「若い人が観て楽しく、歴史の一端に触れるようなものを書きたい」 美大生たちがタイムスリップしてヒトラーの運命を変える!?

「若い人が観て楽しく、歴史の一端に触れるようなものを書きたい」 美大生たちがタイムスリップしてヒトラーの運命を変える!?

 高羽彩が脚本・演出・主宰を務めるプロデュースユニット タカハ劇団の新作公演『ヒトラーを画家にする話』が9月28日から上演される。本作は、進路に悩む日本の美大生3人が、ひょんなことから1908年のウィーンにタイムスリップし、ウィーン美術アカデミーの受験を控えた青年 アドルフ・ヒトラーと出会い、画家にするために奮闘する姿を描く。
 脚本・演出の高羽と、主人公の美大生・僚太役の名村辰、アドルフ・ヒトラー役の犬飼直紀に作品への意気込みや本作の魅力を聞いた。

―――2022年の全公演中止を経て、満を持しての上演となります。改めて、高羽さんからどのような思いから生まれた作品なのかを聞かせてください。

高羽「NHKで放送された『ここは今から倫理です。』というドラマの脚本を担当させていただいた時に、ヒトラーの戦争犯罪についてセリフの中で触れるシーンがあったので、『アウシュビッツ』という単語を書いたのですが、監修に入っていた高校の倫理の先生から『今の子たちはアウシュビッツと聞いて、何のことだか分かる人はあまりいないと思う』と言われて衝撃を受けたのが始まりでした。
 そんなことがあっていいのかと、すごくびっくりしたんです。『ヒトラーと聞けば、何となく昔に悪いことをした人だというくらいは分かるけれど、アウシュビッツやユダヤ人大量虐殺という言葉と結びつく子どもは少ない』と、現場のリアルな声を聞いたときに、それはすごくよくない状況なのではないかと感じました。
 それで、若い人が観て楽しく、歴史の一端に触れるようなものを書きたいと思ったのです。主人公たちを、歴史のこともよく分からず、自分の青春に一生懸命な大学生たちにすることで、私が今回観て欲しいと思っているお客さんと同じ目線に立って伝えられるのではないかと思って作ったお話です」

―――昨年は公演直前で中止となってしまったため、悔しい思いもあったと思います。犬飼さん、名村さんが今作にかける思いをお聞かせください。

犬飼「今、高羽さんがおっしゃったように、歴史について考えるきっかけとなる舞台だと思います。そう聞くと難しそうな印象を与えてしまうかもしれませんが、ヒトラーが画家を目指していたという時代の話で、彼が独裁者になる前にどういう人物だったかというところに焦点が当てられていて、すごく面白い題材だなと思います。ぜひ多くの方に観ていただきたいです」

名村「歴史の話ではありますが、全く説教臭くないですし、ただ楽しく観ることができる作品です。バカみたいといえばバカみたいな話なので、とっつきやすいです。ただ、そうした作品の中にも、たくさんのメッセージが込められていますので、観終わった後に少しだけ思いを馳せてもらえたらいいなと思います。誠実に演じたいと思います」

―――高羽さんが、お二人にオファーをしたのはどんな意図があったのですか?

高羽「タカハ劇団は、手練れの俳優さんに出演していただくことが多くて、若い人であってもきちんとお芝居ができる人と一緒にやりたいという思いがあります。それから、今回これからの演劇界を生き生きとさせてくれるであろう、若いキャストの方たちとやりたいなという思いが大前提としてありました。
 そんな時に、名村さんがご出演されていたモダンスイマーズの『だからビリーは東京で』を観劇したら、本当に素晴らしくて。名村さんは初めから最後まで主役を務めていたのですが、その演技がとても魅力的で、すぐにお声かけさせていただきました。それでお話をさせていただいて……」

名村「喫茶店でお会いして、プロットを見させていただいて、それが本当に面白かったんですよ。タカハ劇団の作品を観たことはなかったんですが、これは絶対に面白いものになるんだろうなと感じて、すぐにお引き受けしました」

