上演の度に熱狂の渦を巻き起こす、ミュージカル『ジキル&ハイド』が、新キャストも多く迎え、東京国際フォーラム ホールCで上演中だ(29日まで。のち、4月3日~6日大阪・梅田芸術劇場メインホール、4月11日~12日福岡・福岡市民ホール 大ホール、4月18日~19日愛知・愛知県芸術劇場 大ホール、4月25日~26日山形・やまぎん県民ホールで上演)
誰のなかにもある善と悪、二つの魂が別人格として動き出す悲劇を描いたR.L.スティーヴンソンの不朽の名作「ジキル博士とハイド氏」を、フランク・ワイルドホーンの壮大で多彩なメロディーで紡ぎ出したミュージカル『ジキル&ハイド』。2001年の日本初演以来、鹿賀丈史、石丸幹二という名優が刻んできた主演者のバトンを2023年公演で初めて引き継いだ柿澤勇人と共に、佐藤隆紀がWキャストで初参加するのをはじめ、新演出版に相応しい豪華な顔ぶれが揃い、過去の公演とは全く趣を異にした舞台が展開されている。
【STORY】
19世紀のロンドン。
医師であり科学者であるヘンリー・ジキル(柿澤勇人/佐藤隆紀・Wキャスト)は、「人間が持つ善と悪という両極端の性格を分離できれば、あらゆる悪を制御し、最終的には消し去って争いのない理想の社会が生み出せる」との研究を続けていた。それは心を病んだ父親を救う為であり、引いては人類の幸福につながるという強い信念に衝き動かされた思いで、作り上げた薬は最終段階に到達しつつあり、生きた人間での治験を望んでいた。
ジキルはセント・ジュール病院の最高理事会に臨み、人体実験の承諾を得ようとするが、彼らはこれを神への冒涜だと憤る。ジキルの婚約者エマ(Dream Ami/唯月ふうか・Wキャスト)の父親で理事会の議長でもあるダンヴァース卿(栗原英雄)も、あまりに危険な思想を庇うことができず、秘書官のストライド(章平)の議事進行によって、理事会はジキルの要請を却下する。人類の輝かしい一歩を刻むと信じる研究に理解を示さない人々にジキルは落胆し、その夜に開かれたエマとの婚約パーティで、親友の弁護士アターソン(竪山隼太)に理事会の連中は全員偽善者だと怒りをぶつける。一方ストライドはエマにジキルとの結婚を思いとどまるよう説くが、エマとジキルの固い絆は揺るがない。
娘を案じ、やはりジキルに不信感を抱くダンヴァース卿との確執を避けようと、アターソンはジキルを連れてパーティ会場を離れ、場末のパブ「どん底」に連れていく。酔客の歓声の中から現れたのはショーの中心になって歌い踊る娼婦ルーシー(真彩希帆/和希そら・Wキャスト)だった。「(私を)自分で試してみれば?」というルーシーの甘い誘いの言葉から、自らが治験者になればいいのだとの天啓を受けたジキルは自宅に戻り、元気だった頃の父のことを執事プール(佐藤誓)に語り掛け、心を決め研究室へ向かう。自ら開発した薬を服用すると、ほどなくして全身を貫く激しい痛みが襲う。苦悶の果てに現れたのは、ジキルの中に眠っていた「悪」を担う人格、エドワード・ハイドだった。
「自由だ!」
そう叫んだハイドは、ロンドンの夜の闇へと消えていく。
時を同じくして街では次々とむごたらしい殺人が起こり、謎に満ちた恐怖の連続殺人事件にロンドン中が凍りつく。果たしてこれはハイドの暴走なのか。自らに起こった予想を超える事態を収拾する為、研究に没頭するジキル。だが事態はジキルの制御をすさまじい勢いで越えていき……。
この作品に触れていて常に感じるのが、多かれ少なかれ自分のなかに負の感情を抱えていない人間などこの世に一人もいないだろうという、切ない真理だ。みんなの幸せを自分の幸せと捉えることはいつだってとても難しいし、想像もしたくないことだが、限られた者しか生き延びられないという極限状態に陥ったとしたならば、思考のすべてが守るべきは自分に帰結してしまうことを咎めることなどできはしない。ましてそうした人としての尊厳、モラル、理性などで抑えて、体面を保っていたはずの生存本能や、闘争本能がSNSを通して噴出することがとても多くなった現代、作品のほぼ冒頭で歌われるナンバー「嘘の仮面」は恐ろしいほど示唆的に聞こえる。更に一触即発を感じさせる社会情勢、もはや階級社会に到達しているとも言われる格差社会が広がる現実が、長く上演を重ねているこの『ジキル&ハイド』の世界を、これまでの普遍的なテーマを持つゴシックファンタジーという感触から、よりリアルなドラマ性を帯びた作品へと動かしたのが、今回2026年版の舞台に現れた変化だった。
