日本のマルクス経済学の先駆者であり、大正時代にベストセラーとなった『貧乏物語』の作者でもある河上肇の評伝劇。こまつ座では初演以来24年ぶりの再演となる。
服役中のため主人不在となった河上家が舞台。河上の妻、娘、お手伝いなどの女性6人が、表現も、言論も、思想ですらも厳しく制限されていた時代でも逞しく生きる姿を通じて、「貧乏とは何か」「思想の転向」「家族のあり方」といったテーマを、井上ひさしの鋭くも温かい眼差しで描く。共にこまつ座初出演となる保坂知寿、安藤聖に話を聞いた。
―――出演が決まった時のお気持ちをお聞かせください。
安藤「私も念願のこまつ座さんだったので、嬉しいと思ったんですけど、『怖い』とも思いました。今、手元に台本があるんですけど、そろそろセリフを覚え始めた方がいいのかなと思いつつ、表紙を開いては、なんか閉じちゃうぐらい。緊張もしています」
―――「怖い」というのは。
安藤「やっぱり本の重みと膨大なセリフ量が。若干怖気づいてはいますが、ここは試練だ、チャンスだと思って乗り越えたいと思います」
―――最初に脚本を読まれた感想を教えてください。
保坂「とても凛とした気持ちになって、清々しい気持ちになりました。もちろん、いろいろな思いが深く深く詰まっているんですけど、颯爽とした女性たちの生き様がとても清々しくて。同じ女として、羨ましいというか、生き方が格好良いと思いましたし、そうありたいなとも思いました。
一気読みでしたね。本を最初に読んだ時の印象は、いつも大切にしたいです。それがお客さんに届けるべきものなのかなと思っているので」
安藤「保坂さんが仰ったようなことと同じような感想を抱きました。あと、恥ずかしいんですけど、その頃の時代背景や色、匂いを全然知らないと思って。河上肇さんの書かれた本を買って、井上先生が河上肇さんについて語っている本も買って、そういうところから始めています。経済学を勉強しなくては……マルクスを勉強しなくては……という状況です(笑)。
描かれているのは、あの当時の逞しい女性たち。すごいバイタリティとエネルギーなので、そこを汲み取って、私の体と声を使って、表現できたらと思います」
―――お2人ともこまつ座へは初参加ですが、こまつ座に対する印象や見どころなどを教えてください。
保坂「何本か観させていただいて。この間も『雪やこんこん』を拝見しました。押し付けがましくないのに、心に深く届くんですよね。『この作品は、こんなテーマで、お客さんを感動させるんだぜ!』みたいなことではなく、受け取れる。言葉なのかな、セリフなのかな。スッと真っすぐ入ってくる。
時代背景など、ややこしかったり、難しかったりするんですけど、でも伝えたいことは距離感が近い。また、凝縮した密なお稽古されていて、みなさんの作品に対する理解度をすごく感じて。丁寧に作ってあるな、羨ましいな、と思います。
(井上)先生がご存命の頃はもしかしたら慌ただしく作っていたこともあるかもしれないんですが(笑)、作品はすでに出来ていて、いろいろな俳優さんの魂が込められた言葉たちを今お届けするので、丁寧に作っていきたいなと思います」
安藤「私も何本も観させてもらっているんですけど、毎回、生命力の強さを感じます。人間とは、生きるとはということをビシビシ入ってくるんですよね。そういうところを大切に、『人間ってこうだよ、こうあるべきだよ』というものを私も感じ取りたいし、お客さんに伝えたいですね」
―――念願だと仰っていましたね。
安藤「演劇を始めた頃は、役者だったらみんな目指す場所じゃないですか。一度は立たせてもらいたい。あの場所に立てたら、ちょっと自分に自信が持てるかもという。役者としては勲章みたいな場所だと思ってやってきたので、嬉しく思います」
―――保坂さんと安藤さんは今日がはじめましてということですが、それぞれ女優としての印象があれば教えてください。
保坂「第一印象は、井上先生の作品に出てくる人みたいと思いました(笑)。ちゃんと向き合って受け止める覚悟とか、真っすぐ届けることに衒(てら)いがないというか。そんな感じを受けました」
安藤「小学生の頃に、学校の行事で劇団四季を観に行ったんですよ。『マンマ・ミーア!』の印象が強いですね。ポジティブな印象を持っています」
―――今回はお2人は母娘役。それぞれの役についてどのように捉えていらっしゃいますか。
安藤「とにかく強いんですよ。井上先生が河上さんについて書かれている本を読むと、娘のことも出てくるんです。井上先生も彼女のこと好きなのかなというぐらい、立派な方。余計緊張しちゃいます」
保坂「強くて、芯が通っていて、揺るぎないし、揺らがない。でも、それぞれ問題が起き、そこで情に流されたり傷ついたりしながらも、問題に正面から向き合って先に進んでいく。その生き方が素敵だなと思います。
一般の人とかけ離れているわけではないし、自分にも似たようなことがいっぱいあるわけで。観ていただいた方に『よし、がんばろう』と思ってもらえたらいいですよね。それが今やる意味というか、まさに立ち上がるべき時の力になると思います」
―――最後に一言、お願いします!
