夏目漱石の代表作を演劇とコンテンポラリーダンスの狭間で描く! 今も昔も変わらぬ人間の葛藤を、身体表現と見立てで魅せる奇妙で新しい無声ダンス劇

 振付家・演出家・ダンサー・グッズデザイナーとして活躍する藤田善宏が、夏目漱石の名作『こころ』を、新たなダンス劇へと昇華させる。人間の内面に潜む愛、友情、罪、孤独といった普遍的なテーマを、コンテンポラリーダンスと身体表現を駆使して、登場人物たちの心の動きや人間関係の繊細な変化を舞台上で表現する意欲作。言葉に頼らないほぼ無声劇の形式をとることで、藤田は「観客は台詞のない表現だからこそ、感じられる純粋な感情と物語の本質に触れることができる」と語る。


―――日本文学をダンスで表現しようと思われた理由について教えてください。

「僕は昔から物語をダンスにする、あるいは、ダンスに物語を取り入れることが好きでした。それは単にうわべだけのものではなく、ストーリーを身体表現を通してお客様に届けたいという想いからくるものでした。
コンテンポラリーダンスというと、前衛的とか、理解が難しいという印象を持たれがちなので、まず、一般の人が楽しめる作品をというモチーフを念頭に置いて、お子さんからお年寄りまで楽しめるエンターテインメントに取り組んできました。
一方で、物語を描く上で、登場人物の心情や心の動きをもっと繊細に表現したいなという想いが大きくなってきて、文学をダンス劇にしてみてはどうだろうという発想が芽生えました。
様々な作品を候補に並べる過程で、日本で一番知られている作品は何かとなった時に、夏目漱石の『こころ』が思い浮かびました」

―――夏目漱石『こころ』の物語がダンスにどんな影響を与えると想像しましたか?

「元々、コンテンポラリーダンスは人間の心の深い部分を描くものと言われていますが、『こころ』も人間の葛藤や愛憎など、心のひだを細かく描写した作品なので、共鳴する部分はかなりありましたね。僕も久しぶりに読み返してみましたが、学生の頃とはまた違った印象を持ちました。当時は男女の三角関係を描いたものというイメージでしたが、年齢を重ねて色んなことを経験して改めて読んでみると、また違った側面があるんだなと。一方で、この令和の時代になっても人の悩みというか、本質の部分は明治時代から変わっていないのだなとも思いました」

―――物語をダンスとしてどのような身体表現に変えていくのか、とても興味があります。

「『先生と私』、『両親と私』、『先生と遺書』という3部構成で描かれた作品ですが、そのまま物語をダンスで表現しようとすると、3時間ぐらいかかってしまうんですね。なので、ある程度の簡略化や時系列を変えつつも、登場人物達の心情や関係性はきちんと描くつもりです。
また僕個人の解釈も入れたいと思っています。その為に、初めて台本を制作しました。これまでの作品ではダンスの構成表を作ってそこに肉付けしていく作業でしたが、今回は演劇的に、台詞や場面を1本の脚本に起こして、そこから分解して身体表現につなげていくことにしました。
また稽古に入る前段階として、カンパニーメンバーと、プロデューサーの山岡まゆみの4人で、ワークショップ的に文学を読み解いていこうという試みをおこないました。
1人ひとりが登場人物の人物像や心情を考察して、小説に描かれていない部分までも掘り下げて全員で共有できたことで、より作品に深みを与えることができたんじゃないかと思っています」

―――本作では複雑なセットは組まず、日常の道具が場面転換に使用されるそうですね。

「場面転換には、ダンサーが手にした小道具を使った“見立て”という手法を用いました。例えば、スーツケースをいくつも並べるとお墓に見えてくるんですね。またスーツケースに丸いダイヤルをつけると、金庫にも見える。ある程度はお客様の想像力に委ねる部分もありますが、僕としては、誰も置いていかないようにしたいなと思っています。ダンスによる無声劇は色んな解釈ができる自由な部分がある一方で、理解できない、分かりにくいという感想を持たれてしまう、いわば諸刃の剣なんです。
だから僕は、物語を描く以上、お客さんに100%とはいかないまでも、『なるほど、こういうシーンなんだ』と、きちんと分かってもらえるようにしたいです。
『こころ』を読んで物語を把握しているお客様だけなら、イメージ先行でもいいかもしれませんが、小説を知らない方、もしくは少しぐらい知っているという方に、ダンスを通じて『こういう話だったんだ』と思って帰って頂きたいのです。
また今回は作品にあてて特別に収録したクラシック音楽を採用しています。僕が場面にあったイメージをお伝えして、楽器の音色や構成を演奏家の方にアレンジしてもらったりして生み出された音楽は、その場面の情感や緊張感を一層引き立てるものとなっています」

