演出家・和田憲明が優れた劇作家の作品を取り上げて上演してきたウォーキング・スタッフ。今回は番外公演と銘打って、和田自身がプロデュースまで手がける公演を打つことになったという。
そこで選んだのが、これまでにも『三億円事件』、『怪人21面相』などでタッグを組んできた野木萌葱作品から、羽田沖日航機事故を下敷きにした『5seconds』と、チェス盤を挟んだナチス将校と囚人の会話劇『Nf3Nf6』の2本。どちらも2人芝居という密度の高い公演を打つこととなった。
演出の和田に加え、それぞれに出演する中西良太、石鍋多加史の3人に話を訊いた。
―――この作品は『ウォーキング・スタッフ番外公演(ディレクターズ・チョイス)』とありますが、いつもとはどこが違うのでしょうか。
和田「今回はセルフ・プロデュースということで、芝居を作る機会を自分で作りたいと思ってやってます。いつもなら制作に関してお任せな部分を、今回は自分でやろうと。でも普段やってもらっていることの全てはできないので、誰か手伝いを見つけないと無理だとは思っていました。結局いつもの制作の方にも負担をかけています」
―――そこで選ばれたのは野木萌葱さんの作品。しかも2人芝居2本立てですね。
和田「まず何をしようか考えました。そして、”シンプルで魅力のある公演を”と考えたときに、2人芝居がいいんじゃないかと思いました。その時興味があったのが野木さんの作品で、ならば野木さんの2人芝居2本立てなら、シンプルに作っても公演としての魅力があるなと思って決めたんです」
―――その上で役者さんを選ばれたわけですね。
和田「いざ自分で立ち上げたけれど、なるべく周りの力を借りないで公演ができるかといえば、いつもの公演でも苦しい台所事情なのに、今回はそれ以上に苦しい。それは承知でスタートしましたが、だからこそ役者自身も相当興味を持ってもらわないとスタートできないと思いました。
そこで参加してくれそうな方に声をかけて、手を挙げてくださったのが、ここにいるおふたりです」
―――では、中西さんと石鍋さんに手を挙げた理由を伺います。
中西「2人芝居ということでセリフが膨大にあるんだろうと思いちょっと考えたんですが、脚本を読んでみたら凄く力がある作品で、これを断ったら役者をやっている意味がないなと思って引き受けました。本当にいい脚本ですよ」
石鍋「僕は3年前に和田さんと『獅子吼』でご一緒しまして、それ以来、和田さんから声がかかるのを待っていたんです。普段はミュージカルが中心なので、2人芝居は初めてなんです。だからどのくらい大変なのかはわかっていません。でも和田さんの演出ならジャンルは関係なく参加したかったんです」
和田「そのお話は僕もうかがっていました。でも石鍋さんのように、こんな風に言ってくださるのは希少な存在ですし、中西さんのように脚本に惚れ込んでやろうと決めてくださる方も、なかなか居そうで居ないんです。お願いの電話をするときも、ホントに頼んでいいものかという躊躇がありました」
中西「僕も和田さんの芝居は好きで、彼の芝居は極力出たいと思っています。野木さんが主宰されているパラドックス定数で『東京裁判』を観て、凄い作品を書く人が居るな、と思いました。その後に野木さんの『三億円事件』を和田さんの演出でやるから、という話だったので飛びついたんです。野木&和田コンビは今1番面白いと思っています」
―――野木さんについてはこれまでのインタビューでも名前が出ていました。
和田「もう3本手がけましたが、どれも難しい作品で。でもそれに輪をかけて今回は難しい。
ただ野木さんの作品は、会話を理屈で組み立てているのではなく、理屈では成り立たない自然さがある。どうも人物が野木さんの頭に降りて、憑依してしゃべってるようなんです。でも自然体でややこしい世界を表現できるのは凄いですね」
―――石鍋さんは2人芝居は初めてで、大変さがわかってないとおっしゃいますが。
石鍋「もう大変だろうと思って毎日怖がってます。こんなこと言っちゃマズいかな(笑)。セリフ量が比べられないですから。これからも緊張は高まっていくでしょうね」
中西「2本同時進行だから演出も大変だよね」
和田「大変だけど、いつもだから(笑)。それよりも役者さんが大変だろうと思いますね。なにしろセリフ量が多いのは……本当に多いと思います」
―――他のおふたりは若手の俳優さんですね。
和田「こんな企画に関わってくれる人がどれくらい居るかと思いましたが……。
難波さんはワークショップで出会いました。彼女は要求しているやり方で芝居をしてくれる方で、ついてきてくれますし。でも公演を控えた稽古では更に大変になるし、しかも自分で劇団を立ち上げた時くらい、いろいろ手伝ってもらうことになる、と話しても返事をくれたので決めました。
