変わる社会の中で、変わりたくない自分に悩む人たちに届けたい ハリウッドで出会ったベテランと若手 世代交代の悲哀をコメディ仕立てに!

変わる社会の中で、変わりたくない自分に悩む人たちに届けたい ハリウッドで出会ったベテランと若手 世代交代の悲哀をコメディ仕立てに!

 とあるオフィスの梁から垂れ下がった、先に輪のついたロープと、机の上に立つ男。偶然入って来た若い作家のデニス(関口アナン)が見たのは、ハリウッドで過去に大成功を収めた憧れの名監督で脚本家のボビー・ラッセル(加藤健一)だった。この出会いをきっかけに、2人は詐欺まがいな共同作業をすることになる──。
 立ちはだかる世代交代という現実と、どう向かい合うのか。加藤健一事務所が、日澤雄介を初めて演出に迎えて、3人芝居でお送りする『グッドラック、ハリウッド』が3月末から本多劇場で上演される。135回目を迎える加藤健一事務所にて、常連の加藤忍と、初登場の関口アナン、そして加藤健一の3名に今作へ臨む話を聞いた。

ハリウッドの話だけど、日本に似てる

―――この作品を選んだ決め手はなんですか?

加藤健一(以下、健一)「最近、東京脱出者が増えているなと感じていまして。自分の今までやってきた仕事を辞めて、違った生き方をしたいそうなんですね。とくに今の経済至上主義の中で歯車として働いてきた人たちが、それが嫌になって、もうちょっと静かな土地で暮らしたいと移住するということがまわりでもどんどん増えています。
 この作品のボビー・ラッセルも、44年続けてきた映画の仕事を辞めようとしている。時代は1988年のハリウッドで、『ダイ・ハード』が公開された年ですね。そこから一挙に、モノを派手に壊して気持ちよくなるような映画が増えて、ボビーが作ってきたような、ちょっと文学の匂いがする映画がどんどん減っていく。そんなハリウッドで自分がやれることはないなと思って去ろうと考える……というところが、今の日本にも合っているなと思いましたし、僕自身にも『似てるな』と感じるところがありました」

──どんなところが日本と似ていましたか?

健一「僕も昔、テレビで心温まるようなホームドラマがたくさん作られていた時に出演していましたが、刑事ものや探偵もののサスペンスドラマが増えてくると、舞台をやっているのでゲストとしてでしか出演できない。そうなると必ず犯人役なんですよ(笑)。ずっとそれを続けるのは辞めようと思って、テレビの世界から一歩引いたんです。
 それがボビーの考えととても似ていて感動したので『この作品をやってみようかな』と思いました。人間の心の中には、優しい扉と激しい扉がふたつあると思うんです。僕はそれを『天使の扉』と『悪魔の扉』と呼んでいます。どちらもノックされると気持ちが良い。それが、激しい扉ばかりをノックするドラマが増えたなと感じました。きっとその方が視聴率が上がるんでしょうね」

──今回の芝居は「天使の扉」でしょうか。“世代交代の悲哀をコメディ仕立てに描く”とチラシにも書かれていますが、おふたりは脚本を読んでいかがでしたか?

加藤 忍(以下、忍)「私はとにかくハッピーエンドが大好きなんです。救われるなと感じられる温かい作品が好きなので、この『グッドラック、ハリウッド』も好きですね。誰にとっても観やすいお芝居だと思いますし、普段あまり観劇されない方も誘いやすい。
 私の演じるメアリーについては、とても自立した女性。今の日本だとすごく共感できるところがあるんですが、舞台設定が1988年だと思うと『アメリカは進んでたんだな』と。19歳で妊娠して、44歳で自分の人生を自分で切り拓いている。あとは3人芝居というのもとてもやりがいがありますね」

関口「僕はまず、なによりもこの企画が青天の霹靂だったんです……! 最初にマネージャーさんからLINEが送られてきた時に、本当に震えたんですよ。画面を下にスクロールするたびに『加藤健一事務所さんなんだ……本多劇場で……演出は日澤さん……素晴らしい企画だなぁ……出演者は加藤健一さん、加藤忍さん、関口……3人!?』という衝撃がバーン!と(笑)」

