高校生だった渡辺えりが感激して書き写した劇作家・清水邦夫の名作を初演出 かつて革命を夢見た多くの若者がいた、あの時代を現代の役者たちと検証する

高校生だった渡辺えりが感激して書き写した劇作家・清水邦夫の名作を初演出 かつて革命を夢見た多くの若者がいた、あの時代を現代の役者たちと検証する

 俳優・劇作家・演出家としてだけでなく、昨今では歌手としても活動している渡辺えり。かつての小劇場ブームの頃は劇団3〇〇を率いて活躍した旗手の1人だが、その渡辺が故郷・山形の高校生だった頃に出会った戯曲がある。それが劇作家として多くの作品を遺した、清水邦夫の『ぼくらが非情の大河をくだる時』だ。
 作品に感動した渡辺は、なんとそれを全編書き写したそうだが、それから50年が過ぎた現在。その作品を初めて演出するという。主役の1人に指名したのは劇団扉座の旗揚げメンバーで、滲み出る個性で数々の作品に登用されている岡森諦。今、なぜ渡辺がこの作品を手がけるのか。そして岡森がどんな気持ちで演じるのか。2人に話聞いた。

―――清水邦夫さんによる『ぼくらが非情の大河をくだる時』~新宿薔薇戦争~は、えりさんにとってとても想い出深い作品だと聞きました。

渡辺「まだ山形の女子校に通っていた頃、高校の演劇クラブで戯曲を沢山読んでいました。そんな時に、この作品が雑誌『テアトロ』に掲載されたんです。ところが山形では雑誌が1冊しか売って無く、それも売り切れていました。それを買っていったのが知人だったので貸してもらって書き写したんです。後に清水邦夫さんにお目にかかったときにそれを見せて、サインしてもらいました」

―――書き写すなんて、凄い熱意ですね。

渡辺「もう号泣しながら、正座して書き写して」

―――そんな作品を取り上げようと思ったきっかけはなんでしょう。

渡辺「あの当時、革命を夢見て活動した人達が企業の中心メンバーになり、さらに引退している時代になりました。だからあの時代を振り返って、あの時の若者の思いはなんだったのか、今との違いや全共闘世代が革命にかけた想いを検証したいと思ったんです。
 あの頃、私も高校生でベトナム戦争や安保条約に疑問を持っていました。先輩たちはゲバ棒持って闘っていた中でね。そして今はウクライナで戦争が起きている。50年隔ててダブって見えた事もあります。自分がこの戯曲に号泣したのは何だったのか。自分が演劇に関わるきっかけになった作品を年に1本ずつ見直す、これが第1弾です。そして地道に活動を続けられている扉座の岡森さんに参加してもらいたくなりました。ともかく私も67歳になったのでやるなら今だと思ったこともあります。こんな過激な芝居を80歳ではできないでしょ。ギリギリですよ」

―――渡辺さんが主宰していた劇団3〇〇と、岡森さんが旗揚げメンバーの一員である扉座。あの頃は善人会議ですが、少し世代がズレますね。今までのお付き合いはありましたか。

渡辺「初めてお願いして出ていただきます。とても面白くなりそうだと思います」

岡森「渡辺えりさんのことはもちろん当時から存じ上げていますが、ご一緒するのは初めてです。飲みに行ったりはしていましたけれどね。僕等が善人会議を始めた時には既に『劇団3〇〇の渡辺えり子』といったらスターでしたから。それなのにスズナリに観に来てくださって。そんなときはもう楽屋は大騒ぎですよ。『渡辺さんが来てるぞ』ってね」

渡辺「下北沢で飲みに行く店が一緒だったり。それで岡森さんがこの前リーディングをやっていたのを観たときにハッとして、それがお願いするきっかけです。岡森さんは吉田侑生さんと岩戸秀年さんが演じる兄弟の父親役ですが、父親って難しくて個性的な人がやらないと何気ない感じになっちゃうんです。若者の狂気に向かい合わないといけない。でもそれが最初から強そうな人だとそれもいけない。このポジションをどうするか、ずっと考えていたときでした」

岡森「あまりハードル上げないでください(笑)」

―――その他のキャストはオーディションで選ばれたとか。

渡辺「そうです。そうしたらやりたい人がこんなに集まってくれて。あんなに来るとは思っていませんでした。でも本当に低予算なので、役者陣総出で衣裳も道具も作ります。それでも皆さん意欲的で嬉しい悲鳴を上げています」

―――劇団をやっていた頃の熱気が蘇りましたか?

渡辺「劇団なら劇団員は自分たちでやるのが当然なんですが、今回集まった皆さんは一般の役者さんでしょ。それなのに仕込みもバラしもやってもらいます。若い人はやったことがない人も多いわけですから。ミシンや大工仕事もね。だからその作業を伝えるところから始めるから大変だと思います」

―――岡森さんは清水さんとの繋がりが何かありますか。

岡森「善人会議を立ち上げた横内謙介と僕と六角精児は神奈川県立厚木高校の演劇部の仲間で、全国大会に行ったんですが、その時の審査員が清水邦夫さんでした。そこで清水さんが『君たち、天才だよ』とおっしゃったんです。きっと軽い気持ちだったと思いますが、僕等高校生でしたから、それを信じて今に至ります(笑)。あんなおだて方をしなければもう少しまともな事をしていたと思います。そんな清水さんの作品に、この年でやるんだと思うと感慨深いです」

渡辺「私も清水さんの作品に挑むのは初めてですから。みんな初めてなんです」

岡森「でも渡辺さんはこの戯曲に出会った高校生の時に凄いと思ったんでしょ。僕はその清水さんとの出会いの後に、戯曲を買って読んだけれど、なんのこっちゃかわからなくて……新宿って怖いとこだなぁくらいの印象しかなかった」

