太平洋戦争末期、沖縄戦に動員された「ひめゆり学徒隊」の悲劇を41曲のミュージカルナンバーで重厚感たっぷりに描いた名作、ミュージカル座『ひめゆり』が今年も上演される。毎年夏に再演を重ねる同劇団の代表作でもある本作は、劇団の創立者であるハマナカトオルが脚本・演出。『レ・ミゼラブル』、『ミス・サイゴン』などの音楽監督で知られる山口琇也が音楽監督をそれぞれ務める。
主人公・キミ役は、過去に知念里奈やはいだしょうこが挑んだ大役だ。そんなひめゆり学徒隊のキミ役をWキャストで演じる礒部花凜と社家あや乃、そして檜山上等兵役をWキャストで演じる、佐野眞介と中谷優心に話を聞いた。
―――佐野さんは2004年から本作への出演を重ね、社家さんは2度目のご出演ですね。今の気持ちをお聞かせください。
佐野「僕はミュージカル座の劇団員なのですが、本田美奈子さんが出演された2004年の『ひめゆり』から参加しています。この作品には数えきれないほど出演していますが、今回の檜山上等兵役で、本作の男性役をすべて演じることになります。長くこの作品に携わっている身としては、演劇界に衝撃を与えたコロナ禍を経て、今年は戦後80年であり、劇団も創立30周年という節目。いろんな意味で起点になるような、これまでの集大成になるような公演にしたいです」
社家「私は2021年、18歳の時に今回と同じキミ役で出演させていただきました。過去最年少でキミ役を務めさせていただき、当時はまわりについていくだけでとにかく必死で。今思うと、“もっとこうやったらよかったな”など、反省はいっぱいあるけど、あの必死さが大事だったと感じます。前回の出演時はコロナ禍の影響で、カットされたシーンがあったり本来とは違う演出になったり、思うようにいかないことも多かったんです。今回はさらに全力で挑みたいです」
―――礒部さんと中谷さんは本作、初出演ですね。今のお気持ちをお聞かせください。
礒部「『ひめゆり』は、コロナ禍に配信映像で拝見していました。生の舞台と配信を比べて話すのは違うのかもしれませんが、映像越しであってもキャストの皆さんが史実を伝えようとしている熱気を感じていたことを鮮明に覚えています。なので、今回オファーをいただけて素直に嬉しかったです。私は普段、声優のお仕事が多いのでお芝居となると自分の中では緊張感もありますが、真摯に向き合って取り組みたいです」
中谷「戦争を扱う作品がたくさんある中、日本兵の役を演じる重みというか……正しい表現かはわかりませんが、“怖さ”のようなものを感じています。僕がいま感じている怖さは、史実を演じる重みなのかもしれません。実際に戦争を経験された語り部さんの想いを引き継ぐ気持ちで、丁寧に役作りをしていきたいです」
―――役作りについて考えていることをお聞かせください
佐野「改めて本作と向き合うにあたり、基本に立ち返り“史実”であることを大切にしたい。自分の役をどうみせるかよりも、あの当時、日本のために戦った日本兵のうちの1人になれればという感覚。どの配役の目線からも正しく沖縄戦を描くことを大切にしているのが本作の魅力だと思っています」
社家「私が演じるキミは、普通の女の子。普通に過ごしていたところに、戦争が起こったんですけれども、劇中歌の一節で、“生きていく怖さに 死にたくなった”というフレーズがあるんです。現代に生きる私たちには理解できない感覚ですよね。“命と向き合う”とは、簡単に言えないことですが、作品を通して、生きることを考えるきっかけになれば」
中谷「インターネットもなく、何を信じて生きるのか?を常に迫られた時代。僕が演じる檜山上等兵は、日本が敗戦するということをどこかで分かっていたんじゃないか?と感じるし、現代の僕たちに一番近い感覚を持っているかもしれないと思うんです。あの時代の人から観たら、檜山上等兵はどちらかと言うと怒られるタイプの人なのかな?とも想像したり(笑)」
一同「(笑)」
中谷「この作品を観劇された人にとっては、“こんな時代があったんだ”、“今じゃ、ありえない”と感じる部分もたくさんあると思います。少しでもリアルにお伝えできるように、しっかり丁寧に役作りをしていきたいです」
礒部「役作りをする上で、佐野さんがおっしゃられていたように“まず、自分が”ではなく、ストーリーを俯瞰で見た時に自分がどういう役割を担えるのか? 事実を伝えるということに焦点を置いて、キミという役や作品に向き合いたいです。沖縄へ行って勉強をさせていただいた際に、ガイドをされている方たちが“知ってもらうこと”の大切さを繰り返しおっしゃられていたんです。普段の生活では中々戦争を知るきっかけがないと思うので、この作品を通して、より多くの人に史実を知っていただくきっかけになると嬉しいです」
―――印象に残っているナンバーもしくは、見どころをお聞かせください
佐野「どれかひとつを選ぶのは難しいですが、稽古場に来て『ひめゆり』のナンバーが聞こえると、“夏が来た!”と、毎年感じるんです。蚊取り線香の匂いと同じで、風物詩みたいな。どの曲を聴いても、またこの季節が来たなと思いますね」
社家「私はやっぱり『小鳥の歌』が好きです。私が歌う曲ではないのですが、戦争で毎日たくさんの人たちが目の前で死んでいく中、小鳥になって自由に空を飛びたい、お母さんのいた故郷に帰りたい、そんな歌なんです。メロディーもとても綺麗なので是非、注目していただきたいです」
佐野「『小鳥の歌』は、2幕でゆきちゃんという学徒の女の子が歌う曲で。1人で3コ―ラス歌いあげるので、ミュージカルナンバー的にもかなり見応えがあるんです。“心を打たれた”と、言ってくださる方が非常に多い歌です」
