徐々に動かなくなる自分の身体。それでも「力の限り生きてやれ」 難病をかかえた子供たちと、彼らを見守る保母たちの物語

 昨年、生死の瀬戸際で交錯する人々の心を描いた『ワタシタチのキョリ』、『ボクタチのキョリ』を送り出したファーストピックが制作する『野に咲く花なら』は、未だ治療法がない筋ジストロフィーの子供達が暮らす病棟を舞台にした物語。中学生の頃から詩作を行い、33歳で亡くなるまでに数多くの作品を遺した”ベッドの詩人”長谷川幸夫氏と、病棟で彼やその仲閒達を手助けし、見守った保母の高橋邦枝さんをモデルに書かれたこの作品は、1994年に初演された。その後2002年まで各地での上演を重ね、今回20年振りに上演される。
 そんなシリアスな作品で脚本と初演時の演出を担当したのが、かつて「コント赤信号」でお茶の間の人気をさらい、その後もバラエティ番組の司会などで幅広く活躍する“リーダー”こと渡辺正行だと聞けば、誰もが一瞬耳を疑うはずだ。今回の上演にあたっては、先に書いた2作品を手がけた劇団HIGHcolorsの深井邦彦が演出を、これからの活躍が期待される山下聖良と乙木勇人がW主演を務める。稽古開始を間近に控えた4人に話を聞いた。

―――脚本が渡辺さんだと聞いて正直驚きました。もう30年近く前になるわけですが、どういった経緯で手がけられたのでしょう。

渡辺「当初は演出だけの予定で、脚本家さんは別だったのが、急に降りてしまったんです。もう大騒ぎでしたが、それで僕が書くことになったんです。急遽モデルとなった保母の高橋さんに電話をして話を聞きましたが3~4日の間、毎晩3~4時間取材しました。それも僕の仕事が終わってからかけるので真夜中になるんです。命に直結している話ですから結構厳しい、脚本にできないような話も沢山ありました。でもその取材で高橋さんの保母さんとしての生き方や人生観、病に対する想いなどが凄くよくわかりました。高橋さんはお話が上手くて、それを台本にして行ったのですが、あの短時間でよく書けたなと思いますね(笑)」

―――演出の深井さんは昨年の『ワタシタチのキョリ』『ボクタチのキョリ』に引き続いてファーストピック作品への登板となります。20年振りの上演となりますが、どんな気持ちで引き受けられたのでしょう。

深井「渡辺さんも重い話だとおっしゃっていますが、内容が内容なので覚悟を持って取り組まないといけないと思い、よく考えて引き受けました。それで調べていくうちに、病人としての彼らが“本当に抱えているもの”はなんだろうと思ったんです。きっと病気だけではない“何か”があるというところに行き当たり、彼らが生きている人生は?というところを重点に置いてつくれば、僕自身が背負い込み過ぎずにつくれるのではないかと思いました」

―――W主演となる山下さん、乙木さんにも出演の話が来たときの気持ちを訊かせてください。

山下「脚本を読んだとき、率直になぜ私なのだろうと思いました。モデルである高橋さんは結構パワフルな方のようだったので、私にそこまでエネルギーがあるかなと。でも私も子供が大好きで、保育士と幼稚園教諭の資格を持っているので、そこは共通するかなと思いました。でも実際にお目にかかった高橋さんには、エネルギーと素敵な明るさが凄いなと圧倒されました(笑)」

乙木「僕も中途半端な気持ちでは演じる事ができないと思いました。僕はこの脚本で初めてこういう(筋ジストロフィーを抱えている)方々がいることを知りましたし、まだ充分に理解はできていませんが、僕が彼らを理解して演じる事で、より多くの方々に彼らの存在を知ってもらうことができて、少しでも力になれればいいなと思いました」

―――20年振りに新演出で上演される訳で、新たな命が吹き込まれるようなことになりますね。

渡辺「普段自分が手がけるのはファンタジックコメディというか、お客さんが観に来て楽しくなるもの、というのがポリシーで、シリアスな作品や暗い作品は無いです。だからこの作品は貴重ですね。でも細かい脚色はあるものの全て実話がもとになっているこの脚本は自分自身気に入っています。テーマもしっかりしているし、笑いの要素も少しは盛り込んでいる。ずいぶん昔の作品だとも思いますが、逆に久々に世に出ることは嬉しいです」

―――まず本読みを終えられたところだとのことですが、深井さん、山下さん、乙木さんの手応えはどうですか。

深井「事前に下準備をしていましたが、本読みをしてみたら全て崩れて(笑)いい意味でね(笑)。やっぱり自分で読んでいるときと、役者さんが読むのとは全然違っていて、よりスピーディにリズム感良くつくれる気がしてきました。これから考え直すところです」

渡辺「実はこの台本はト書きが凄く少ないんです。初演は自分で取材して書いて、そして演出をするので頭の中にイメージされてますからト書きが要らない。だから余白が多いわけですがそれをどうするかは演出家次第なので、むしろそこを楽しみたいと思ってます。今回の為に少しは加筆や表現の変更はしています。ト書きは増やしていないけれど(笑)」

