フリーの女方俳優として活躍する林佑樹。大衆演劇でその世界に足を踏み入れ、歌舞伎、そして新派の俳優として活躍してきた林だが、すでに歌舞伎界に籍を置いていた2016年から自主公演を開催。たゆまぬ研鑽を続けてきた。そして芸能生活15周年を迎えた今年の自主公演では大作「東海道四谷怪談」に挑むという。
公演パンフレットに林本人が「浪宅の場と隠亡堀のみの上演を考えた」とあるように、抜粋も考えたようだが、ここは節目の公演とあって、通し狂言としての上演になった。聴衆にとっては違いがわからず気楽に捉えるかもしれないが、演者としては実力も体力も要する大変な公演だ。それに挑もうというのだから、その意欲がどれだけ高いかは推して知るべしだろう。
記念公演であると同時にこの15年の鍛錬の成果を発揮する舞台。それを見届けようと沢山のファンで劇場は満席。役者陣以上の熱気が客席から発せられているかのようだ。やがて幕が開き、金屏風の前で女方の林が口上を述べる。様式美に則っていながら、柔らかな親しみやすさに溢れた口上なのは林ならではだろう。そして普段以上、否、数倍の声援を所望して林は花道にはける。
そして開幕。まずは賑やかに「浅草寺額堂の場」から。人々が行き交う中で花道から林が登場すると、あちらこちらから「ゑにし屋!」の声がかかる。その瞬間ぱっと空気が変わった気がする。今回林は口上を含めて四役の早替わりを見せるのだが、ここでは小汐田又之丞の姿で登場。実はこの物語、かの有名な「仮名手本忠臣蔵」からのスピンオフ作品でもあり、所々で忠臣蔵の物語につながる部分が出てくるわけで、林扮する小汐田も討ち入りに参加する浪人の一人だ。
さて、物語の中で一番の敵役となるのが民谷伊右衛門。主人公であるお岩の旦那でありながら、お岩の父、四谷左門をはじめ小汐田の家来である小仏小平などを次々に手に掛ける殺しと悪事の権化のような存在。そのふてぶてしい雰囲気を、演じる博多家桃太郎は見事に醸し出している。
その他の共演者も劇団新派の森本健介、田口守、児玉真二、川上彌生といった実力派がしっかり支えている。また伊右衛門にぞっこんとなる伊藤家の孫娘、お梅を演じる石川桃(劇団民藝)が魅せる踊りもなかなか見事だった。
そしてやはり注目すべきは林が演じるお岩だろう。最初に小汐田として登場した時は貧しくとも誇りは捨てない凜とした姿だったが、その後、お岩で登場した時はなんとも言えない色香を纏っていた。さらに毒を盛られて醜い面相となり、伊右衛門に恨みを抱いてからのシーンでは、底知れぬ憎しみが吹き出すような、そんなお岩を見事に演じきった。
さらに見事だったのは、隠亡堀の場で見せた早替わりだろう。お岩と小平が打ち付けられた戸板が伊右衛門の足下に流れ着く。伊右衛門が被せてあるムシロを外すとそこにはお岩が。裏を返してムシロの下を見ると今度は小平が。それを林が一人で演じるのだが、見事な早替わりを披露した。
この隠亡堀から先の後半部分は、仇である伊右衛門を追い詰めていきテンポ良く進んでいくが、「滝野川一つ家の場」では、虫売りに化けたお岩が伊右衛門とお梅が逢瀬を楽む家にやってくる。ここでの林が見せる舞踊も見事なもの。しかもこのシーンではそれまで御簾内(舞台袖の客席から見えない部分)に隠れていた長唄連中が舞台下手に登場して演奏するのだが、ここでの曲は演出、振付の藤間勘十郎が新たに作曲したものだという。そもそも音楽が生演奏というだけでも贅沢な話。そこに新曲書き下ろしとは!
そして終幕へ。立ち回りの末に伊右衛門が小汐田又之丞他二人に討ち取られるのだが、そこで見得を切る林の凜々さに、思わずため息をついたものだった。
3時間を越える大作だったが、最後までテンポが良かったことで決して長いとは思わなかった。この公演を越えて、さらに羽ばたくであろう林佑樹のこれからが楽しみになった。
(文章・渡部晋也)
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公演概要
林佑樹 芸能生活十五周年 第四回林佑樹の會 自主公演
公演期間:2026年9月15日 (火) 〜 2026年9月17日 (木)
会場:日本橋劇場(日本橋公会堂 4階)
■出演者
口上・お岩・小仏小平・小汐田又之丞:林佑樹
佐藤与茂七:大沢健
四谷左門:田口守
医者尾扇:森本健介
秋山長兵衛:児玉真二
関口官蔵:五十嵐秀樹
乳母お槇:川上彌生
尼僧:如月 皐
下女お竹:早倉由莉
中間伴助:馬目羽琉
伊藤家孫娘お梅:石川桃
按摩宅悦・小平女房お花:高橋諒
民谷伊右衛門:博多家桃太郎
■スタッフ
演出・振付・作曲:藤間勘十郎
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