完全Wキャストで挑むことは、並行世界を同時に上演すること 劇団史上最も観客の涙腺を刺激したダークファンタジーを今一度

完全Wキャストで挑むことは、並行世界を同時に上演すること 劇団史上最も観客の涙腺を刺激したダークファンタジーを今一度

 空想嬉劇団イナヅマコネコ主宰のCR岡本物語は、俳優の養成法や劇団運営について、そして小劇場が目指すべき方向性を、忌憚なく発言しながら実践し続けている、現代演劇界の中でもユニークな存在だろう。その態度が決して独りよがりでないことは、公演の度に集まる観客の満足度と、さらに口コミでファン層が広がっていることを考えれば明らかだ。
 そして岡本の作品を上演したい、そこに参加したいという想いを共有する俳優陣が劇団に集まっている。コロナ禍も明けつつある現在、彼らが上演するのは、作品の中でも評判が良く、代表作とも言うべきNo.4『ソリチュードタウンの死神』。岡本と、俳優であると同時に、プロデューサーとして岡本の右腕である堀雄介に新作についての話を聞いた。

―――この作品は2019年の初演で、すこぶる評判が良かったそうですね。

岡本「コロナ前でしたが、劇団として1番多くのお客さまを迎えた作品になりました。正直、最初の頃はそうでもなかったのですが、幕が開いてから700くらい動員が伸びまして、最後は立ち見と桟敷を出したくらいです。そして舞台から戻ってきた役者たちが『お客さんがすすり泣く声がうるさすぎる』と言っていました。そのくらい涙腺を刺激する作品です」

―――Wキャストというか、全く役者がダブらない完全2チームでの公演ですね。

岡本「僕は一部だけWキャストにするのは否定派なんです。どうしてもそうする必然性があるならいいですが。例えば大劇場の公演で主人公だけ、もしくは主人公とヒロインがWキャストというならともかく、アンサンブルや脇役をWにするのは訳がわからない。“当日ゲスト”というのも同じことで、ただ動員の為に窓口を増やしているだけですよね。勿論、必然性があればいいと思います。今までには見たことは無いけど。
 でもシングルキャストで20数ステージをやるのは俳優の負担が大きいので、Wキャスト、というか2チーム制にしています」

―――初演の時には堀さんは参加していないのですか。

堀「初演時は客席に居ました。劇団員でもなかったですが、この作品で頭をぶん殴られた気分になって、入れてくださいと頼みこんだんです」

岡本「堀さんはずっと口説いていたんです。でもノラリクラリとされて。だから『この作品を観て「まいった」と降参したなら(劇団に)参加してください』って言いました。そうしたら3回観劇して3回とも爆泣きしてってくれました(笑)」

堀「最初は初日だったかな? すごく良かったから帰りがけにチケット買ってもう一度。最後は千秋楽に友人を連れて行きました。もう普通のハンカチでは(涙を拭うのが)間に合わないので、タオルのようなハンカチを持って行ったんです」

岡本「終演後、ロビー面会したら、堀さん、もう言葉もなかったです(笑)」

堀「でもこれほどのものを作っちゃったら、次が大変だろうとも思いました。まあその後も良い作品を書いているので安心しましたが、あの時点では圧倒的な傑作でした。
 それまでは客演とか、側面のお手伝いでしたが、この作品でグウの音も出なくなって、加入することになりました。初演ではキャストの誘いもあったのに断ったんです。それで観劇してから凄く後悔したんです。だから今ようやく参加できるのはやりがいがありますね。その一方で客席にいたい気持ちもありますが」

―――この作品をこのタイミングで再演する理由をもう少し聞かせてくれますか。

堀「このところ2作品新作が続いて新しいお客さんも呼び込めましたので、ここで1番の自信作を上演することにしました」

岡本「初演の『ソリチュードタウン……』の後に、これ以上のものは書けないと思い、それで『桜花と風の追憶』を再演しました。その後にコロナに入って、その間に書いたのが『宿命のブラッドバーン』と『影と刻罪のテュシアス』でした。
 『宿命の……』は「存在意義」について。コロナ禍の期間にはこの言葉が沢山叫ばれましたよね。そして『影と刻罪の……』は我が国の現政権に対するアンチテーゼで書きました。凄く政治的な内容をでしたが、作品を観た人の多くは、凄い名君が毎回生まれるなら、もしかしたら絶対王政の方がいいんじゃないか。本当に民主制の代議制が正しいのか、それは幻想ではないかと思ったと思います。今の日本の代議制を見ていればわかりますよね」

