年に鈴木裕美演出で再演された井上ひさしの評伝劇の1つだ。今回は井上作品を熟知する鵜山仁を演出に迎え、西川大貴が石川一(啄木)役を務める。西川も「思いがけないことだった」と語るこまつ座作品でタイトルロールを演じることへの想い、鵜山演出を受ける醍醐味などについて、言葉を選びながらじっくりと語った。
―――今回の出演オファーがきたときの率直な想いは?
「『マジですか⁉』です(笑)。2023年の『連鎖街のひとびと』公演の中日くらいだったかな。事務所の社長から『……らしいわよ』と言われて、『えぇ⁉』と驚き、ロビーにいらっしゃった井上麻矢さんと、演出の鵜山仁さんに『マジですか?』とお聞きしました。びっくりしすぎて、『マジですか?』しか言っていなかったと思います(笑)」
―――それぐらい、西川さんとしては想像もしていないお話だった?
「そうですね。『連鎖街~』は、初めてこまつ座さんに出られたということでとにかく嬉しかったんです。この歳になって座組の圧倒的な最年少ということも珍しく、それぞれに違うスタイルをもつ大先輩方に囲まれて刺激しかない日々で、もちろん楽しさややりがいはありましたが、果たして自分の芝居は大丈夫かと不安もありました。鵜山さん的にOKがなければ、きっと次の出演のお話にはならないわけで、まずは『よかったな』という想いと、そのタイミングでは台本も読んでいないので実感が湧かず、だから反応は『マジですか?』だったのだと思います。
また『連鎖街~』は高橋和也さんも出演されたのですが、その和也さんが2000年の『連鎖街~』で演じた役を2023年に僕がやり、『泣き虫なまいき石川啄木』も以前に和也さんが啄木役で出演されていたということで、その繋がりも嬉しかったです。『連鎖街~』千秋楽、麻矢さんに『和也さんにだけは(啄木の話を)言ってもいいですか?』と確認して了承いただいたので、和也さんに『今度、啄木をやらせていただけることになりました』とお伝えしたら『おぉ、マジか! 頑張れよ‼』と喜んでくださいました」
―――台本を読んでの、作品全体の印象をお聞かせください。
「この作品について、まだ自分の中で整理がついている状態ではなくて……。心に響く言葉があり、現在や過去の自分の見たくない部分が生々しく思い出されました。また、作品は明治時代の話ですが、令和になっても解消できていない問題も描かれています。たとえば物語の中にある『窮地に立たされたからこそ、解決する問題もある』というエピソードは、自分にとってよくわかる話です。とにかく刺さるところがありすぎて、一つひとつをほどいていかないと、作品が1つの塊として見えていないという感じなんです。
でも鵜山さんがこの作品の全体を見たうえで、僕にお声がけをしてくださったというのが、おこがましくも分かる部分があって、このお話をいただけたことを改めてありがたく思いました。これまで培ってきた演劇のスキルをぶつけるというより、僕自身のプライベートな経験が否応なく反映されるし、反映しなければという想いです。自分の全てをぶつけなければ太刀打ちできない作品だと、覚悟しています」
―――石川啄木という人物に対して、どういうイメージをもっていましたか?
「教科書などにも出ているように、人々の心に寄り添うような繊細な作品を残していますが、実生活は結構人間くさいなという印象です。台本の中盤に『一(啄木)、この劇で初めてといつていいぐらゐ燃えてゐる』というト書きがあり、文字から受ける彼のイメージと体感のズレを感じて面白かったんです。こうした感覚は、先入観なく台本を読むことでしか味わえないものだと思います。
とくに井上ひさしさんのト書きはディテールが明確に書かれているので、まずは井上さんの言葉をフラットにキャッチして、それから啄木の詩や小説を読んでいきたいなと考えています。自分の中で彼のイメージを固めず、むしろ『どんな面が出てくるかな?』という構えでいたいですね」
―――実在した、歴史的にも名高い人物を演じるというのはプレッシャーがあるでしょうね。
「大変なのは分かっているので(笑)、あまり大変だと思わず、敢えて力を抜いた状態でいようと思っています。僕もクリエイターとして仕事をしていますが、その人の中に役と重なる何かが見えていなければオファーはしません。ですから、『鵜山さんは僕の中に何かを見てくれたんだろう』というところに全幅の信頼をおき、プレッシャーを感じつつも力を抜く、と緊張と脱力の間を行ったり来たりしながら進みたいと思っています」
―――啄木の創作に対する想いに、共感する部分はありますか?
