
花組芝居による実験的な作品シリーズ「花組ヌーベル」。新作は岡本綺堂による『平家蟹』をミュージカルとして上演する。脚本・演出に加えて主演の玉虫を演じる加納幸和と、共に玉虫の妹・玉琴を演じる永澤洋、武市佳久にインタビューを行った。
―――この題材を選んだ理由、歌舞伎原作の物語をミュージカルにしようと思った理由を教えてください。
加納「昨年、主要キャストとしてゲストを招く、花組ペルメルという企画を始めました。脚本をあやめ十八番の堀越涼くんにお願いし、花組らしいモチーフとして歌舞伎の一幕ものを翻案してもらったんです。彼が『平家蟹』を選び、完成したのが『長崎蝗駆經~岡本綺堂「平家蟹」による~』という、バッタが大量発生する中で起こる人間たちの愛憎劇でした。『平家蟹』は最近歌舞伎でも上演されていませんし、なかなか知らない方もいるでしょうから、次はスタンダードにやるのもいいなと思って。ただ、そのままやっても面白くない。長いセリフを言いこなすところも1つの課題ではあるけど、それを歌にしたら面白そうだと思いました。楽曲の中で心情や状況が変化していくので、ミュージカルと大々的に銘打っていいんじゃないかと。さらに、いっそ2.5次元風にしようということで衣裳やビジュアルもカラフルでポップにまとめています」
―――脚本や音楽はどの程度まで進んでいるのでしょう。
加納「脚本は昨年中に仕上げ、楽曲は星出尚志さんにお願いして15曲中10曲くらいできています」
―――楽曲からどういった印象を受けましたか?
永澤「思ったより明るい曲だと思いました。本に関しても、原作はすごくドロドロしていたんですが、加納さんの脚本を読むと意外と明るいところも増えている。岡本綺堂さんが描いた物語のアップダウンがより激しくなり、楽しげな音楽もあってワクワクしています」
武市「確かに、すごくポップな感じになっています」

加納「岡本綺堂の原作はいわゆる新歌舞伎で、江戸時代のものよりは現代に近い。ただ設定が平家や源氏なので、どうしても難しい単語は出てきます。歌詞を現代語にしてしまうと合わないので、七五調で歌詞を書くことにしました。そこに星出さんがさらっと音楽をつけてくれた。原作は陰鬱な雰囲気があるけど、物語を読んでみると玉虫はわりと喜んで海に入っていく(笑)。(永澤・武市の)2人が演じる役は悲劇だけど、主人公は意外と明るいんじゃないかと、歌曲を聞いて発見しました」
―――原作と脚本の違いというお話も出ましたが、今回の魅力はどこになりそうでしょう。
武市「ミュージカルというのもあるし、登場人物も少なくてお話自体も短い。普段の花組芝居に比べればかなり見やすいと思います」
永澤「ぜひ原作を読んでほしいです。僕も青空文庫で読んでから、脚本を読み、こんなに印象が変わるのかと感じました。原作の良さは残っているけど、花組芝居らしさもあってワクワクします」
―――演じる役の印象も教えてください。
加納「玉虫は源氏に恨みを持っている。清盛付きの女官だったのか、どうやら高位らしいんですよ。恨みを晴らすという思いだけで生きていて、源氏は滅びると予言して、本当に源氏が滅びてしまう。彼女の復讐は達成するので、本人はポジティブなのかなと思います。もちろん歌舞伎では陰陰鬱々としていましたし、明るくは演じませんが。皆さんが玉虫という役に抱いているイメージは背負いつつ、行動としてはポジティブにいこうと思います」
武市「衣裳もメイクもつけて女形を演じるのは結構久しぶり。感覚を取り戻して頑張りたいです」
永澤「加納さんから玉虫は行動的だというお話がありましたが、玉琴も行動的。平家の問題を背負わずに自分らしく幸せになりたいという思いが強く、未来を見ている人なのかなと思います。その明るさ、先に向かうパワーが出せたら。あと、加納さんと肉親の役は初めてかもしれない。姉妹役でがっつり絡めるのが楽しみです」

―――2組で上演しますが、それぞれの魅力や強みはどこになりそうですか。
加納「浦組はわりと歌うのが好きな人たち。浜組はキャラが強いので、人物の色みたいなものが出ると思う。そこに注目してもらえるといいと思います」
永澤「浜組は衣裳部かつ動くのが好きな人が揃っています」
武市「それでいうと浦組はオタクしかいないです(笑)。多分この4人でずっと飲めます」
―――今の段階で、演出についての構想はありますか?
加納「ほぼ毎年、下北沢B1で公演を行なっているので、劇場のことは熟知しています。空間が面白いので、大道具はなしでやろうと思います。『長崎蝗駆經』では折り紙で作ったバッタを千何百飾りましたが、今回は平家蟹の折り紙をたくさん飾ろうかなと。あとはある種2.5次元的な色彩、人間ドラマに歌も入るので、テンションとしては中劇場、むしろ帝劇くらいの気持ちで作りたいですね」
―――お話に出たようにビジュアルもカラフルです。
加納「2.5次元風舞台というと『この時代にこんな衣裳着ないだろう、こんな色や装飾はないだろう』というツッコミや制約が外れる。ミュージカル『刀剣乱舞』に出たときに、『自由でいいんだ!』という気付きがあったんです。自由だけど、元になっている刀の由来に沿ったキャラクターデザインになっているのが素晴らしくて、とても学びがあった。その発想力を参考にしたらデザインを決めるのが楽になりました。金髪でも縦ロールでもいいんだと(笑)」
―――このビジュアルで撮影をしてみていかがでしたか?
武市「割とギャルだなと……」
一同「(笑)」
永澤「いつもは途中までビジュアルが分からないことが多いので、あらかじめわかって稽古に立てるのは面白いです。本番のイメージが作りやすそうだなと思います」
武市「本来美しいとされる所作と現代的な感覚での面白さがより強調されるのかなと思います。ギャルっぽさやポップさを出しつつ、培ってきたものも魅せられるような演じ方をしていきたいですね」