―――最後に、カンフェティ読者やこの作品をご覧になる方へメッセージをお願いします
礒部「たくさんの方々の尽力によって受け継がれてきたものが『ひめゆり』だと思うので、私はこの夏を捧げるつもりで挑みたいと思っています。そして、この舞台が少しでも戦争という事実を深く知るきっかけになれるとうれしいです。精一杯、務めますので是非、劇場まで起こしください」
中谷「言葉にすることも苦しい内容を語り部の方々が、語り継いでくれたからこそ上演される『ひめゆり』。僕は実際に戦争を経験していないので、語り部さんたちと全く同じ気持ちにはなれないですけれども、なんとか近いものを演じる、継いでいく、おこがましいですがそんな役割を担えたらと思っています。是非、観に来てください」
社家「現代の私たちって、自分のことで精一杯になりがちですよね。この作品は、“誰かのために、何かできることはないか?”という気持ちに向き合える作品です。証言をしてくださる、学徒の方が、年々少なくなってきているのも事実。となると、私たちが後世に伝えなきゃ!と思うんです。私たちの舞台から、リアルやパワーを受け取っていただきたいです」
佐野「沖縄戦やひめゆり学徒について色々勉強する中で、一番ショックだったのは沖縄で語り部の方が泣いている姿を見た時なんです。戦後、何十年と経ってもこの人たちはずっと泣いているのかと想像したら本当にショックで。知識として歴史をご存知の方もいらっしゃると思いますが、生で見たものに勝るものはありません。僕たちはそれにできるだけ近いものを作るように稽古に励んでいますので是非、劇場で目撃してください」
(取材・文:山田浩子 撮影:小山真一郎)
礒部花凜さん
「もう1度行きたい!と言う意味ではニューヨークですが、住むとなるともう少し街のスピード感が落ち着いたところがいいかなぁ……。ずっと行ってみたいのはニューカレドニアです! “天国に一番近い島”と言われているところは絶対に穏やかで自然に囲まれ心地良いと思うので、住むならニューカレドニアにしようかなぁ……でもやっぱり、自分が生まれ育った奈良県も自然が多くてお気に入りです!(笑)」
社家あや乃さん
「韓国です。韓国のミュージカルや歌のパワーに強く惹かれています。幼少期に『アイーダ』のミュージカルを観た際、歌の迫力に涙が出るほど感動したのを今でも覚えています。韓国の舞台は、歌唱力や演技の熱量が素晴らしく、観ているだけで心が揺さぶられます。そのエネルギーを自分の表現にも取り入れたいと思うようになり、韓国のミュージカルにますます関心を抱くようになりました。常に自己研鑽を重ね、力強さと繊細さを兼ね備えた表現者を目指しています。もし移住できたら、現地で数多くの舞台を観て、深く学び、感性をさらに磨いていきたいです」
佐野眞介さん
「移住と聞いて、いっそ海外?と一瞬考えましたが、国産オリジナルミュージカル界隈の末席に連なる身としては日本を出るわけにはいきません(笑)。僕は生まれも育ちも東京・杉並区なので、自然豊かな土地に憧れてはいますが、あまり離れるのも勇気がいるなぁと。ということで導き出した結論は、鳥のさえずりと多摩川のせせらぎに癒されつつ、都心まで2時間弱!の“奥多摩”ですかね。東京とは思えない景観は一見の価値ありです。未訪の方はぜひ」
中谷優心さん
「移住するなら沖縄がいいです。僕はインドア派で自分の家が大好きな人間なのですが、以前沖縄に行った時は綺麗な景色がそうさせるのか沖縄の方々の雰囲気がそうさせるのか、いつまでも外にいたくて、帰りたくないと思ってしまいます。今作で沖縄の歴史をより深く知って、悲しみを乗り越えた強さや、悲しみを持っているから滲み出る優しさをより深く感じれると思います。本番を無事に終えた後に、改めてもう一度行ってみたいと思います」
プロフィール
礒部花凜(いそべ・かりん)
声優・歌手活動を中心に、俳優としても活躍。主な出演に、シアタークリエ ミュージカル『町田くんの世界』 、朗読劇『私の頭の中の消しゴム FinalLetter』など。ミュージカル座公演は2019年『スター誕生』ヒロイン・小川百合子役以来の出演。
社家あや乃(しゃけ・あやの)
今春大学卒業。第2回「Les Misérables」×帝劇のどじまん・思い出じまん大会で日比谷シャンテ賞受賞。『ボニー&クライド』エレノア役(ホリプロ/東宝)、『ザ・ビューティフル・ゲーム』(東宝)、『Oh My Diner』キャンディ役(ネルケプランニング)等出演。
佐野眞介(さの・しんすけ)
2005年にミュージカル座入団。以後、劇団内外で活躍。主な出演に、ミューカル『ひめゆり』、『sign』、『ミス・サイゴン』など。「朝
ミュージカル東京」では代表として演出を手がける。
中谷優心(なかたに・ゆうしん)
2015年、ソロ・ヴォーカリストコンテスト番組での優勝をきっかけにシンガーソングライターとして活動開始。近年は俳優として映像や舞台でも活躍。主な出演に、ミュージカル『キンキーブーツ』、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』など。ミュージカル座公演は2024年『命日オプション』(主演)以来の出演。
公演情報
ミュージカル座 ミュージカル『ひめゆり』
日:2025年8月21日(木)~24日(日)
場:シアター1010
料:OEN席[特典付]15,000円
SS席10,000円 S席8,500円
A席6,000円(全席指定・税込)
HP:https://musical-za.co.jp/stage/himeyuri2025/
問:ミュージカル座 tel.048-825-7460