上演を重ねるカトケンワールドの大人気作品が本多劇場に再登場! 老声楽教師とピアニストがぶつかりあいながら「詩人の恋」を学ぶ先に見えてくる音楽とは?

 加藤健一事務所がこれまで上演を重ねてきた音楽劇『詩人の恋』。情熱を失い演奏不能に陥った若き天才ピアニストに課せられた、歌を学べという驚きの課題から、師弟関係になった
老声楽教師とピアニストがぶつかりあいつつ、シューマンの連作歌曲集「詩人の恋」を学ぶ先に見えてくるものが、1986年のウィーンを舞台に描かれていく。

 そんな作品の中で、老声楽教師・マシュカン教授を演じ続けている加藤健一と、今回の上演で初めて天才ピアニスト・スティーブンを演じる加藤義宗が、作品や役、そして親子であり師弟でもある互いのことを語り合ってくれた。


───これまで4回の上演を重ねてこられた音楽劇『詩人の恋』を、いまここで上演しようと思われた経緯から教えていただけますか?

加藤健一(以下、健一)「最後にやってから10年以上経ちますし、加藤健一事務所の上演作品のなかでも、僕が特に気にいっている何本かに入る作品で、ずっとやっていきたいものでもあるので、そろそろいいかなと思いました。ただ、これをやるには時間がかるんですよ。若き天才ピアニスト、スティーブン役の人がドイツリートの「詩人の恋」を全部覚えなければいけないので。もちろん僕が演じるマシュカン教授もドイツリートの先生ですから、教えられるようにするには同じことで、何回も上演しているとはいえさらわないといけない。それも10年以上間隔が空きましたから、ここまで若きピアニストを演じてくれていた相手役が(畠中洋)もう先生の方の年齢になってきてこの役は難しいということで、3年ぐらい前から(加藤義宗を示し)ドイツリートの先生について練習をはじめてもらいました。それくらいの準備期間をかけてやっとできる作品なので、上演するまでが大変なんです」

───若きピアニスト役の準備をしましょう、とお聞きになった時にはいかがでしたか?

加藤義宗(以下、義宗)「準備しようと言われた時には、何も決まっていなかったんですよ。『いつか上演するかも?』ぐらいで、練習してみて僕ができそうだったらやるから、という感じで。公演が決まっていないのに準備だけスタートする経験がなかったので、最初の1年はただひたすら歌のレッスンに通うのにモチベーションを保つのが大変でした。普通はこの作品の為にこれを習得しよう、という形で訓練を積みますから、目標が漠然としたまま頑張るというのが、なかなか難しかったです」

───ただ、いまのお話を伺うとその状態って、この作品のなかでピアニストのスティーブンが何故歌を学ばなければならないのかわからないままレッスンに通うことと、近いものがあるのかなと。

義宗「確かに、台本を読んでスティーブンにすごく共感できたんです。なんでこんなことしなければいけないんだ、という気持ちがわかりやすくて、そのせいかすごく早く台詞が入ったんですよ。分量からして40日くらいかかると思っていたのですが、20日で覚えられて」

健一「すごいな」

───膨大な量ですものね。そうした新キャストを迎えての上演ということで、これまでとは変化していく部分も色々とあるのでしょうか?

健一「まず演出を新たに藤井ごうさんにやっていただきますし、美術も乘峯雅寛さんにやっていただくので、まず見た目がすごく変わると思います。先日美術の打ち合わせをしましたが、装置は全く違うので、劇場に入った瞬間から変わった印象は受けると思います。稽古はこれからなので、やってみないとわからないのですが、役者が変われば自ずから違うものになっていくと思いますし」

───そうした“令和版・詩人の恋”と言われる部分からお訊きしたあとで、一に帰るような質問になりますが、これまでの作品群のなかで数本の指に入るとおっしゃる、作品の魅力を語っていただくとすると?

健一「やはりジョン・マランスという作家の筆力ですね。ハイネが作詞し、シューマンが作曲した『詩人の恋』、16曲からなる超有名な連作歌曲を、丹念にたどってなんの違和感もなく入れ込んでいきながら、反戦という思想が入った全く別のドラマに踏み込んでいく。こんな作品は見たことがないです。ただただよく書けたなと思います」

義宗「僕もすごく好きな作品です。上演が10年以上前で、自分が演じたわけでもないですから、ほとんど忘れていたんですが、自分が好きなシーンは台本を覚えながら泣いてしまうんです。本当にすごい本だと思います。マシュカン教授とスティーブンは師弟関係になるのですが、それは表面的な話で、第二次世界大戦の重い記憶や、反戦思想が根底にある。とても厚みのある物語なので、ただの師弟関係ではないですし、単なるヒューマンドラマとも全然違うなと感じています」

───その中で演じる役柄についてはいかがですか?

