1996年に始動した阿佐ヶ谷スパイダースは、2017年に劇団化し、新たな集団のかたちをつくり歩み出した。本公演の劇場ロビーでは劇団員が出迎え、上演、見送りまで熱気に溢れた一体感を生んでいた。“劇団”として阿佐ヶ谷スパイダースの結束が観客をも巻き込んでいくようだった。しかしコロナ禍にて、直接のコミュニケーションは制限される。それによって「むしろ他の劇団とは違う部分も炙り出された」と言う。今、劇団としてなにを思うのか……。
本公演をうつことが劇団と観客の未来に繋がると考え、11月7日から『老いと建築』を吉祥寺シアターにて上演予定だ。作品のインスピレーションは、建築家・能作文徳さんと常山未央さんの事務所兼自宅“西大井のあな”から得た。“建築”から構想を膨らませた本作について、作・演出の長塚圭史と、ある建築に住まう老女役・村岡希美に話を聞いた。
不思議な建築からインスピレーションを受けた新作
―――新作『老いと建築』の構想の立ち上がりは、ある企画展だったそうですね。
長塚「新作について考えていたところに、寺田倉庫さんから『謳う建築』という企画展への出展依頼をいただいたんです。でも最初はその企画がどういうものなのかよくわからなくて」
――― 建築と詩(ことば)のコラボレーションという展示企画で、長塚さんは、建築家の能作文徳さんと常山未央さんの事務所兼自宅“西大井のあな/2018”を訪れ、言葉を紡がれるというものでしたよね。
長塚「実際に能作文徳さんとお会いするといろんなインスピレーションがあって、“建築”を新作の構想の大きなところに加えてみたいと思いました。企画のためには台詞を紡ぎ出さないといけなかったので、箱書きや人物相関の中から一部をとって場面を立ち上げ、展示していただきました。締切があまりに間近だったのでさすがに戯曲を一本書くのは間に合わず、一部の台詞だけですね」
――― どんなインスピレーションがあったのでしょう?
長塚「能作さんは古い建物を改築したり、そこからまったくオリジナルのものを作ったりする。能作さんの住む“西大井のあな”という奇妙な建物は、改築され続けているんです。住みながら変化し続ける家。建築に完成を求めない。
その家を見ながら思ったのは、家って、作る時には『こういう生活がしたいな』といった夢や思惑があるはずです。でもそれは時間が経つとひっくり返ることがありうる。つまり、理想だと思っていた家が、想像していた以上に使いにくくなっていったりするんです。たとえば足腰が悪くなって手すりをつけなきゃいけなくなったり、伴侶がすぐに亡くなってしまったり、子どもを持つはずだったのに持たなかったり、子どもを持ってもその子どもが『はやく親に家を出ていってほしい』と願っていたり……最初の思惑とどんどんズレていく。それが面白いなと。
だから、家が朽ち、自分は老い、建てたばかりの頃の家の幻想を見ている老女を、その子ども達が『はやく死んでくれないかな』と思っている……という話をつくろうかなと思っていたんですよ。このおばあちゃんを村岡さんにやってもらおうと」
村岡「なるほど……わかりました! 私も『謳う建築』の企画展を見に行ったんですが、展示を見ながら『能作さんのおうちを見に行ったことで、圭史君の創作が湧いてきたんだろうな』と感じていました」
長塚「もともとはずっと、母と娘を中心に家族劇をつくりたかったんですね。憎しみ合いながらも面倒を見ている娘や、老いていく母親を自分の母親だと思えなくなってしまった息子や、それを見つめる孫達といった“世代”のことを描きたかった。そこに“建築”という題材を絡めて作ってみようと」
建築家ってカウンセラーみたいな存在
村岡「私は子供のころからおうちが大好きで、犬の散歩をしながら、住んでみたいおうちや入ってみたいおうちを眺めていました。おうちのなかの想像をするのもすごく好きなんです。入れないから」
長塚「想像が広がるね(笑)」
村岡「外からリビングが見えると『お二階はどうなってるんだろう?』『キッチンはどうなってるんだろう?』と妄想するのがすごく好きな子どもでした。家って、人が住まなくなったとたんに朽ちていくでしょう。子ども達が出ていって一人になったことで、朽ちかけている家のなかで自分の生活導線だけでの生活をなさっている高齢の方もたぶんいらっしゃる。もし『バリアフリーな家じゃないから、おばあちゃんこっちで一緒に住もうよ』と言われても『絶対にこの家から出ていかない!』みたいなことはあると思うんですよね」
長塚「そうですよね」
村岡「今話を聞いていて、夢にあふれて家が誕生し、それが朽ちていくことと人間が老いていくことのなかで物語が生まれるという圭史くんの発想と創作意欲にときめいています。私はどういうふうにおばあさんを演じるのか、初めての試みがたくさんありそうなので、楽しみです」
長塚「最初は、“老婆”というものをあえて造形しちゃおうと思っていたんだけど、実際に孫とかも登場させていくなら台詞劇の要素が強くなっていくなと考えて、造形ではなく言葉だけで老婆であることを示せるように作ろうと思っています。この老婆にも、当然だけど若かった頃の思い出がある。亡くなった旦那さんも出ます。(中村)まことさんだけど」
