曲と言葉が調和する日本語オペラの意欲作! 江戸時代の浮世絵師・写楽の謎を絡めながら、現代のアートとメディアの在り方を問う

曲と言葉が調和する日本語オペラの意欲作! 江戸時代の浮世絵師・写楽の謎を絡めながら、現代のアートとメディアの在り方を問う

 国立オペラ・カンパニー青いサカナ団の第39回公演のタイトルは『写楽』。江戸時代に10ヶ月のみ活動した浮世絵師・写楽は誰なのか、何故姿を消したのかという邦画史上最大の謎を忍ばせつつ、現代のアートとメディアの在り方について強く問いかける意欲作だ。
 物語の舞台は現代日本。イラストレーターを目指す伊央は、姉である麗亜の紹介で大手広告代理店の有名プロデューサーと出会い、本人の意思とは無関係にスーパースターとして仕立てられていく。
 青いサカナ団主宰の神田慶一、出演者でソプラノ歌手の栗林瑛利子と栗本萌、同団を長く見守ってきた東京文化会館職員の里神大輔に、作品への意気込みや日本のオペラを取り巻く現状について話を聞いた。


現在の舞台芸術に対する危機感

――――本作の見どころを教えてください。

栗林「神田さんの作る音楽は耳馴染みがよく、気付いたら口ずさんでいることが多いんです。今回はそのなかでも、神田さんが一番力を入れて書かれたんだろうなと思う『ジャム(パンに塗るものではなく)』というシーンがあります。このシーンが今から楽しみです!」

栗本「私は『何のために君は踊るの?』というシーンがすごく突き刺さりました。舞台人として、芸術家としての魂の叫びだなと思うので、観ている人にもすごく共感していただけるはずです」

里神「オペラって、オペラの舞台裏のほうも十分にオペラティックだったりしますよね。今はPCR検査の結果にドキドキしたりと非常に心臓に悪いことも多いです。創作するというのは本当に大変なことですし、現実では本当に好きなものだけを作るというわけにもいかない。けれども創作があるからこそ明日がある、生きていけるという強さを感じる作品だと思います」

神田「20年近く前に、昭和30年代の浅草に集まる踊り子や脚本家を描いた『あさくさ天使』を作りました。あのときは『昔こういう風に舞台を作っている人たちがいた』というノスタルジー的な話でしたが、今回はその逆で『今生きている僕らが舞台を作るとしたらどうなるのか』がテーマです。

時代の変遷とともに舞台芸術が変わってきているというのは僕自身思っていて、そこに危機感を感じているからこそ、僕にしては珍しく強い形で告発しているというか、今の舞台芸術を取り巻く現状を炙りだしている作品でもあります。もちろん上質なエンターテイメントでもあるので見た人がそこまで感じるかはわからないんですけれども、何人かに1人に何か突き刺さるものがあればと思います」

プロデュースされた浮世絵師、写楽
――――本作の見どころを教えてください。江戸時代の浮世絵師「写楽」と、現代の芸術と出版の在り方を絡めるアイディアはどこから浮かんだのでしょうか?

神田「そもそも今回のテーマに落ち着いたのは、僕が近年関わったある芸術イベントがきっかけでした。僕はそのイベントに於けるプロデュースの在り方に疑問を感じたんです。もっと直接的にいうと舞台を冒涜しているというか、これは今に始まったことではないんですけどね。大手事務所や広告代理店がイベントをコントロールするのは一向に構わないんです。でも、ただどの舞台にも、それに情熱を持っていて命をかけている表現者、出演者が少なからずいるのに、表現者側は常に強力な力を持っているプロデュース側から下に見られる、或いは表現者側がプロデュース側の顔色を常に気にするという構図に嫌悪感を感じました。その表現者が持っている才能、ポテンシャルが判断基準ではなく、「有名か無名か」という点だけが価値を決める、この状況が嫌でしょうがないんです。青いサカナ団も僕自身も無名の代表選手のようなものですから。
エンターテイメントのあり方はこれでいいんだろうかと痛感して、これを作品にしたいなと思ったときに、かねてから扱いたかった写楽を持ってこようと思ったんです。
10ヶ月だけ活動して姿を消した写楽にまつわるミステリーについては皆さん書いていますが、それよりも僕が注目したのは、写楽は蔦屋重三郎という版元にプロデュースさせられた存在だということ。蔦屋のもとから去って行った喜多川歌麿への意趣返しということは良く指摘される点です。『プロデュースするとはどういうことか』とか『芸術家はどういう風にして生まれるのか』というテーマに写楽はぴったりでした」

