今の世の中にも通じる一生懸命生きることの力を届けたい 21年ぶりに蘇る井上ひさし捧腹絶倒の悲喜劇

今の世の中にも通じる一生懸命生きることの力を届けたい 21年ぶりに蘇る井上ひさし捧腹絶倒の悲喜劇

 昭和20年、旧満州国大連市を舞台に、夢を求めて満州国に渡るも敗戦でとり残された日本人劇作家たちが、通訳将校歓迎会の台本作りに邁進する姿を描いた『連鎖街のひとびと』が、こまつ座40周年の掉尾を飾って21年ぶりに上演される。「ふかいことをおもしろく」描く、井上ひさしの真骨頂が詰まった作品だ。こまつ座の舞台に初出演となる霧矢大夢に、作品への思いを語ってもらった。

悲惨な状況でも人が生き生きと生活している力強さ

―――こまつ座初出演と伺いましたが。

 「そうなんです。こまつ座さんの舞台は元宝塚の方々がよく出られていたこともあって、何度も拝見していましたし、いつかは自分もと憧れていました。今回オファーをいただけてとても嬉しく、同時に緊張もしています。
 井上ひさしさんの作品は、戦中・戦後のお話が多く、世の中がどんなに悲惨な状況でも、市井の人々が生き生きと生活していて、良い意味での生活感と人間のエネルギーが感じられるんです。しかも戦争が引き起こす多くの悲劇に対して、正面から反戦を唱えるのではなくて、一生懸命生きている人たちの姿から、『こんなことがあったんだ、これを感じて私達はどう生きていけばいいのか』という思いが自然に染みてくる、等身大の自分たちに語りかけてきてくれる感覚が素晴らしいと思っています」

―――その中で、今回の『連鎖街のひとびと』にはどんな印象を?

 ソ連軍が支配しているホテルの地下室に監禁状態の2人の劇作家が、お芝居を作らなければいけないというところから物語は始まります。一歩間違えればすぐシベリア送りという、命の危険に晒されていることは台詞で説明されるのですが、作家たちが頭を悩ませながら周りの人たちを巻き込んで滑稽な芝居を作っていくというストーリーがコメディタッチで進むので、演劇が好きな方なら絶対に楽しめると思います」

―――演じるお役柄についてはいかがですか?

 「私はその芝居に出演する、女優のハルビン・ジェニィを演じますが、彼女はこの芸名によってスパイの疑いをかけられ、難を逃れてホテルの地下室にやってくる日本人です。これまでにも女優役は何度かさせていただいてきましたが、ジェニィは『私、女優よ!』というタイプではなく、凄く苦労をしてきた女性らしい人なので、そういう意味でも私の新境地かなと思っています。
 出番は中盤からなんですが、それまでに皆さんがハルビン・ジェニィのことをたくさん語っているんですね。そういう時ってお客様も『いったいどんな人なんだろう』と凄く期待されるじゃないですか。それが実際出てきたら『あれ?』となってしまうとね」

―――そんなことはないです!

「いえいえ、それが心配なので(笑)。ジェニィとしてしっかり登場できたらと思っています」

音楽の力はとても大きい

──鵜山仁さんの演出も初めてとのことですが、どんな印象を?

 「宝塚出身の親しい方々がご出演の舞台を拝見させていただくことが多いのですが、鵜山さんの作品は特に、ストレートプレイの俳優の方々ばかりではなく、ミュージカルに出演されている方々が多く参加されているイメージがあります。凄く華やかな部分とリアルな部分のバランスが絶妙で、幻想的なシーンは本当に美しいし、リアルなシーンはグッとシリアスで、真に迫ってくる印象が強いです。
 この『連鎖街のひとびと』も井上ひさし作品らしく、音楽がふんだんにあって、ミュージカルとも、演劇とも、音楽劇とも違う井上作品ならではの世界だと思うので、どんな演出をつけていただけるかをとても楽しみにしています」

──霧矢さんはミュージカル作品へのご出演が豊富ですが、いまおっしゃったストレートプレイとの違いを感じられることはありますか?

 「あまり意識はしないようにはしていますが、ミュージカルはやはり台詞から歌い出したり踊り出したりということに繋がっていくので、台詞を喋っていても次に歌い出すよ、というある種独特なテンションに自分を持っていかないといけないじゃないですか。特に自分の心情を表現するのに歌い出すことの方が多いので、それが醍醐味でもあるのですが、一方でひょっとしたらそこはリアルじゃないかもしれない。
 ですからやはり時々こういうストレートプレイ、台詞劇に出演させていただくと、しっかり脚本を読み込んで、相手にちゃんと台詞を投げて、また受けてという、会話のキャッチボールみたいなものがしっかりできますし、その経験はミュージカルでも確実に生きていくので、敢えて違いをつけて演じているというつもりはなくて、両方から得るものを積み重ねているのかなと思っています。
 もちろん音楽の力というのはとても大きくて、この作品にも音楽がふんだんに出てきますし、ストレートプレイでも、必ず音楽って流れているじゃないですか。その音楽に助けられることはとても多いので、そこも同じかなと。むしろ違いを感じるというなら、単純に劇場の大きさかもしれません。やっぱ大きい劇場だと芝居も大きくなるし、小劇場だと緻密な芝居ができるので」

―――そういう意味で、今回『連鎖街のひとびと』が上演される紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAはどうですか?

