
2016年初演から2018年に再演、映像化もされ、枠を超えた広がりで日穏の代表作となった『月の海』の再再演が決まった。介護問題をテーマに笑いと涙で心がじんわり温かくなる家族の物語を描く。主宰で企画・脚本・出演の岩瀬顕子と、演出・出演のたんじだいご、そして日穏ではお馴染みの俳優、内浦純一、剣持直明に本作の魅力を語ってもらった。
―――再再演おめでとうございます。本作は自身の経験と綿密な取材をもとに製作されたそうですね。
岩瀬「ちょうど脚本の題材を考えていた頃、周りの知人たちの間で「親の介護」が話題に上ることが多くなってきたんです。我が家でも以前、認知症の祖父を介護した経験があったので、『これはとても身近で切実なテーマだな』と感じて、友人に話を聞いたり、専門家に取材したりしていました。そんな矢先、前の日まで元気だった母が突然、急逝しまして……。母の介護という経験は私にはなかったのですが、気がつくと自然と“母と娘の物語”を書いていたんです。
2018年の時は、物語自体は大きくは変えていなかったのですが、その時は『星の砂』という『月の海』の主人公の両親の若かりし頃を描いた姉妹作もセット上演したので、物語がリンクするように一部変更を加えました。今回は、その『星の砂』の映像を同じ劇場内で上映する予定です。
今回も本筋は変わりませんが、やはり9年も経つと、自分自身も出演される皆さんも、それぞれさまざまな経験をしてきて、感じ方や思いも変わっていると思うんです。今の世の中のニュースや空気感なども含めて、そうした要素も盛り込みながら、新しい作品にできたらと考えています」
―――それから映像化もありました。
岩瀬「とても評判が良くて、2016年の初演が終わった直後に、東映のプロデューサーさんから『この作品をもとにドラマの脚本を書いてください』と声をかけられました。それで、テレビ朝日の『警視庁捜査一課9係』の脚本を書いたんです。まさか、殺人事件も何も起こらないこの作品が、刑事もののドラマに発展するとは思いもしませんでした(笑)。
また、9年前にたまたま観てくださっていた海外の方から、昨年はじめに『あの作品が忘れられなくて』と突然連絡をいただいたり、いろんな方の琴線に触れる作品だったのだと感じています。同時に、「家族」や「介護」といったテーマは、国境を越えて多くの国や地域で共通する、普遍的なものなんだなとあらためて思いました。
そして今年は、横浜演劇鑑賞協会でもこの作品を上演させていただく事になっており、さまざまな想いが繋がっての再々演となります」
―――演出として、引きつける魅力についてお聞かせください。

たんじ「僕の言葉を使うと“わかりやすいお芝居”であると思います。お芝居を観に来たことがない人、例えば劇場に誰かとたまたま来た人でもちゃんとわかる、そしてやっぱり心に残る作品だったから再演、再再演になったのかなと。9年経って時代も変わっているから演出もそれなりに変化すると思っています。
あと今回は剣持さんに参加していただくので、それはすごく楽しみにしているところです。キャストも半分ぐらい変わるので、その方々たちとの化学反応で、新しい作品になるのではと期待しています」
―――内浦さん的には本作はどのような作品ですか?
内浦「初演からもう9年になるんですね。でもそんなに経っていない気もするし、すごく前のような気もしますが、とても大好きで一番思い入れがある作品です。再々演になる作品は自分にとってもこれが初めてですが、また上演できることが本当に嬉しいです。今回、初めて観てくださる方もいらっしゃると思いますし、再びこの作品に出会ってもらえる機会があることに感謝しています。実は、僕の母が声の出演で協力してくれていまして、声だけですけど共演しているんです」
たんじ「お母さん、いい味だしてたね!」
内浦「棒読みでしたけどね(笑)。母と『違う違う違う』『もうできない!』とか何度もやり取りしたのを覚えていますね。(岩瀬に)あれは変えますか?」
岩瀬「変えなくていいでしょう。でもまたお願いしたらすごくうまくなってたりして」
内浦「あははは! 今回キャストが一部変わって、しかも役者として尊敬する剣持さんが参加されて嬉しいですし、違った『月の海』をお見せできたら」