コンプレックスを抱えた姉妹の関係性にも注目

――――本作においてキャストとして挑戦すること、お客様に見て頂きたいところを教えてください。

栗林「麗亜は上り調子のディレクターですが、アーティストである妹、伊央にコンプレックスを持っていると思うんです。勉強はできるけど、なにか一芸に秀でているわけではない。だからこそうまくいっていない姉妹だと思います。そんな彼女が裸の状態になったとき『私って何だろう?』と自分を振り返る歌があります。この裸の麗亜をどう演じるかが今から楽しみです」

栗本「伊央はイラストレーターの卵なんですが、彼女は彼女で仕事が上手くいっているお姉ちゃんと違ってなかなか上手くいっていない自分に劣等感があります。でも伊央自身は強い意志を持っている子で、それを相手に対してもしっかり言うことができる人間だと思っています。伊央の意思の強さをしっかり出していきたいと思っています」

――――本作の見どころを教えてください。それぞれの役を演じる上での意気込みを教えてください。

栗林「神田さんは基本的に、私が歌うことを前提として役を書いてくださるので、私にとって理解しやすいんです。それに普通のオペラだと、『ヴィオレッタ』にしても『トスカ』にしても今までいろんな人がやってきているわけですが、麗亜を演じるのは私が初めて。舞台で彼女がどういう風に生きているのかをお客さんに感じていただけるような芝居ができたらいいなと思います」

栗本「私自身はプロとして活躍をしている期間がまだまだ浅いので、伊央の境遇にすごく共感しています。ただ、性格的な面はけっこう違って、私は思いを押し込んでしまうようなタイプです。しっかりと伊央の言葉で、もがき苦しみながらも最終的には光を見つけられるような、お客さんにも共感してもらえるような役作りをしていきたいなと思っています」

音と言葉が調和する、青いサカナ団の魅力

――――青いサカナ団というオペラ団体の有り様や魅力をお聞かせください。

里神「神田さんが作る作品というのは、テーマが本当に多種多様なんですよ。それに加えて歌詞も台本も書かれて作曲もされるからこそ、音楽のフレーズと言葉のフレーズの頂上が自然に一致するのがものすごく心地良いんです。これは神田さんのオペラの大きな特徴だと思います」

――――唯一の団体外のお立場から、今回の公演をどの様にお客様に薦められるか、お考えをお聞かせください。

里神「日本語のオペラって何が難しいって、発声なんです。とくにソプラノは下手するとキンキンして何を言っているか分からなくなってしまう。だから解決策として字幕があるのですが、青いサカナ団は字幕がなくても充分聞こえるんです。やっぱりそれは神田さんの劇場人ならではの調整の賜ですし、ちゃんと言葉が届く。言葉が届くということはちゃんとドラマが届くということなので。
もし、『オペラは何言ってるか分かんないから私は観ないわ』がという人がいたら、その心配は全くないと自信を持ってオススメします」

――――最後に、青いサカナ団の今後の有り様についてお聞かせください。

神田「例えば、日本オペラの歴史は山田耕作さんの『黒船』に始まって100年に届くかなというくらいなんですよ。まだ90年くらいかな。一方で西洋のオペラは400年以上と、このギャップはものすごくある。日本の人たちは、歌手や演奏者といったプレイヤーとしては国際レベルでも、書くという点ではまだひよこなんです。書き手が圧倒的に足りない。

