唐十郎が1983年に出版した半生記「唐十郎血風録」によれば、その時点までの観客動員で最高を記録した作品が『唐版 風の又三郎』だという。夢の島や不忍池から飛び立つ飛行機が印象的なこの作品は、その後、パレスチナ公演を敢行するなど、唐十郎作品の中でも重要な意味を持つ作品だといえるだろう。そんな『唐版 風の又三郎』を、昨年11月に劇団唐ゼミ☆が新宿中央公園に建てたテント劇場で上演したのだが、更に今年も「延長戦」と銘打って上演する。それも唐とも縁が深く、唐ゼミ☆も何度もテントを建てている浅草花やしき裏でだ。暗雲のようなコロナ禍に立ち向かうかのように、すっくと建つテントの中で怪しい魅力に満ちた物語がうごめいている。唐の教え子達とも言うべき唐ゼミ☆の面々から、代表であり演出も担当する中野敦之。俳優の禿恵に米澤剛志。客演として参加する鳳恵弥に話を聞いた。
―――公演チラシには「延長戦」とあります。今年もこの作品を上演することはいつ決断されたんですか。
中野「昨年上演したとき、というか、通し稽古をしたときには来年もやろうと思っていました。ともかく目撃者を増やすべきだと思ったんです。そもそもテントには定員ないのですが、昨年は上演するにも収容数の制限がありました。だから来年になれば状況は良くなって、詰め込み放題だと楽天的に思って(笑)。それになにより作品がいいですから」
―――唐ゼミ☆での『唐版 風の又三郎』は昨年が初めてだったんですか?
中野「周囲からは待望されていましたが、手がけていませんでした。学生時代からずっと、僕達は唐さんのマイナーな作品をやることが多かったんです。唐さんの直弟子という意識もあって、かつて上演したときに上手くいかなかったという作品を、唐さんと僕達の共同作業でやってみようということでした。そうするといろんな効能がありまして、非常に不遜ですが仲間意識が生まれるんです。そうして20年ほどやってきて、このあたりで勝負を賭けるときだろうと思い、誰もが上演している作品を誰もができないように上演してみようと思いました」
―――唐作品を対象にした研究活動、まさにゼミですね。
中野「いろいろやりました。2019年には『ジョン・シルバー』シリーズ3作を一気にやってみました。それぞれ別の時期に書かれた作品を連ねたらどんなに完成度が高いか。これは唐さん自身も、そして他の誰もやってこなかったことですが、並べると全部がつながってくるんです。14時開演で終演21時過ぎになりましたけど(笑)。そういうわけで次はこの大傑作をやりたいなと」
―――上演にあたって気をつけていらっしゃることはありますか。
中野「僕は脚本を読み解いていくのが好きなんです。そして唐さんが書かれたものを全部引き受けて、基本的にノーカットで上演したい。それが唐さんとの信頼関係につながっていると思っています。実は唐さん自身が舞台に立っていると、ご自身で変えちゃう事もあるんです。でも僕は脚本に忠実にやりたいです。唐さんとは41歳くらい年が離れているのですが、こいつ(中野)を通じて作品が後世に残れば良いなと思っていてくれるのかも知れません。さらに唐さんが書き切っていないことも、大方見当が付きます。長年一緒にいましたし、色々な体験をさせてもらったから(台本の中身も)よくわかるようになりました」
―――唐作品を手がける他団体から頼られることもありそうですね。
中野「解釈についての問い合わせは多いです。本来、唐さんの作品はとても情緒的なのですが、“アングラ”のイメージが強すぎて、勢いで押してしまうことが多いんです。唐さんの人間に対する洞察などかなり置き去りにされている。作品ときちんと向き合えばそうはなりません。そして初期の状況劇場にいた人達はリアリズムに徹して演じていたと思います」
―――中野さん、そして禿さんと唐さんの出会いは、横浜国立大学の教授と学生という立場からですよね。
中野「正しくは横浜国立大学教育人間科学部の教授でした。最初はそこの学生が授業を受けていたんですが、もう早々にそれは崩れていって、芝居をするのに必要な人材を捕まえてきていました(笑)。なにやらやっているのを見て入る人もいましたけれど」
禿「私もその学部の学生でした。唐ゼミに入る前は学内でやっていた学生劇団にいたんです。唐さんのことは凄く尊敬してますし、怖がっている部分もあります。ともかくいつも緊張していましたが、とてもいい時間を過ごさせてもらいました」
―――前回公演の後、禿さんは先日残念なことに亡くなられた李麗仙さん。その再来という評判が立っているらしいですね。
禿「そんな恐れ多いことを。自分から寄せようと思ったりしたことはありません。でも唐さんと出会って人生が90度曲がるような体験をした時に李さんのことも知り、状況劇場の映像や音声を観まくりましたからその影響はあるかと思います。声質が近いのは偶然ですね。以前李さんご本人と接する機会もあり、当時は凄く稽古をしていてリアリズムを追求していたと聞きました。李さんの迫力は根本を大事にした上で出るのだと思います」
中野「舞台を観に来てくれたこともありました。『ちゃんとやってる』って言っていましたが(笑)。初期の状況劇場でセンターを守っていたのは李さんと根津(甚八)さんだったそうです。求心力の人ですね。それに対して(大久保)鷹さんなんかはそれを壊していく。いわば遠心力の人。まとめるエネルギーと破壊するエネルギーが共存していたわけです」
―――米澤さんはまだ20代で、若手に入ると思いますが、やはり横浜国大の学生として唐ゼミ☆に出会われたんですか。