この感覚を押し上げたひとつが、大田創の美術のある意味の抽象化で、二階のアクティングエリアを排して、不穏な雰囲気を纏う街全体が登場人物たちに覆いかぶさっているとも見えるシンボリックに描かれたロンドンの街並みのなかで、白と黒の大きな階段を様々な場面で使用するなど、視覚的な変化が深い意味を感じさせている。
また初参加の桜木涼介の振付も随所で新しさを感じさせていて、例えばルーシーのナンバー「あんな人が」のバックで街の人々が踊るなかにルーシーが絡むことで、ジキルとの出会いから生まれたルーシーの夢想と高揚感が具現化し、反比例するように現実の影も色濃くなるなど様々な効果を生んでいる。
アクションの渥美博の公演ごとに異なるケレン味にも新鮮さがあり、こう来たかという発見があちこちに散りばめられていて目にも耳にも刺激的だ。なかでもジキル、エマ、アターソン、ストライドが、同年代でそれぞれに知己を得ていたのだろう背景が、新キャストの布陣で明確になったことによって、見えてくるドラマがまるで違ってきたのが非常に面白い。
そんな新たなキャスティングによる妙味を演出の山田和也が十全につかんで、「2026年新演出版」を謳うに相応しい舞台を構築することに成功している。
これらの変化を何よりも支えたのがキャスト陣で、Wキャストによる組み合わせの妙が実に顕著に表れていて、深い魅力の沼が広がって行く。
前回公演で日本版『ジキル&ハイド』の二代目タイトルロールとして石丸幹二が担ってきた作品にWキャストとして初登場し、今回新演出版にも続投したジキル/ハイドの柿澤勇人は、その23年公演初登場時点から既に、感性に優れた芝居力と、狂気へと加速していくエネルギーの噴出で鮮烈なジキル&ハイドを見せてくれていたが、今回演出も一新されたことによって、柿澤独自のジキル/ハイドの陰影がぐっと深まり、自由度が増した造形を随所に感じさせている。特に面白いのが、白と黒の階段で染め分けられている装置のなかで、柿澤の演じるジキル博士には冒頭から決して真っ白ではない深い闇があり、一方エドワード・ハイドの暴力性のなかにも、子供のような無邪気さにも通じる独占欲の発露があることで、「善と悪」とを鮮やかに演じ分けるだけにとどまらない、グレーゾーンのあわいに魅力が深い。前回公演でも印象的だったジキルとハイドの利き手の違いが、演出として大きくクローズアップされていることも効果をあげていて、身体能力に優れたスピード感にあふれるドラマティックな演技で惹きつけた。ロックを感じる歌もよく響き、フランク・ワイルドホーンの多彩な楽曲を面白く聞かせていて、ハイドで見せる色気の噴出も柿澤ジキル/ハイドの代えがたい魅力になっている。
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もう一人のジキル/ハイドとして初登場した佐藤隆紀は、圧倒的な歌唱力でミュージカル界に確かな足跡を築いてきた人で、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役を既に務めているが、群像劇の味わいが強い『レ・ミゼラブル』とは異なり、タイトルロールであり、作品のセンターを担い続ける主人公に扮するのは、この作品が初と言っても過言ではないと思う。特にバルジャンが司教との出会いで改心し、神の僕となることが最もすんなり理解できる「いい人」のオーラを纏ってきた佐藤が、その豊かな声の幅を駆使してジキルとハイドを見事に演じ分けただけでなく、日本ミュージカル界に王道のオペラ発声で主役を務められる俳優が登場した、と改めて感じさせたのがなんとも鮮烈。立ち回りが不器用で、人を信じてしまうからこそ傷ついてもきたはずのジキルの、内に秘めていた鬱屈がハイドとして噴出する様を、声で納得させ悪の華を咲かせたデビューになった。これまでアーティストとして歌い続けてきた「時が来た」を、ジキル博士として歌う輝きにはやはり別種の感動があり、胸がすくとはこのことのビックナンバーを届けてくれている。
ジキルとハイドの狭間で翻弄されるヒロイン、娼婦ルーシー役は、こちらも前回公演から初登場した真彩希帆が続投。23年公演では、自分が置かれている過酷な環境にも疑問を持っていないのでは?と感じさせる、この世界しか全く知らないお人形さん感を漂わせた新たなルーシー像を披露していたが、今回その少女性を帯びた表現を、大人の女性として纏い続けたことでルーシーの痛ましさが深まっている。だからこそ、ここ以外の世界があることをジキルとの出会いで初めて知り、憧れを歌う「あんな人に」にも新鮮な明るさが満ちていて、広い音域を難なくこなす高い歌唱力と共に、不幸を不幸と知らずにどん底にいたが故の、逆説的に身を守っていた術が、新たな世界を知ったことにより崩れていく悲劇を象徴したルーシーだった。
