インタビュー取材による膨大な証言だけを元に舞台化 これはウイルスと闘った人々の切実な「心の叫び」の記録である

インタビュー取材による膨大な証言だけを元に舞台化 これはウイルスと闘った人々の切実な「心の叫び」の記録である

 2010年、宮崎県中東部を中心に発生した家畜伝染病「口蹄疫ウイルス」の感染爆発に翻弄された人々の生々しい証言を元に宮崎の「劇団ゼロQ」によって舞台化。その反響から再演を重ねてきた本作が、数々の社会問題をジャーナリスティックな視点で描くワンツーワークス主宰の古城十忍によってさらにブラッシュアップされた。口蹄疫ウイルスと新型コロナウイルス。感染拡大や移動制限、経済への影響など、多くの共通点を浮き彫りにしながら、「見えないウイルスと闘う」ことの過酷さを描く。元新聞記者の古城が英国で学び、日本で新分野として確立に尽力する「ドキュメンタリー・シアター」という手法は果たして観る者に何を投げかけるのか? 古城作品には欠かせない、関谷美香子、奥村洋治の2人に意気込みを聞いた。


この問題こそ今の東京でやるべき

―――2012年の初演時から監修という立場で関わってきた古城十忍さんが、2020年に『29万の雫2020』として構成・脚本・演出を全面的に刷新し、新しい作品になりました。宮崎県外では初めての上演となる新バージョンは新型コロナウイルスとの闘いが続く現在と多くの共通点がありそうです。

関谷「古城は宮崎県の出身ですが、2010年に口蹄疫ウイルスが宮崎県下で蔓延した時も、いちローカルニュースの域を出なかった全国的な関心の低さに驚いたそうです。でも当事者でない人達にとっては2、3分程度のニュースを見聞きしただけではそのリアリティーは伝わりにくい。その痛みや過酷さを共有してもらうにはやはり知ってもらうことが重要と考え、当事者の生々しい証言を元にしたドキュメンタリー・シアターという手法を取る事でその切実さを伝えようとしました。2020年に大幅に刷新された再々演の様子がNHKのドキュメンタリー番組として全国放送されたことで、『これは宮崎以外でもやるべき』と、さらにブラッシュアップして東京でワンツーワークス版として上演することになりました」


奥村「宮崎では2000年にも一度、口蹄疫が発生した事があったそうです。その時はごく僅かな被害だったこともあって、それほど危機感が共有されなかった。ところがそのことが2010年の感染発生の時に、不幸なことに『今回もきっと大丈夫だろう』という慢心につながって、対策が後手後手に回ってしまった。その構図は今のコロナ禍の日本の現状とも似通っている部分があると感じました。
口蹄疫ウイルスは人間には感染しませんが、なぜ29万頭もの家畜たちが食肉として目的を遂げることなく、殺処分され埋められなければならなかったのか? その背景にある理由もしっかりと本作では描かれています」

当事者の心情にシンクロするドキュメンタリー・シアターという手法

―――ドキュメンタリー・シアターという手法はまだ日本では馴染みが薄いですが、英国を始めとする欧米では現代演劇の一つのジャンルとして確立されています。一般的な舞台とどのように違うのでしょうか?

関谷「基本的にドキュメンタリー・シアターでは、作家や演出家だけでなく役者自身も当事者の方に取材に行きます。ご本人にお会いして話を聞くことで、その人の人柄だったり価値観だったり、より人物像を膨らませることができるんですね。最終的には古城がまとめますが、役者が脚本づくりにおいて重要な役回りを担っている事は確かです。今回は宮崎の役者の方々が取材した舞台の再演になるので、私達は演じるだけですが、インタビュー音源を聴いて当事者ご本人を身近に感じられるよう努めています。
ありのままを映す映像と違い、言わば第三者である役者を通すことで、よりリアルにその人の言いたいことを伝えられる、観客もまた『実際はこんな人だったのだろう』と積極的に想像力を働かせることができる。これはドキュメンタリー・シアターならではの利点であり醍醐味だと思います」

奥村「ドキュメンタリー・シアターが独特なのは、ただ役者が題材となる事件や社会問題の当事者に取材をするだけでなくて、その後、演出家やほかの役者たちからさまざまな質問を受ける❝ホット・シーティング❞というプロセスがあるんですね。その際、実際にインタビューしていない質問も出るんですが、それにも『あの人ならこう答えるだろう』と当事者のつもりになって答えないといけない。こうした過程を繰り返すことで、役者はよりその当事者の心情にシンクロできるわけです。一方で、取材時間は数時間に及ぶこともあり、必要があれば追加取材も行います。作業としては、膨大な音声データからどの言葉を引用するかが一番大変ですね。普通のお芝居であれば、稽古から1~2か月で本番を迎えますが、ドキュメンタリー・シアターだと約1年はかかります」

“生きて、前に進む”