川田さんは周囲からの紹介ですが、読み合わせをしてみたらいい感じでしたし、話をすると熱心で誠実さを感じたので決めました。
別にベテランと若手の組み合わせを狙ったわけではないですが、でも年齢のバランスはイメージしていました。もともと野木さんが劇団で上演するときはキャストの年齢層は近くなるんですが、僕が演出するときは年齢層を上げています」
―――野木さんの作品は実際にあった事件などを下敷きにしているのが特色ですが、今回の『5seconds』は1982年の羽田沖日航機事故がベースにあります。でも『Nf3Nf6』は何か下敷きがあるのでしょうか。
和田「ナチス・ドイツの将校と囚人が出てくる物語ですが、タイトルにあるようにチェスが出てくる物語です。具体的な下敷きがある訳でなく、当時あったようなことを想像して書かれたのだと思います」
―――それぞれに出演されるおふたりから、演出家・和田憲明についてコメントを頂きたいです。
中西「ものすごく拘りが強くて細かいタイプだとは思います。でも僕達は役者なので、最終的にできたものが良ければいいんです。ただ楽な道で簡単な芝居より、大変な道でもいい芝居を作りたいですね」
石鍋「前作では和田さんにずいぶん引き出してもらいました。音楽劇にしては台詞が多い作品でしたが、辛抱強く引き出してくれた。新人俳優みたいなことを言っちゃいますが、自分では気づかなかったことや固まっていたところを解放してくれました。だからこういう演出家とやりたいと思ったんです」
和田「出来が良ければいい、というのはその通りで、僕はいつもそう思ってやってます。演出のテクニックもなにもありませんから。
あと石鍋さんは引き出してくれたと言うけれど、僕自身引き出す能力が高いと思っていません。ワークショップでも通じないと思うことばかりですから。結局役者さん次第なんです。同じことを言っても感じてくれる人も居れば、感じたように見えても実は残っていなくて、同じ間違いを繰り返し、結局めげちゃう人が大半。石鍋さんが言うのは役者さんの力ですよ」
―――「いい芝居」に突き進む3人に期待しています。ありがとうございました。
(取材・文&撮影:渡部晋也)
プロフィール
中西良太(なかにし・りょうた)
兵庫県出身。1975年にミスタースリムカンパニーに参加。以降、舞台のほか数多くのテレビドラマ・映画に出演する。和田憲明が手がけた作品には2002年の『タワーリング・ライフ』で初めて出演し、その後『三億円事件』にも出演している。
石鍋多加史(いしなべ・たかし)
東京都出身。二期会バリトン会員。『スター・シャイン』(演出・奈良橋陽子)で初舞台。以来1980年代後半から芝居・ミュージカル・映像・語りなどの活動を展開している。ライフワークとして、浄瑠璃的唄い語り「ベロ出しチョンマ」を展開中。2020年には和田憲明演出の『獅子吼(ししく)』で主演の獅子役を務めた。
和田憲明(わだ・けんめい)
大阪府出身。1984年に劇団ウォーキング・スタッフを結成し、劇作と演出を手がける。並行して新宿シアタートップスのスタッフとして、数多くの劇団を同劇場に招致。1999年からはプロデュース公演に移行し、同年に発表した『SOLID』で第7回読売演劇大賞 優秀作品賞を受賞。その後も演劇界で注目される蓬莱竜太、田村孝裕、野木萌葱、牧田明宏、池内風などの作品や海外戯曲の演出の舞台を手がける。
またリーディング公演などの新たな試みにも積極的に挑戦。2015年には、ベストセラー『嫌われる勇気』を戯曲化・演出し、好評を博した。読売演劇大賞では『SOLID』以降も、2014年『304』(蓬莱竜太作)で優秀演出家賞、2016年『三億円事件』(野木萌葱作)で優秀作品賞、2017年『怪人21面相』(野木萌葱作)で優秀作品賞・優秀演出家賞を両部門においてダブル受賞した。2019年『三億円事件』は再演においても文化庁芸術祭賞 演劇部門優秀賞を受賞している。
公演情報
ウォーキング・スタッフ番外公演
(ディレクターズ・チョイス)
2人芝居 2本立て『5seconds』『Nf3Nf6』
日:2024年2月24日(土)~29日(木)
場:下北沢 シアター711
料:前売 一般3,500円 U-25[25歳以下]3,000円
2演目鑑賞割引券[2枚1組]
一般5,000円 U-25[25歳以下]4,000円
(全席指定・税込)
HP:https://walking-staff.com
問:ウォーキング・スタッフ
(石井光三オフィス内)
tel.03-5797-5502(平日12:00~18:00)