これから大きく羽ばたこうとする若手俳優と、様々なフィールドで活躍してきたベテラン俳優が入り交じって送る舞台『ボクタチのキョリ』は、日常をベースにした作品で社会派の旗手として評価が高まっている深井邦彦のオリジナル脚本による作品だが、先日アイドルやモデル、さらに宝塚、小劇場、ミュージカルなどの舞台を経験してきた16名の女優を集めて上演した『ワタシタチのキョリ』のいわば男性版。男女が入れ替わることでどう変わっていくのか、作・演出の深井と、出演する橘りょう、佐藤正宏、古本新乃輔の3人に話を聞いた。
―――――まず深井さんに伺います。『ボクタチのキョリ』はオール女性キャストで先日上演された『ワタシタチのキョリ』をそのまま男性に置き換えたものですか?
深井「台本自体は最後の部分を変えているだけです。以前芳本美代子さんが演じられたお母さんの役を佐藤正宏さんにしてもらうことになります。ただ男性と女性だと視点が変わってくるはずですから、僕は全く違う作品だと思って取りかかっています」
―――――企画の意図として「頑張っている若者を、応援したいと手を挙げた中年役者が集結して挑戦する」とありますね。
深井「それはこの企画を立てたプロデューサーの思いですね。こういった社会状況になって若い俳優の出番がないという話も聞き、深みを持たせるために経験のある俳優さん達を加えて一緒に作りあげられればとおもいました。キャスティングが決まったときは、男性版の方が演劇に近い顔ぶれなので、より演劇的な作品になるかと思いました」
―――――ここにいらっしゃる皆さんの中で、橘さんは若手側。佐藤さんと古本さんがベテラン側となりますが、それぞれどんな役柄になりますか。
橘「今、ものすごく緊張しているんですが……僕の役は34歳の派遣社員で、コロナ禍でいきなり仕事を切られ、それからはプラプラしています。役作りはこれからですが、かなりメッセージ性が強い作品だと思いました。現実の世界では、ニュースで報じられているように、僕の役と同じような目に遭っている人も沢山いるわけですが、そういった人物を演じるにはかなりのエネルギーが必要だなと思っています。先輩方に着いていくだけで必死ですね」
佐藤「私は定年を迎えた印刷会社の人(笑)いわゆる社員ですね。1000万円の争奪戦に参入する二人の息子がいるという設定ですが、ともかく普通の家族にいる、珍しくもなく普通の「お父さん」(笑)。だから誰もが納得できるお父さんを目指します」
古本「僕はホストクラブの社長でやはり争奪戦に参加するのですが、経営するクラブは上手くいっているみたいなんですね。だから成功者の立場で物語に関わってきます。いろいろな人間がいるわけですが、僕の役は上目づかいなキャラクターでしょうね」
―――――最初に深井さんに伺った企画意図によれば、橘さんはベテランに応援される側ですが、このコロナ禍の状況下、どんな日々を送られていましたか?
橘「有り難いことに、コロナ騒ぎの前には結構仕事が沢山詰まっていて、休みが欲しいと思って居た頃でした。そんな時、いきなり仕事がなくなったことで考える時間が増えたんです。自分自身と向き合って反省したり、仕事ができる有り難さを感じました。そんな見つめ直しの時間になりましたね」
―――――応援する側のお二人はいかがでしたか。
古本「僕等も応援されたいですよ(笑)。若い人たちにねえ」
佐藤「そうだねえ、どちらも対等でしょう(笑)」
―――――それでも例えば10年前に起きた東日本大震災の時も、一斉に舞台が中止になったりツアーが中止になったりと、予想外の出来事があって、ベテラン側はそういったことも体験されているわけで。つまり、こういったことが初体験では無いわけですから、若手よりは耐えられたのではないですか。
佐藤「でも今回は長いですね。いつコロナ禍という言葉が語られなくなり、そしてマスクを外すことができるのか。大震災の時は向かう先があったけれど今回はそれがわからないんです。だから個人的に、政府や国には頼らずにしないといけないと思いました。具体的には以前やりかけていた紙芝居を復活したんです。でも資格を持っているヘブンアーチストとしていつもなら使える場所でもできないし、都庁に掛け合ったけれどもダメ。仕方が無いので下町の谷中で紙芝居をやってます。そんなわけで僕自身はそれほど悪い状況ではないんです。自分で動けば動くことが確認できましたし、今までかまけていたことを実現できていますから」
古本「僕は自分の会社を潰さないことと、子どもたちを食わせることに必死でした。いろいろな手続きとかやっているとあっという間に時間が過ぎまして、自分でプロデュースする舞台もできていません。でも逆にリモートによる仕事とか、今までには無いパターンが生まれているし、新しい出会いも沢山あります。メリットもデメリットも両方ありますね。でもこれを乗り越えたときに役に立つだろうし、そもそも落ち込んでいる暇が無かった。災い転じて福となる、ですよ」
―――――ところで、物語は密室に集められた16名が1000万円をかけて争奪戦をくりひろげるわけですが、現実にそんなチャンスがあったら参加されますか?
