“海外の古典”ということを意識せず楽しめる作品に仕上げたい ストレートに戯曲の良さを魅せる/大胆なアレンジで展開する2パターンの『人形の家』

“海外の古典”ということを意識せず楽しめる作品に仕上げたい ストレートに戯曲の良さを魅せる/大胆なアレンジで展開する2パターンの『人形の家』

 これまで『ヘッダ・ガーブレル』、『海の夫人』、『野がも』といったヘンリック・イプセン作品を上演してきたアマヤドリ。今回はイプセンの代表作である『人形の家』を、会話主体の「激論版」と身体主体の「疾走版」の2バージョンで魅せる挑戦をする。
 主宰・上演台本・演出の広田淳一、劇団員で激論版に出演する徳倉マドカ、同じく劇団員で疾走版に出演する沼田星麻に、意気込みや作品にかける思いを聞いた。

―――今回、満を持して『人形の家』ということですね。

広田「日本において、『人形の家』はイプセンの代表作として受け止められています。あえて遠回りしたくて他の作品をいくつか上演し、ようやくやってもいいんじゃないかという気持ちになりました。改めて読んでみて、すごく現代的な話だと感じているので、面白くなるんじゃないかと思っています」

―――2つのバージョンで上演しようと思ったのはなぜでしょう。

広田「そもそもアマヤドリが2本立てをやりがちというのもあります(笑)。演出のために戯曲をすごく読み込んでいるところですが、今は古典をそのまま演じるのではなく、演出家主導で再解釈するやり方もスタンダードになっていますよね。
 まずはイプセンの会話劇を現代版にアレンジしつつ、作品が元々持っている面白さをそのまま届ける形で1本。それからリミックス版じゃありませんが、大胆に改造してみたいと思いました。
 脚本を読んでいると、『この作品はすごく面白いからストレートにやりたい』、『これだけ骨太なテキストだから、これをベースにいくらでも改造できる』、両方の誘惑に駆られるんです。そこで2つ同時にやってみようと決めました」

―――それぞれ台本はもう完成しているんでしょうか。

広田「激論版については、毛利三彌先生の2020年版の翻訳をベースに結構削りました。フルだと3時間くらいになる戯曲を2時間程度にまとめたものがある状態です。疾走版はそのベースを元に、稽古の中で作っていこうと思っています」

―――徳倉さんはノラを演じられると伺っていますが、魅力に感じる部分、共感する点はありますか?

徳倉「私自身とは結構離れている役だと思います。でも、どんな役でも演じる時はその人の精神状態に近づきたいなと思っていて。そこから汲み取れるものが多い気がしています。
 ノラは作品の中で結構変わっていくので『こういう人』と言い切ることができませんが、最初の印象はキラキラしている人。自信をちゃんと持っている人だと感じました。
 どんな物語も決断や選択の連続だと思いますが、彼女は最終的に大きな決断をする役。そこに至るまでの経緯で、ノラが相手の話を聞いているシーンを魅力的に見せたいなと思っています。彼女が1番大きく変化する部分だと思うので、周りの人をどう見ているか、どんな関係を築いているかというところは丁寧に作りたいですね」

―――疾走版のキャスティングはもう決定しているんでしょうか。

広田「星麻さんがヘルメルをやる予定です」

沼田「そうなんですか?」

―――配役を聞いていかがですか。

沼田「まだヘルメル個人について考えるところまで行っていませんが、疾走版はこれまでアマヤドリの本公演で行ってきた演劇とは全然違う演出になる可能性が高いです。
 これまで本公演とは別に“雨天決行”と銘打って実験的なことをやってきたのですが、お客さんも一癖あるものだとわかって観にきてくれていたので、自分たちも自由にやっていました。
 今回は本公演の1本なので、どういった形で作ると一番お客さんに届くのかワクワクします。アマヤドリは俳優も細かい部分までアイデアを出して参加できる環境なので、新しいものを作るときに自分の中からどんな発想が出るのか楽しみ。どんなものが完成するのか全く想像がつかないのでそこも楽しみですね」

―――沼田さんはアマヤドリが2014年に上演した『ヘッダ・ガーブレル』にも出演されています。

沼田「『ヘッダ・ガーブレル』は演出が特殊でした。全員ができる限りの早口で、役者同士目も合わせずにやったんですが、『この台本ならこの演出でも成立しちゃうんだ』と驚きながら稽古をしました。全てのセリフに意味があるというか、必要な物がきれいに並んでいて、情報過多になっていない。そんな印象を受けましたね。
 普段アマヤドリでは広田さんのオリジナル戯曲をやることが多く、ある意味で答えを知っている人がいる。そうではない戯曲を読み解いていく時間、『こういう意味じゃない?』、『もしかしたらこうかも』と探る時間は愛おしいものがあります」