村岡「まことさん死んじゃったんだ(笑)」
長塚「旦那の当時の愛人が出てきたりね(笑)。あと、家をつくった建築家がずっと老女につきまとう……というのも、建築家は家を建てる時に、施主に『どんな生活をしたいか』などいろんなことを聞くわけですよね。つまり、老女の夢を詳しく知っている存在なんです」
村岡「私、親友が建築家なんです。一軒のおうちを建てることはすごく大変で、家族の思いを聞いていくと、全員がいるところでは言えなかったことを個別に聞いたりするそうです。たとえば娘が両親の前で言えなかったけれど『こんな部屋にしてほしい』という相談をされたり、その家族のカウンセラーみたいになる。一軒建てると一本のドラマがあるんですね」
長塚「まさに。建築家ってゼロから作るお仕事だから、ドラマチックで面白いけど、大変だよ。門の取っ手はどんな形にするのか……ひとつひとつ決めていく時に、なにかしらその人の脳裏に残っている『ああいうのがいいよね』という思いが反映されている。『このスイッチほんとに使うのか?』とか、微に入り細に入り決定していくことの連続ですから」
村岡「そうですよね。私のなくなってしまった実家には使っていない廊下がありました」
長塚「怖いな(笑)。村岡さんも言ったように、家って一瞬にして朽ちていく。するととんでもないほど深い闇が家の中にできていく。老人の一人暮らしだとまさしくそうで、日の当たらない場所とか、暗闇のすみっこからちょっとずつ思い出のようなものが染み出してくるんだろうなと思います」
劇団化して、芝居が生活の一部になってきた
――― 阿佐ヶ谷スパイダースは1996年の旗揚げ以来プロデュース集団として活動し、2017年に劇団化しました。劇団になり4年、その変化は?
長塚「思いがけずコロナになってしまった。2019年に『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』でとても劇団らしい公演がやれて、面白い展開をしそうな予感に満ちていました。コロナ禍、『ともだちが来た』(2020年)を中山(祐一朗)さんの演出でやったけどいろんな制限がありました……もちろん特殊な社会状況の中で豊かなクリエーションを完遂したことは劇団にとってはとっても大きなことでした。ただ当然当初思い描いていた集団のあり方とはずいぶん違っていったんです。
でも、思っていたようにはいかない部分が多かったことで、むしろ他の劇団とは違う部分も炙り出されました。なんというか、ゆるやかな繋がりがあるんですよ。たとえば、僕が芸術監督を務めるKAAT神奈川芸術劇場では、9月に演出している芝居(『近松心中物語』)の照明家がうちの劇団員だし、大道具の建て込みに来ていたのも劇団員でした。お互いの普段の仕事を知らないので『おお、今日いるの!?』なんて(笑)。同じ劇場の別のスタジオでは、村岡さんが舞台(『湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。』)に立っていて、舞台監督はうちの劇団員。さらに劇団を手伝ってくれていた人も入り乱れていたりして、なんともいえない不思議な糸状の繋がりがあるんです。もちろん放っておくと解けていくこともあるから、劇団を続けていくためにも、形はどうあれ公演をうちます。劇団活動を続けることで、僕らの淡い糸がまた少しくっきりと見えてくる」
――― 普段はそれぞれ活動し、本公演で集まるんですね。
長塚「本当は年に1回は祭りのように集まって、子どもも一緒にみんなでご飯を食べたりしたい。今はそれができないけど、この年度行事のような感覚が途切れないようにすると、また面白くなっていくんじゃないかと予想しています」
村岡「劇団発足からちょっと年数が経ってきたことで、意識しなくても『今あの人があの劇場で公演してるんだ』とか『映像のお仕事をやっているんだな』ということが自然と耳に入ってくるようになってきました。お互いの存在感を感じているんでしょうね」
長塚「やっぱり、どういう規模であれ公演をすることで結集し、モノを作り、それによって輪が広がっていくようにしたい。思いがけない人達が手伝いに参加したり、忙しくてなかなか参加できない劇団員もひょいと顔を出したりと、生活に近い創作の場を作りたいですね。とくに僕らもどんどん歳をとっていくわけですから、“生活”という実感はより強くなるんだろうな」
――― 阿佐ヶ谷スパイダースとして活動22年目にしての劇団化なので、すでにそれぞれの場所があるのでしょうね。
長塚「そう思います。みんな自分の生活をきちんと築こうとしています。もちろんお互い助けにも支えにもなるつもりだけど、それぞれがきちんと自立して生きている。若い劇団員も自分でどんどん世界を広げようとしていて、とにかく劇団に乗っかろうとしている人はいないですね」
――― 村岡さんは劇団員になって変化はありましたか?