―――堀さんはそういった作品の積み重ね方について相談されたりするんですか。

堀「僕なりにアドバイスはします。あと新作が書けるのかチェックしたり」

―――ところでイナヅマコネコさんの作品には全てナンバーがついていて、作品が劇団の歴史を語ると言うより、コレクションといった感じで扱われていますね。

岡本「作品ナンバリング制というのは作品に主体性を持たせるべきと考えるからで、とてもいいやり方だと思ってます。観る側も本棚に作品が並んでいるようなイメージになると思います。だから積極的な再演はすべきだと思います。もっともNODA MAPとか第三舞台くらいに作品主体になると、ナンバリングの必要も無くなりますけど」

堀「あと歴史を振り返って順番に再演していくのもつまらないという想いもあります。コロナが明けそうなご時世で、この作品がどのようにお客さんに受け止めて貰えるか。2019年とは明らかに状況が変わっていますから」

岡本「この作品には圧倒的な普遍性があります。親でも友人でもペットでも、誰かを亡くした経験がある人にはもれなく刺さる。逆に自分の命を粗末にしかけた人も勇気づけられるでしょう。人間は死を怖れますが、この作品でそこに勇気を与えたかった」

堀「誰もが死とは隣り合わせなので、この作品のテーマは誰にでも当てはまると思います。刺さり方は人それぞれですが、結構グッサリ刺さると思います」

岡本「再演にあたってのブラッシュアップはします。当時の自分が100点だと思ってもいまは違うこともありますから。劇場も大きくなりますしね。でも大筋は全く変わりません」

堀「イナヅマコネコの作品にリライトはあり得ないんです。あくまでも微調整ですね。ともあれ全く偽りなく、自信を持ってお送りします。オーディションもしましたが、期待を超える応募者があり、オーディション日程を延ばしたくらいです。作品を観て応募された方、これまでに公演を手伝って下さった方、口コミを聞いてきた方。色々な方がいて化学変化が楽しみです」

岡本「僕は面白くないものは書きません! 今回は22人の芝居ですが、初演は23人だったのを自分が出た部分を削りました。さらに言えばプロットの段階では30人超えていて最初の段階で減らしています。その削った登場人物にも役名やキャラクターを設定しているんです。結果として22人全員にメインの要素がある、欠けたら話が通じなくなる作品になってます。

―――まさに万全を期して。しかも1公演ではなく、2公演を上演するようなスタンスですね。楽しみにしています。

(取材・文&撮影:渡部晋也)

プロフィール

CR岡本物語(しーあーる・おかもとものがたり)
俳優・声優・脚本・演出・ライター。空想嬉劇団イナヅマコネコ主宰。過去に劇団ぺピン結構設計、さらに劇団ポップンマッシュルームチキン野郎に所属しほとんどの作品に出演。イナヅマコネコ旗揚げ以降は、座付き作家・演出家として作品を発表している。また効率の悪い稽古や遅れることが既定路線になっているような脚本など、小劇場系劇団のスタイルを是正すべく、自ら実践を続けている。

堀 雄介(ほり・ゆうすけ)
年間に100本前後の演劇作品を観る観客から、役者として活動を拡大。2012年までは某大手企業の社員としてニューヨークに赴任。ブロードウェイ・ミュージカルをはじめとしたステージを客席で体験する。空想嬉劇団イナヅマコネコで俳優・プロデューサーとして活躍するが、企業の社員としても職務を継続している。

公演情報

空想嬉劇団イナヅマコネコ 作品No.4
『ソリチュードタウンの死神』

日:2023年5月20日(土)~28日(日)
場:シアターグリーン BIG TREE THEATER
料:5,500円(全席指定・税込)
HP:http://inaneko.ciao.jp
問:空想嬉劇団イナヅマコネコ
  mail:inaneko@p-hit.net

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