―――2パターンそれぞれの魅力やアピールポイントを教えてください。

広田「ここ数年のアマヤドリは、リアリズムの追求に力を入れています。激論版はストレートプレイでちゃんと魅せるお芝居になると思います。音響や照明は最低限で、役者一人ひとりをしっかり観てもらえるものになると思うので期待してもらえたら。
 僕らの活動を追ってくださっている人向けの話になってしまいますが、2023年の秋に上演した作品が音響も照明もほとんどない三人芝居でした。その延長にある、とにかく俳優の演技が良ければ面白くなるだろうという取り組みです。
 疾走版は短くなる予定。『人形の家』は会話劇としても面白いですが、非常にドラマチックにできている劇でもある。名シーンみたいな部分をピックアップしてもすごく面白いと思うんです。
 疾走版はヘルメルを中心に作ろうと思っています。男性視点だと、自分たちの下に置いている認識だった存在が自分の手を離れて家出してしまう話。そこから始まる何かが、この戯曲が描かれてから100年経った今でも続いている気がします。近代が終わって現代をどう生きるのか、答えが見つからないまま悪夢にうなされている時間にも思えるので、うまく描けるといいのかなと思っています。
 キャストも疾走版の方が多くて、何人かにノラを演じてもらうことを考えています。ヘルメルを軸に、女性陣が目まぐるしく変わっていくような展開にしようかなと」

―――それぞれどんなチームになりそうでしょうか。

徳倉「激論版は皆さん重鎮です。俳優としても人生においても大先輩なので、冷静に戯曲に向き合って作っていけるのかなと思っています。疾走版より人数が少ないので、一人ひとりにスポットライトが当たる印象です」

沼田「顔合わせはまだですが、劇団員以外の皆さんもアマヤドリへの客演経験や、スタッフとして参加してくれた経験がある人たちです。どちらかというとダンスがある公演に出てくださっていた方が多く、動けるメンバーが揃っていて、身体表現という共通言語がある。アイデアを出し合って新しいものを一緒に作れるメンバーだと信じています」

―――稽古で楽しみなことはありますか?

広田「僕個人の話になりますが、最近は演技に重点を置いた演出が多くなっていました。でも、元々は音楽や場面転換、空間構成が瞬間的に変わるなど、ケレン味のある演出がすごく好き。疾走版では久しぶりにそういった作品作りをして、絵的にも面白いものが作れるかなと。
 激論版に関しては、この劇団でどのくらい西洋の古典劇を作れるのか。自分がやってきたものの延長として1つの成果をお見せできたらと思っています」

徳倉「先ほど広田さんの話の中に“ドラマチック”というキーワードがありましたが、この作品を読んでいると深刻なドラマチックさがあってちょっとしんどいと感じます。でも、普通に生活していても『こんなにドラマチックなことが起きるんだ』ということはある。観ている人がきちんと体感できるようにしたいです。
 展開はわかりきっているかもしれないけど、『どっちに転ぶんだろう』という部分を楽しみに見せられたら。今は一人で台本を読んで想像を膨らませている段階なので、皆さんと一緒に作っていくのが楽しみです」

沼田「僕がヘルメル、複数の役者がノラを演じるという情報を頂きました。ノラを演じる役者の人数分の関係性が積み重なっていくと思うので、すごく楽しみです。『人形の家』は多くの方がオチまで知って観ると思いますが、それでも『こんなことになって、ヘルメルどうなっちゃうの』とハラハラするような形を作れたらいいなと思いますね」

―――今回、お二人に激論版・疾走版の中心人物を任せた理由や決め手はどこでしょう。

広田「マドカさんに関しては、周りのキャストが先輩ばかりなので敢えてです。周りに翻弄されて混乱して最後にようやく自分の意思を見つけるような話なので、彼女のフレッシュさが合うと思いました。
 ただ、先輩に囲まれて『なんだ、主役は残念だな』となってはいけない。プレッシャーもあると思いますが、実力も十分あるので期待しています。役柄が俳優を育てるというのもあるので、この舞台をきっかけにもう1つ跳ねてくれたら嬉しいです。
 星麻さんに関しては、ギャップがすごく面白い俳優だと思っています。筋肉もあっておそらくアマヤドリで1番のフィジカルエリート。それでいて性格的にはすごく細やかです。
 ヘルメルの視点で『人形の家』を見たときに、解体されてゆくマスキュリニティ(男性性)とどう向き合っていくかということがある。今の時代、『男らしさ』が肯定されなくなってきています。レズビアンのカップルが男の子を養子にもらって、どう育てたらいいか考える『ボーイズ 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』という本を読んでいても思うのが、新たな価値観に基づいた男性像が見つかっていなくてみんな手探りだということ。男性がすごく不安定な中を歩いているのかなと思います。
 そういった劇をやる時に、彼のフィジカルの強さと繊細な精神性がうまくマッチするといいのかなと考えています」