―――本作における藤田さんの挑戦とは。

「僕の中ですべてと思っていますが、やはり演劇的なつくり方でしょうか。それは僕自身だけでなく、CAT-A-TACとしても表現の幅を広げる機会となっていると言えます。バレエのようにダンスだけで物語を紡いでいるのではなく、セリフがない分、視覚的な表現や見立て、マイムや身体表現など、これまで観たことがない独特な作品になっています。特にスマートフォンでの動画視聴が習慣化している若い世代の方々には、ステージで生身の人間によるパフォーマンスはより新鮮でインパクトに満ちたものになることをお約束します。より気軽に観て頂くため、U-25チケットも用意しました。映画を観に行くような感覚できてもらえたら嬉しいです」

―――観劇後にどんな感情を持ち帰ってもらいたいですか。

「『こころ』は、古くて新しい作品だなと思ってもらえたら嬉しいですね。僕らの作品を観たことによって、小説も読んでみようと思ってもらえたら成功です。ダンス劇と比較しながら、ここは一緒、ここは違うとか往復してみるのも面白いですし、これをきっかけにダンスや文学に興味を持ってもらえたら、尚、嬉しいです」

―――藤田さんにとって、ダンスで表現をすることとは。

「若い世代にはTikTokなどを通した短いダンス動画が人気だと思います。それももちろん魅力的ですが、僕は本作のように60分から90分間かけるからこそ、表現できる世界、伝わるものがあると信じています。ダンスは老若男女問わず、どの国の人がみても伝わる表現だと思うので、将来的には外国でダンス劇を上演できたらと思っています。日本人の文学を日本人によるダンス劇を通して紹介した時の外国の方の反応がみてみたいですね」

―――最後に読者の方にメッセージをお願いします。

「あなたがみたことがない表現で『こころ』をしっかりと舞台上で表現します。小説を読んだ方もそうでない方も、是非、劇場でご体感ください!」

(取材・文&撮影:小笠原大介)

プロフィール

藤田善宏(ふじた・よしひろ
振付家・演出家・ダンサー・グッズデザイナー。ダンスカンパニーCAT-A-TAC(キャットアタック)主宰。ダンスカンパニーコンドルズメンバー。文化庁芸術祭舞踊部門新人賞受賞。福井国体開会式典演技振付総合監修。群馬大学非常勤講師。身体表現と道具を駆使した台詞のない物語、柔軟な発想を生かした異ジャンルや伝統芸能などとのコラボが得意。子供からお年寄りまで3世代間で楽しめるダンス劇や児童演劇・幼児教育教材の監修、障がい者対象のWSやアウトリーチなど多様性を重視した活動にも力をいれる。小栗旬主演舞台、TEAM NACS、NODA・ M A P、山田洋次監督演出舞台、Eテレ他、振付出演ステージング多数。青山学院大学の教授達と協働でワークショップ研究事業にも取り組む。またグッズデザイナーとしては、バレエメーカー“Chacott”とのコラボ商品として、Tシャツ&バレエ用品を全国店舗にて発売。ユニークなアイデアでジャンルレスに様々な人たちと繋がり、新たな芸術表現を創造している。愛猫家、プロレス・仏像愛好家、メガネ・アンティーク収集家。
また、タップダンサー村田正樹との“ニヴァンテ”、マイムパフォーマー丸山和彰との“累累-ruirui-”など、異業種ユニットでも活躍中。

公演情報

CAT-A-TAC『こころ』
日:2024年11月3日(日・祝)・4日(月・振休)
場:神楽坂セッションハウス
料:一般3,500円
  U-25[25歳以下]2,500円 ※要身分証明書提示
  (全席自由・入場整理番号付・税込)
HP:https://cat-a-tac.jp/kokoro/
問:MITATEYA合同会社 mail:info@cat-a-tac.jp

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