―――剣持さんは日穏作品には多数出演していらっしゃいますが、『月の海』は初出演なんですよね。
剣持「この作品は2回目の上演の時に拝見しました。僕は自分が座りたい席で観たいので、小劇場やお芝居を観に行くときはいつも早めに行くんです。その時も早く着いたら、一番前に座ってくださいって言われまして。いやいや、みんな顔見知りで申し訳ないので後ろの方が良いって言ったんですけど、遅れて来られる方のために後方を空けておきたいとのことだったんです。結局、最前列のかぶりつきの席で観ることになって……。僕、けっこう感動しやすいタイプなんですけど、もう最後のほうは感極まって嗚咽してしまって(笑)」
内浦「そうそう! 舞台に立つ僕の真向かいにいるんですよ! その前から存在感があるので、出た瞬間になんでそこにいるだろうと思ったんですけど(一同爆笑)。嗚咽してる剣持さんが目の前にいて、こちらも感極まりました(笑)。その剣持さんとこの作品で共演できるのは嬉しいですね」
剣持「歳と共に涙腺が弱くなってきちゃってね。この作品は、とにかく泣いた思い出深い作品です」
―――ちなみに剣持さんの役どころは?
剣持「ヘルパー役です。会社勤めから脱サラしてヘルパーの資格を取った新米ヘルパーを演じます」
―――2025年版としてこだわっていきたいところは?
岩瀬「今回、音楽を林ゆうきさんに担当していただきます。多くの名作ドラマや映画、数々のアニメ作品で知られている方なので、お名前を聞いて驚かれる方も多いかもしれません。
実は、2022年に上演した『月虹の宿』を観てくださって、そのあと『ぜひ僕に音楽を作らせてください』と声をかけてくださったんです。そのご縁で2023年の『オミソ』の音楽を手がけていただき、今回も引き続きお願いすることになりました。
『オミソ』の再演では、キャストは同じだったにもかかわらず、観た方から『すごく印象が変わったね』と言っていただいて……それはきっと、音楽の力によるところが大きかったのだと思います。だからこそ、今回もどんな音楽が生まれるのか、とても楽しみにしているんです。
もちろん、今回の『月の海』では新たなキャストも加わりますので、その新しい顔ぶれと林さんの音楽との相乗効果で、また違った魅力のある舞台になるのではと期待しています」

―――ちなみにいつもタイトルが天気や空に関わっています。
岩瀬「月がつく事が多いですね。私が満月生まれだからかもしれません(笑)。ちなみに月の海ってご存知ですか? 月の濃い部分のクレーターのようなところを昔の人は海だと思っていて、それぞれに名前がついているんです」
たんじ「アポロ11号が月面着陸したのが、“静かの海”で、隣に“豊かの海”があって、『月の海』の主人公2人の名前の由来となっています。今回、映像を同時上映する『星の砂』もご覧いただくと、そうした背景のエピソードもより楽しめると思います」
岩瀬「『星の砂』は『月の海』の後に書いた、いわばエピソードゼロ的な姉妹作品なので、お時間が許される方は、ぜひ舞台と合わせてご覧いただけたら嬉しいです」
―――今回、演出的に考えていることは?
たんじ「剣持劇場をどこに入れようかと(一同爆笑)。実はいつも剣持さんにお預けしているシーンがあるのですが、お客さまもそこは楽しみにしていると思います」
剣持「いやあ~~~もう長い長いって言われながらね(笑)」
―――剣持劇場、見どころですね。内浦さんの役どころは変わらないとのことですが、楽しみにしていることは?
内浦「やっぱりファミリーなので、自由にいろんなことに挑戦できる環境があるんですよね。だからこそ、毎回挑戦することを忘れずに楽しみたいと思います。」
―――今回は、宇都宮市出身の方が3人出演されていると伺いました。岩瀬さんに加えて、剣持さんも同じく「とちぎ未来大使」に今年就任されたとの事ですが、ゆかりの地での公演はいかがでしょうか。

