「強みは強みとして、新しいものを探していく1歩に」 芸術と人生と老いと。近代短歌の発展に貢献した歌人・斎藤茂吉の人生を連作で上演

 歴史的な事象をモチーフにした骨太な作品を作り続けている、劇団チョコレートケーキ。新作公演として題材に選んだのは、近代短歌の発展に大きく影響を及ぼした歌人・斎藤茂吉(1882-1953)だ。斎藤茂吉の人生を、6月に『白き山』、11月に『つきかげ』として、連作上演するという。
 今回は、斎藤茂吉を主演する村井國夫、脚本の古川健、演出の日澤雄介にインタビュー。作品の見どころや劇団の現在地を聞いた。

―――今作では斎藤茂吉の人生を描くとのこと。彼を題材に選ばれた理由は。

古川「題材としては私が選んだのですが、そもそも村井さんを劇団公演にお呼びするということがスタートにあって。村井さんにどういう役をやっていただきたいかなと考えたときに、文人――もう言葉自体が廃れてしまい、今現在の日本社会において文人はいないに等しくなってましたけど――という存在がすごく面白いなと思ったんです。
 斎藤茂吉という人物については、私は斎藤茂吉の歌よりも、彼の息子の北杜夫のエッセイが大好きでした。小学生のときから『どくとるマンボウ』シリーズをずっと愛読していたので、身近な存在だったんです。だから、典型的な雷親父というか、北杜夫の怖いお父さんというイメージが強かった。
 私が大人になって、いろいろと知ってくると、斎藤茂吉は改めて偉大な文人であったことが分かりましたし、時代としての面白さも感じたんです。この時代の作家たちは天寿を全うする人が少なくて、むしろ結核など病気で早く亡くなる方の方が圧倒的に多かった。
 その中で特に有名な歌人で言ったら、斎藤茂吉が天寿を全うした1番最初の世代の人だと思うんですね。彼が老いをどう受け入れながら、歌人としての生涯をどう全うしたのか。それを家族とともに描いてみたいという欲求が生まれて、この題材を選びました」

―――それを受けて、村井さんはいかがですか。斎藤茂吉を演じると聞いたときの印象を教えてください。

村井「僕も正直言って、斎藤茂吉=北杜夫の父というイメージの方が強かったです。でもいろいろと調べていくうちに、40歳ぐらいから腰も曲がっていたというし、写真を拝見してもずいぶんと老けている印象があってね。何より1番印象深かったのは、頻尿で、“極楽”と称するバケツを持っていって歩いたというエピソード(笑)。
 なんとも破天荒な人だなと思いますけども……作った詩を読んだり、いろいろ聞いたりすると、やっぱり戦争に動かされている。人生の何年かを戦争に取られて、自分の作家性がそちらに傾いて、そのことを後々後悔する。……いろいろな見方があるでしょうけど、本当に面白い人だなと思ってね。僕もいろいろやってみたいなと思っております。今はまだ稽古が始まっていませんので、何とでも言えます(笑)」

―――村井さんにとっても「北杜夫の父」という印象の方が強かったんですね。

村井「そうですね。僕は昭和19年生まれで、斎藤茂吉が有名な文人だということはもちろん知っていたけれど、作品にはあまり触れてこなかった。で、今回いろいろと読んでいるわけですが、『死にたまふ母』はやっぱりジーンとしますし、こういう表現をなされる方が、戦争に向かう兵隊たちを美しい言葉で送ってしまった。そのギャップがまた面白いと思うんですよね」

―――具体的な演出面はこれからだと思いますが……日澤さんの、劇団として村井さんをお迎えする心境はいかがでしょうか?