健一「僕は戦争を経験していませんし、戦争で苦しんだこともないので、その体験を持っているという設定の人物を演じるのはまず大変難しいですが、だからこそやりがいがありますね。戦争のことは、僕の親父世代でも語らない人が多かったんです。ものすごく語る人もいるのですが、そういう方は国外に出る前に戦争が終わっていたりすることが多くて、海外で戦場を体験している人ほど語らない。実際に人を傷つけたり、自分の中にも傷を持っている人はなかなか語らないので、このマシュカン教授も大きな傷を抱えているからこそ語らない人物だから、そこは役作りとしてとても難しい。資料を見ながら感じていくしかないのですが、毎回工夫してやっています」

───年齢を重ねられてから、語り継がなければと思われる方もいらっしゃいますね。

健一「そうですね。今世の中ちょっときな臭いですからね。戦争は怖いよということをちゃんと言わないといけないんじゃないかと。国同士の喧嘩なんかじゃない、喧嘩なら終わればいいんだけど、それは違う。想像もしてないところに行ってしまうのが戦争だよ、ということをよく思うので」

───そういう意味でも、やはりドキュメンタリーは観なければいけないと思いながら、とても辛いものがあるのですが、それがこうしたお芝居になってくれると、演劇を享受しながら自然に知識が入ってくるありがたさがあります。

義宗「僕はも今回、はアメリカ人のピアニスト役なんですけど、2011年に加藤健一事務所でやった『コラボレーション』という作品では、ナチス側の将校ハンス・ヒンケルという役を演じたんです。その時にもちろん役としてなのですが、虫唾が走るほどユダヤ人が嫌いだったんですよ。だからその経験が今回すごく生きるんじゃないかなと思っていますて。演じるということを考えさせられますし(健一と自分を示して)ここも師弟関係なんですよね。弟子入りみたいなものですから、僕にとっては師匠なんです。だからすごく作品に近い関係性ではあるし、まぁ僕はスティーブンみたいに面と向かって反発はしませんよ、心の中ではありますけどしてもね(笑)。でもそういうリンクもとても面白いんじゃないかなと思っています」

───そうした演劇としてのテーマはありつつ、演じる際には現実として「詩人の恋」を歌わなければならない、歌が非常に重要になってくる作品ですけれども、レッスンをされていかがですか?

義宗「最初は先生が言っていることがまずわからないんですよ。声が出ている、出ていない、どこを通ってきたからそういう声になっていると言われても、自分の中にスキルがないからわからないんです。そこからのスタートでしたが、レッスンを重ねていくと、自分なりにだんだんわかってくる。ただ、スティーブンの場合も最初はわけがわからないから、下手でなければいけないんですけど、音痴ではないんですよ。天才ピアニストで絶対音感があるので。そういう彼が劇中でだんだん歌えるようになっていくところは、逆に自分が最初にレッスンを受けた時に、声が喉に詰まったような感覚になって、すごく辛かったことを再現しようと色々、試行錯誤しています。上手くなった方に関してはいまの自分のMAXしか出せませんから、作品のなかでのスティーブンの成長を表す為に、習いはじめの下手な方をどう歌っていくかをいま一生懸命研究中です」

───自分の話というのは憚られるのですが、私は音大でピアノ専攻だったので、ピアノ科の人間の歌は酷いよというのは、普通と言いますかすごくリアルです。

健一「本当ですか? それは参考になります」

───いえそんなそんな。ただ確かに音程は取れるんですけど、それと歌えるというのは全く別ものですし、声楽科のピアノも勿論みんなではありませんが往々にして大変なものなので(笑)、教授が作品の中で伴奏が難しいと言っているのもリアルだなぁと感じます。

義宗「そうなんですね。あともうひとつ声楽の先生と話しているのが、『詩人の恋』はドイツ語で書かれているものですから、怒っている表現などがドイツ語だととても表しやすいんです。でもそれが日本語になると、そもそも言語としてない音だったりもするので、『詩人の恋』が本来持っているものをどう日本語で表すのか?を、翻訳された岩谷時子さんもすごくご苦労されたのですが、ドイツ語の持っている音のインパクトというか、音の圧力を日本語でも出させるようにしたいです」

健一「でも、そういうところもすごくうまく書かれていて、いまの歌ではただ怒っているだけだ、怒りさえ出ればいいという感じになっている、とちゃんと教授が言うんですよね。感情だけでいくのも、リズム通りだけでいくもそうではない、というところがきちんとつながっているので。やっぱりこの作品が優れているのは、クライマックスに行くに従って非常にシリアスになりますけれども、そこまではずっとコミカルに書かれていて、たくさん笑いが起きることころなので、そこはやはり追求していきたいです」

───そうした様々にみどころのある作品で、二人芝居を演じるお2人が、お互いに感じている魅力を教えていただけますか?