だからこそ、僕が書くことによってノウハウを蓄積できるじゃないですか。書き続けることで少し上手くなってきたという点は絶対にあるんですよね。だからこそ今後も何とか頑張ってやりたいというのが、青いサカナ団の有り様なのかなと思います。

オペラっていろんなセクションがありますよね。照明にしても音響にしても舞台監督にしても、それぞれを人力でユニットするのがオペラの面白さなんですよ。先輩たちの世代の演劇人たちの方がもっとガチャガチャ揉めながら作っていた印象がありますが、僕たちも力業で良いものを作りたい。今の演劇はある程度の苦労でできる楽なパッケージングをしちゃっている気がどうしてもしちゃうんです。オペラっていうのはそうならない、どうしても力業が必要だったりするので、それをどうしてもやり続けたいというのがあります」

(取材・文:いつか床子 撮影:友澤綾乃)

読書の秋、つい読み返してしまう本はありますか?

神田慶一さん
「日頃から読書を趣味としています。学生時代も今も変わらず月に10冊前後の本を欠かさず読んでいます。その意味では“読書の秋”という時節柄を意識したことはあまりありません。月に数冊は新刊、或いは最近のも本を入手しますが、数十年間変わらずに読み直してしまう本としては、夏目漱石・村上春樹・川上弘美氏などがその最有力候補です。何度もローテーションして初期から最新作(もしくは晩年の作)までを通読したり、同じ本を3〜4度と繰り返して読むなど、その時々の楽しみ方を変えています。以前読んだ時に強い印象を受けた作品が、数十年のちに読み直した時、新たな発見があるのが大変に面白く、また興味深いものです。村上春樹氏翻訳本の影響があるのでしょうが、フィッツジェラルドやチャンドラーなど海外の作品も頻繁に読んでいます。推理小説、ミステリーも大好物で、国内外問わず触手を伸ばしていますが、古典的なアガサ・クリスティから最近注目を浴びているアンソニー・ホロヴィッツなど優れた作品に新たに触れる時の喜びは他の何よりも嬉しいものです。」

プロフィール

神田慶一(かんだ・けいいち)
89 年、国立音楽大学楽理学科卒業と同時に有馬賞を受賞。在学中より来日オペラ団の制作助手を務め、89 年に青いサカナ団結成。03 年『僕は夢を見た、こんな満開の桜の樹の下で』で佐川吉男音楽賞受賞。

栗林瑛利子(くりばやし・えりこ)
ソプラノ歌手。東京藝術大学音楽学部声楽科、同大学院音楽研究科声楽専攻(オペラ)修士課程修了。12 年よりイタリア国立パルマ音楽院に留学し最高点で卒業。これまで三塚至、三塚直美、鈴木寛一、林康子、永井和子、Romano Franceschetto,Janet Perry の各氏に師事。

栗本 萌(くりもと・もえ)
ソプラノ歌手。国立音楽大学附属高等学校を経て、国立音楽大学音楽学部演奏学科声楽専修卒業。同大学院音楽研究課修士課程オペラコースを首席にて修了。修了時に新人演奏会に出演。二期会オペラ研究所第62 期本科修了。

里神大輔(さとがみ・だいすけ)
岩手県大船渡市出身。システム・エンジニアとして勤務の後、04 年4 月から東京文化会館(公益財団法人東京都歴史文化財団)に勤務し、大小ホール貸出や主催事業企画・制作などを担当する。現在は主催事業の広報やチケッティングを担当。音楽写真家・木之下晃氏の音楽写真叢書『最後のマリア・カラス』、『栄光のバーンスタイン』の年譜を担当する。

公演情報

国立オペラ・カンパニー青いサカナ団 第39回公演 歌劇 写楽

日:2022年10月29日(土)・30日(日)
場:あうるすぽっと
料:S席8,000円 A席6,000円(全席指定・税込)
HP:http://www.aoi-sakana.jp/
問:国立オペラ・カンパニー青いサカナ団 tel.050-3590-8913

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