―――改めて、『人形の家』という作品の魅力、惹かれる部分を教えてください。

沼田「最初に読んだときに好きだなと感じたのは、クログスタとノラのシーン。ノラの父親が死んだ日と借用書の署名日がおかしいと責め立てるシーンが大好きです」

広田「なんだか意外」

沼田「不安定な状態の人が無理に行動しているところが面白いというか、人が無理をする瞬間みたいな物がたくさん詰まっているのがイプセンの作品だと思います。
 『このまま放っておいてもどうにもならないから行動するしかない』という状況に置かれた人間とそれに対峙する人間。読者として『自分だったら……』と考える楽しさも含めて、自分が感じたことのない感覚を得られると思うので楽しみです」

徳倉「ストレスがあまりない作品だと感じます。物語を見ていて『いや、そこはこうしたらいいのに』と感じることってあると思いますが、そうできない理由をちゃんと先回りして説明してくれている。
 あと、嫌なやつはいるけど邪悪な存在はあまり出てこない。『どうしたら幸福な結末を迎えられたんだろう』と思いつつ納得できるリアリティが魅力だと思います」

―――観劇される皆さん、公演が気になっている皆さんへのメッセージをお願いします。

広田「物語を知っている方が多いと思いますが、戯曲自体に力があるので、全く知らない状態で観ていただいても面白いと思います。すごくパワーを持っている作品を2つの味わいで楽しんでもらおうという趣向なので、片方でもいいですがぜひ両方観ていただけたら。
 古典と聞くと難しくてお行儀のいいものだと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、いい意味で崩して、現代に生きる我々にとってエキサイティングなお芝居として見せたいと思っているので、ぜひご期待ください」

沼田「広田さんのオリジナル戯曲をやる時以上にエンターテインメントにしたいという気持ちはありますね。海外の古典戯曲というと身構えられることが多い。でも、こちらはストレートに楽しめるエンターテインメントとして提供するつもりです。『イプセンって誰? 人形の家ってなに?』という方も楽しめるものを作るので、構えずにご来場いただければと思います」

徳倉「極端なことを言えば、『人形の家』だと思って来てほしいし、『人形の家』だと思わないで来てほしいです。『古典をじっくり観たい』と思って来てくださる方にも『古典を観るのはダルい』と思っている方も楽しんで帰ってもらえる気がします」

(取材・文&撮影:吉田沙奈)

プロフィール

広田淳一(ひろた・じゅんいち)
1978年生まれ、東京都出身。2001年、東京大学在学中に「ひょっとこ乱舞」を旗揚げ。2012年に劇団名を「アマヤドリ」に改め、主にオリジナル戯曲を上演している。本公演と並行して、再演と古典戯曲の上演を行うミニ公演「雨天決行」シリーズを手掛けている。日本演出家協会主催「若手演出家コンクール2004」最優秀賞受賞、2005年佐藤佐吉賞 最優秀演出賞・優秀作品賞受賞など。

徳倉マドカ(とくくら・まどか)
1996年1月24日生まれ、北海道出身。2016年から何度かの演出助手参加を経て、2021年よりアマヤドリに俳優として加入。出演作に、こそ会 第2回公演『瓶とポピー』、大人の麦茶 第30杯目公演『I was today years old.』、シラカン 第6回公演『蜜をそ削ぐ』、アマヤドリ みちくさ公演『解除』、2023年春 本公演『天国への登り方』など。

沼田星麻(ぬまた・せいま)
1990年4月23日生まれ、東京都出身。2013年、「雨天決行」シリーズの『屋上庭園』よりアマヤドリに参加。1年間、客演として参加したのち劇団員となる。出演作に、アマヤドリの公演に加え、ミクニヤナイハラプロジェクト『はじまって、それから、いつかおわる』、ふじのくに⇔せかい演劇祭2021『野外劇 三文オペラ』、『霧の国-Land des Nebels』など。

公演情報

アマヤドリ本公演
『人形の家』激論版 / 疾走版

日:2024年3月15日(金)~24日(日)
場:シアター風姿花伝
料:一般4,500円 前半・平日昼割引[3/15~16、17・19・22 昼公演]4,000円
  ※他、各種割引あり。詳細は団体HPにて
  (全席自由・税込)
HP:https://amayadori.co.jp
問:アマヤドリ mail:info@amayadori.co.jp

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