義宗「僕の中では8割ぐらいは加藤健一流だと思っています。加藤健一の演出を受けた時にすごく思ったのが、歌舞伎の人って世襲制じゃないですか。あれはなんでなんだろうと僕はずっと疑問だったんです。世襲じゃなくてもいいじゃないかと長く思っていて。でも世襲にはちゃんと理由があって、加藤健一がやったこととか、やることをすごく高い次元で真似できるし、言ったことがわかるんです。他の演出家さんの場合は言ったことの7割わかればいい方じゃないかくらいなのですが、加藤健一の言うことほぼわかるし、真似もしやすい。だから世襲制なんですよね。芸事に関しては遺伝子の力って本当にすごいので、僕の中では加藤健一流をガンガン盗んで引き継いでいくことが、とてもプラスになることなんじゃないかなと思っています」

健一「義宗のいいところは一途というのかな、一途過ぎるくらいな部分ですね。芸事に関しては非常に熱心なので。うちの両親も芸事はとても好きでしたから、それこそ僕の父や母譲りの遺伝子かなと思います。それ以外のことには全然熱心じゃないんですけど(笑)芸事にだけは熱心で、子供の時にこんな小さなピアノを買ったらすぐ弾けるようになって、普通のピアノも弾きたいと言うのでピアノ教室に通わせたら、すぐやめてしまったのですが、独学で弾けるようになったりね。そこは役者には向いているかなと思います。こんな2時間以上ある芝居の台本を20日で覚えちゃうなんて、僕には信じられない(笑)。僕は再演を重ねているけどまだ覚えられないのに(笑)」

義宗「いや今回は自分でもびっくりしました。予想より全然早く覚えられたから」

───そういう特別な絆のあるお二人で、加藤健一事務所の大事なレパートリーを上演される今回の機会を本当に楽しみにしていますが、是非お2人で演じるということも含めて、期待されているいる方たちにメッセージをいただけますか?

義宗「とても好きな作品で、加藤健一事務所の代表作のひとつだと思っています。戦争や登場人物たちのバックボーンなど色々なこともあるのですが、美しい歌もあるし、ピアノもあるし、何よりも観ていて単純に笑えるとても面白い芝居です。しかも面白くて笑っている間にいきなり感動させられてしまう、そういう作品ってそんなに多いわけじゃないです。なのでこの作品をやれることがとても幸せだと思っていますし、良い作品にして皆様にお目にかける為に全力でやっていきたいなと思っています」

健一「14年ぶりに再演が出来てとても嬉しいですし、藤井ごうさん演出の作品はいくつも観てきていて全幅の信頼を置いているので、今回演出をお願いできて、実際に彼の演出でやれることをとても楽しみにしています。先ほどもお話したように美術もまったく変わりますし、相手役も変わる、全てが変わるので、これまでご覧になっている方も、はじめての方にも楽しんでいただけたら嬉しいです」

(取材・文&撮影:橘 涼香)

プロフィール

加藤健一(かとう・けんいち)
静岡県出身。1968年、劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を創立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞個人賞、文化庁芸術祭賞、読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀男優賞、菊田一夫演劇賞、毎日芸術賞など演劇賞を多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。第70回毎日映画コンクール 男優助演賞受賞。2014年、春の叙勲 旭日小綬賞受賞。

加藤義宗(かとう・よしむね)
東京都出身。1996年、加藤健一事務所プロデュース公演『私はラッパポートじゃないよ』で初舞台ののち、2002年、加藤健一事務所俳優教室に入所(17期)。父・加藤健一に師事し、俳優修行のみならず裏方修行も経験し、舞台俳優として基礎を一から学ぶ。舞台『煙が目にしみる』、『モリー先生との火曜日』などの他、テレビやCMにも出演。2020年より主催しているプロデュースユニット「義庵」で2025年6月『リチャード三世』の上演が控えている。

公演情報

加藤健一事務所 vol.119 音楽劇『詩人の恋』
日:2025年1月22日(水)~2月2日(日)
場:下北沢 本多劇場
料:前売6,600円 当日7,150円
  高校生以下3,300円 ※当日券のみ取扱/要学生証提示(全席指定・税込)
HP:http://katoken.la.coocan.jp
問:加藤健一事務所 
  tel.03-3557-0789(10:00~18:00)

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