山下「まだこの作品を語るには勉強不足なんですけれど……」

渡辺「構わないから語っちゃって(笑)」

山下「作品の中で敬子は成長していくんです。だから私もそれに乗って成長していきたいとおもってます。しかも今回はモデルの高橋さんがそばにいて、話を聞きながら稽古できることは滅多にないので、子供達に寄り添う保母である敬子の想いがより理解できそうです」

乙木「僕は舞台に立つようになってからあまり経ってなくて、これまでは1番年下でいることが多かったのですが、今回は僕より年下や初舞台の方がいらっしゃって、もう甘えられませんね。本当に覚悟を持って向き合わないと、と思います。読み合わせをして思ったのですが、僕自身、患者である主人公の健一という役を楽しんで取り組もうと思いますし、それこそが、彼に対しての正しい接し方だと思います」

―――では皆さんから観客へのメッセージを最後に頂きます

乙木「自信を持って本番にお客さんを迎えられる作品にできたら良いなと思います。僕にとっては今までとは全く違うタイプの役柄ですし、実話を元にしていますから嘘はつけないなと思ってます」

山下「いつもならお客さんに私自身の頑張りや、輝きを観てもらいたいという気持ちが強いのですが、今回は私というひとりの役者を通して届けたいメッセージがある、そんな気持ちになりますね。でも重い作品だと思って身構えずに、気軽にフラッと来てもらい、将来辛いことがあったり息苦しいときに、この作品のことを思い出してもらえると嬉しいです」

深井「色々な人の思いが載った作品だとおもいます。気を引き締めて取り組みたいですが、同時に僕達がこの作品に出会えたことに感謝しつつ、お客さんに恩返しできれば名と思います」

渡辺「まずは、とてもいい脚本なんで(笑)チラシのイメージや病気の話であるとの先入観ではなく、純粋にハートウォーミング作品に仕上がればとおもいます。確かに重いテーマですが、生きていくことや病に立ち向かう力。福祉への考え方が織り込めればいいなと。それを伝えるいい脚本なんですよ(笑)。深井さんや皆さんには余り気負わずにやってほしいですね。確かに難病を抱えた皆さんの話ですが、人が生きていく過程は誰もが同じだと思うんです。それと僕が手がけた時には僕自身が勉強になりましたから。初演時に京都から患者さん達が観に来るといったんです。動ける方だけですけれどね。それがもうプレッシャーでしたが、終演後に皆さんに向かってひとりの観客として『どうでしたか』と普通に伺うことができました。その時に自分自身の成長を感じましたね」

(取材・文&撮影:渡部晋也)

プロフィール

渡辺正行(わたなべ・まさゆき)
千葉県出身。明治大学在学中に劇団「テアトルエコー」養成所に入所し、“コント赤信号”を結成するラサール石井、小宮孝泰と出会う。テレビ番組を通して人気を獲得し、さらに司会者として多数のバラエティ番組で活躍。また若手の育成にも力を入れており、1986年から「ラ・ママ新人コント大会」を主催する。俳優としては、1987年公開の映画『ちょうちん』で日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞。2003年から、自らがプロデュースする舞台を上演するなど、マルチな才能を発揮している。

深井邦彦(ふかい・くにひこ)
兵庫県出身。高校卒業後に上京して演技を学び、俳優として活躍の後、2009年に作・演出家に転向。2013年に個人の演劇ユニットとしてHIGHcolorsを旗揚げる。翌年には俳優が参加して劇団の形になったHIGHcolorsで全作品の作・演出を担当する。「激しさと包容力」をテーマに多数の作品を生み出し続けている。現代劇の俊英としての評価は高く、2020年の演出家協会主催若手演出家コンクールでは一次審査通過の15名に選出された。

山下聖良(やました・せいら)
福島県出身。18歳で上京して演劇の世界に入り、2015年からは劇団ひまわりに所属。舞台作品を中心に、テレビドラマや映画などの映像作品へも出演している。さらにシンガーとしても活動の幅を拡げ、2020年5月にファーストシングル「明日へ」を配信リリース。アーティストデビューを果たす。幼稚園教諭、保育士の資格を持っている。

乙木勇人(おとぎ・はやと)
愛知県出身。2019年の演劇ユニット【爆走おとな小学生】第十二回全校集会『勇者セイヤンの物語(仮)』から現在に至るまで多くの舞台に出演。さらに、テレビドラマ『教場Ⅱ』、『博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?』、映画『今日から俺は!! 劇場版』等に出演。特技は極真空手。全日本大会で二連覇。元U17日本代表主将として活躍する。

公演情報

ファーストピック主催公演
『野に咲く花なら』

日:2022年7月27日(水)~31日(日)
場:中野 テアトルBONBON
料:一般6,000円
  平日昼公演割引[28日(木)14:00・29日(金)14:00]5,500円
  (全席指定・税込)
HP:https://www.first-pig.com/
問:ファーストピック TEL:044-833-7726

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