健一・忍「(笑)」

関口「作品については、まず『グッドラック、ハリウッド』というタイトルがすごく好きで。
 原題は『SLOUCHING TOWARD HOLLYWOOD』で、SLOUCHINGという意味を調べてみたら『前かがみで歩いていく』というような意味だと知って、それが『グッドラック』に翻訳されていることが、とにかくおしゃれだなと思ったんですよ。1回目の読後感も、ウィットに富んでいるなと感じました。
 僕の演じるデニスという役はトレンドに乗った人間で、天才ではないけれど器用貧乏でセンスがあって今の時代に溶け込んでいる。自分の尊敬する映画監督であるボビーとは絶対的に違う生き方をしてきているけれど、そこが交わっていくやり取りがすごく面白い。僕と同年代の30半ばの人が観ても、考えさせられたり、面白がれる芝居だと思います」

理想は、お遊戯場のような稽古場

―――演出は劇団チョコレートケーキの日澤雄介さんですね。メンバーは加藤さんのイメージで集めたんですか?

健一「イメージどおりですね。最初にオファーした方々が全員出てくださって安心しています。
 演出の日澤さんも初めてですがずっとご一緒したかったので、受けてくださって嬉しいですね。チョコレートケーキの芝居を観せていただいて、非常に丁寧に演出される方だと感じていたので、コメディも素敵に演出してくださるんじゃないかなと楽しみです」

関口「日澤さんは翻訳劇の演出をなさるイメージがあまりなかったので、加藤さんが日澤さんに演出をお願いしたということも楽しみです」

忍「初めてご一緒するのでどんな演出をされる方なんだろうと緊張もしますね。厳しい方だったらどうしよう……とか(笑)。ただ、3人芝居は良い意味で厳しくも仲良くもないと作り上げられないので、良いお稽古場になればいいな」

健一「僕は思うんだけれども、人と人の間には壁があって、それがたとえば家族になるとなくなるじゃないですか。そんなふうに稽古場でも、壁がなくなるのは早い方がいいんです。どうやって壁を無くすか……。僕のイメージは幼稚園のお遊戯場みたいな稽古場を作ることですね。それで、自分の作った稽古場の外壁もピンク色になっちゃった(笑)」

忍・関口「(笑)」

健一「芝居の作り方には2種類あって、どんどん追い込まれていくとピュッとなにかが出るタイプと、子どものように『何をやってもいいぞ』と遊ばせておくとふわっと良いものが出てくるタイプ。僕は、お遊戯場のようなところで遊んでいるうちになにかが出ちゃう作り方の方が好きなので、そういう稽古場になれたらいいな」

忍「日澤さんも優しい演出だといいな」

関口「まわりの人に『日澤さんの演出なんだ』と言うと、皆さん『すごく良いよ!』と言うんです。なので僕はそれを鵜呑みにしています(笑)。とくに今回、誰もご一緒したことがある方がいないので、何が出てくるのかまったくわからない。初心に戻ったような気持ちです」

小田島恒志先生の翻訳は、役者にとって力強い

―――映画と演劇は重なるところもあると思いますが、共感するところは?

健一「ボビーのお父さんが第2次世界大戦の時にナチスの、おそらく収容所で殺されたんでしょう。自分とお母さんだけ生き延びて、11月のライン川に飛び込んでオランダまで泳いで渡ったという悪夢のような記憶がずっと彼の中にあって。それでアメリカに逃げてきてのしあがってやる……という力があった。才能だけでなく、映画界にしがみつこうとする強い力があったんですね。その闇の部分が、優しい女性と出会うことによって、解放されていく……というところがうまく表現できればいいですね。日本人にはなかなか伝わりにくいだろうユダヤのことも出てくるし」