―――そうした積み重ねを経て、今ではワンツーワークスさんの重要なコンテンツになりつつあります。

奥村「日本でのドキュメンタリー・シアターは古城が第一人者ですし、演じる私達も誇りを持ってやっています。一般的な芝居の何倍もの労力が必要なその制作過程は確かに大変ですが、実際に当事者に話を聞く僕達が得るものはとてつもなく大きなものがあります。それだけ生の言葉の力は強い。僕自身はもっとドキュメンタリー・シアターが日本で評価されても良いと思っていますが、なかなか上演する団体も増えてこない。その労力を考えれば気軽には手を出せないですし、演劇にはもちろん娯楽の面もあるので、社会的意義だけでは押し通せない。お客さんに観てもらわなければ独りよがりになります」

関谷「古城はこれまでに『自殺』と『出産』、それぞれをテーマにした2本のオリジナルと3本の海外戯曲を上演していますが、ドキュメンタリー・シアターが好きというお客さんが劇場には集まってくれている気がします。今回は再演ではありますが、今なお収束しないコロナ禍を絡めて、政府や自治体、畜産業界の事情などにも踏み込んで描いているので、よりワンツーワークスの色が出ていると思います。
目に見えないウイルスと闘う大変さは今も一緒で、口蹄疫のときも多くの畜産農家の方々が一瞬にして生きる術を失ったわけです。それでも困難を乗り越えて今現在がある。そういう意味では“生きて、前に進む”という事を真っすぐに問うてくる作品だと思います。大げさな事ではなくて、観てもらって『それ分かる』といった共感を持ってもらえるだけで十分です。特にドキュメンタリー・シアターは多くの方のさまざまな証言を元に創る作品なので、これという正解がない。登場人物の中に、どこか自分と同じ考えを持った人がいるでしょうし、逆に自分は全く違うという意見もあっていい。『こういう現実があった。あなたはどう思いますか?』という提起がこの作品の大きな役目だと思っています」

奥村「現在のコロナ禍と同じく、20年前の宮崎でもウイルスが人と人との絆を分断しました。『もしかしたら自分が持ち込むかもしれない』『あの人がもしかしたら……』といった疑心暗鬼が生まれて、多くの人達が人との交流を遠ざけるようになった。でも人間の歴史は疫病との闘いでもあったわけで、それが今は新型コロナウイルスとの闘いになっています。マスク生活やソーシャル・ディスタンスといった2年前では想像もしていなかった新しい生活様式が生まれ、それまで私達が当たり前に享受していた密接な人間関係は持てなくなった。これまでの価値観を捨てて新基準に順応していかなければならない時代になった。その先の未来は誰も分かりませんが、当時の宮崎の人達もきっと同じ思いにあったのではないでしょうか」

―――今回は宮崎県知事を招いた「スペシャル対談」や、ドキュメンタリー・シアターの「演出講座」などアフターイベントも充実しています。

関谷「今回初めてドキュメンタリー・シアターをご覧になる方も多いと思うので、台詞と証言の違いなどについてもお話できたらと思っています。それを知った上で別のドキュメンタリー・シアター作品を観ると非常に面白いはずです。普通のお芝居を想像してくると、きっと度肝を抜かれると思います。怖い物見たさも含めて、ぜひ一度劇場にお越しください」

奥村「労力もさることながら、お客さんに入って頂けなければ僕達の明日の生活はどうなってしまうのだろうという世知辛いジレンマもありますが、日本で数少ないドキュメンタリー・シアターを観劇できる貴重な機会だと思います。今回私はいくつかの役を演じますが、観劇後に何役やったかを当てた方には商品を贈呈しようとも考えております(笑)。皆様のお越しをお待ちしております」


(取材・文&撮影:小笠原大介)


プロフィール

関谷美香子(せきや・みかこ)
1973年7月13日生まれ、千葉県出身。
古城十忍が立ち上げた劇団「一跡二跳」に1999年から参加。『ガッコー設立委員会!』、『醜形恐怖。』を皮切りに全作品に出演、2009年に現在の「ワンツーワークス」に変わってからも中心的女優として舞台に立ち続けている。

奥村洋治(おくむら・ようじ)
1957年6月11日生まれ、熊本県出身。
熊本大学を卒業後、同期の古城十忍らと共に劇団「一跡二跳」を旗揚げ。以降は古城作品に欠かせない存在として中心に立ち、古城と共に発信を続けている。


公演情報

ワンツーワークス#33 
ドキュメンタリー・シアター『29万の雫-ウイルスと闘う-』


日:2021年7月15日 (木) ~25日 (日)
場:赤坂RED/THEATER
料:一般4,800 円 
  初日割4,000円 ※7月15日(木)19時のみ
 (全席指定・税込)
HP:http://www.onetwo-works.jp/works/shizuku/
問:ワンツーワークス tel. 03-5929-9130

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