米澤「学生でした。入学時には存在は知らなかったんですが、授業の中に唐ゼミ☆の公演に参加するというのがあったんです。まだ唐さんもテントも知らなくて、ただ面白そうだなと思って。もともと高校時代は演劇部でした。でも大学でやるつもりはなかったんです。なんとなく時間を持て余したときに目にしたのが唐ゼミ☆でした」
―――高校時代はともかくとして、本格的に演劇に取り組んだのは唐ゼミ☆からということですね。
米澤「そうですね。そこで育っちゃったという。だから最近は、いわゆる役者さん達とは自分はちょっと違うところにいることを意識するようになりました。普通の劇場に行くと静かだなあ、なんて思ったりして(笑)。楽屋にしても劇場よりもテントの楽屋の方が落ち着きますね」
―――今回はかつて唐さんが演じた役だとか。
米澤「前回に引き続いて、教授役です。初めて台詞が沢山ある役でした」
―――鳳さんも前回に引き続いての客演ですね。中野さんとは主演された舞台『こと』や『シーボルト父子伝』の演出家としてお付き合いがあるのだと思いますが、鳳さんはつかこうへいさんの薫陶を受けてますよね。
鳳「ええ、つかさんの血脈の一部として、しっかり立たないといけないという自負がありますね。いろいろなものを背負っているということを自覚しつつ歩みたいです。中野さんには作品の演出を受けるとき以外にも、お芝居についていろいろ相談に乗ってもらったりして、お世話になってます」
―――前回と同じ役だと聞いています。
鳳「同じ役を頂けるのはなかなかないので、さらに役を掘り下げられる。勉強になります。でもテント劇場を初体験したときは衝撃的でした。冬だし凄く寒くて。そういった状況で演じることは凄く勉強にもありました。唐さんもつかさんも、あの時代の皆さんは役者を鍛え上げてきたんだなあと思います。つかさんから唐さんに関わった流れは、渡辺いっけいさんも同じです。だからいっけいさんからもアドバイスをいただいています」
禿「鳳さんとは同い年なんですが、演劇との関わりが違う道から見ているので、お互い違う道で来ているだけに、舞台上での技の出し合いが凄く面白いし、今回も楽しみなんです」
―――さて、中野さんは来年初めから文化庁の派遣で1年間ロンドンに赴かれるわけですね。その間は唐ゼミ☆の活動もお休みですか。
中野「そうですね。だからこそ我々の集大成というか、絶対実現しないといけない公演だと思ってます。しっかりやりきってロンドンに行きたいです。向こうで自分の中にある唐さんとの経験がどんなことになるかが楽しみです」
【唐十郎からのコメント】
―――唐さんと中野敦之さんはもともと「教員」と「学生」という間柄だったのが、今や劇作家と唐十郎作品を最も理解する演出家と言われるようになりました。唐さんから見た演出家・中野さんの評価をきかせてください。
唐十郎「中野君が演出することで、台本に隠されていた新しい部分に気づかされるんですよ。それがおもしろい」
―――そんな後継者とも言える中野さんによりあのヒコーキが浅草に現れますね。
唐十郎「浅草では、スメル(匂い)とともに正攻法でもって挑んでほしい」
―――最後に唐十郎作品の後継者、中野さんと唐ゼミの皆さんに一言。
唐十郎「(コロナで)しばらく会っていないから中野やみんなに会いたいね。がんばって!」
(取材・文&撮影:渡部晋也)
プロフィール
中野敦之(なかの・あつし)
愛知県出身。横浜国立大学在学中に当時同大学で教鞭を執っていた唐十郎と出会い、3年生の時に同期の椎野裕美子、禿恵と共に唐ゼミに2期生として参加。演出家兼代表としてゼミを率いて2005年に唐が退官する際には「唐十郎教授最終講義」を成功させる。唐の退官後は劇団唐ゼミ☆として活動を継続。各地に建てられる青テントを拠点に、唐作品を中心に公演を続けている。2022年から文化庁の海外研修生としてロンドンで1年間の研修が決まっている。
禿 恵(とく・めぐみ)
福井県出身。横浜国立大学に入学後、学内の演劇サークルに参加するが、同期の中野、椎野とともに唐十郎のゼミに参加。劇団唐ゼミ☆にも旗揚げから参加している。俳優としてだけでなく、ベリーダンスやパーカッションもこなす。趣味は映画鑑賞。2021年2月からはワークショップも開催している。
米澤剛志(よねざわ・こうじ)
愛知県出身。横浜国立大学に入学後に唐ゼミ☆と出会い2015年から参加。若手筆頭株として成長著しい存在。劇団の活動の他にも演出家・佐藤信氏のプロジェクトにも参加している。ブラジルの格闘技、カポエイラも習得している。
鳳 恵弥(おおとり・えみ)
東京都出身。2002年、ミス・インターナショナルで準ミスとして日本代表に選ばれる。その後、舞台やモデルとしてTV、CM出演を経て、つかこうへい劇団に入団(13期)。以降は女優としてドラマや映画、舞台と本格的に活動を続けるほか、プロデュース、キャスター、執筆活動、演技やダイエットなど様々な指導などマルチに活躍。2019年には演劇ユニットACTOR’S TRIBE ZIPANGを旗揚げ、演出、脚本も手がけている。
公演情報
劇団唐ゼミ☆ 第30回特別公演 延長戦!『唐版 風の又三郎』
日:2021年10月12日(火)~17日(日)
場:浅草花やしき裏 特設テント劇場
料:一般4,000円 ※他、各種割引あり。詳細は団体HPにて(整理番号付・全席自由)
HP:http://karazemi.com/perform/cat24/202110-in.html
問:劇団唐ゼミ☆
mial:karazemi@yahoo.co.jp