日澤「実は、村井さんとうちの劇団はなかなか縁が深くて。僕と古川で一度村井さん主演の公演(『芸人と兵隊』)をやらせていただいたり、劇団員の浅井(伸治)が村井さんに懐いていたり(笑)していて、一度、自分たちの本拠地となる劇団でご一緒したいという気持ちがあったんですね。だから、今回村井さんにお受けいただけたことは、本当に嬉しいことです。
 村井さんの出演が決まった段階で、もう僕の仕事は半分ぐらい終わっているんですが(笑)、僕も正直、斎藤茂吉のことは全然分からなかった。学校で何か名前を聞いたことがあるかなというぐらいだったから、どうしようかなと思っていたんですが、古川が書く本なので、それを信じるしかないなと思っています。
 ただ、芸術家と老いと死というのは、非常に興味深いテーマだなと思うんですね。村井さんがお持ちになっている引き出しや人生観をいっぱい見せていただいて、腰据えて“生きること”に向き合っていきたいなと思っています。そして、先ほど村井さんが仰っていた、戦争のことも時代背景として出てくるので、その辺も絡めていきたいですね」

―――村井さんから見て、劇団チョコレートケーキはどういう劇団ですか。

村井「常に時代とともにというか、未だにこの時代の作品をおやりになるという思いを非常に明確にお持ちですよね。最初に『治天ノ君』を拝見したとき、僕は生意気にも古川くんに『次は昭和を書いて』と言ったんです。
 宮本研さんの『ザ・パイロット』という芝居の中で、長崎の人が天皇陛下に対して『相撲見物はよかです。ミジンコすくいもよかです。ばってん、それならそれで、もうよか。何かひとこと、いうてもらいたかった気のするです』というセリフがあるんですけど、そういった日本の責任を書く作家が今いなくなってね。昔は宮本研さんだったり、いのうえひさしさんだったりがいたわけですけど。
 だからそういう意味で、古川くんには期待感があって、もちろん演出なさる日澤さんにも同じように期待感があって、常に目が離せない劇団だなと思います。そして今回、声がかかっただから僕も二つ返事で『やらせてください』と……これだけいいことを言えばいいか?(笑)。まぁそれぐらい本当に好きな劇団です」

古川「宮本研さんやいのうえひさしさんと比べるなんて恐れ多いのですが、遥か遠くに目指す星として、目指して頑張って生きていこうと思っているので、ありがたいお言葉です。その期待にできるだけ応えていきたいなと思います」

―――日澤さんから見て、村井さんはどういう俳優ですか。

日澤「僕が1番最初に村井さんの舞台を拝見したのは、結構前に上演した『夏の夜の夢』だったんですけど、まぁ格好よかった。実際にご一緒して、村井さんの私生活などもいろいろ拝見すると、裏でも格好いい。格好いいけれど、すごくいたずらっ子なところもあったりするんですよね(笑)。僕の中では格好いい村井さんも好きなんですけれども、汗をかいている人間味あふれる村井さんの方が好きなのでね。
 今回、村井國夫という俳優を野放しにしつつも、その魅力を劇団としてどれだけ化学変化させられるか。戦争の波をお客様にざぶんざぶんと突きつけていくというよりは、斎藤茂吉という等身大の人間を通して見せていく作品なので、もしかしたら演出的には地味で淡々としたものになるかもしれないと思いつつ、そこは駅前劇場という小空間を選んだ所以でもある緊密さを味方につけて。この近距離で見たこともない村井國夫をお客様に届けられればと思っています」

―――改めて劇団チョコレートケーキという名称の由来を教えてください。

日澤「甘いものが嫌いな人でもチョコレートケーキなら食べれるから、そんなみんなに好かれる劇団に、というのが表向きの理由です(笑)。
 実は劇団の1回目の公演は、企画公演だったので、続けるつもりは全くなかったんですよね。でも劇場を借りるために、企画書を出さなくてはいけない。そこに劇団名を書かなくてはいけない。で、話し合いをしていた喫茶店の今月のおすすめがチョコレートケーキだったので、そこから「劇団チョコレートケーキ」にしたんです。今の作風になって、劇団名との“ギャップ”はよく言われています(笑)」

古川「10年ぐらい前ですかね。周りに変えろ変えろと言われたんですが、逆にちょっと意固地になっちゃったんですよ(笑)。今思えば、あの頃が名前を変える最後のチャンスだったかな……」

