トランスレーション・マターズ、上演プロジェクト第1弾 アメリカ現代演劇の父、ユージーン・オニール最後の作品を新訳上演

 古今を問わず海外の作家が書いた作品を日本で上演する場合、そこには必ず翻訳者の存在があるのだが、観客である我々はそれをどこまで意識しているだろうか。現在演劇界で活躍している戯曲翻訳者によるグループ、トランスレーション・マターズのwebサイトを拝見したとき、正直そんな印象を抱いた。代表理事を務める木内宏昌によれば、戯曲翻訳者が記す言葉は舞台で俳優が使えないような言葉ではいけない。俳優が扱える言葉を提供するのが、現代の翻訳者の役割だという。そしてトランスレーション・マターズに集う翻訳者たち共通の想いは、現代演劇を創作する現場に必要となる翻訳者になりたい、ということだという。
 海外戯曲の上演やワークショップ&セッション。更には書籍化といったプロジェクトを計画する彼らだが、上演プロジェクトの第1弾としてユージーン・オニールの『月は夜をゆく子のために』を上演する。日本ではテネシー・ウイリアムズやアーサー・ミラーに人気を譲り、必ずしも演出家が喜んで取り上げる作家ではないというユージーン・オニールだが、アメリカ現代演劇を語る際には欠かせない作家であり、その評価は高い。木内はそんなユージーン・オニール作品を自身の翻訳キャリアの1/3くらいを費やして既に3作手がけている。その経験があるからこそ、今回最後年に執筆されたこの作品を選んだという。

そんな『月は夜をゆく子のために』の上演に向けてのキャスティングだが、ユージーン・オニール作品はそもそも俳優に要求していることが多くて簡単でなく、台詞も膨大な量があるという。本作は5人の俳優による作品だが、女優は1人きりでほぼ出突っ張りになるだけに、それをこなせる女優さんで無いといけない。さらに今作はトランスレーション・マターズの第1作という事もある。木内が熟考した結果選んだのがまりゑと毛利悟巳の2人だった。この大役に選ばれた2人はどんな心境だろうか。その辺りから話を聞いた。

―――翻訳・演出の木内宏昌さんに見初められたお二人ですが、そう聞いて心境はいかがでしょう。

まりゑ「木内さんとは栗山民也さん演出の『イリアス』(2010年)でご一緒したのですが、それから連絡は取っていたのですが、お仕事させていただける機会はなくて。だからこの話をもらってすぐに手を挙げました。でも実はもう一作品と重なっていて、稽古も重なるから事務所からはやめた方がいいと言われまして。でも木内さんがどうにかしてくださるというので(笑)その言葉を信じて。作品としても普段自分にオファーが来るようなタイプではないものでしたし」

毛利「ロンドンに留学していた頃、海外には面白い作品が沢山あって、自分はそれを全然知らないことを思い知ったんです。トランスレーション・マターズのことや木内さんのことは以前から存じ上げていて、今回はとある縁から話をいただきました。ダブルキャストであることは聞いていましたが、相手がまりゑさんということで、光栄であると同時に凄く緊張しています」

まりゑ「でもここまで台詞が多いとは思っていなかったですよ。主人公はしゃべりすぎです(笑)」

―――お二人ともユージーン・オニール作品に挑むのは初めてとのことですね。

まりゑ「何本か作品を観ましたが、なんだか暗くて、グレーがかった印象で脳裏に残っています。でも木内さんが新たに翻訳したこの作品を読むと全然暗さはないし、演じてみてもこれまで見た作品とは違う印象でした。希望や救いがある作品ですね」

毛利「私は観たことはないので全く初めてなのですが、まりゑさんと同じで希望があり救われる、ポジティブな印象を持ちました」

―――今回、まりゑさんの回は稽古が進んで、試演まで済まされていると伺いました。毛利さんはこれからですね。

毛利「稽古には私も同席していましたが、脚本を自分1人で読んでいるのと、まりゑさんが演じるのとでは全然違うんです。まさに脚本が“立ち上がる”瞬間を見ることができて良かったです」