橘「僕は疑い深い方だから(笑)参加しませんね。1000万という額が大きいし、絶対裏に何かありますよ」
佐藤「俺もしないねえ。絶対裏がある(笑)
古本「1億だったら考えるかもね」
佐藤「えーっ」
古本「もしも1億か命を取られるか、という選択肢だったとしても、これだけあれば奥さんと子供に残せるでしょ。1000万じゃすぐ無くなっちゃう、って奥さんに怒られそうだし(笑)」
橘「値段が上がれば上がるほど参加しませんね(笑)」
深井「僕だったら後輩に行かせますね。結構ずるい人間なんで(笑)。でも1億だったら逆に怖い(笑)」
佐藤「あげるけどその代わりに、というリスクの高い何かがありそうだよね」
―――――では最後にメッセージをお願いします。
橘「僕自身、しばらく業界から身を引いた時期がありました。でも戻ってきたら、まだ応援してくださる方がいらっしゃるのには感謝ですね。主演も3年ぶりとなりますが、皆さんに強いメッセージを伝えられたらと思います」
佐藤「コロナで世間が騒ぎ出してから、演劇の凄さをものすごく強く感じるようになったんです。だからまだ演劇の世界を知らない人は、いいチャンスですから是非観に来て欲しいですね。そして自分の気持ちが動く体験をして欲しいです」
古本「こんな状況下ですが、感染対策を練ってできる限りのことをしていきますので、お客さんも役者を助けると思って(笑)来て欲しいですね。
深井「ともかく全ての準備をして皆さんをお迎えします。そして劇場を出たときに、明日もう一日生きてみようかな、と思っていただけると嬉しいです」
―――――ありがとうございました
(取材・文&撮影:渡部晋也)
プロフィール
橘りょう(たちばな・りょう)
栃木県出身。
俳優として舞台を中心に幅広く活躍。舞台『2.5 次元ダンスライヴ「ALIVESTAGE」』シリーズ(Growth 桜庭涼太 役)、『IdentityV STAGE』シリーズ(幸運児役)、『黒と白-purgatorium-』シリーズ(努力・ラグエル役)など数々の人気作品に出演。2019年にはTX『ウルトラマンタイガ』第4話にヴォルク役で出演し、活動の幅を広げる。公式Twitter:@19910918ryo
佐藤正宏(さとう・まさひろ)
山形県出身。
劇団東京ヴォードビルショーを経て1984年6月にWAHAHA本舗を設立する。長らく劇団座長として活躍していたが、2009年を持って25年の満期を終えて座長引退。舞台俳優としてWAHAHA本舗の作品だけでなく、新国立劇場、明治座、帝国劇場などでの作品にも多数出演している。さらにテレビドラマや映画、バラエティ番組への出演も数多い。
古本新乃輔(ふるもと・しんのすけ)
東京都出身。
子役として活躍の後、声優、テレビドラマ、映画や舞台、さらにはCMやゲーム、ラジオ番組のパーソナリティなど幅広い活躍を見せる。さらにハワイ好きが高じてハワイアン雑貨などを扱うショップも経営。ウクレレ講師としても人気を集めている。
深井邦彦(ふかい・くにひこ)
劇作家、演出家。
2013年に個人の演劇ユニットとしてHIGHcolorsを旗揚げる。翌年には俳優が参加して劇団の形になったHIGHcolorsで全作品の作・演出を担当する。「激しさと包容力」をテーマに多数の作品を生み出し続けている。現代劇の俊英としての評価は高く、2020年の演出家協会主催若手演出家コンクールでは一次審査通過の15名に選出された。
公演情報
株式会社ファーストピック
舞台「ボクタチのキョリ」
日:2021年7月14日 (水) ~18日 (日)
場:中目黒キンケロ・シアター
料:S席[前方2列・特典付]6,800円
A席5,800円
(全席指定・税込)
HP:https://www.bokukyo.com/
問:ファーストピック tel. 090-1264-3305