村岡「劇団員になる前も出演させていただいていましたが、まったく違いますね。朝から晩まで創作のことを考えて、今は家族みたいな感覚です。みんなのお腹の具合も気になるんですよ。『そろそろお腹すいたかな?』とか」
長塚「(笑)」
村岡「役者として参加しながらも、ひとりの人間として、みんなの体調や、心のことを気にしています。『みんな大丈夫かな』『健やかに稽古に臨めているかな』とかを考えるし、劇団員の成長が嬉しい。人間・村岡希美として参加することが、役者としての一部になっている。日々の生活を芝居と共に生きているような感じを得られたのは楽しいですね。芝居一座みたいな」
長塚「『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』の時は、予算もなくて、セットもみんなで稽古場で作って、音楽もすべて自分達でやろうとしていたから、余計に生活感があったのかもしれない」
長塚「僕も村岡さんもびっくりするほど実感しているのは、瞬く間に時は過ぎていくということ。だから若いメンバーにはなるべく良い機会を与えたい。それは、村岡さんも最初から言っていたよね」
村岡「そうですね」
長塚「あと、劇団化して大きく変わったのは、お客様との関係ですね。やっぱり理想としては、ともすればお客様も一緒になれちゃうような感覚を作りたい。今はコロナ禍で制約もあるけれど、お客様には劇場の雰囲気も芝居の中身も楽しんでもらいたいですよ」
(取材・文:河野桃子)
プロフィール
長塚圭史(ながつか・けいし)
劇作家・演出家・俳優 1996 年、演劇プロデュースユニット阿佐ヶ谷スパイダースを旗揚げし、作・演出を手掛ける。2017 年より劇団化。
近年の主な舞台に『イヌビト~犬人』(2020 年/作・演出・出演)、『セールスマンの死』(2018 年・2021 年/演出)、『王将』三部作(2021 年/構成台本・演出)など。『近松心中物語』(演出)が KAAT神奈川芸術劇場で上演中。第 55 回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第 14 回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。2021 年 4 月より KAAT神奈川芸術劇場芸術監督就任。
村岡希美(むらおか・のぞみ)
1970年、東京都生まれ。
1995年より劇団「ナイロン100℃」、2017年より劇団「阿佐谷スパイダース」に所属。近年の主な舞台に、『終わりのない』、『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』、『キネマと恋人』、『イーハトーボの劇列車』、『百年の秘密』、『三文オペラ』、『ちょっと、まってください』、『鳥の名前』、『天の敵』、『湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。』など。舞台のほか、映画『岸辺の旅』、『凶悪』、ドラマ『コールドケース3』、『七人の秘書』、『一億円のさよなら』、『透明なゆりかご』などにも出演。
公演情報
阿佐ヶ谷スパイダース
『老いと建築』
日:2021年11月7日(日)~15日(月)
場:吉祥寺シアター
料:一般5,500円
開幕割[11/7・8]4,000円
バルコニー席3,000円
※他、割引あり。詳細は団体HPにて
(全席指定・税込)
HP:https://asagayaspiders.com/
問:阿佐ヶ谷スパイダース
tel. 070-4136-5788(平日12:00~18:00)