一転、もう一人のルーシーとして初登場した和希そらは、元々別の境遇に生まれていたものの、何かのきっかけでどん底まで落ちざるを得ず、生きる為に他の手段が見出せずにここにいるのでは?と想像させるルーシー像になっていて、Wキャストの役創りの違いが興味深い。ジキルにかける最初の言葉「あんた、わたしのこと見てたでしょう?」は、完全に娼婦の誘い文句だったところから、鍵となる「(私を)自分で試してみれば?」をきっかけに、高揚していくジキルに「わたしがなんかあんたの役に立つことを言ったの?」から既に喜びが満ちていて、ルーシーの心がジキルに急速に傾いている変化が伝わる。ハイドに怯えながら深みにハマっていくことも、ジキルの影を感じているからだと思わせる歌唱も含め、すべてが緻密な演技になっているのが魅力的だった。
特に二人のルーシーが、クライマックスである言葉を漏らす、その視線の先が全く違うことで、それぞれのルーシーの解釈が鮮明になるので、是非注目して欲しい。
ジキルの婚約者でもう一人のヒロイン・エマ役は、こちらも前回公演で初登場したDream Amiが続投。グランドミュージカル初挑戦だった23年公演から大きな進化を遂げていて、社会生活に於いてたぶんにあぶなっかしいジキルを支える母性と、愛情の発露に強さが加わり、ジキルに対して、父に対して、更にアターソンやストライドに対してのそれぞれの言動が、ジキルを守ろうというひとつの芯に帰結していることが顕著に伝わってくる。歌唱もアーティストのそれから、役としての歌に深まっていて頼もしい。
そのエマ役で初登場した唯月ふうかは、常に少女性を感じさせる持ち味を保ちながら、ミュージカル界で役幅を広げ続けている稀有な存在で、このエマ役にもその個性が生きている。ジキル、アターソン、ストライドと幼い頃から付き合いがあり、三人のマドンナ的立ち位置としての潤滑油でもあったのかも……などなど、どんどん想像を掻き立てていく、愛らしさのなかに人間味あふれるエマになっている。持ち前の美しいソプラノも映えて、唯月エマ誕生の深い意味を感じさせた。
この三組のWキャストが様々な組み合わせで登場するので、見比べたい想いが加速するが、とても思うに任せない壮絶なチケット難のなかで、是非このメンバーで早めに再演を、できるなら公演期間をもっと長く、と願わずにはいられないが、ひとつの視点として柿澤×和希×Amiの組み合わせが作品のドラマ性を楽しみたい方に、佐藤×真彩×唯月の組み合わせが、ミュージカルはつまり音楽だ!と考える方に、おススメできる気持ちがする。ただこれはあくまで強いて言えばで(柿澤×和希は官能性の相乗効果がすさまじく、未成年におススメしづらいなど、様々な想いもあり)それぞれに高レベルな仕上がりになっていることが嬉しい。
また、今回の新演出版の顕著な変化を生み出したのが、ジキルの親友アターソン役の竪山隼太と、ジキルと対立するストライド役の章平の存在だ。
竪山のアターソンは、磊落で闊達でジキルに対してとことん真摯という、唯一無二の友を随所に感じさせつつ、実に味わい深い芝居力でアターソンの混乱や、焦燥、疑念をきちんと表出しながら、あくまでもジキルの側にいる人物像を描き出すことに成功している。とにかく演技力の高さが際立っていて、歴代キャストバランスによっては、ジキル×エマ以上に絆が深いように映ったこともあったジキル×アターソンの関係性を、すっきり親友として見せたが故に、アターソンが抱えることになるあまりに大きな役割に深い哀切がある。幕が下りたあとのアターソンに自然に思いを致せる傑出した出来だった。
もうひとり、ストライドに扮した章平が、エマに対しての感情が所謂横恋慕ではなく、幼い頃からエマに思いを寄せてきて、それが実らなかったことを、アターソンもおそらくはエマ自身も知っているのではないか?と思える、陰湿さが薄い造形をしてきたことで、ジキルを含めた四人の関係性が広がった。ジキルに対する嫉妬はもちろんあるものの、化学への傾倒がもたらす危険を真剣に案じている感が強いだけに、クライマックスの衝撃も凄まじい。アターソンとグラスを飲み干すタイミングがピッタリあっているのが、交友関係の長さを感じさせて示唆的で、ストライドが単なる嫌な奴ではないことがドラマの奥行を一気に深めた。
