ピアソラが理想とした編成で代表曲の数々を披露  気鋭の演奏家たちによる生音で現代タンゴの魅力に浸る

ピアソラが理想とした編成で代表曲の数々を披露  気鋭の演奏家たちによる生音で現代タンゴの魅力に浸る

 タンゴの革命家で、今年没後30年となるアストル・ピアソラ。その名曲をタイトルに冠したコンサート『五重奏のためのコンチェルト』が行われる。ピアソラ自身が求めた理想の編成=バンドネオン、ヴァイオリン、ギター、ピアノ、コントラバスという五重奏を、クラシック専用のホールでPAを使わずに披露する意欲的な試みだ。出演者の一人で、コンサートを企画したバンドネオン奏者の渡辺公章は「自分にとって新しい挑戦」と意気込みを見せる。そんな彼に、ピアソラやバンドネオンに関するエピソードを伺いながら、コンサートの聴きどころを浮き彫りにしていきたい。


――――もともと渡辺さんは、小さい頃からピアノを学んでこられたそうですね。

 「はい。大学ではピアノ愛好会というサークルに入っていて、そこの先輩を通じてピアソラの音楽を知ったんです。それで“一緒にやろう”ということになり、私はピアノ、先輩はバンドネオンが無かったので鍵盤ハーモニカで、ピアソラを演奏していました。楽譜も無かったので、耳で音を採って」

――――そして在学中にフランスへ留学されて、本物のバンドネオンに出会ったと。

 「第二外国語で受講していたフランス語の先生がとても良い先生で、授業以外でも図書館でビデオを観たり、映画を一緒に観たりしているうちにフランスに興味を持って、語学留学をしたんです。そこで、政府が主催するタンゴのフェスティバルが1週間くらいあって、毎日のように通いました。錚々たるダンサーや音楽家が出ていた中に、すごいバンドネオン奏者がいて、その方はフランスでバンドネオンを教えていたんです」

――――フアン・ホセ・モサリーニ(ピアソラ以降の現代タンゴ界を牽引した巨匠。2022年5月没)、ですね。

 「そうです。それまで映像で観ていたピアソラとは全然違う弾き方をしていて、バンドネオンという楽器にはいろんな素晴らしさ、奥深さがあるんだということを知り、自分もやりたいと思って弟子入りしました。ピアノをやっていたので楽譜は読めたし、メロディも弾けるつもりでバンドネオンに触ったんですけど、ドレミの配列がバラバラで、最初は大変でした」

――――ピアノのように思い通りに弾けないところが、なおさら大変だと感じたかもしれませんね。

 「ピアノと違って、バンドネオンはボタンを押した後に、いかようにも音を引っ張ったり大きくしたり小さくしたりできる。それが一番大変なところで、でもそこで自由に作れるところに面白さを感じました。フランスでは、アコーディオンやバンドネオンのような蛇腹の楽器は、ピアノとかより値段が安くて持ち運べるというところから、貧しい人の楽器というイメージがあるんです」

――――そうなんですか。

 「下手な演奏のことを“アコーディオンのように弾く”という言い方もあるくらいで。私も、バンドネオンは太いマジックペンみたいな、ベタッとした太い線しか書けない楽器だと思うことがあります。それに対して、バイオリンとかは筆のような楽器だと思うのですが、モサリーニはそんなバンドネオンを筆のように扱っていて、そこにとても驚かされました。そして音色にも、バンドネオンにしかない魅力を感じます」

――――それまでずっとクラシックピアノをやっていた渡辺さんが、タンゴのどういうところに惹かれたのでしょうか。

 「最も印象的だったのは、やはりリズムです。もちろんリズムはどんな音楽にもありますが、タンゴは打楽器が入らないことがほとんどで、その代わり各奏者がみんなドラムやパーカッションの役割を担っている。そして、南米の音楽には全て共通していますが、何よりもリズムを最優先に考える音楽で、そこが他のジャンルよりも飛び抜けて魅力的です」

――――確かに、打楽器が入っていないのに、まるで打楽器が鳴っているように感じることがあります。

 「自分もそんなふうに演奏したいです。メロディを奏でながらドラムやパーカッションをやっている感じというか。楽器を叩いたりすることもありますが、そうではないときも常にリズムを感じさせる。そういうリズムの表現が、タンゴならではの強烈な魅力だと思います」

――――バンドネオンを使ったタンゴの演奏は、独奏や他の楽器とのデュオ、オーケストラとの共演などいろいろな形がありますが、今回披露される五重奏の特徴とは何でしょうか。

 「もちろん、いろいろな編成にそれぞれの可能性がありますが、特にピアソラの音楽の場合、最低限で最強のものが五重奏だと思います。この楽器じゃなければならない、というものばかりが集まっていて、一人ひとり全員が主役に聴こえる。この5つがあれば全ての栄養素がバランス良く備わっている、そんな感じがありますね。最強の編成だと思います」

――――コンサートに出演されるのは、それぞれが渡辺さんと縁のあるプレイヤーですが、この5人で演奏するのは?

 「初めてです。みんないろんなところで活躍している、素晴らしい音楽家たちばかりです。全員集まるのはなかなか大変ですが(笑)、今後このメンバーで活動していけたらなというのと、ピアソラのメモリアルイヤーでもあるので、新しい挑戦として今回のコンサートを企画しました。東京公演の翌日は地元の仙台で、その次の日には小さい頃に住んでいたことがある青森で公演します。こういうツアーを組むのも挑戦のひとつですね」

――――東京公演が行われるトッパンホールは、音の響きに定評のある会場です。先ほどお話しいただいた五重奏の魅力を味わうにはぴったりの場所ですね。

 「ここも音響にこだわって選びました。ピアソラの編成だと、会場によってマイクを使うことが多いのですが、トッパンホールではPA無しの生音でやります。エレキギターを使う曲はアンプを鳴らしますが、それをマイクで拾うことはせず、アンプの音をそのまま聴いていただきます。せっかく響きの良いホールなので、生の音でやってみたいなと。ピアソラの音楽を生音で披露する機会は珍しいと思うので、ぜひたくさんの方に聴いていただきたいと思います」

(文・取材:西本 勲)

プロフィール

渡辺公章(わたなべ・きみあき)

6歳より矢野吉晴氏の下でピアノを学ぶ。筑波大学在学中にフランスへ留学し、バンドネオン奏者ファン・ホセ・モサリーニに出会いバンドネオンを学ぶ。その後、東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。2011年、タンゴ・グループ「タンゴ・アリエント」を立ち上げる。2017年には、石丸さち子作・演出、水 夏希主演の舞台『ラストダンス──ブエノスアイレスで。聖女と呼ばれた悪女 エビータの物語』にバンドネオン演奏で出演。現在は、仙台を中心に各地で演奏活動を行い、バンドネオンとピアノのレッスンを行っている。今年6月、初のリーダーアルバム『LA ROSA DE LOS VIENTOS』を発表。バンドネオン独奏を中心に、ギター、フルート、ピアノを交え、古典のタンゴからピアソラ、現代のタンゴまで、自身がこれまで大切に演奏してきた曲を収録している。

公演情報

五重奏のためのコンチェルト 東京公演

日:2022年10月14日(金)19:00開演(18:30開場)
場:トッパンホール
料:一般4,000円 U-25[25歳以下]2,000円(全席自由・税込)
HP:https://www.tangoaliento.com/
問:ムシカアリエント事務局 tel.090-7070-1107(平日10:00~17:00)

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