忍「私は最初、コメディだと思って読んで『どうやって笑わそうかな?』とか考えていたんです。なので今の加藤さんのお話の視点は勉強になりました。
 メアリーは、冒頭から自殺をしようとしているぐらい追い詰められたボビーに対して必死に説得していく、すごく気丈な女性ですね。最初に読んだ時は台詞に書かれた描写から、淡々としておしとやかでソフトな人なのかなと思っていたけれど、今はそうではなくて、人生を掴み取るというエネルギーにおいてすごく情熱的な人だなと。こういう風に生きられたらいいなって思いますし、そのパワーが自分の中から出てくるには時間がかかりそうです。
 感情移入しやすいのはどちらかというとアナンさんの役(デニス)なんですよね(笑)」

関口「僕もデニスに共感できるところがすごくいっぱいあるんですよ。あえて今っぽいキャラクターとして描かれているとは思うんですけど、割とはっきりものを言ったり、わかりやすくトレンドになってすぐ消費されるものをキャッチする感覚を持っている。それがハリウッドという大きな舞台でうまくいっちゃって、すぐ調子乗っちゃうのも想像しやすいです。
 ただ、読んでいると、このお洒落なアメリカンジョークみたいな戯曲を日本語で表現するのは大変そうだから、どうしたらいいんだろうと考えています」

―――翻訳戯曲ですと、舞台となる国や文化やバックグラウンドが異なりますよね。翻訳劇をやる時に意識していることはありますか?

健一「19歳で最初に入った劇団が翻訳劇を扱っていたんですよ。だからもう慣れていて、抵抗がまったくない。名前がカタカナなだけだというくらいですね」

忍「小田島恒志先生の翻訳の舞台はこれまでにたくさんやらせていただいているんですけれども、日本人が外国人をやっても違和感がない。翻訳の力の偉大さを感じます。
 恒志先生の翻訳は役者にとってとても力強くてありがたいんです。語尾によってキャラクターも違うし、たとえば訛りのある役が話す言葉が関西弁なのか東北弁なのかでもまったく味が変わりますから」

―――最後に、加藤さんからこのお芝居に向かわれる気持ちを伺いたいです。

健一「このお芝居のテーマでもありますが、今、自分のいる場所に疑問を抱いている人にぜひ見てもらいたい。職場でもなんでも『ここにこのままいていいのかな』って思っている人はたくさんいると思うんですけど、そういう人に見てもらいたいですね。
 感染対策も行います。芝居を観ることで心が楽になることもあると思いますし、ぜひ劇場に足を運んでください」

(取材・文&撮影:河野桃子)

プロフィール

加藤健一(かとう・けんいち)
静岡県出身。1968年に劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、1人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を創立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞個人賞、文化庁芸術祭賞、第9回読売演劇大賞 優秀演出家賞、第11回読売演劇大賞 優秀男優賞、第38回菊田一夫演劇賞、他演劇賞多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。第70回毎日映画コンクール 男優助演賞受賞。2022年、『サンシャイン・ボーイズ』『スカラムーシュ・ジョーンズ or(あるいは)七つの白い仮面』の演技にて、第64回毎日芸術賞を受賞した。

関口アナン(せきぐち・あなん)
1988年、東京都生まれ。イギリス・ロンドンへ約2年間の留学後、俳優を志す。NHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺』、NHK連続テレビ小説『エール』、テレビドラマ『やすらぎの刻』、 映画『ブルーヘブンを君に』、『窓たち』、『AFTERGLOWS』などの映像作品に出演。

加藤 忍(かとう・しのぶ)
東洋英和女学院短期大学 卒業、加藤健一事務所俳優教室 出身。2004年、加藤健一事務所 vol.57『コミック・ポテンシャル』、vol.58『バッファーローの月』に出演し、第39回紀伊國屋演劇賞 個人賞を受賞した。 2007年に『コミック・ポテンシャル』を再演した際にも、演劇部門で第62回文化庁芸術祭 新人賞・2007年度岡山市民劇場賞を獲得。

公演情報

加藤健一事務所 vol.114
『グッドラック、ハリウッド』

日:2023年3月29日(水)~4月9日(日)
場:下北沢 本多劇場
料:前売5,500円 当日6,050円
  高校生以下2,750円 ※要学生証提示
  (全席指定・税込)
HP:http://katoken.la.coocan.jp
問:加藤健一事務所
  tel.03-3557-0789(10:00~18:00)

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