村井「ここまで来たら、もう変えられないね(笑)」

―――読売演劇大賞の最優秀作品賞も受賞されました。劇団の現在地をどう見ていますか。展望もあわせて教えてください。

古川「僕は作家になろうと思って作家になったわけではなくて、劇団存続のためにと思って始めたんですね。必死にやってきて、歴史ものを書いていく作風を獲得して、いつか日本の戦争をしっかりと描きたいと思ってきたんです。今の自分にはちょっと至らないだろうけど、いつか必ずやろうと。そして、ここ何年かずっと日本の戦争のことを書いてきました。
 なので、そこから先、自分がどうするのか――。それを今は模索している時期ですね。でもその中で思うのは、いろいろなものを書きたいなということ。自分の可能性を絞らずに、いろいろなところに手を出して、チャレンジをしていきたいと思っています。そのチャレンジを一番許してくれるのは自分の団体だと思っているので、まだまだ挑戦者のつもりで新しいチャレンジをしていきたい。それが僕の現在地です」

日澤「僕も演出をやり始めて、もうすぐ15年くらいになるのかな。やっと演出家っぽくなってきたんじゃないかなと思っています。でも現在地を改めて問われると、まだまだこれからだなと。なぜなら、毎公演、毎稽古場が発見と勉強の連続ですからね。
 劇団としては大きな賞をいただいて、結構そこでやり尽くした感はあるのですが……我々のストロングポイントは間違いなくあると思っているし、それを求めているお客様も間違いなくいる。だから、強みは強みとして生かしつつ、新しいものにも挑戦していきたいと思っています。そういう意味ではこの斎藤茂吉の話は新しいものになる予感もあって。劇団として、新しいものを探していく一歩になるのかなと思います」

―――では最後に村井さんから読者の方にメッセージをお願いします。

村井「過去があるから現在の自分がいる、そう思うんです。僕は昭和19年に中国で生まれた、引揚者なんですね。親父は抑留されて、僕が10歳ぐらいになるまで帰って来れなくてね。『20世紀は戦争の世紀だったけれど、21世紀は違う』なんて言われたのに、今のこの現状ですよ。
 そこで僕は俳優として何ができるか考えている。この作品を通して、自分の中の答えを求めたいとも思っているし、何より僕はチョコレートケーキがつくる作品が好きでね。この作品に巡り会えたことは、とても幸せだと思っています」

(取材・文&撮影:五月女菜穂)

プロフィール

村井國夫(むらい・くにお)
1944年9月20日中華民国生まれ、佐賀県出身。1966年に東映の映画に出演し、俳優としてデビュー。1970〜80年代にかけてはテレビドラマや時代劇に出演。1989年にミュージカル『レ・ミゼラブル』にジャベール警部役として出演し、以降2001年まで800回以上出演を続ける。第47回文化庁芸術祭賞、第32回菊田一夫演劇賞など多数の受賞歴あり。近年は、トム・プロジェクト プロデュース『砦』『芸人と兵隊』、劇団桟敷童子『獣唄』に出演。

日澤雄介(ひさわ・ゆうすけ)
1976年5月23日生まれ、東京都出身。劇団チョコレートケーキ主宰、演出家・俳優。駒澤大学演劇研究部を経て2000年に劇団チョコレートケーキを旗揚げ。劇団作品に出演する傍ら、2010年の第17回公演『サウイフモノニ…』から演出も手がけるようになる。劇団作品の他、ミュージカル『蜘蛛女のキス』、舞台『M.バタフライ』、『アルキメデスの大戦』など外部での演出も手がけている。

古川 健(ふるかわ・たけし)
1978年8月31日生まれ、東京都出身。劇作家。駒澤大学演劇研究部を経て劇団チョコレートケーキに参加。俳優として劇団作品に出演する傍ら、第16回公演『a day』からは脚本も手がけるようになり、以降全ての劇団作品を手がけている。さらに外部への作品書き下ろしも多数行っている。さらに、NHK終戦ドラマ『しかたなかったと言うてはいかんのです』、太平洋戦争80年・特集ドラマ『倫敦ノ山本五十六』で脚本を担当した。

公演情報

劇団チョコレートケーキ『白き山』

日:2024年6月6日(木)~16日(日)
場:下北沢 駅前劇場
料:前売5,000円 当日5,500円
  U25[25歳以下]3,800円 ※要証明書提示
  (全席指定・税込)
HP:https://www.geki-choco.com
問:劇団チョコレートケーキ
  mail:info@geki-choco.com

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