渡辺「私が女だったからかもしれませんね。同性愛者の苦しみは女性の苦しみに重なるんです。昔は男社会で女性が凄く抑圧されていましたからその感覚と、結ばれない、結ばれたとしても子を孕まない、今でいうLGBTの人たちの感覚が女性であることと東北出身者であることに共鳴したのだと。恵まれている男の人にはわからない部分があると思います」

―――興味深いのは、ただ50年前の戯曲をするのではなく、現在の渡辺さんも落とし込まれているところ。それは最近接近されているタンゴを取り入れるところです。今回は1組のダンスカップルとタンゴには欠かせない楽器、バンドネオン奏者が加わりますね。

渡辺「清水さんもタンゴが好きだった事もありますが、タンゴは内に秘めた激しさを持つ、革命色の強い音楽だと思うんです。鬱屈した精神を過激に出すようなところが凄く面白いですね。それを演劇に使いたいと思っていて、革命を感じさせるこの芝居にはピッタリかと思いました。
 そもそもアストル・ピアソラの音楽が好きで、私の『赤い靴』という作品で初めてバンドネオンという楽器を入れました。の当時は奏者も少なかったのだけど、いまは増えたそうです。そしてタンゴ好きだと公言して、さらに私は作家でもあるので自分で詞も作る、それで歌詞を書いて歌うようにもなりました。ダンスの村本さんは3〇〇の塾で先生をして頂いてた方です。『あかい壁の家』の振付もしてもらいました。元々はコンテンポラリー・ダンスの方ですよ」

―――さらにアフタートークも凄いラインナップですね。これを目当てに通いたくなるくらいです。

渡辺「毎日来ても良いですよ(笑)。まず初演当時に櫻社として出演されていた石橋蓮司さん。同じく出演していた蟹江敬三さんや演出の蜷川幸雄さんが亡くなってますから貴重です。それと俳優の木場勝己さんは櫻社がやった公演3本全部に出ているんです。あと私が好きだったザ・タイガースの瞳みのるさんや尊敬するジェンダー研究の上野千鶴子さん」

―――歌手の麻丘めぐみさんの名前を見たときはびっくりしました。

渡辺「彼女はあさま山荘事件があった1972年のレコード大賞新人賞を『芽ばえ』で獲ったんです。そして私と同い年。その時代のことと全共闘運動をどう捉えていたかをうかがおうと思ってお願いしたら快諾をいただきました。最近では舞台の演出もされているんですよ」

―――では最後にお二人の抱負を伺います。

渡辺「今回はもう死ぬ気でやります。50年前、革命を起こそうと思って闘争の中で死んでいった人がいた時代。その追体験をしないと罰が当たる気がします。いまは流行らないかも知れませんが、死ぬ気でやろうと思います。そして出演者の良さを引き出す演出にしたい。そしてこれが皆にとって良い出会いにしたいです」

岡森「僕等はなんだか時代に置いていかれてきた世代なんです、熱っぽいことを口走ると馬鹿にされるみたいなね。それが嫌で僕達は演劇を始めたんだとおもいますが、それでもなお置いていかれてしまう。だから今回だけはおいて行かれたくない。その熱に浮かされていたい。こういう時代があってそこを生きてきたことを知って欲しい。そんな気持ちです」

(取材・文&撮影:渡部晋也)

プロフィール

渡辺えり(わたなべ・えり)
山形県出身。劇作家・演出家・俳優・歌手。「オフィス3◯◯」主宰。『ゲゲゲのげ 逢魔が時に揺れるブランコ』で第27回岸田國士戯曲賞、『瞼の女―まだ見ぬ海からの手紙』で第22回紀伊國屋演劇賞 個人賞を受賞。舞台だけでなく、NHK連続テレビ小説『おしん』『あまちゃん』をはじめ多くのドラマに出演、映画『Shall We ダンス?』では第20回日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞受賞。コロナ禍により活動が制限される中、2020年に行った作品『さるすべり~コロナノコロ~』が英訳され、自身2作目の英訳出版となった。また歌手としても活躍。自身の訳詞提供なども行っている。今回、16歳から長年夢見ていた作品である清水邦夫作『ぼくらが非情の大河をくだる時』を初めて演出する。

岡森 諦(おかもり・あきら)
神奈川県出身。県立厚木高校演劇部で全国大会に進出。その時の仲閒である横内謙介・六角精児たちと善人会議(現・劇団扉座)を立ち上げる。『愚者には見えないラ・マンチャの裸の王様』の名演技など、劇団公演では作品を支える役を多数演じる。個性派俳優として、つかこうへい事務所や劇団方南ぐみなどの外部舞台作品にも出演。また、NHK大河ドラマ『風林火山』『青天を衝け』にレギュラー出演する等、テレビドラマにも数多く出演している。今年8月には「Midsummer night’s dream~トランペットとリーディングの夕べ~」でコラボレーションライブをするなど、多くのシーンで活動。10月には劇団扉座 第74回公演『最後の伝令 菊谷栄物語―1937 津軽~浅草』への出演が控えている。

公演情報

オフィス3〇〇公演
『ぼくらが非情の大河をくだる時』
~新宿薔薇戦争~

日:2022年10月22日(土)~30日(日)
場:新宿シアタートップス
料:一般4,000円
  プレビュー[10/22]3,000円
  (全席指定・税込)
  25歳以下割引3,000円
  ※団体のみ取扱。要身分証明書提示(税込)
HP:http://office300.co.jp
問:オフィス3○○ tel.03-6450-8603

Advertisement

インタビューカテゴリの最新記事