―――楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。
加納「平清盛一門(平家)はあっという間に栄えてあっという間に潰えた、華やかさと悲惨さがあります。岡本綺堂の原作では、玉虫が恨みを晴らすところに終始していますが、今回は平家が一度栄えていたという華やかさも出していきたい。そこにミュージカルが持つ華やかなイメージが重なると良いなと思っています」
武市「気楽に観てもらえたら嬉しいですが、いろいろ考えながら観ても楽しめるものにしたいです。当時の時代背景、僕らとは違う感覚がありつつ、どこか感情移入できるところがあったら。この時代の人たちってどこか変だと思うので、そこも見せられたらいいなと」
加納「今のような個人主義はないだろうからね。自分の事情や感情、立場がそれぞれあって、従属しているグループのために生きるという考え方があると思う。逞しく生きているってことなんだろうけど」
永澤「作品の面白さだけじゃなく、見た目の面白さもすごくあると思います。B1は100席程度の小劇場です。その規模感で、歌舞伎の派手な衣裳と白塗りの人間を見られる機会はあまりないと思う。それこそ昔の芝居小屋みたいな感覚を味わえると思います。ちょっとアングラな感じになるのかも」
加納「そうだね。ポップなアングラになればいいと思う。あとは蟹さんも出てきます。歌舞伎だと小道具だけど、人間がやるのでそこも楽しんでいただけたら」
(取材・文&撮影:吉田沙奈)

プロフィール

加納幸和(かのう・ゆきかず)
1960年生まれ。兵庫県出身。日本大学藝術学部卒業。1987年『ザ・隅田川』にて、花組芝居を旗揚げ。今年創立38周年を迎える劇団の座長として、脚本・演出を手掛け、自らも女形で出演。帝劇・新橋演舞場など大劇場での出演・演出・脚本提供、さらに映像にも進出。女形指導、母校の日藝・カルチャースクールでの講師、NHK歌舞伎生中継の解説も務めるなど、多方面で活躍。西瓜糖『ご馳走』、花組芝居『毛皮のマリー』で2019年前期の読売演劇賞演出家賞にノミネート。最近の主な出演作品に、『ドレッサー』、ミュージカル『刀剣乱舞』髭切膝丸双騎出陣、パルコ・プロデュース2022『桜文』、花組芝居『鹿鳴館』(演出・出演)、結城座『荒御霊新田神徳』(脚本・演出・出演)、こまつ座『連鎖街のひとびと』、博多座『新生!熱血ブラバン少女。』(演出のみ)『演劇調異譚「xxxHOLiC」―續・再―』など。

永澤洋(ながさわ・ひろし)
1990年生まれ、宮城県出身。新国立劇場演劇研修所第8期生修了。SET映画放送部所属。2017年、花組芝居三十周年BOYとして『いろは四谷怪談』『黒蜥蜴』に出演。その後、研修生を経て正座員となる。主な出演作に花組芝居『天守物語』、『義経千本桜』、『仮名手本忠臣蔵』、パルコ・プロデュース『桜文』、CCCreationPresents舞台『桜姫東文章』、ホリプロステージ『中村仲蔵 ~歌舞伎王国 下剋上異聞~』など。

武市佳久(たけうち・よしひさ)
1993年生まれ、徳島県出身。玉川大学芸術学部卒業後、小劇場に客演を続ける。2017年、花組芝居三十周年BOYとして『いろは四谷怪談』『黒蜥蜴』に出演。その後、研修生を経て正座員となる。主な出演作に花組芝居『天守物語』、『毛皮のマリー』、『地獄變』、あやめ十八番『空蝉』、舞台『刀剣乱舞』山姥切国広~単独行、博多座25周年記念作品『新生!熱血ブラバン少女。』など。
公演情報

花組ヌーベル ミュージカル『平家蟹』
日:2025年6月5日(木)~11日(水)
場:下北沢 小劇場B1
料:一般 土日5,500円 平日5,000円
U-25[25歳以下] 土日2,500円
平日2,000円 ※要身分証明書提示
(全席自由・整理番号付・税込)
HP:https://hanagumi.ne.jp
問:花組芝居 tel.03-3709-9430