「人は遺恨を乗り越えることができるのか?」を問う 戦時下の満州を舞台に繰り広げられる青春群像ラブストーリー

「人は遺恨を乗り越えることができるのか?」を問う 戦時下の満州を舞台に繰り広げられる青春群像ラブストーリー

 米倉リエナを中心に、継続的なコンテンツ制作を行うプロジェクト「アップスシアター」の第2回演劇公演『霞色のライラック』が8月26日から上演される。本作は、戦時下の満州を舞台に繰り広げられる青春群像ラブストーリー。対立が深まる世界情勢の今、この作品を上演する思いとは……。
 演出の米倉リエナと、本作に出演する上岡紘子・龜田七海・小林牧歌に話を聞いた。

―――まずは、米倉さんから、この物語を第2回公演として上演しようと思った経緯や思いを聞かせてください。

米倉「アップスシアターでは、国内のみならず、多くの国の方々に届けることのできる作品づくりを心がけています。
 本作品は、満州を舞台として様々なアジアの国のキャラクターが登場します。また、戦争の影がかつてないほど大きくなってきている今、融和の可能性を訴える本作品のテーマはとても大事だと感じ、第2回目の上演作品として選ばせていただきました。」

―――キャストの皆さんは今回、オーディションで出演が決まったと聞いています。皆さんはオーディションを受ける前に、満州についてや当時の戦争について、どんなことを知っていましたか? また、それについてどのような思いがありましたか?

上岡「本当に勉強不足で申し訳ないのですが、私は学校で習った程度の大雑把な知識しかありませんでした。私の母の父親が満州鉄道に関わっていて、自身が大きな損失を出してしまったという程度の話しか聞いたことがありませんでした。
 なので、あまり知識はなかったのですが、脚本を読ませていただいた時に、これは絶対にやりたいという気持ちを強く持ち、オーディションを受けさせていただきました。こうして出演が決まったことは本当に嬉しく思っています」

龜田「私も満州のことについては、学校で少し学ぶ程度だったので詳しくないのですが、今回この作品に出演するにあたって、様々な本読んで、映像も観て、お知り合いの方たちにお話を聞かせていただきました。その中で、お父さんが満州で生まれたという知り合いの方のお話を聞くことができ、本当にこんなことがあったんだなという驚きや、もっと知らなくてはいけないと思うことがたくさんありました。
 これからお稽古をしていくうちに、感じ方もまた変わってくるかもしれませんが、真摯に挑んでいきたいと思います」

小林「僕の母親は中国の黒龍江省という北の方の地域の出身で、父親が現在の長春という地域の生まれです。その後、2人は長春で出会い、日本に来て僕が生まれました。ですので、僕の周りには中国の歴史について知る人たちがたくさんいました。
 僕のひいおばあちゃんは日本人で中国残留孤児なのですが、そのひいおばあちゃんに1回だけ、戦時中はどうだったのか聞いてみたことがあります。おばあちゃんはベッドに座ったまま微笑んでいるだけで、何も答えませんでしたが、その時の光景はすごくよく覚えています。
 この作品に対しては、今の世界情勢に近いものを感じています。だからこそ多くの人の心に響く作品だなと思います。僕は以前、この物語に同じ役で出演したことがありました。今回、棱一朗さんが改めて脚本をお書きになっているので、全く同じではないのですが、1度演じた役だからこそ、もっと深いところまで作り上げていきたいと思います」

―――米倉さんは、戦時下の満州を舞台にした作品ということについては、どう考えていますか?

米倉「私自身はアメリカの学校に行っていたので、最初はアメリカの視点から満州のことを知りました。満州というのは日本の暗い歴史だと私は学んできましたが、この台本を初めて読んだ時に、建国大学の学生の存在など新たに知ることがたくさんありました。
 あの悲惨な時代の中で、この作品で描かれているような人間と人間の交流は唯一の光になったのではないかなと思います」

―――今回、演じる役柄について、今の段階ではどのように演じたいと考えていますか?

上岡「私は、今現在を生きている主人公のハナ役で、過去に起きたことを回想しながら、物語を進めていく役です。
 私は今75歳なので、戦争のことを自分では知っているつもりでしたが、子どもの頃に親から聞いた話で想像する世界なので、実際は知らないことばかりです。とにかく、この作品のテーマである『遺恨を乗り越える』ということに力を入れて演じたいと思います」

龜田「私は過去のハナという盲目の女の子を演じます。盲目の役を演じるのは初めてなので、私にとってはチャレンジでもある役です。彼女が劇中で経験してきたことを、自分の中に落とし込めるように、稽古をしていきたいなと思っています。
 もっともっとその時代のことを勉強して、観に来てくださる方の心に何か伝えられればいいなと思います」

小林「僕は中国の青年・洋(ヤン)役です。彼は靴磨きをしていて、それなりの苦労をしてきた人物だと思うので、そうした経験を乗り越えてきた強さや優しさを表現できたらと思います。
 それから、ハナと出会って自分の中にあったモヤモヤが1つ1つ確信に変わってく物語ですので、洋という役の成長を感じていただけたらと思います」

―――演出の面では、どのようなことを考えていますか?