また、ジキルに仕え、彼を支える執事プールの佐藤誓が、徹頭徹尾主に忠実な執事としての顔を貫きつつ、ほんの1拍のタイミングで笑わせてもくれる芝居巧者ぶりが前回公演から変わらない安心感があるのとは対照的に、エマの父 ダンヴァース卿の栗原英雄が前回公演での、娘のエマを心から愛し、エマが一途に愛するジキルも出来る限り受け止めようしている造形から、ジキルの研究に対する真剣さ、ある意味の傲岸不遜を苦々しく思っている部分が前に出た役作りが、新演出、更に新キャストによる人間関係の変化をより鮮明にしている。このことがジキルの孤立を深めてもいて、更にドラマ性を高める一助になった。
また、理事会のメンバーとして出演を続けながら、今回役柄が初めてグロソップ将軍になった川口竜也が、ジキルに強い憤りを覚え、それがひいてはジキルのなかに恨みの感情を育てていく様を骨太に。ブループス卿の百々義則が、軽快な動きと所属する劇団四季の俳優らしい明晰な台詞回しでジキルへの強い嫌悪を。ベイジングストーン大司教の鎌田誠樹が、聖職者が実は……というこうしたドラマで比較的に多い裏の顔の表出をクッキリと。ビーコンズフィールド公爵夫人の三木麻衣子が、思い切り振り切ったアクの強い演技で、役柄の名誉欲と高慢さを強烈に。サベージ侯爵の川島大典がジキルへの拒否反応が軽蔑につながっている様を的確にと、それぞれがジキルから見て明確な敵になる存在を色濃く造形して、作品を盛り上げる。
上記の面々も理事会メンバーだけでなく様々な役柄を演じ分けるし、アンサンブル陣の実力が非常に高いのも座組の豊かさになっていて、新聞売りの岡施孜の個性が際立つ歌声、ソロ歌唱の伸びやかさで瞬時に目を引く上條駿、パブ「どん底」の女将のこってりとした演じぶりが場の空気を創り上げる真記子をはじめ、スウィングを担う熊野義貴、藤本真凜も含め、彩橋みゆ、池谷祐子、川口大地、木村つかさ、藤田宏樹、町屋美咲、松永トモカが大活躍。「どん底」が名前通りに働く者にとってどん底の場所である痛切な芝居がそこここで展開されているのをはじめ、19世紀ロンドンの影の部分を全員が表出して作品の熱量を高めた。
全体に、天才の狂気を強く感じさせた初代鹿賀丈史ジキルから、バトンを受けた二代目石丸幹二ジキルの為に用意された「知りたい」のナンバーが石丸と共に卒業するなど、演者の個性に寄り添った新しい『ジキル&ハイド』が生み出されていて、スタッフ、キャスト全員がワイルドホーンメロディと共に紡ぎあげた、見応えある、更に成熟していって欲しい新演出版になっている。
(取材・文・撮影/橘涼香)
公演情報
ミュージカル『ジキル&ハイド』
原作◇R.L.スティーヴンソン
音楽◇フランク・ワイルドホーン
脚本・詞◇レスリー・ブリカッス
演出◇山田和也
上演台本・詞◇髙平哲郎
出演◇柿澤勇人/佐藤隆紀(LE VELVETS)(Wキャスト)
真彩希帆/和希そら(Wキャスト)
Dream Ami/唯月ふうか(Wキャスト)
竪山隼太、章平、佐藤誓、栗原英雄
川口竜也 百々義則(劇団四季) 鎌田誠樹 三木麻衣子 川島大典
彩橋みゆ 池谷祐子 岡 施孜 上條 駿 川口大地 木村つかさ
熊野義貴* 藤田宏樹 藤本真凜* 真記子 町屋美咲 松永トモカ(五十音順 *スウィング)
東京公演
2026年3月15日~29日東京国際フォーラム ホールC
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ
TEL.0570-00-7777(ナビダイヤル)
全国ツアー公演
2026年4月3日~6日大阪・梅田芸術劇場メインホール
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場
TEL.0570-077-039(10時~13時/14時~18時)
2026年4月11日~12日福岡・福岡市民ホール 大ホール
〈お問い合わせ〉インプレサリオ
E-mail:info@impresario-ent.co.jp
TEL.092-600-9238(平日11:00~15:00)
2026年4月18日~19日愛知・愛知県芸術劇場 大ホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海
TEL.052-972-7466(月~金 12:00~18:00 土 10:00~13:00※日・祝日休み)
4月25日~26日山形・やまぎん県民ホール
〈お問い合わせ〉キョードー東北
TEL.022-217-7788(平日13:00~16:00/土曜日10:00~12:00※祝日を除く)