「はい、とても! これもうまく言葉にまとめられないのですが、大きいところでいうと、彼は詩人として評価され、今に残っているものの、本人は小説家志望でした。僕も心に渦巻いているものは長編作品にするのがよいかなと考えたりもしましたが、今、書き手として自分の腑に落ちている表現の形は、詩を連ねていくオムニバス形式の連作集“ソングサイクル”です。
また創作にあたっては、単に『長編が書きたい』という純粋な想いだけでなく、現実のいろいろな要素が絡みます。『誰かに寄りかかっていないと書けない。それじゃダメだけど、でもこのやり方で合っているはず』と思ったり、要らないところにプライドがあったり、世に認められたいのはお金や名声のためなのかなど、さまざまな悩みや想いがまぜこぜになった結果、『(アウトプットが)めんどくさい!』となる。そういう、さまざまな障壁と感情のせめぎ合いみたいなものを啄木の中にも感じたんですよね。
今はまだ台本をフワッと読んだ段階での印象なので、果たしてその感覚が合っているのかどうか分からないですし、脚本から逸脱して自分に引き寄せるのも違う気がします。でも、啄木に対して『分かるよ』と言える部分は何かしらあるという点を活かして、稽古に取り組んでいけたらと思っています」
―――これまでに鵜山さんの演出を受けての印象を聞かせてください。
「鵜山さんの演出を初めて受けたのは、ミュージカル『洪水の前』。鵜山さんご自身がおっしゃっていましたが、『自分の演出は、何を言っているか分からないとよく言われます』、『自分のノート(ダメ出し)は勘違いして受け取ってもらうぐらいでいいです』と。最初は『どういうことなんだろう?』と思っていましたが、確かに『こういうふうに変えてください』というような指示ではないんです。戸惑ったところもありましたが、そのときは共演した文学座の浅野雅博さんが鵜山さんの通訳のように教えてくださったこともあり、『連鎖街~』のときには、演出の狙いがだいぶ分かるようになっていました。
演出家が『こうしてください』と具体的に指示すると、それ以上のものは生まれません。しかし勘違いが生まれるくらいのニュアンスで伝えることで、役者側があれこれ考えて提示することができるわけです。その作業は非常に楽しかったし、鵜山さんに僕が提示したものを楽しんでもらえていたらいいなという気持ちでした。
『連鎖街』で印象に残っているノートは、ラストシーン。板の上のキャストが全員、客席に向かって視線を向けるという動きについて、稽古場で『この正面を向くところ、サザンシアター方面でお願いします』と言われたんです。僕は『?』と思ったんですが、ベテランの俳優さんたちはそのノートの意図を分かっていて、自分はまだまだだなと痛感しました。最終的な僕の解釈としては、『時代や場所や立場を超えて、サザンシアターの客席と繋がる。地続きになる』ということをおっしゃりたかったのかなと。僕が演出家だったら、イチから全部説明してしまうと思いますが、それを『サザンシアター方面で』という言葉で役者に伝える、その鵜山さんの伝え方がすごいなと思いました」
―――分かりやすい言葉でないからこそ、“各々が咀嚼して、演出の意図を考える”という豊かな時間が生まれますね。
「もともと、僕は全ての物事において“解決したがる”性質なんです。稽古場でも、ノートの内容がよく分からないと『こういうことでいいんですよね?』とすぐに確認したくなってしまう。実際、『洪水の前』では鵜山さんにあれこれ聞いていたときもあったと思います。鵜山さんも、聞いたら答えてくださいます。でも『連鎖街~』のときは、いただいたノートはすぐに理解できなくてもとにかくメモして、自分なりにその解釈を考えるようにしていました。また先輩方が背中を見せてくださったおかげで、ノートをしっかり咀嚼できていなくても、稽古で何かやってみる、そこで何か生まれるということも経験しました。
