役者人生52年目の加藤健一が42年ぶりに挑む 100歳の道化師の数奇な人生を振り返る一人芝居 「これ以上はできない」という芝居をお見せしたい

役者人生52年目の加藤健一が42年ぶりに挑む 100歳の道化師の数奇な人生を振り返る一人芝居 「これ以上はできない」という芝居をお見せしたい

 「道化師」という名前をつけられた少年は、数奇な人生を歩むことになる──。100歳のスカラムーシュ・ジョーンズがその人生を振り返る一人芝居『スカラムーシュ・ジョーンズ or(あるいは) 七つの白い仮面』を、加藤健一が演じる。
 もともと加藤は、一人芝居『審判』を上演するために加藤健一事務所を立ち上げた。これまで全26公演・計239回の上演を行っている。その加藤が、人生で2つ目の一人芝居に選んだのが本作だ。「ほかにやりたい一人芝居がなかった」と言う加藤の心を動かしたこの作品には、どんな魅力が詰まっているのだろうか?

100歳のスカラムーシュ(道化師)が、世界と人生を旅する

───いつ頃からこの作品の上演を考えられていたんですか?

「初めて読んだのは、もう忘れちゃうほど昔なんですよね。雑誌にロンドンやニューヨークで上演している舞台の情報が載っていて、『一人芝居なんだ、面白そうだな』と取り寄せて下訳だけしてもらいました。でも読んでみたら100歳という設定なので、いつ上演したらいいのかわからなくて、読み返すだけになってしまっていたんです。それがコロナ禍になり、いろんな人達に本当にお世話になった。『よし、役者として応援してくださった方にこれ以上はできないなという芝居をお見せしようと』と思って、長年あたためてきたこの難しい芝居をやってみようと決めました」

───いつか上演したいと思ったのは、どういう所に惹かれたのでしょう?

「スカラムーシュが強制収容所でピエロの真似をするシーンを読んで『やりたい!』と思いましたね。彼はそこに至るまでに、まず母親に”スカラムーシュ(道化師)”という名前をつけられて、蛇使いと旅をしたり、12歳の女の子と結婚したりと、数奇な人生を辿っていく。そんな人が、戦争下でピエロの真似をして子ども達を笑わせようとするシーンがとても魅力的に感じました。しかもそのシーンの描写が素晴らしい発想からうまれているんです。ぜひ観ていただきたいですね。
 これやると決めた時から鵜山さんに相談をして、パントマイム協会の理事の方に『教えてください』と頼みました。子ども達を笑わすためのパントマイムを作っていただく予定です」

───「難しい芝居」と加藤さんもおっしゃっていますが、今作の課題は?

「100歳のスカラムーシュが人生を振り返るのですが、100歳のまま6歳の時の自分や母親との会話を演じる……というのが難しいかな。講談や落語のようにその人になりきるのではなくて、100歳の人物のまま誰かを演じなければいけない。『スカラムーシュが6歳っぽい声や母親っぽい声を出す』ということなので、邪魔にならない程度に声を変えていくことになると思う。けれども声帯模写みたいになっちゃうと面白くないので、演出家と相談しながら声の出し方を決めていかないといけないですね。
 あとは、世界中の地名やさまざまな単語が無数に出てくるので、どう覚えたらいいんだろうと……。南アメリカからアフリカに行って、ヨーロッパにも行く。オペラのタイトルや昔の詩人の名前もたくさんある。調べてはいるんですけど、イメージが無いものだから丸暗記してもすぐに出てこない。言葉が自分のしゃべりたい速さで出てこなくて『なんだっけな?』となっちゃうんですよね。なんとか覚えないと(笑)。
 でも、お話としては非常に面白いんです。売春婦の母を持ちながら6歳にして孤児になって、奴隷商人に売られ、そのまた次の人にも売られたり、逃げたりを繰り返して、さまざまな場所に行く。さらに第二次世界大戦も起こって、ストーリーとしてはとてもドラマチックなんです。僕が思った通りの速さでしゃべれて、そこに鵜山さんの演出が加われば、とても面白い芝居になると思うんですよ」

鵜山さんなら、この作品を深く読み取ってくださるはず

───最初に読んだのはかなり前だそうですが、今読み返してみて、当時と違った印象などはありますか?

「最初に読んだ時からこれまでの間にヨーロッパが舞台の作品をいくつかやりましたので、さまざまな国へ行くイメージは膨らみました。昨年に上演した『叔母との旅』もヨーロッパや南アメリカを旅しましたし。今回も『トリニダード・トバコってどんな所だろう?』『アドリア海ってどこだっけ?』って思うお客様もいると思うけれど、知らない地名でも物語についてこられるかどうかは演出家の腕の見せどころ。鵜山さんを信頼してつくっていきたいです」

───演出を鵜山さんにお願いしたことには、どのような期待がありますか?

「心理的な動きが多い戯曲は上演するのが難しい。鵜山さんはそれを深く読みとってくださる演出家なので、今回もお願いしました。僕も昔から興味があることなのですが、最近の鵜山さんは生命や宇宙に非常に興味があるらしくて、そういった大きな存在と結びつけて演出してくださると思います。『叔母との旅』の時も、墓標をイメージした舞台美術をつくってくださった。今回も楽しみです」

───たしかに本作も、運命のような大きな存在を感じる物語です。どのような世界観になるのか期待が高まります。

一人芝居は、孤独だがやりがいのある“単独登頂”

─── 一人芝居は、加藤健一事務所設立のきっかけとなった『審判』に次いで2作目ですね。

「42年ぶりなんですよ。42年前に『審判』をやって、200回以上やりました。今もちょうど演出をしているんですよ。だからごちゃごちゃになってしまって、夢の中で『スカラムーシュ~』のセリフをしゃべっているのが、気がついたら『審判』のセリフだったりします(笑)」

───加藤さんにとって一人芝居とは?

「演劇は山登りと似ていて、単独登頂というものをやってみたくなるんですよ。孤独なので、時々しかやりたくないんですが(笑)。せりふの掛け合いの面白さはないし、コミュニケーションは演出家としか取れない。稽古が終わった後に話す人もいない。旅公演に行っても1人。寂しいですね。ただ、1人で頂上に到達することには非常にやりがいがある。そこだけが楽しみと言ってもいいです。やりきれた時には満足感や自信が持てるだろうなという期待もあります。難しい挑戦ですが、とても楽しみですね」

(取材・文&撮影:河野桃子)

プロフィール

加藤健一(かとう・けんいち)
静岡県出身。1968年に劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を創立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞個人賞(82・94年)、文化庁芸術祭賞(88・90・94・01年)、第9回読売演劇大賞優秀演出家賞(02年)、第11回読売演劇大賞優秀男優賞(04年)、第38回菊田一夫演劇賞、他演劇賞多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。2016年、映画『母と暮せば』で第70回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。

公演情報

スカラムーシュ・ジョーンズ or(あるいは) 七つの白い仮面

日:2022年8月18日(木)~28日(日)
場:下北沢 本多劇場
料:前売5,500円 当日6,050円 
  高校生以下2,750円 ※要学生証提示。当日のみ
  (全席指定・税込)
HP:http://katoken.la.coocan.jp/
問:加藤健一事務所
  tel.03-3557-0789(10:00~18:00)

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