安藤「この作品、ものすごく愛情が深い。親子関係も、母親が子どもを思う気持ち、旦那が家族を想う気持ち、周りに関わっている人たちを思う気持ちが強い。私もその部分に惹かれている部分が大きいので、いろいろな人情と愛情をお届けできたらいいなと思っています。
とにかく逞しい女たちが6人も出てくるので、男性のお客さんの感想を聞きたいですね」
保坂「愛情とか深いものをそんなことを考えなくてよかったのに、考える時代になっちゃって。みんなが『本当に何が大事なんだろう』ということに立ち返っている気がするんです。家族だったり、自分の周りにいる支えてくれる人だったり、物とかお金とかもあるかもしれないけど、自分にとって大切なものは何だろう、と。
私たちの時代は、バブルも経験しているし、そういうことをあまり考えなくても生きてこられた世代。それぞれが思想や理念を持って生きているかというと――もちろん考えている人はいると思うけれど――そうでもない。でも、今は世の中のこと、国のこと、個人のことを考えたくないのに、見せつけられてしまっているでしょう。 この作品に出てくる女性たちは、もっといろいろなことを制限されて、難しい時代でも、こうやって強く逞しく楽しく生きている。今だからこそ観ていただきたい作品。絶対、今を生きるみんなの力になるし、元気になれるヒントがいっぱいあると思います」
(取材・文:五月女菜穂 撮影:岩田えり)
保坂知寿さん
「凄く単純なんですが、顔を洗うこと! 仕事柄、ずっと大声で喋ったり、歌ったり、汗をかいたりで、マスクの中は、蒸れるのに乾燥もする。表情筋もめちゃくちゃ動くので、擦れる。そんな時間が長い毎日。良かれと思って、ノーメイクでいたら、肌が悲鳴をあげました。私の場合は、やっぱり清潔にして、ちゃんと保湿して、保護してあげないとダメみたいで。手を洗う様に、顔もしょっちゅう洗えたらいいのにと思いますが、洗い過ぎもよくないし。家に帰って、マスクを外し、顔を洗って、深く呼吸すると、心からリフレッシュ! あー気持ちいい〜! 当たり前過ぎて申し訳ないですが、皆さん感じてることかなぁとも。細かいリフレッシュ!」
安藤 聖さん
「筋トレです! 心も身体もちょっと怠いなぁ。と思ったときこそ筋トレです! ググってみるとどうやら“心身に疲れが溜まったときに有酸素運動を行うことで疲労が回復しやすくなる。これをアクティブレスト(積極的休養)と呼ぶ”とのこと。なるほど私は、無自覚のうちにこのアクティブレストやらを実践し体感していた訳ですね。これからも仕事に子育て、そして旅行や日々のイベント、全てをできるだけ全力で楽しむには基礎体力!と思い始めた筋トレ。しかも私の場合、長く続けるために気合いをそんなに入れず、短時間の自重を使った緩い筋トレ。随分と気持ちが上向きになるなぁ、と思っていたらこういうことでした。」
プロフィール
保坂知寿(ほさか・ちず)
1962年2月13日生まれ、東京都出身。1982年より劇団四季に在団し、看板女優として活躍。2007 年退団後も精力的に舞台作品に出演。近作にunrato『楽屋』、ミュージカル『ジェイミー』、ミュージカル『ブロードウェイと銃弾』、ミュージカル『The P ROM』、『オトコ・フタリ』など。
安藤 聖(あんどう・せい)
1983年12月25日生まれ、東京都出身。ミュージカル『アニー』でデビューをし、舞台を中心に映画・テレビ・CM などで活躍中。近作に、ロ字ック『タイトル、拒絶』、東京No.1 親子『夜鷹と夜警』、Coloring Musical『Indigo Tomato』、ハイバイ『て』など。
公演情報
こまつ座 第141回公演『貧乏物語』
日:2022年4月5日(火)~24日(日)
場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
料:一般8,800円
U-30[観劇時30歳以下]6,600円
(全席指定・税込)
HP:http://www.komatsuza.co.jp/
問:こまつ座 tel.03-3862-5941