今の僕にとって、ミュージカルは安心材料が多い場所です。お客様を楽しませるためには目指すべきラインがあり、『こうすればいい』というのがある程度分かっている状態。さらなる成長を考えるなら、その現状はあまりいいものではないと思っています。だからこそ、そういう安心材料がない演劇の場で『わからないけど、何か光が見えそうだからやってみる』というチャレンジをすることは、僕にとって非常に大事な学びになっていて、自己発見できる場でもあります。今の僕にとって、演出を受けてトライ&エラーを繰り返せる場というのは絶対に必要で、これがあるから、人生に絶望しないでいられると言い切っていいぐらいです。僕にとってはミュージカルも演劇もなくてはならないもので、だから啄木が小説と詩のはざまで揺れるのも、すごく響くんですよね。ただ、そういう共感も一旦は取っ払い、まずは井上さんの台本がどういう道筋なのかを探っていきたいなと思っています」
―――今回、ベテランの方々を率いての“座長”ということになりますね。
「稽古がものすごく楽しみで、ものすごく怖いです(笑)。小心者なので、タイトルロールを演じるということへのプレッシャーはもちろん背負ってしまうと思うのですが、なるだけ感じないようにしたいと思っています。
僕がやるべきことは、ちゃんと地に足をつけてストンと居て、舞台上にいる皆さんそれぞれと会話をし、啄木として最後まで作品を全うするということだけ。稽古を通じて、それが舞台上できちんとできる状態に持っていきたいです。そして座長としての務めやしきたりがあるなら、周りの方々にご指摘をいただきながら、やっていこうと思います。僕としてはとにかく作品に集中し、変に悪あがきせず、井上ひさしさんの言葉をそのまま届けることを心掛けます。決して1人にならず、共演者の方々やスタッフの方々と共に作るということに尽きますね!」
※啄木の「啄」は、正しくは旧字体
(取材・文:木下千寿 撮影:間野真由美)
「私の推し球団は、オリックス・バファローズです。特に関西に所縁はないのですが当時の本拠地、現・ほっともっとフィールド神戸の美しさに惹かれたことが主な理由です。
いわゆる箱推しなのですが、最近は特に山岡泰輔投手を推しております。現・ドジャースの山本由伸投手が台頭するまでは先発エースとしてチームを牽引していた彼ですが、今年はリリーフに専念。華奢な身体から放たれる縦スライダーとチェンジアップに惚れています。リリーフの山岡、好きなんですよね。
この文章が掲載される頃には、彼のFA問題でドギマギしている頃と思われます。彼の得た権利ですので、私は見守るのみですが、ですが、、オリックスに残ってくれ!!!」
プロフィール
西川大貴(にしかわ・たいき)
東京都出身。立教大学現代心理学部卒。ミュージカル『アニー』でデビューし、『ザ・ボーイ・フロム・オズ』、『レ・ミゼラブル』、『ミス・サイゴン』など、人気作に出演を重ねる。俳優としての活動に加え、クリエイターとして、ソングサイクル・ミュージカル『雨が止まない世界なら』の脚本・演出を務めるなど、さまざまな形での発信を行っている。
公演情報
こまつ座 第156回公演『泣き虫なまいき石川啄木』
日:2025年12月5日(金)~21日(日)
※他、岩手公演あり
場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
料:9,200円 夜チケット8,200円
U-30[30歳以下]6,200円 高校生以下3,000円
※U-30・高校生以下は要身分証明書提示
(全席指定・税込)
HP:https://www.komatsuza.co.jp
問:こまつ座 tel.03-3862-5941