 「サザンシアターは案外縦の距離、奥行きが凄くあるなという印象です。だからといってもちろん大芝居をするわけではないんですが、ハルビン・ジェニィは女優然としていない女優とお話しましたが、そうは言っても芝居作りの中で“女優”を感じさせる演技もするので、ちょうどピッタリの劇場ではないかと思います。
 特に『連鎖街のひとびと』はお芝居を作っていく人たちの話なので、演劇を作る上での色々な技法も出てきますし、シェイクスピアやモリエール、チェーホフなどモチーフにした台詞も含まれるので、舞台を観に来てくださる方というのは、基本的に演劇がお好きな方たちですから、その方々にはもちろん、演劇をやってる人が観ても楽しめる作品だと思います。我々の大先輩の世代の方々は歌舞伎や、色々な海外の戯曲を観てお芝居を作っていった方々なので、そういうお話を作り上げてるいく過程の会話が交わされるので、面白いシーンがたくさんあるんじゃないかなと思います」

舞台上の世界でリアルに生きられる役者でいたい

―――ご自身でも、これまでの舞台のお稽古に重なるな……というような感覚も?

 「あるかもしれないですね。ここはこうしようか、ああしようか、という試行錯誤も実際舞台の中で演じられるので、キャストの皆さんそれぞれが役者としてのアイデンティティを使いながら、作品の役柄を生きることができるんじゃないかなと思います。
 中でも私はこの作品に出演する前にチェーホフの『三人姉妹』をやっていまして、稽古はこれからで(取材は8月中旬)ロシア人を演じるのですが、その後にすぐこの、ソ連に支配されている街で、ロシアの人たちに対しての皮肉が盛り込まれた演劇に出るというのは、時代背景も含めて面白いご縁だなと思っています。ですから是非2作続けて観にきていただきたいです」

―――それはさらに素敵な観劇体験になりそうですが、今お話の出ましたキャストの方々との共演で楽しみにしていることは?

 「その『三人姉妹』で鍛冶直人さんとは初共演させていただくのですが、他の方々とは全員『連鎖街のひとびと』が“はじめまして”になります。
 最初はこういう皆さんと初めてという座組だと、人見知りと言いますか、若干様子見をしてしまう部分もあったのですが、最近ちょっと厚かましくなって(笑)。人見知りなんかしている場合じゃないなというところで、どんどん自分を出して行くようには心がけています。特に自分の芝居を作っていく段階に入ったらもう、全てを曝け出していこうと、毎回思うようにしています」

―――今回の座組では女優さんがおひとりですね。

「そうです、紅一点です!と、そんな特段に言うことでもないのですが、大事にしていただかないと……冗談です!(笑) たくさん刺激をいただいて頑張ります」

―――こまつ座さん初出演ということも含めて、今後、霧矢さんがこういう舞台や、お芝居をやってみたいという、夢ですとか希望していらっしゃることはありますか?

「希望にあたるかはわからないのですが、ある意味私が元々いた宝塚歌劇団は、そもそも女性が男性を演じているという根本からかなり虚構の世界と言いますか、それこそ戦争や革命が出てくるお話だとして、悲惨な戦時中のお話だとしても、そこまで泥臭くならない、先ほども言ったような、その時代の生活感みたいなものは、ある意味封じている世界で育ってきたので、こまつ座さんの舞台のようにリアリティのある、舞台上でその人たちが本当に生きて生活してるような空気がある作品で、ちゃんと生きられる役者でいたいなと思っています。
 そういう意味でも本当に、この作品世界の一員として、満州のホテルの地下室の生活感を自然に出せるように、存在できたらいいなと思っています。本当に井上ひさしさんならではの、演劇に対する愛がふんだんに詰まっていつつ、戦後の日本、満州での社会背景や、そこでどうやって日本人が生き抜いてきてたということが伝わってくる作品です。そんな中から、今のこの不安定な世の中を、一生懸命生きる力みたいなもの必ず受け取ってもらえる、お届けできる作品だと思っておりますの、是非劇場に足をお運びいただけたら幸いです」

(取材・文:橘 涼香 撮影:間野真由美)

これだけは捨てられない! 手放せない理由とあわせて教えてください。

 「宝塚歌劇団在団中、劇団内購買部で売っていた通称“マジックタオル”。いわゆるマイクロファイバーのタオルです。購買部に売っている物なので市販されていると思いますが、ラベルも無いし、どのお店を探して見つからない。宝塚在団中は、30分の休憩で化粧を全取っ替えしなければいけない時や、肌が弱い人が体を洗ったり拭いたりする時に大活躍のタオルでした。退団してからもマジックタオルは万能で、濡らして絞ってレンチンしてホットタオルにして顔パックしたり、ペットの体を拭いたり、需要大。在団中の後輩に買って貰って届けてもらうくらい愛用しています!」

プロフィール

霧矢大夢(きりや・ひろむ)
大阪府出身。元宝塚劇団月組トップスター。在団中の主な出演作品に『エドワード8世』、『スカーレット・ピンパーネル』、『エリザベート』、『ME AND MY GIRL』など。2012年、宝塚退団後は舞台を中心に活動。2014年、ミュージカル『I DO! I DO!』にて読売演劇大賞 優秀女優賞を受賞。近年の主な出演に、『ニュージーズ』、『マチルダ』、『バイ・バイ・バーディー』、『ピピン』、『薔薇と海賊』など。9月には、unrato#10『三人姉妹』への出演が控えている。

公演情報

こまつ座 第148回公演『連鎖街のひとびと』

日:2023年11月9日(木)~12月3日(日)
場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
料:一般8,800円
  夜チケット[全夜公演]7,000円
  U-30[30歳以下]6,600円
  高校生以下2,000円 ※こまつ座のみ取扱
  (全席指定・税込)
HP:http://www.komatsuza.co.jp/
問:こまつ座 tel.03-3862-5941

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