―――ところで俳優としてお二人は、海外作家の作品、つまり翻訳作品に取り組むことは多いんですか。

まりゑ「私はミュージカルが多いので必然的に多くなりますね」

毛利「私も多いですね。昨年はたまたまシェイクスピアが多かったです。そもそも脚本がしっかりしている作品が好きです」

―――その経験を踏まえた上で、トランスレーション・マターズがやろうとしていることはどう思われますか。

まりゑ「この作品もそうなんですが、昔の翻訳って今を生きる私達からは少しかけ離れている部分や、難解な言い回しも多いんですよね。から海外の作品を今の私達に向けた翻訳で届けてくれるのは演劇ファンとしても嬉しいです。ドンドンやって欲しいです」

毛利「翻訳って時代によって変わります。原作が良くても翻訳が時代に合っていないといけないので、時代とともにもっと替わっていいですね。こうした古い作品でも、それを今の私達の言葉で語れるのは嬉しいことですね。」

まりゑ「あと稽古場に翻訳家がいることの風通しの良さがありますね。普通、翻訳に疑問が出ると「じゃあ確認しましょう」となって手間が増えるものですから」

―――この作品は登場人物が5人だけで、お二人以外は全員男性ですが、共演者の印象はどうでしょう。

まりゑ「これほど穏やかなカンパニーはないですね(笑)。大ベテランの大高さんも優しくて、皆さん受け止めて下さる方ばかりです」

毛利「人柄もあるんでしょうが、大高さんは何でも受け止めてくれます。時々お菓子を作ってきて下さったり(笑)」

まりゑ「10月の公演なのにもう6月から長いスパンで稽古をしていますから、チームワークが培われているんだと思います」

―――それでは公演を前にした心境を教えてください。

まりゑ「とにかく劇場に来て欲しいです。舞台は一期一会なものだし、私自身これほど素敵な作品に出会うこともそうそうないですから。皆さんが持っているユージーン・オニールの印象も変わると思います」

毛利「約80年前の戯曲だけど、今出会えて良かったと思える言葉がすごい沢山あるんです。生死に関わる部分もあるし、私自身この作品から強いメッセージを感じました。皆さんも同じ体験ができれば良いと思います」

(取材・文&撮影:渡部晋也)

プロフィール

まりゑ
東京都出身。93年『塩祝申そう』で初舞台。ミュージカル『ピーターパン』(94・95)、『アニー』(96)、『レ・ミゼラブル』(97)など舞台を中心に活動。最近では女優5人によるユニット「女優倶楽部」を発足、様々な表現での発信を行う。近年の主な出演作に、【舞台】梅棒『風桶』(22/伊藤今人演出)、『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(20・21/上田一豪演出)、『チョコレートドーナツ』(20-21/宮本亞門演出)、『大地』(20/三谷幸喜演出)、【ドラマ】『青野くんに触りたいから死にたい』(WOWOW)、【テレビ】『上田と女が吠える夜』(NTV)などがある。

毛利悟巳(もうり・さとみ)
日本大学芸術学部演劇学科卒業。主な出演作に、『そよ風と魔女たちとマクベスと』・『真冬のバーレスク』(串田和美演出)、『グリークス』・『水の駅』(杉原邦生演出)、『走り去る人たち』(永井愛演出)、『じゃり』(小川絵梨子演出)、劇団チョコレートケーキ『あの記憶の記録』(日澤雄介演出)、ドラマ『相棒15』(EX)、映画『愛について語るときにイケダの語ること』等がある。

公演情報

月は夜をゆく子のために
-A Moon for the Misbegotten-

日:2022年10月8日(土)~19日(水)
場:すみだパークシアター倉
料:一般6,600円(全席指定・税込)
HP:https://translation-matters.or.jp
問:トランスレーション・マターズ
  mail:translationmattersinc@gmail.com

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