剣持「日穏ではセリフで地元のなまりを使わせていただくことが多いのですが、僕自身、地元に限らず“お国なまり”がすごく好きなんです。方言で演じるのってすごく心地よくて、気持ち的にも自然体でいられるんですよね。それに、地元での公演となると、お客さんとのつながりも深くて。たとえば、岩瀬さんのお兄さんの同級生が、僕の幼なじみだったりして。そういう、田舎ならではの横のつながりがあるんです。『(栃木弁で)俺、あんたのお姉ちゃんと同級生だ~よ』『あ~そう~ですか』『俺~剣持君の小学校の頃知ってっぞ~』なんてね」
内浦「ありがたいですね」
岩瀬「今回も剣持さんは栃木弁だかんね」
剣持「いま、ちょっとなまったね」
岩瀬「うわぁ、どうしよう。剣持さんが栃木弁で喋ったら私もうつっちゃーよ!」
剣持「あっこ、普段俺よりなまってっかんな」
岩瀬「(笑)。内浦さんは富山出身で、今回も富山公演があるので、もちろん富山ネタも入れる予定です。再再演ですが、新たな見どころが生まれると思います」
―――東京、宇都宮、富山、そして横浜と、各地域でお客さまとの距離感など違いはありますか?
岩瀬「劇場が違うのでね。富山は客席との距離が近くて、東京で上演するテアトルBONBONに近い感覚があります。一方で、宇都宮は少し劇場が大きめなので、その分、役者たちも自然と意識を変えて演じていると思います。どの会場でも、地元の皆さんが温かく応援してくださるのが何より嬉しいですね」
たんじ「出てきただけで『よぉ!』とか拍手があったりね」
―――あったかいお客さまとハプニングも含めて地方の楽しさが伝わってきました。最後に意気込みをお願いします。
岩瀬「介護というテーマを扱ってはいますが、笑えて泣けて、見終わった後にじんわり心が温かくなり、家族や人が愛しくなる……そんな作品です。わかりやすいお芝居なのであまり気負わず、気軽な気持ちで観に来ていただけたら嬉しいです」
(取材・文&撮影:谷中理音)

プロフィール

岩瀬顕子(いわせ・あきこ)
栃木県出身(とちぎ未来大使)。劇団「日穏-bion-」主宰(企画・脚本・出演)。「神奈川かもめ短編演劇祭」で俳優賞、戯曲賞を受賞。近年は国内外の映画やドラマにも出演している。主な出演作に、映画『MINAMATA』(ジョニー・デップ主演)、映画『アースクエイクバード』(リドリー・スコット製作)、ドラマ『TOKYO VICE』、『遺留捜査』、『めぐる未来』など。脚本家としては、テレビ朝日『警視庁捜査一課9係』、『特捜9』、劇団青年座『シェアの法則』などがある。2021年には舞台を原作とした中編映画『月の海』、2023年には長編映画『シェアの法則』で脚本・プロデュース・出演。2025年9月上演の劇団青年座公演に脚本提供。

たんじだいご
福島県出身。役者としてテレビ、映画、舞台に出演する傍ら、演出家としても活躍中。俳優の潜在能力を引き出す繊細かつユニークな手法には定評があり、外部演出も多数手がけている。演技指導者としては、NPS(NHKプロモーション・アクターズ・ゼミナール)講師を2001年まで務め、奈良橋陽子氏主宰の「アップスアカデミー」で27年間に渡り講師を務めている。近作に、映画『TOUCH/タッチ』、ドラマ『サニー』など。

内浦純一(うちうら・じゅんいち)
富山県出身。仲代達矢主宰の「無名塾」を卒業後、映画、テレビ、CM、舞台、ラジオパーソナリティー、連載執筆など幅広く活躍中。地元富山でも活動している。チューリップテレビ「柴田理恵認定!ゆるゆる富山遺産」、富山テレビ放送「富山いかがdeSHOW」出演中。近作に資源エネルギー庁TVCM【自給率篇】、映画『カーリングの神様』、映画『シェアの法則』などがある。2025年6月より全国順次公開映画『星より静かに』出演。

剣持直明(けんもち・なおあき)
栃木県出身(とちぎ未来大使)。劇団だるま座主宰。舞台を中心に、ドラマや映画でも活躍中。栃木弁方言指導も行っている。映像作品では、映画『キングダム』、映画『ねばぎば新世界』、NHK大河ドラマ『麒麟が来る』などに出演。年に10本以上の大小様々な舞台に立つ。
公演情報

日穏-bion- 第18回公演『月の海 2025』
日:2025年8月20日(水)~31日(日)
※他、栃木・富山公演あり
場:中野 テアトルBONBON
料:一般5,500円 U-25[25歳以下]4,000円 高校生以下2,500円
※U-25・高校生以下は要身分証明書提示(全席指定・税込)
HP:https://bion.jp
問:日穏-bion- mail:info@bion.jp