高羽「核となる登場人物の僚太役の名村さんはそのような形ですんなりと決まったのですが、問題はヒトラー(苦笑)。これが大変でした。
 ヒトラーは、世界中で知られる歴史に名を残す大罪人ですし、演じるのも相当大変な役だと思います。ただ、今回私が演じて欲しいのは、ヒトラーが大罪人になる前の彼。だからこそ、この子は将来大変なことをしでかすかもしれないという危うさも欲しいし、等身大の19歳の青年らしさも持っていて欲しい。脚本を書く時に、ヒトラーのことを色々と調べたのですが、やはりちょっと極端なところがあるんですよね。私だったら友達にはなれないタイプなんです。そんなエキセントリックな部分も出さなくてはいけないので、お芝居がちゃんとしていなければ難しいし、気持ちも強くないといけない。
 かなり悩んでいたのですが、ふと『ここは今から倫理です。』に出てくれた犬飼くんを思い出しました。そのドラマでは、犬飼くんはなぜかわからないけど一言も言葉を発さない少年の役を演じてくれて、それがすごく似合っていたんですよ。何かを持っていそうな雰囲気があって、それはもしかしたら、ヒトラーにも通じるものがあるかもしれないと。それで、お声をかけさせていただきました」

犬飼「最初に聞いた時は、『僕がヒトラーですか?』とびっくりしたのですが、脚本を読んでみたらすごく面白かったんです。
 この物語にも出てくるアドルフの親友のグストル(アウグスト・クビツェク)が書いた回想録が出版されているのですが、それを読むとアドルフが若い頃にどんな人物だったかが分かるんですよ。僕もそれを台本と照らし合わせながら読んだのですが、とにかく読み出したら、本当に興味が尽きないんです。
 大罪人であることは間違いないのですが、この1人の人間の思い込みが、なぜ、何千万人、何千万っていうドイツ人の心を動かしてしまったのだろうかと、興味がどんどん湧いてきて、本当に面白いテーマをいただいたと思い、ありがたく勉強させていただいています」

―――昨年、作品は完成に近い状態まで作り上げられたと思いますが、今回の上演にあたっては、そこからさらにブラッシュアップしていくのでしょうか?

高羽「もちろん、ブラッシュアップはしようと思っています。ただ、前回、舞台装置も全て作っていますし、照明作りもすませているので、大きな変化というよりも細かな調整をしていこうと思っています。
 この作品は、いい意味でも悪い意味でもエンタメです。本当に面白いものができたなと思っていますが、同時に、ヒトラーを面白おかしく描いていいのかという葛藤はずっとあります。今も大変な傷を抱えた人たちが世界中にたくさんいて、苦しんでいらっしゃるということに対して、彼らが観ても納得感のある言葉を選ばなければいけないとは常々思っているので、そういう意味でのブラッシュアップは絶えずやっていきたいと思っています」

―――演出面での構想を教えてください。

高羽「美術学科の大学生たちの話なので、額縁を使った演出をしたいと思っています。
 昨年は自分でその演出もつけていたのですが、今回はステージングの方に新たにお願いしているので、さらに精度の上がった華やかなものになるだろうなと思います。何よりも、とにかく俳優が素晴らしいので、この俳優たちが生き生きとしている様を観ていただくことが何よりかなと思っています」

―――お二人は今回、それぞれの役を演じるにあたって、どんなところを意識したいと考えていますか?

犬飼「僕だけでなくキャスト全員がそうだと思いますが、昨年に比べて1年分の経験が増えたので、その分少しずつ違うものになっていくと思います。なので、前回をなぞるのではなく新たに生まれたものを大事にして、しっかりと1から練り直したいと思っています。
 今回演じるのは独裁者になる前の、芸術家を目指しているアドルフということで、まだ何者でもない青年でありながら、大変なことを起こしてしまう要素を内に秘めた人物にしなくてはならないと思います。その歴史との整合性があった方が、お客さんにより楽しんでもらえると思うんですよね。『確かにこの考え方をして、こういう行動を取る人物だったら、独裁者になりかねない』という信憑性が垣間見えなくてはいけないなと。アドルフの歴史的な整合性を持たせることも今回の僕の仕事だと思っているので、そこは丁寧に作っていきたいと思っています」

名村「僕が演じる僚太は日本の現代の美大生なので、そのスタンスは絶対にブレないようにしたいと思っています。昨年から今年にかけて、無意識のうちに自分の倫理観や価値観も変わっていると思いますし、何がフラットなのかは難しいですが、背伸びをせず等身大であり続けたいと思います。
 それから、昨年は自分自身、かなりバタバタしていた感じがあったので、しっかりと周りを見て演じたいとも思います。ただ、何よりも……どうにか、お客さまに無事に公演をお届けしたい、その思いが1番強いです」

