能楽の世界には“秘曲”がいくつか存在する。その中で歌人・小野小町が年老いて落ちぶれた姿を描く『関寺小町』は“最奥の秘曲”と呼ばれる作品。この秋、公益財団法人 武田太加志記念能楽振興財団が主催する「花影会」ではその『関寺小町』を上演する。シテ(主役)を勤める武田宗和に、どのくらい希少な曲なのかを尋ねてみた。
宗和「最高の秘曲といわれる三老女(『姨捨』、『檜垣』、『関寺小町』)の中でも最奥と言われており、大変大事に扱われております。観世流家元でさえ数年前に現二十六世、観世清和師が勤められましたが、それ以前は十九世家元が勤められた約200年前の記録しかございません。今回私は父・武田太加志、兄・志房に続き勤めさせて頂く栄誉を頂戴致しました。父が1980年に勤めさせて頂いた時、先代二十五世、観世左近元正師より、古くから伝わる傳書(でんしょ)を古文書の専門家と共に読み解いたようです」
そんな秘曲の上演を、主催する側、つまり財団としてはどういったタイミングで決めたのか、財団理事長である武田友志に尋ねてみた。
友志「最初は父(志房)が勤めた後すぐに、父を含めて財団内で検討して、将来の可能性として父より叔父(宗和氏)に打診しました」
宗和「でもすぐに返事はせずに、しばらく考えさせて貰いました。それで4、5年経って決心し兄と共に家元にお願いに伺いました」
友志「武田太加志が始めた花影会ですが、財団を設立したときに、冠になるような代表的な会にしようということで、春の会は翁・脇能・脇狂言という正式な上演形態。秋は演者や演目について普通にはなかなか出来ない曲や配役を企画するようにしています。そして『関寺小町』は花影会では『翁』以外では初めての再演となりますが、これから先、財団として『関寺小町』をどなたかにお願いすることも考えにくいので、花影会では数十年は上演されないでしょう」
能楽師としての生涯を送っても、関わる機会が無いということも多い『関寺小町』。しかし鑑賞する側としてはそれほど気負わず観て欲しいと宗和は語る。
宗和「気楽に、泰然と観て頂きたいですね。よくセリフが解らないからつまらないと言われますが、そもそも昔の文章で節がついているので、聴いて理解するのは難しいので、あらすじを頭に入れていれば、充分お楽しみいただけると思いますよ」
(取材・文:渡部晋也 撮影:山本一人(平賀スクエア))
武田友志さん
「私のご褒美の1杯は、楽しい方と飲むお酒です。私の1番の趣味は飲食です。お店、お酒の種類も問いません。年齢・性別・仕事など関係なく、自分が素敵だなと思う方とご一緒している時が何より楽しく、相手が飲まれない時はお酒でなく、ノンアルコールでも充分幸せです」
プロフィール
武田宗和(たけだ・むねかず)
シテ方観世流能楽師。故・武田太加志の次男として生まれる。父及び観世流二十五世宗家観世左近に師事。1952年、『鞍馬天狗』花見にて初舞台。1956年、『俊成忠度』にて初シテを勤める。これまでに『卒都婆小町』、『鸚鵡小町』、『姨捨』、『鷺』といった曲を勤めてきた。海外公演などにも多数参加している。2019年、旭日双光章 受章。(公社)武田太加志記念能楽振興財団評議員。初陽会主宰。(公社)能楽協会副理事長。(一社)観世会専務理事。
武田友志(たけだ・ともゆき)
シテ方観世流能楽師。故・武田太加志を祖父に、武田志房を父に持つ。二十六世宗家観世清和及び父に師事。3歳で『鞍馬天狗』花見にて初舞台、8歳で『合浦』にて初シテを勤める。毎年5番前後のシテを務め、海外公演にも多数参加。初心者の為のワークショップなど能の普及活動も積極的に行うほか、愛好者への指導や、経営者向けの講演も行っている。(公社)武田太加志記念能楽振興財団理事長。(一社)観世会理事。
公演情報
第54回 花影会
日:2023年11月4日(土)14:00開演(13:00開場)
場:二十五世観世左近記念 観世能楽堂
料:SS席18,000円 S席15,000円 A席12,000円
B席9,000円 C席6,000円
学生席[30歳未満]3,000円
(全席指定・税込)
HP:https://ttmnf.or.jp/
問:花影会
tel.070-1304-0845(火~金 10:00~16:00)