米倉「今作は記憶を描いている作品です。これまで辛い経験に蓋をしていたハナさんが、75歳になり初めて過去と向き合います。それは、ハナさんが初めて“許せる瞬間”を持ったということなんだと思います。苦しさに飲み込まれて、固まって閉ざしていた心を少し開き、そこで大事な人たちや彼らの思いに再び触れて、またそれを信じたいと彼女は再確認します。そうした彼女の心の旅を大事にしたいと思っています」

―――今作は、「人は遺恨を乗り越えることができるのか?」、「私たちは再び融和できるのか?」をテーマにしています。皆さんは、この問いについてどう考えていますか?

上岡「私は絶対にできると信じています。それこそが今の、世界のテーマだと思いますので、このことは皆さんにしっかりとお伝えしていきたいと思います」

龜田「私もできると信じたいです。私には、昔、日本と争っていた国の出身の友達もたくさんいます。そうした歴史の話をしたことはないですが、もしかしたら、その家族や友達の周りでは融和できると思っていない方もいるのかもしれません。でも、今までそれを感じたことはなかったですし、人間同士の話なので、国のことで恨み合うということはないと私は信じたいです。
 もちろん、私はその時代を生きていたわけではないですし、実際に経験はしてないので、簡単に言い切れる問題ではないなとは思いますが、私の中では信じたい」

小林「様々な考え方があると思いますが、僕自身は日本人のお友達もたくさんいますし、家族も日本で生活しています。もちろん、過去のことは忘れてはいけないと思いますが、僕自身もできると信じたい。そう信じることが次に繋がるかなと思います」

米倉「私も信じています。以前、『THE WINDS OF GOD』という特攻隊の作品を作り、海外で上演した時に、実際にパールハーバーにいた元軍人さんも観に来てくださっていました。彼らは観劇後に泣きながら感想を言ってくれたんですよ。その時、改めて、お芝居の力は素晴らしいなと強く思いました。
 演劇は人を変えることはできないかもしれないけれども、人を癒したり、理解し合えるきっかけをくれたり、力を与えることはできると思っています。戦争はもしかしたらなくならないのかもしれないけれども、それでもなくしたい。そして、融和はできると信じています」

―――公演への意気込みと読者の方にメッセージをお願いします。

上岡「世界中が平和になることを心に祈りつつ、皆さんにメッセージをお届けできればと思います。よろしくお願いいたします」

龜田「この舞台から感じられることがたくさんあると思うので、多くの方に観ていただきたいです。絶対に素敵な作品にしますので、ぜひ足をお運びください」

小林「こうした繊細な物語を描いた脚本があることを皆さんに知ってもらいたいです。今回は、リアルタイム字幕配信も行いますので、全世界に届くと信じて演じます。ぜひ世界中の方に観ていただきたいです」

米倉「今、様々な世界の状況を見て、私を含め多くの方が希望が持てなかったり、不安を感じていると思います。しかし、人間には、信じる力や選び取る力があると思います。作品を通して、そうした力に灯を当てて照らしていきたいと思います。素晴らしいキャストの皆さんとその想いを精一杯お届けしたいと思いますので、ぜひ観に来てください」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

上岡紘子(かみおか・ひろこ)
1948年3月7日生まれ、東京都出身。NHK大河ドラマ『春の坂道』、テレビ朝日『みだれ扇』、『妻と女の間』などにレギュラー出演した他、舞台『黒蜥蜴』では岩瀬早苗役を演じる(旧芸名:神鳥ひろ子)。主な作品に、テレビ朝日開局50周年記念ドラマ『刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史』、BS朝日『ラストメール2 ~いちじく白書~』(レギュラー)、テレビ朝日『相棒 season17』第20話 最終回スペシャルなど。

龜田七海(かめだ・ななみ)
1990年7月7日生まれ、千葉県出身。日本の高校を卒業後、アメリカのカレッジに4年間留学し、演技を学ぶ。主な作品に、映画『辰巳』、『手をつないでかえろうよ』、日本テレビ『神の雫』など。

小林牧歌(こばやし・ぼっか)
1997年2月10日生まれ、東京都出身。アップスアカデミー卒業。現在はフリーランスで活動中。主な作品に、ドラマ『シコふんじゃった。』、アップスシアターVol.1『スカベンジャーズのアスカ』、舞台『ナニカナニカの3つのお話』など。

米倉リエナ(よねくら・りえな)
ニューヨーク大学演劇学科卒業。俳優としても活動し、初舞台はミュージカル『アニー』。他、舞台『二十日鼠と人間』、『テンペスト』、映画『ビューティフル・マインド』等に出演。2001年、アジア人女性初のアクターズ・スタジオ正式メンバーとなる。演出家として主な作品に、舞台『Alchemist』、『Golden Tickets』、『MOMO』、アップスシアターVol.1『スカベンジャーズのアスカ』、BNAW『STOP KISS』など。またアップスアカデミーにおいて、演技講師として後進の育成に努める。テレビ東京系「Dreamer Z」に審査員として出演。

公演情報

アップスシアター 第2回公演
『霞色のライラック』

日:2023年8月26日(土)~9月4日(月)
場:すみだパークシアター倉
料:一般チケット5,000円
  18歳以下チケット3,500円
  ※他、同時字幕配信付きチケットあり。
   詳細は団体HPにて
  (全席自由・税込)
HP:http://www.upstheater.com
問:アップスシアター
  mail:info@upstheater.com

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