―――改めて、作品への意気込みとお客さまにメッセージをお願いします。

名村「昨年もすごく楽しみにしてくださったお客さまがたくさんいたという話も聞いていますので、ぜひもう1回懲りずに観にきていただきたいなと思います。色々な意味でバリアのない舞台だと思うので、気軽な気持ちでチケットを買って楽しんでいただけたら嬉しいです」

犬飼「前回、中止になってしまったことは僕たちもすごく落ち込みましたし、楽しみにしてくださった方もきっと一緒に落ち込んでくださったと思います。今回、こうして再び観ていただけるチャンスができて本当に嬉しい気持ちです。
 舞台セットも素晴らしくて、僕たちもこのセットの中でこの話が展開するのかと考えるだけでワクワクしています。視覚的にも美しい舞台になりそうなので、絵画やアートが好きな方にも楽しんでいただけたら嬉しいです」

高羽「前回、中止が決まった後に、未練タラタラのnoteを公開して(笑)その時にも書いたのですが、これだけ若い才能に溢れた俳優さんが集まった新作公演というのは、なかなかないことだと思います。それも、こうした小劇場の作品で。今の彼らでないと出せない輝きが絶対にあって、それとこの作品のテーマ性が相まって、現実とフィクションの境目が非常に近くなるような作品になっていると思っています。
 今しかない彼らの輝きと、今だからこそ観る意味のある物語になっていると思うので、ぜひそれを劇場で目撃していただきたいなと思います。若い方にはチケットをお安い設定にしているので、ぜひ若い方にも、気楽な気持ちで観にきていただきたいです」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

高羽 彩(たかは・あや)
1983年5月10日生まれ、静岡県出身。脚本家・演出家・俳優。2004年にプロデュースユニット タカハ劇団を旗揚げ、以降全ての作品において主宰・脚本・演出を手掛ける。社会的テーマに娯楽性を持たせるドラマチックで緻密なストーリー構成力と、生々しくも叙情的な言語感覚による会話劇が高い評価を得ている。近年ではアニメ・実写ドラマ・ゲームシナリオとジャンルを問わず活躍の場を広げている。主な脚本作品に、アニメ『魔法使いの嫁』、ゲーム『takt op. 運命は真紅き旋律の街を』、NHKよるドラ『ここは今から倫理です。』など。

名村 辰(なむら・しん)
1997年3月3日生まれ、東京都出身。小学校3年から3年間、シアトルに在住。帰国後は小学6年から高3まで年2回、歌舞伎の発表会に出演。近年の主な出演作品に、映画『さがす』、『アキラとあきら』、舞台 モダンスイマーズ『だからビリーは東京で』、アンカル『昼下がりの思春期たちは漂う狼のようだ』、NHKBSプレミアムドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』などがある。短編映画『誰のための日』では監督を務め、自らが作・演出を担うソロユニットnamuを立ち上げるなど創作活動も行なう。

犬飼直紀(いぬかい・なおき)
2000年12月9日生まれ、岐阜県出身。2013年からミュージカル作品で舞台経験を積み、数々の作品に出演。2016年公開の足立紳監督作品 映画『14の夜』で映画初出演ながら主役に抜擢。その後は、映画『ちはやふる-結び-』、NHK大河ドラマ『西郷どん』、『麒麟がくる』、『青天を衝け』、NHKよるドラ『ここは今から倫理です。』などに出演し話題を集めた。声の出演では、ラジオドラマ『オートリバース』や『屋上の侵入者』、『遺体を捜す人たち』などがある。近年では、舞台『ヒストリーボーイズ』、ミュージカル『ジェーン・エア』、映画『光の指す方へ』、NHK連続テレビ小説『らんまん』など、幅広い分野で活躍している。

公演情報

タカハ劇団『ヒトラーを画家にする話』

日:2023年9月28日(木)~10月1日(日)
場:東京芸術劇場 シアターイースト
料:一般4,800円
  U-25[25歳以下]2,500円
  高校生以下1,000円
  ※割引チケットは要身分証明書提示
  (全席自由・税込)
HP:http://takaha-gekidan.net
問:タカハ劇団
  mail:info@takaha-gekidan.net

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